Calling - 第二章  交換日記  壱

 「おい」
 昼休み。眠気が誘うこの時間帯に、隣席の田村がニヤニヤしながら訊いてきた。
 「何だよ、俺は人生の厳しさというモノを味わったばかりなんだ。一人にしてくれ」
 「何が人生の厳しさだよ。無視されただけじゃんか」
 無視されただけでも僕は心にキズを負ってしまう。それほど感傷的で、脆弱な精神力を僕は生まれた瞬間に持ってしまったのだ。だからどうすることも出来ない。
 はあ。
 「まあまあ、大丈夫だって。お前にはまだ海原さんがいるだろ」
 机に突っ伏していた面を上げ、上目遣いに田村を見る。
 「違う、友梨は……ただの幼なじみだよ」
 誠に確かである。友梨とはそこまでの関係なのだ。
 だが田村はそれを信じていないかのごとく、友梨が中心にまとまっているグループへ目を向ける。僕もつられてそこを見る。友梨が楽しそうに友人と会話をしていた。どうやら昨日のドラマの話をしているらしい。
 「ま、海原さんは可愛いからな。お前とは釣り合わないだろうし」
 「お前に言われる筋合いはねぇぞ」
 「なぁに、事実を言っただけだ」
 僕は怒る気にもなれなかった。心のキズを未だに修復出来ていないことと、それもそうだろうと、田村の言葉を受け入れている自分がいたからだ。
 そう言えば。
 友梨は僕にラブレターを書け(実際にはアドバイスをしろと言うことらしい)と前に言われたことがあった。しかし、結構な日数が経っているのに未だに実行されていない。あれは嘘だったのだろうか?
 もう一度友梨のいる方向へ視線を向ける。
 一体彼女が好きな人は誰なのだろう。ラブレターを出すほどなのだから相当その人を愛しているに違いない。
 自然に気持ちが高揚する。何故だろう。
 「ん?」
 田村が何かに気付いたようだ。どうした、と声を掛けようとしたら誰かに肩を叩かれた。
 振り向くと、いかにも委員長ですと言った風格を露わにしている少女が立っていた。実際にクラスの委員長なのだが。
 「さっきはドンマイだね」
 少しからかわれているみたいだ。
 「んー。何だかな」
 「でも、悪い子じゃないと思うよ。中井さんは」
 「うん、分かってるよ。まだクラスに慣れてないから緊張してたんだろうな」
 そこに田村が割り込む。
 「お前の挨拶が気に食わなかったんじゃないか」
 「そんなわけないだろ。僕は完璧な挨拶をしたまでだ」
 「でも、こいつうざいなって少なくとも思われたな」
 「そうかもしれないね」
 委員長がまたもやからかうような口調で言う。
 「そう言えば、中井さんは?」
 「あそこよ」
 委員長が指で示した方向へ目を向ける。そこには窓辺の近くで女子生徒と男子生徒が混合して作られている輪があった。よく見ると、その中心に中井さんはいた。オドオドしながらも微笑んだり、頷いたりしている。
 「人気者だな」
 田村が羨ましそうにその様子を見ていた。そう言えば田村は人からちやほやされるのが好きだったな。だから今現在皆からちやほやされている中井さんを羨ましく思っているのだろう。ドンマイ田村。
 「でも、おかしいよね」
 委員長が首を傾げながら、考え事をしている。その姿は難しい問題に挑戦していて、どうしても解けなくて悩んでいると言った感じだ。
 「何が?」
 僕が尋ねる。
 「あの子、一度も喋っていないのよ」
 「そうだっけ」
 「うん。どうしたのかしら」
 カーテンの隙間から陽が差して、中井さんを中心とした輪を包み込む。その様子はまるで天使が降臨したみたいに見えた。
 委員長の言うとおり、彼女の声を一度も聞いていない気がする。それ以前に自分から接しようと言う意志が微塵も感じられない。まさかと思うが僕たちを拒んでいるのだろうか? いや、違うだろう。拒んでいるのだったらあの輪の中にいるはずがない。
 緊張しすぎて声も出せないほどの恥ずかしがり屋さんなのだろうか。うん。そうだと思う。
 それはそれで個性があって良いと思う。だけど彼女の外見から見ると、恥ずかしがり屋の定義を逸している。逆に目立ちすぎて午前中の授業は集中出来なかった。外見と性格が相反すると、おかしいと感じるのはこういう事を指すのだろう。
 「まだクラスに慣れていないんだろ。ま、気長に待つしかないさ」
 田村は背伸びをしつつ、横目で輪を見ていた。僕と委員長は顔を見合わせ、微笑んだ。
 「そうだね」
 時間はまだある。ゆっくりと打ち解け合えば、中井さんも心を緩和することが出来るだろう。そうさ、まだ時間はある。
 だが現実は違うのかもしれない。
 まだ時間があると言っても、もう七月。一秒一秒、高校生活の終演に向けて時間は進んでいるのだ。しかも僕たち三年生は受験生と言うことで、勉強に熱を入れなければならない時期でもある。だから中井さんの打ち解け合う時間は自分が思うほど無いのかもしれない。
 僕たち三人は次の授業の準備をするために自分達の席に向かった。さて、僕も準備をしよう。
 勉学を怠らずに中井さんと打ち解け合う事が出来れば良いのだが、はて、そのためにはどうすればいいだろう。
 思案しながら教科書を取り出していると予鈴が鳴り、クラスメイト達は自分の席へと向かい始めた。当然、中井さんを包んでいた輪は崩壊するわけで、外側から徐々に瓦解し始めた。結果として、最後に残されたのは輪の中心にそびえていた大黒柱の中井さんだった。辺りを見回して状況を判断し、彼女は席に向かってトコトコと歩き始めた。
 そして、自分の席に着くと僕の方に視線を向けてきた。今度は目を逸らさずに真正面から見つめてやる。
 僕と中井さんの睨めっこが始まった。
 じー。
 彼女は揺るぎのない瞳に僕を映している。僕は相当な形相になっていた。
 じー。
 くそ。なかなか手強い。
 じー。
 諦めよう。
 妥協は一番男らしくない終結だが仕方のないことだ。潔く妥協しますよ。
 視線を机に戻し、ノートをペラペラめくる。その行為をしながら横目で中井さんを見ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべているように見えた。
 いや、そのように感じただけだ。実際は無表情だが、彼女の内心がそのような感情に浸っているような気がしたのだ。
 少し敗北感を味わった。
 心のキズがまた痛み始めた。


 放課後。それは僕にとって至福の時間だ。
 教室が閑散とし始めた刹那、僕は机の中から小説を執筆するためのノートを取り出す。一通り文頭から読むことにした。これをすることにより、欠陥部分や矛盾を見出すことが出来る。所謂、推敲と言うやつだ。
 数ページ読んだだけで、表現の矛盾や誤字脱字をいくつか見つけた。それを消しゴムで消さずにバツ印をつけ、書き直す作業に取りかかる。どこかの小説家がこの作業を行っているらしく、僕もそれに倣って同じ事をしている。
 推敲するのに結構な時間を費やしてしまった。時間的に今から小説を書いても中途半端になってしまうので、今日の所は止めておくことにした。
 ノートを学生カバンにしまい、席を立ち窓辺に歩み寄った。
 僕たちのクラスは四階に位置しており、そこから窓を通じて見る景色は意外にも壮観だった。特に今頃の時間帯は趣があって美しい。視線の右端に見える、大きな木は夜風に揺られてあたかもダンスしているかのようだった。
 少しの時間、そんな景色を眺めながら夜風にあたっていた。窓とカーテンを閉め、帰る準備をしようとしたらあるモノが網膜に焼き付いてきた。
 あれ?
 ふと、僕の隣の席を見遣るとそこには一つの学生カバンがポツリと取り残されていた。さっきまでその近くにいたのに全く気付かなかった。
 一体誰のだろう。
 そっと手をそれに差し伸べる。その瞬間、誰かの視線がこっちを見ている気配がした。まあ、だいたいの予測はつくのだが。
 「やあ、どこに行ってたの?」
 僕は気配がした方に目もくれず、たぶん当たり障りのないだろう、言葉を発した。しかし返事は帰ってこない。
 そんなのは分かっている。
 「この時間帯にこの教室にいる人ってあまりいないんだよ。大方今の時間帯まで残っているのは僕ぐらいかな」
 やはり返事は無い。
 「だから閑散として何もないはずの場所に、僕以外の誰かの学生カバンがあるなんて滅多に無いことだったからさ。気になってしまったわけですよ」
 そう、今頃の時間帯はほとんどの人が校内には残っていない。残っているとしたら受験勉強に夢中なガリ勉君ぐらいじゃないのかな。進学校とはいえ、こんな遅くまで学校で勉強する物好きはいない。
 僕も実際は家で小説を書きたいのだが、陸上部に入っている友梨のことを待たなくてはならないという使命がある。先週、友梨が、「夜の道怖いからこれからずっと一緒に帰ろうよ」と僕に頼んできたからだ。
 断れるわけ無いよね。今時の社会は危ないから、一人で帰宅中の友梨にストーカーがまとわりついてきてもおかしくはない。友梨はその護衛役として僕を友梨は買っているのだ。これほど光栄なことはない。
 そこに同じ陸上部の弥生も便乗してきたのだから、これはもう男として、そして兄として二人を守らなくてはいけない。
 僕の現在の帰宅構成はこんな風になっている。
 パタッと上履きの音がした。彼我の距離が縮まっているのが分かる。僕はここで観念し、その相手を見る。やはり中井さんだった。彼女は腕の中にいくつかの資料があった。
 「職員室に行ってきたのか?」
 中井さんは頷く。やはり言葉を喋らない。
 んー。
 これは恥ずかしがり屋さんと言える品物じゃないぞ。
 あえて言うが、もしかしたら中井さんは喋れないのかもしれない。
 でも、それはあり得るのかな?
 ドラマで見たときがあるけど、喋れないのは耳が聞こえないから相手に対して言葉にすることが出来ないという間接的な理由が多い。だか、中井さんは人の言葉をちゃんと耳で聞いて理解しているようだ。故に間接的な理由で喋れないと言うことはありえない。
 うーん。じゃあ、喉の声帯が悪いのかな。
 「ねぇ、中井さん」
 中井さんが虚を突かれたように、顔を上げる。自然に目があった。
 ――ああ。
 彼女はガラス細工で作られた人形だ。そんなことはないのだけど、僕はそう感じる。
 まず彼女の瞳。透明に澄んでいて、まるで僕を凍り付かせるように見つめている。次に彼女の手。小さくて、触れただけで壊れてしまいそうな、そんな手。他にも弱々しいけど、美しい肢体が中井さんには備わっている。
 もし僕が彼女の彼氏だったら、この世で一番大切にしようと思う。そのためにはなにかを失ったり落としたりしなきゃいけない。でも、それは払うべき代償だ。彼女を大切にするのなら、死んでもいい。大げさかもしれないが。
 中井さんは呆然と僕を見ている。どうやら僕は彼女に見入ってしまったらしい。
 彼女に触れたい。その思いが僕の心を駆けた。しかし僕にだって自我がある。だが、中井さんの存在が自我を乗り越えてしまい、僕は無我で彼女に手を差し伸べていた。その行く手には一本一本が繊細であたかも小川の流れを連想させる髪の毛が僕を誘うかのようにあった。中井さんは僕のその様子にも微動だにしない。ただ僕を見つめているだけだった。
 「――」
 あれ。僕はなんでこんな事をしているのだろう。確か、中井さんと目があってそれで。まあいいや。彼女は何の動作も見せないし。このまま、押し倒して犯してしまおうか。もう自我なんて、良心なんて感じない。必然的な動作を行う人形みたいに僕の手は彼女を今にも襲おうとしている。もう僕は自分の意志で動いていない。
 そしてついに彼女の身体に手が触れた瞬間、
 電撃のように、いろんなモノを感じた。
 苦しみ。
     痛み。
        悲しみ。
            快楽。
               痛楽。
                  哀楽。
 「――!?」
 僕は遠退いた。
 何なんだ。
 わき上がった焦燥感が僕を襲った。
 中井さんは俯き、腕の中に抱えていた資料をすべて落とす。その様子が、彼女の全てを奈落に落としてしまったようで、怖かった。
 次の瞬間、僕は目を疑った。
 彼女は足から崩れ、そのまま泣き崩れてしまった。泣き声は無く、ただ自分の内心で悲しんでいる、そんな感じでただ泣いている。何かいけないことをしてしまったのだろうか、僕は。
 どうすることも出来ず、中井さんが泣きやむまで呆然と突っ立っていた。
 大切なモノを掴むとき、その大切なモノを壊してしまう恐れがある。
 誰かが昔、こういっていた。
 本当だよ。
 それは怖いほど本当だよ。まだ僕にとって中井さんは大切なモノでは無いのかもしれないが、でもそう言い切れる。
 立ちすくんで、泣き崩れている中井さんを見て、そんなことを思っていた。そんな自分が恨めしい。


 中井さんは数分間、泣き続けた。
 泣いた後の彼女はすごく婉然だった。
 「もう大丈夫?」
 ゆっくり頷く。
 「よかった」
 僕は手を差し伸べる。中井さんはその手をとり、勢いをつけて立ち上がった。その後、彼女は自分机に向かい学生カバンの中からスケッチブックと油性ペンを取りだした。
 何をするのかと思っていたら、彼女は急にスケッチブックに言葉を書き始めた。
 書き終えて、その内容が書かれたスケッチブックを僕に見せる。
 「(私、言葉が喋れないの)」
 やはり。
 「うん」
 僕は頷くと、中井さんは再び書き始める。
 「(あの時、無視しちゃってごめんね。悪意はなかったの)」
 「はは。無視されて本当に落ち込んだもんな、僕」
 「(ごめんね)」
 「別にいいよ。気にしないで」
 僕の言葉に中井さんは微笑んだ。
 ドキッとした。
 それ以降、沈黙が続いた。何か話しかけたかったけど、あの時の感覚が脳裏に浮かんでしまい、口にすることが出来なかった。
 何だったのだろう。
 中井さんに触れたときの、今まで味わったことのない未曾有な感覚。それは喜怒哀楽の感情に似ていた。
 あと。
 何故中井さんは泣き崩れたのだろうか。
 僕が彼女に触れて、電撃のような感覚に見舞われ、反射的に遠退いて、その後。
 僕が変なことをしたから、いや、それだったら触れるときに抵抗するだろう。でもそれがなかったって事は多分違うだろう。だったらどうしてなのか。僕には悪意はなかった。ただ彼女に触れたい一心だけがあった。それを中井さんは拒むことを、何もしなかった。否、内心彼女には抵抗したい気持ちはあったのかもしれない。
 「(帰るね)」
 中井さんはその旨を伝える文章が書かれたスケッチブックを僕の眼下に見せつけ、学生カバンを右手、スケッチブックを左脇に抱え教室から出て行った。急なことでさよならの挨拶も出来なかった。

 まさかあの感覚は、中井さんの……。

 そんなことを思ったがまさかな、と頭を振り僕は友梨と弥生を待つことにした。
 しかし。
 初日から転校生とこんな歪な関係を持ってしまって、前途が危うい方向に進んでしまっている気がしてやまない。
 大丈夫かな?
 死んでしまわないかな、僕。

後書き

どうも、丘です。
遅くてすみません。
でも、
頑張りたいと思います。

感想
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指摘が
ありましたら
宜しくお願いします。

この小説について

タイトル 第二章  交換日記  壱
初版 2009年10月8日
改訂 2009年10月8日
小説ID 3545
閲覧数 951
合計★ 8

コメント (4)

★けめこ 2009年10月8日 22時49分53秒
読ませていただきました、けめこです。

中井さんは、やっぱり喋れなかったんですね。
それが判明して、ストーリーがここから滑り出す、というところでしょうか。
主人公の趣味である小説や、中井さんに触れたときに感じたもの、
これらがどうこの先の展開に関わっていくのか楽しみです。

文章としては描写もわかりやすく、シーンが想像できないということはありませんでした。
しかし、主人公の気持ちが綴られている部分では、少し言葉を詰め込みすぎのような印象を受けました。
情景との関連づけや主人公の動作を挟むなど、淡々とした文章にならないようにすると、さらによくなるのではないでしょうか。
これは私もよくやってしまうことなのですが。

これからの展開に期待しています。
★painを待つ人 2009年10月11日 22時54分18秒
読んだよ、どうもpainを待つ人です。
まず遅れてごめん、忙しくて。
やっぱり文章上手いですね、参考になります。

一つ言うとすれば改行のタイミングを変えてみたらどうでしょうか。
いまだと少しダラダラ感が否めないかと、
まぁこれは好き嫌いもありますし、参考程度に。
とにかく小説ド素人の俺の言うことなんか気にせず書いていったいいと思います。
これからの俊介君(笑)に期待してるぜ

★ コメントのみ 2009年10月12日 13時01分02秒
まちゅうら君。あざすね。
わかったぜ、参考にしとくよ。


けめこさん。的確な指示ありがとうございます。
少しずつ改善していきたいです。

では、ありがとうございました。
★音桜 2009年10月14日 16時50分34秒
読ませていただきましたー。こちらのものを読んでいただいているので、
ここで読まなければ失礼と思いまして、
ここからどうなっていくのかがすごく楽しみですー。
俊介くんと中井さんがどうなるのか。期待しております。
がんばってください!
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