月明かりの下で - 第四夜:舞姫

 多くのものが、一つの大きな屋敷に集っている。
 今から四日前、この屋敷の大事な一人娘と、仕えている大臣の息子との婚約パーティーのため、準備が行われていた。
 けれどその最中、いきなり現れた盗賊に、その令嬢が攫われてしまったのだ。盗賊たちの目的は判らない。いまのところ何の動きもなし。特に身代金目的ではなかったようだ。
「――これが、今のところ判っている情報だ」
 この屋敷の主、ボルス。そしてその隣に、妻であるライナもいる。報告を終え、口を閉ざしたボルスは、苦渋の面持ちだ。
 そんな主の心境がわかっているから、誰も何もいえない。使用人たちにとっても、この家のお転婆な令嬢は宝でもあった。まして実の娘であれば、その苦しみはいかほどか。
 今も、この場にいる者たちは彼女の無事をいたいほど願っている。
 が。
「もぉ、みんな死んだ魚みたいな目になってしまって〜・・・・・・。そんなんじゃ神様も味方してくれないわよぅ?」
 と、まるで雰囲気に似つかわしくないの〜んびりとした声音に、全員気持ちとしてはずるりと体制を崩したくなった。
「ラ、ライナ・・・・・・」
 ボルスがこめかみに指を当てながら妻の名を呼ぶ。
 それにゆっくりと首を動かして、これまたゆっくりと頬に手を当てた。
「なぁに? あなた」
「何ではなくてだな。レイナが・・・・・・実の娘が攫われたのだぞ? もう少し緊張感と言うか・・・・・・心配ではないのか」
 ライナはとても穏やかに目を細めて微笑んだ。
「だぁいじょうぶよ。勿論心配だけれど、あの子はとても大物だもの。たとえ盗賊に連れ去られたって、きっとお友達になってるわぁ」
 至極のんびりな妻に、溜息をつく。そこで、大勢の人の中から、耐えられなくなったように一人の女性が大声を上げた。
「――ああ、もう! 何故レイナお嬢様が攫われなくちゃいけないんですか!」
「シ、シフィス・・・・・・!? 落ち着いてくださ」
「ナンドールは黙っていて!」
 シフィス。幼い頃からレイナ付きの侍女としてずっと彼女と育ってきた19歳だ。そしてその隣で落ち着かせようとしているのが、23歳で同じくレイナ付き使用人、ナンドール。
「私のせいだわ・・・・・・! 朝からずっとお嬢様から目を離していたばっかりに・・・・・・。いくらパーティーが近かったとはいえ、離れたりしなければレイナお嬢様が簡単にお屋敷を抜け出すこともなく、たとえ盗賊が押し入ってきたとしてもお部屋で騒ぎが収まるまで隠れられていれば・・・・・・!」
 手で顔を覆ったシフィスに、何処となく使用人たちは目を彷徨わせた。そしてそんな皆の心境を、ナンドールが代表で口に出す。
「シフィス。何だか盛り上がっているところ悪いんですが、・・・・・・きっとお嬢様はお部屋で大人しく引きこもっているお方ではなかったと思うのですが・・・・・・」
「・・・・・・」
 一瞬の後に震えていた身体がいてつく。
「それに・・・・・・お嬢様はたとえ誰がついていようが、屋敷を抜け出すなどお手のものかと・・・・・・」
 うんうんと誰もが・・・両親まで頷き、シフィスは微妙な顔で目を逸らす。
 実のところ彼女もわかっているのだ。レイナが、盗賊が来たことで怯えてそこら辺に隠れることなどないことくらい。むしろ一人で啖呵きって、その背に屋敷のみんなを庇うであろう。
『家のみんなに何すんのよ! このへっぴり腰!』
 何てことを本気で口にしそうだから恐い。
 でもそんな彼女だから、屋敷のみんなはレイナが大好きなのだ。だから半分あのお嬢様なら大丈夫だろうとは思っていても、やはり半分は不安や心配がある。
 ・・・・・・あくまで半分だが。
 そこでボルスがコホンと雰囲気を立て直し、口を開いた。
「大臣であるアクモから報告が届いた。スザン大陸のセイシャ国――エデン隊舎十番隊に、協力依頼届けを出したようだ」
 その言葉にざわっと大きく声が上がる。
「十番隊!? そんな・・・・・・何故最高戦力部隊に・・・・・・! やりすぎではないのですか!?」
「そうですよ! レイナ様にもしも被害が及んだら・・・」
「大体アクモ様は昔から何事も大きくしすぎなんですよ!」
「あのオッサンこないだ遊郭に遊びに出かけてましたよ!」
「しかもそれを奥様に知られて離婚の危機とか・・・」
「なればいいんだよ、あんな態度だけ偉そうなオッサン」
 散々な評価をされているアクモに同情の気持ちを持ちながら、ボルスは家の者たちを宥める。
「こらこら、そんなに悪く言うんじゃない。アクモはやりすぎかもしれないが、レイナの身を案じてくれているんだ」
「優しすぎます! ボルスさま!」
「戦闘部隊というからにはきっと荒い連中なんでしょう!? そのようなところに頼むなんて・・・・・・」
「いいから。それに、今の十番隊は凄いぞ。皆も知っているだろう。僅か十五歳の子供が年上の部下を引き連れて様々な任務をこなしているというではないか。レイナと年もそう変わらんし、荒い扱いはしないだろう」
 嬉しそうに語るとそれまで複雑な表情だった使用人たちが興味の色を瞳に宿してきた。
「じゅ、十五歳・・・・・・ですか?」
「まさか・・・・・・、エデンの十番隊の強さは世界中の軍隊が認めるほどにですか?」
「そこの隊長が、僅か十五歳?」
「そこまで腕があるのか・・・・・・、一度見てみたいな」
 落ち着いてきたざわめきに、ボルスは満足そうに微笑んだ。
「さぁて、みんな〜」
 そこに、ライナののんびり声が響く。
 視線が集まると、にこにこのライナは続けた。
「お話も終わったことだし、レイナはきっと無事だろうし、お昼にしましょうか〜」
 そんな呑気な言葉に人々は苦笑しながらも、レイナの無事を信じてそれぞれ散っていった。


「っくしゅ!」
 鼻を押さえて、レイナは小さなくしゃみを出す。
「う? 誰か噂したのかなぁ?」
 首を傾げ、レイナはてくてくと歩いていく。
 この村に隠れ(?)住んでいる盗賊団の頭、ヘルトに誘拐まがいなことをされ、ここに来てから四日がたった。
 持ち前の気丈さと、殺されたりする心配などは皆無なことから、レイナは帰り道が判らないことなどを理由にこの村に居候に近い状況になっている。
 ――私ものんきだなぁ・・・・・・
 と、我ながら大物だと思う。

 普通、しとやかに、楚々と振舞わなければならない貴族の娘。
 レイナもその中の一人。
 けれどその本質はレイナの祖母から受け継いでか、とても行動型で活発。決して自分の意志を曲げず、間違っていることは屋敷を飛び出して相手が折れるまでこちらも折れない。
 正直レイナには一般人として生活したほうがいいと思う。
 けれどそんなレイナを面白がって、ヘルトがあの窮屈だった屋敷から連れ出してくれたことは彼女にとっても都合が良かった。
 今では盗賊の皆々様や、村の人々と友達にまでなっている。
 それはきっと、レイナでなければ出来得ない話だろう。

 春が近いというのに一段と寒くなったこの日、レイナは村から少しはなれた池のほとりを歩いていた。
「今日は寒いなぁ・・・・・・特別寒いかも」
 ぼやいて、空を仰ぐ。空は灰色の雲が覆っていた。この雲が立ち込めるときは、普段であれば雨が降ってもおかしくはないが、こう寒いともしかしたら・・・・・・。
 と。
「あ・・・・・・!」
 見上げていたレイナが、声を上げる。
「わ、わ! 雪・・・・・・!」
 思わず一歩前に足が出てしまったレイナが見たものは、薄暗い宙に舞っている、空から地上への白い贈り物。
「凄い、まだ雪が降るなんて・・・・・・」
 今日が通常よりも気温が低かったのは、雪が降る傾向だったようだ。
「・・・・・・・・・」
 珍しく、融けずに積もっていく雪を見て、レイナはウズウズし始めた。
 今、ヘルトたちは昨日騒ぎの元となった方向音痴なシェリカをチカネへ送っていっている。結局ヘルトは文句を言いつつも、面倒見が良いのだ。

 ――今なら・・・・・・誰にも見られない。

 そんなことを思い、レイナは少し広い平らな地へ移動する。
 左足を一歩引き、右足と直線になるよう動く。まるで目の前に誰かがいるかのように手を組む形をつくり、静止する。
 そして、僅かな余韻と共にふわりと動き出した。
 くるくると回り、後ろに引き、横にステップを踏む。
 レイナは優雅な動きと共に、自らを輝かせていた。雪が舞う様子はライトに照らされているようで、その中を踊る彼女は妖精が踊っているかのよう。
 これは貴族が習う基本的な社交ダンスで、一番レイナが好きな踊り。簡単でも、たとえ今相手がいなくても、踊る者が優しい気持ちになれることができるように作られたもの。
 レイナは、踊ることは好きだ。
 ただあの時は、相手が絶対に嫌だっただけで。
 そこまで考えてレイナは不機嫌そうな顔になる。
 ヘルトたちが屋敷にやってこなければ婚約させられることになっていた相手、トライ。
 レイナの屋敷に使えている大臣の息子で、ほとんどあったことがない男。レイナは彼が嫌いだ。
 幼い頃から大臣の息子と婚約するのだと言い聞かされてきた。
 それならば。
 何故会いに来てくれなかったのか。
 いくらお互い無理やりだったからと言って、しっかり会っていさえすればきっと気持ちも素直に受け止められたものを。
 横に右足を引きずるように動き、今度はそれと反対に動くという動作を行って、このダンスの一番盛り上がるステップを踏む。
 ――ここに、相手がいたならばもっと美しく映っただろう。
 スカートが遅れて止まり、形を崩した。
「・・・・・・・・・」
 やっぱり、道具でしかない。
 自分は、家の繁栄のための道具でしかない。レイナの家にとっても、彼の家にとっても。
 池に映る、自分の顔を見た。
 女の顔。
 男として生まれなかった自分は、両家の得になるために使わされた人形。
 人形に会っても、つまらない。

 ――貴方も、きっとそう思って私に会いに来なかったのでしょう?形だけの婚約者さん。

 ふ、とレイナは嘲笑を零す。
 家族は好きだ。家の使用人たちも、いい人ばかりで、だからレイナは好き勝手に屋敷を抜け出したり自由に行動が出来る。
 だからこそ、婚約を嫌がるたびに見せた父の表情と、同情に近い視線を向けるみんなを見ていられなかった。
『すまない、レイナ。トライ殿とお前が生まれたときに決めてしまったのだ。二人がある程度まで育ったら、婚約者にしようと』
 眉を垂らし、レイナを抱きしめてきた腕。
『大丈夫だ。ちゃんとお前が成人すればトライ殿は会いに来てくれるよ』
 レイナの成人は、4日後。
 成人の1週間前に、婚約パーティーが行われるはずだった。
 十七歳の誕生日の7日前に、突然に自分を攫っていった愉快な盗賊たち。そこのトップは、婚約者云々の話をしたとき、そのことをレイナと同じように煩わしいものだと怒ってくれた。そのことが、どれだけレイナの心を軽くしてくれたことか。
 できれば、この村の人たちと一緒にいたいと思っている。
 けれど。
「・・・・・・そういうわけにもいかないもんね」
 髪を耳にかきあげ、ふぅ、と息をついた、そのとき。
 ガサッ・・・
「!」
 身を固くして音のしたほうを見た。
 そこには。
「――お前・・・・・・」
「あ・・・・・・?」
 小さく声を上げたレイナの視線の先で、一人の少年が立っていた。
「貴方、確か・・・・・・」
 ルーセント、と。
 口がそう動いた。
 するとその瞬間ルーセントは眉をきつく寄せた。
「何故俺の名を知っている」
 その声があまりにも冷たかったので、レイナは思わず身を竦ませた。
 だが。
「・・・・・・一昨日会ったとき、ヘルトが言っていたのを覚えていたのよ」
 強く見据えると、ルーセントは僅かばかりピクリと反応する。
 そして彼は渋々と言った様子で森の草むらから出てきた。
「貴方・・・・・・仕事の帰り? 貴方とテントの前であった後にヘルトに聞いたんだけど」
「・・・・・・・・・」
 馴れ馴れしく近づいて訊いてくるレイナを、ルーセントはうっとうしく一瞥した。
「お前、ヘルト様のなんなんだ」
 急な問いにレイナは間の抜けた表情をした。
「え・・・・・・、ヘルト・・・・・・?」
 首を傾げて考える。そうして紡ぎだされた言葉は。
「――、都合のいい人質?」
 答えに、レイナは冷静に自分の考えを付け足した。
「私は貴族の娘だもの。警備隊が村に押しかけてきても、きっとあちら側も手出しは出来ない。だからほとぼりが冷めるまで私をここに閉じ込めておく気なのよ」
「・・・・・・・・・」
 ルーセントは淡々と話すレイナを横目で見て、村へと足を向けた。
 と、それが当然かのようにレイナもついてくる。
「何故ついて来る」
「私だってもう村に戻るわ。ヘルトたちが帰ってくる頃だし、私、帰り道判らないもの。どうせ迷ってしまうなら安全に帰してもらうまでここにいることにしたの」
 図太い神経の少女に、ルーセントがとてつもなく苦々しい表情になった。
「ヘルト様は何を考えておいでなんだ。こんな子供を村に連れてくるなんて」
 溜息とともに吐き出された言葉に、レイナはピクッと眉を動かした。
「失礼な人ね。貴方だってどうせそんなに年上という訳ではないのでしょう。勝手に人を見た目で決めないで頂戴」
 怒っていることは判っていてもそれを全て表に出さずに相手に伝える。抑えた怒りと冷たい双眸で、威圧を与える。
 ルーセントはそんな豹変したレイナを見て目を見開き、立ち止まった。
「どうしたの? 貴方も村に帰るんでしょ?」
 けれど次にレイナがルーセントに目を向けたときは既に雰囲気は暖かなそれに戻っていて、村が見え、その入り口にヘルトたちがいることに気がついたレイナは手を上げてその存在を示した。
「―――・・・」
 駆け寄っていくレイナの背を見送ったルーセントは、複雑な表情になる。
 あの目。
 あの雰囲気。
 まぎれもなく、貴族のそれ。
「っ・・・・・・」
 嫌なことを思い出し、ルーセントは悔しそうにこぶしを握った。


「おかえりなさい、ヘルト」
「ただいま」
 笑顔で受け答えするヘルトに、レイナも笑って問う。
「シェリカの家族、会えた?」
 その言葉にゴートが肩を下ろす。
「それが、チカネについた途端にシェリカがはぐれて。必死に探し回ってやっと見つけて、今度は家族探し。またシェリカがいなくならないように二人でわき固めて、なんか怪しい集団になった」
 疲れた・・・・・・とテントへよろよろ歩いていくゴートと3人の盗賊たちは、暗いオーラをまとっていた。
「お疲れ様」
「ほんとだよ」
 レイナがヘルトを労うと、彼も苦笑いしながら肯定する。
「シェリカ、別れるときお前にもよろしくって」
「うん。ちょっと強烈な子だったけど、私もまた会いたいな」
 くすっと笑うと、ヘルトはルーセントがレイナの後ろからやってきていることに気がつく。
「ルーセント」
 呼びかけると、彼はハッとしてからヘルトに駆け寄った。
「ヘルト様、お疲れ様です」
 なんと頭を下げたルーセントを、レイナは目を見開いて凝視した。
「うん、お前も無事だな」
「はい。調査しましたところ、あの屋敷には今――」
「あ、悪い。ルーセント、少し向こうへ行ってからにしよう」
 報告を始めようとしたルーセントを、ヘルトが止めた。
「はい」
 少々首を捻ったが、得に何もいわず従った。ヘルトはレイナに手を上げて挨拶すると、すぐに身をひるがえし、ルーセントとゴート。そして何人か仲間を連れてテントへ向かっていってしまった。
「・・・・・・・・・」
 一人取り残されたレイナ。
「・・・・・・なにしてよう・・・・・・」
 途方にくれて、何をするでもなく立ったままにしていると。
「レイナちゃん、薬草の作り方教えて」
「え?」
 うしろから、同い年くらいの女の子三、四人が話しかけてきた。
「私・・・・・・?」
 自分を指差して問うと、女の子たちはにこりとして頷いた。
「あのね、私の弟昨日の病気まだ治ってなくて・・・・・・。それで、薬の作り方、教えてほしくて・・・・・・」
「あたしは、今後のためにも」
「わたしも、薬剤師の勉強してるの。でも、こんな小さな村じゃちょっと限界あるし、レイナちゃんなら知識も豊富でしょ? だから・・・・・・」
「だめ、かなぁ?」
 おずおずと聞いてくる少女たちに、レイナは数秒黙ったのち。
 花がゆっくり咲き誇るような笑みを浮かべた。
「ううん。そんなことないよ。私でよければ教えるわ」
 そんなレイナに少女たちは頬を紅潮させ、笑った。
「それじゃあ、まず薬を作ってあげないと。早く元気になってほしいもんね」
「うん! ありがとう!」
 女の子たちと固まりながら歩いていったレイナを肩越しに見て、ヘルトは口元に弧を描く。
 ――あっちは、大丈夫そうだな。
 ヘルトは村にレイナを連れてきたものの、村に寝泊りする際住人の者たちと打ち解けられるか心配だった。得に女の子は余計にそういうものだと判っていたヘルトは、レイナの傍につきすぎず離れすぎずを心がけていた。
 心配は解消。
 何事もなく、レイナは確実に皆と仲良くなっている。
「ヘルト様」
「うん?」
 かけられた声に、ヘルトは目を向けた。
「どうした、ルーセント」
 楽しそうに訊くヘルトに、ルーセントは納得いかない瞳を向けた。
「・・・・・・あの娘のことですが」
「――・・・」
 そう答えるとヘルトは目を細める。
「何故村に引き込んだんです」
「『引き込んだ』っていうのはどうかな」
「何も知らない貴族の娘ですよ。一般的な者より役に立つのは認めますが、心を許しすぎではありませんか」
「そうか? これでも予防線は張ってあるけど」
「今は大人しいですが、そのうちわがままやヒステリックを起こされては困ります」
「レイナはそんな弱い子じゃないよ」
「・・・・・・・・・真面目に答えてください」
 少し語気を強くしたルーセントに、ヘルトはあくまで余裕に笑ってみせる。
 ゴートや他の者は何もいわない。
「真面目だよ、ちゃんと」
「ヘルト様、わたしは――」
 咎めるような声音になると、ヘルトは目を伏せた。
「お前は、レイナがどう見える」
「はい?」
「俺は、レイナが太陽に見えるよ」
 何を言い出すのかと、ルーセントや部下が見守る中、ヘルトは続ける。
「俺たちと違って、レイナは貴族として表舞台に立つために教育されてきた。表に立つんだから当然、表で色々学ぶわけだ。けど俺たちは、陰。闇に紛れて家を襲い、世間を騒がせる。いわゆる太陽と、その世界があるから輝いていられる月。反対なんだよ。レイナと俺たちは」
「・・・・・・・・・」
「俺は今の生活が好きだよ。こうしてみんなと、堂々と表にたつことは出来ないけど、それでも満足だ」
「ヘルト」
 ゴートが名を呼ぶが、気づかないフリをする。
「レイナは、俺たちと違う。太陽の下を、しっかり歩けるやつだ」
 故に、惹かれる。
 あれほどまでに自分の状況に不満を持っていても、その気持ちのために周りを絶望させないだけの器量を持つレイナに。
「――ルーセント」
「・・・・・・・・・はい」
 小さく返答すると、それでもヘルトは笑った。
「お前は、ほんとは貴族の家の生まれだった」
「―――」
 彼の身体が揺れ、固くなる。
「でも正妻の子じゃなかったことから、酷い扱いを受けて、お前は嫌になって家を飛び出したんだったな」
 何も答えないルーセントに構わず、彼の歴史を淡々と語る。
「お前が野たれ死ぬ前に、俺が偶々お前を見かけて拾ったから、生きていることができた。――お前が貴族を嫌う理由もよく判るけど、だからってレイナを拒絶していい理由になんかならないだろ?」
 心を見透かされた。
 レイナとはじめてあったときから、ヘルトはルーセントのレイナに対する気持ちを見抜いていた。
 貴族に向ける憎しみを。
「無理に仲良くなれなんていわない。けど、これだけは知っていろ」
 ヘルトはルーセントをしかと目に捉え、笑って見せた。
「レイナは、お前が思っているような貴族じゃない」
「・・・・・・」
 ぐっと口を引き結ぶと、ヘルトは柔らかに笑って見せた。
「状況報告。ルーセント、調べを上げろ」
 ヘルトが仕事口調で口を開いた。すると皆真剣な表情で、先ほどの気まずい雰囲気が嘘のようにすりかわった。
「――あの娘の屋敷の探りですが・・・・・・警備隊はあまり潜んではいませんでした。きっとあちらも、我々があの屋敷に戻ってくる可能性は低く思っているのでしょう。・・・・・・まさかわたしも一つの家にこれほど時間をかけるとは思いませんでしたから、どう対処してよいものか計りかねましたので、とりあえず何もせず1日だけ様子見をしました」
 じと〜とヘルトを横目で見ながら言い出すルーセントに、あくまで気まぐれな盗賊のトップは平然と笑顔を浮かべる。
「・・・・・・その結果、やはり特に目立った行動は目撃されませんでした。ですが、大臣のアクモが、夜中に伝書の鳥を飛ばしていました。北西の方角へ」
 ルーセントの目撃に、ゴートが顎に手をやる。
「北西・・・・・・。ここからだと、スザン大陸のヤエビコかセイシャに飛ばしたことになるな。その過程で見ると、可能性があるのはエデンがあるセイシャか・・・・・・?」
「エデン? おいおい、そこまでしないとあいつらはたかが盗賊を捕まえられないのかよ」
 ゴートが半眼になり、ルーセントが納得いかない瞳でヘルトを見る。
「あの娘のせいですか」
「――ルーセント」
 苦々しく顔をゆがめたルーセントの名を呼ぶヘルトだが、気持ちを出し始めたルーセントは聞く耳を持たない。
「やはり判りません。どうしてあんな貴族の世間知らずのせいでエデンに関わるようなまねをしなくてはいけないんですか。危険です。やはり早々にあの娘を屋敷へ・・・・・・」
「ルーセント。やめろ」
「っ!」
 ヘルトが、怒りを見せた。
 冷たい双眸でルーセントを射抜く。
「・・・・・・確かに」
 竦んだ彼を見て、ヘルトは溜息をついた。
「レイナはお嬢様で、世間に疎くて、レイナを連れてきたせいで危険なのかもしれないけどな。アイツをどうするかはお前が決めることじゃない」
「っ、ですが! 何故ヘルト様はあの娘をそれほどまで気にかけ、手元においておこうとしているのですか!」
 判らない。ヘルトが何を考えているのかが。尊敬する兄のような存在が、自分の身を危なくするような行動をするのが。
「――・・・。いつかは、アイツは同じ貴族の元に嫁ぐだろうな」
 呟かれた内容に、ルーセントは目を丸くした。
「だから・・・・・・あいつの家族が、迎えに来るまでは――」
 終わりの言葉が聞こえない。
 けれど聞き返すことが出来なかった。
 ヘルトの表情が、とても淋しそうだったからだ。
 諦めているけれど、何かを必死で願っている顔。口元に描かれた小さな笑みが、悟っている。
「ヘル・・・・・・」
「さて、もう昼時だ。お前たちも腹減っただろ? ゴート!」
「はいはい」
 こうみえて意外と料理の腕前がいいゴートに、ヘルトは笑いかけて昼食を希望する。
「・・・・・・」
 ルーセントは複雑な顔で、歩いていくヘルトを見る。
「・・・・・・あいつはな」
 ふと近くから聞こえた声に、ルーセントは首をめぐらせた。
 隣に、ゴートが並んで立っていた。
「レイナを、特別に想ってる」
「え・・・・・・」
 聞き間違いかと思った。
「でも、優しいから、レイナに自分を好きになってもらおうっていう考えを持ってない」
「ゴート様・・・・・・」
「だけどやっぱり、好きだから、少しでも長く一緒にいたいんだ。せめて、レイナを捜しに、警備隊や――これは推測だけどエデン隊舎の奴らがくるまでは、ってな」
「――・・・」
 困ったような笑いを浮かべて、ゴートはヘルトの後を追った。
「・・・・・・・・・好き・・・・・・?」
 不可解な言葉を聞いたように、ルーセントは知らず呟いた。


 ・・・・・・・・・判らない。
 ヘルト様の考えていることが。
 一緒にいたい? 好き? そんな感情、俺は知らない。
「ヘルト兄ちゃーん!」
「おわっ!」
 そこには、子供と戯れるいつものヘルトの姿があった。
 何も変わらず、ただ平然に。
 なのに、その裏には別の感情がある――――。
「ヘルト?」
 そこに、女の子たちから離れたレイナが駆け寄ってきた。
「レイナ」
 それに気づいたヘルトが困った笑みでレイナを迎える。
「・・・・・・・・・」
 たっ・・・・・・ルーセントはその場を離れた。
 走ってはいない。でも、歩いてもない。そんな速さで抜け出した。
 嬉し、そうだった。
 ヘルト様が、あの娘に会った時の顔は、自分が見たことない、そんな笑顔だった。
 そんなに、あの娘のことが好きなのですか―――?
 やっぱり、俺にはわからない・・・・・・・・・。
 
「あれ? そういえば・・・・・・他の人は?」
 レイナがきょろきょろと首を振ってあたりを見渡す。
「他の人?」
 すぐ傍にいたヘルトは首を傾げてそれを誰だか聞いた。
「いや、ゴートとか、あの・・・・・・あのルーセントとかいう・・・・・・」
 最後のほうは言葉になっていなかった。
 言いにくそうに、かなり躊躇しながらレイナが言った。
「ああ、・・・・・・・・・・・・」
 ヘルトは言葉を詰まらせる。
 先ほど、レイナの屋敷のことについて話し合ったばかりだ。
 いつも笑顔でいる少女に、なんと言えばいい?
 何て、言っていい? 俺に、その権利はあるのか。
 家にも帰さず、自分のわがままで繋ぎとめている少女に。
 密かに彼女の家のことを調べていると知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
 ―――・・・笑っては、くれないだろうな。
「そのうち来るさ」
 ヘルトは笑ってるのかそうでないのか分からない表情でレイナに言った。
 レイナはそう? と首を傾げる。
「ヘルト、元気ない?」
「え?」
 ヘルトは気の抜けた声を出す。
 そういえば・・・・・・と、思いだす。
 レイナは人の気持ちに敏感な節があった。
 彼女には、自分の元気すらもお見通しなのか。
「大丈夫。元気だよ」
 ヘルトは笑った。
 彼女が―――レイナが自分のことを思ってくれたことが、自分のことを知っていたことが、嬉しかった。
 レイナはヘルトが急ににこりと元気よく笑ってきたので、一瞬ビックリしたが、笑っていたから・・・・・・それで良いと思った。
「おや。お二人さん」
 そこに知る人のみぞ知る、潔癖症の34歳が現れた!!
 皆さん、誰だか分かりますよね?(笑)
「ゴートっ!」
 潔癖症の34歳といったらこの人しかいない。
 いや、この人以外にはいりません。
 それはさておき。ゴートは周りを見渡し、疑問を口にした。
「あれ? ルーセントは?」
 え? の一言だった。
 ルーセントとゴートは共に来たと思っていたのだが・・・・・・。
 どうやらそうではないらしい。
「こっちには来てないけど・・・・・・いないの?」
 レイナが少々不思議そうにゴートを見上げた。
 ゴートとヘルトは顔を見合わせた。
「レイナちゃ〜ん」
 そこに、先ほど一緒に薬を作っていた女の子たちが現れる。
「あ、はーい!」
 レイナは振り返ってその子達のところに駆けていく。
 残された二人だが―――。
「捜しにいくか。ルーセントを」
「・・・・・・そうだな」
 そういって、二人はルーセントを捜しに行った。
 現在お昼はとうに過ぎていた。
 つまり15時ほどである。
 レイナは先ほどの女の子達と共に薬を作っていた。
 まだ完全に治ってない子供達がいるからだ。
「ふぅ・・・・・・それじゃ、ここまでで休憩しておきましょう?」
 レイナが、区切りがついたところで皆にそういった。
 子供達につきっきりで、お昼を食べていなかったものは遅い昼食を食べに行った。
 既に食べ終えていた人々は子供達の横に座るなど思い思いの行動をする。
「さて」
 レイナは呟き、一息つく。
 そして子供達の容態が安定していてホッとしている中、彼らはルーセント捜しの途中であった。


「いない、な」
「な」
 村のどこかで、二つの声が響いた。
 ルーセントを捜しまくって三千里・・・・・・ではなく――――30分。
 そこまで広くもなく、だからといってかなり狭いわけでもない村の中を二人はルーセントの姿を求めて歩き回っていた。
 あたりを見渡す限りそれらしき少年はいない。
 いったい何処へ行ったのかー! と、ヘルトとゴートがぼやく。
「なぁ、何でアイツはいつも気がついたらいなくなってる習性があるんだ?」
 疲れた表情で呟くヘルトに、ゴートは複雑な顔になる。
「おい・・・・・・?」
 返事がないのを怪訝に思い、顔を向けるがゴートは気づかない。
「ゴー・・・・・・」
「ヘルト様? ・・・・・・ゴート様も?」
 そのとき、聞き覚えがある、若い少年の声が後ろから聞こえた。
 バッ! と振り返ると、ビンゴ。
 やはり自分達が思ったその人だった。
「やっと見つけた!」「やっと見つけた!」
「・・・・・・??」
 声をかけたとたんにいきなり叫び、いきなり疲れたようにガクンと腰を下ろした2人を見て、とうの少年ことルーセントは首を傾げた。
「探してたんだよ、お前の事」
「仕事、ですか?」
「違う」
 ヘルトの言葉に、更にルーセントは首を傾げた。
 仕事以外で自分が探される理由が他にあるのか。
「取りあえず見つかったことだし、戻ろうぜ。レイナが大変かもよ」
 ゴートが2人に向けて元来た方を指差した。
 ヘルトは同意して、立ち上がって前を進む。
 ルーセントも事情は判らないが、取りあえず2人にしたがって後を続いた。
 レイナが大変。
 その一言がルーセントの頭の中を駆け巡っていた。
 貴族がこの村で大変になることなど、彼は思いつかなかった。
「レイナ」
「ヘルト」
 ヘルトの後に、ゴート・ルーセントと続き、レイナの周りに集まった。
 中へ入ると、作業は再開しており、レイナも薬を作っているところだった。
「あら、貴方も見つかったのね」
「・・・・・・・・・」
 ルーセントは何も言わず、ただ呆然と立っていた。
 何も言えず、が正しいかもしれない。
「調子はどうだ?」
「子供達のこと? 今皆で協力して残りの薬を作っているわ」
 レイナがヘルトに報告した時だった。
「レイナちゃ〜ん!」
 後から大声でレイナのことを呼ぶ少女がいた。
 歳は同じぐらい。
 レイナとももう打ち解けている。
「今行くわ!」
 レイナは返事をし、ヘルト達に手を軽く振ってその場を離れた。
 すぐさま少女の下に向かったレイナは、彼女に丁寧に判らないところを教えている。
「・・・・・・・・・」
「ルーセント?」
 ヘルトが様子がおかしいと彼に話しかけると、聞えなかったのか無視したのか、ルーセントは何も言わずにそこを出た。
 ヘルトとゴートはそれを見て何も言わず、レイナはそんな少年の姿さえ目にはなかった。


 どうして。 
 何故だ。
 何故、あいつは村の人間を助けている?
 貴族は、そんなことしない。
 貴族は・・・・・・・・・そんなこと・・・・・・。

 ――レイナは、お前が思っているような貴族じゃない――

 ヘルトの言葉が、彼の頭の中に蘇ってきた。
 頭がぐるぐる廻って、何を思い、何を考えていたのかがまるっきり判らなくなってきた。
 ルーセントは、空を見上げた。
 夕日が出ていて、空はオレンジ色に輝く。
「・・・・・・もう直ぐ、夜が来る」
 ただ、それだけ呟いた。


 夜。
 いつだって、いつだって、夜は来る。
 それはもう、当たり前のように。
 月日は過ぎて、すべてが進む。
 ルーセントは、別に仕事なわけでもないのに、夜の村を歩いていた。
 夜という事だけあってとても静かだ。
「・・・・・・・・・」
 満月だった。
 雲はなく、月が淡く静かに輝きを放つ。
 ふと、辺りを見渡した時だった。
 1人の、少女を見つけたのは。
 その綺麗な亜麻色の髪は月明かりを浴びて、ひどく輝き、そこにいる少女はまるで――。
 ジャリ・・・・・・
 足を少し動かしてしまい、砂が小さく音をたてた。
「!」
 小さな音と言っても、今は夜。
 昼間に聞えなかった音がどうどうと聞える時間帯だ。
 レイナはその音に驚いて振り向き、離れたところにいる少年に目がいった。
「また、貴方なのね・・・・・・」
 相手が誰だか判ると、レイナは静かに目を伏せて顔を前に戻した。
「・・・・・・」
 ルーセントは何も言えず、立ち尽くす。
「・・・・・・見回りでもしているの?」
 ふとレイナが口を開いたので、彼は内心焦りながら頷いた。けれどレイナの位置からは顔が見えない。
「村に、危険が及ぶのは、ごめんだ」
 拗ねたような口調に聞こえたのは、間違いではあるまい。
 レイナはクス・・・と微笑んだ。
「貴方も、村の人たちが大好きなのね」
「・・・・・・」
「私も、みんなが大好きだわ。優しいし、気さくだし。とても素直でいられる村だものね」
 ルーセントは何も言わず、顔をあおのかせて空を見上げる彼女をただ見ていた。
 けれど不意に、問いかける。
「お前は、貴族の人間だ」
「・・・・・・そうね」
 急な問いかけにも動じず、彼女は肯定する。
「どうしてお前みたいなのが貴族にいるんだ」
「――・・・」
 レイナはその低くなった声を、横目で見つめた。
「何故お前は貴族なのに、こんな小さな村のやつらに手を貸す! 貴族なんて、自分が高い位置にいることを疑いもしないで、権力を貪る愚か者たちだ! 身分の低いものを踏みにじり、それを嘲笑う・・・・・・」
「ルーセント=バーミヤ」
「・・・・・・っ!」
 大きく、肩を震わせた。
 それを見て、レイナは身体をルーセントに向ける。
「やっぱり・・・・・・貴方、バーミヤ家のものね」
「・・・・・・どうして、その名を・・・・・・」
 動揺を隠せずに近づいてくる少女を見つめた。
 レイナはルーセントの前まで来て止まると、溜息にも似た息を吐き出す。
「覚えてるわよ。今から八年前、バーミヤ家の長男が行方不明になった。バーミヤは貴族の中でも指折りの大貴族。そこの跡取りがいなくなったのよ? 大騒ぎにもなるわ。・・・・・・まぁ、正妻の子ではないと言われていたから、きっとその相続権はないと噂されてはいたけれど」
「――」
 表情を歪めたルーセントは気にせず、自分が知っているありのままの事実を淡々と話す。
「バーミヤ家長男が、まさかこんなところで盗賊をやっていたなんて、驚いたわ」
 面白そうに微笑んだレイナに、ルーセントはカッとなる。
「ヘルト様は、野垂れ死にそうだった俺を拾ってくださったんだ。その恩返しをするためなら、なんだってやってやる」
 こぶしを握り締めてそういったルーセントに、レイナは微笑みを向けた。
「そう。それで、今の暮らしは前と比べてどう?」
 その質問に虚をつかれる。
 一体なんだと言うのだ。この少女は。
「――・・・とても、楽しいよ」
「・・・・・・」
「ここの人たちは、俺を除け者にしない。家族として扱ってくれる」
 優しい瞳を向けるレイナを直視できずに言うと、彼女はまたしても微笑みを向けた。
「そう・・・・・・貴方は今、幸せなのね」
「・・・・・・」
「良かったわ。同じ貴族として、息苦しい思いは、私にも判るつもりだもの」
「え・・・・・・」
 聞き間違いなのかと思った。
 息苦しい?
「どういう、ことだ」
 上手く言葉に出来ていたかはわからない。けれどレイナはルーセントと視線を交わすと、首を傾げる。
 表情は、諦めにも似た感情。
「私も、貴族が嫌いよ。自由がないから。お父様もお母様も、家に仕えてくれているみんなのことも大好き。けどね、『私』は嫌い」
 目を見開くルーセントとは裏腹に、レイナは目を伏せて吐息と共に言葉を吐き出す。
「自分が嫌い。自由を望んでも動けない貴族と言う立場にいる『私』が・・・・・・大人たちの前で素顔が出せない『私』は嫌いよ」
 ルーセントに背を向け、先ほど立っていた位置へと足を向ける。
「だから、踊りが好き」
 そこは、朝も立っていた場所。
「知ってた? 踊りの動きにはね、一つ一つ意味があるのよ。例えば、そう。身体を回す動き」
 言葉に合わせて身体を回した。
「これは、空を表しているわ。何処までも広がる空。それから・・・・・・手」
 レイナは手を広げ、身体と一緒に回したのち、胸に当てる。
「これは、自然と心を表す。二つはとても似ているから。人の想いも自然の流れも同じ。晴れていたと思ったら急に泣き出すの」
「・・・・・・」
 ルーセントは言葉もなく、見ていた。見ているしか出来なかった。
 ――あまりにも、レイナが美しかったから。
 レイナは踵を上げ、両手を空に挙げる。空から落ちてくるものを手に滑り込ませるように。
「――踊りは、私が唯一自由を表現できる方法。想いを動きの乗せて、届くように、って」
「・・・・・・お前・・・・・・」
 レイナは微笑み、言った。
「貴方が羨ましいわ。こうして自分の自由を掴むことが出来たのだもの。だから、これからも・・・・・・大切にしてね。――おやすみなさい」
 ルーセントに言い残し、レイナは村のテントへ戻っていった。
 彼は暫く動けず、彼女の言葉と姿を忘れられなかった。


「レイナ?」
「――あれ、ヘルト?」
 テントの前にいた人物を認め、レイナは目を丸くする。
 先にテントで休んだはずのヘルトが、入り口に立っていたのだ。
「どうかしたの?」
「いや・・・・・・何処に行ってたんだ?」
「・・・・・・」
 歯切れが悪い。
 視線も宙に浮いている。
「――心配してくれたの?」
 直球に首を傾げると、ヘルトは「う・・・」と恥ずかしそうに頭の後ろをかいた。
「・・・・・・ありがと」
 見上げて微笑むと、ヘルトはバツの悪そうな表情になったが、レイナの笑顔を見ているうちに顔を綻ばせた。
「夜も深い。もう休め」
「うん、おやすみなさい」
 レイナは微笑んだまま頷き、ヘルトに手を振ってからテントへ入っていった。
 テントの前から、静かに気配が遠ざかる。
「―――・・・」
 簡素なテントの中で、レイナは膝を抱えて座り込み、キュッと唇を引き結ぶ。
 瞳には、冷たい光が宿っていた。





 同時刻。
 客船とは言わないまでも、人がしっかりと寝泊りできる設備が整っている船。
 その船の広い甲板で。
「ねぇ」
 澄んだ声が上がる。
 その声につられて顔を向けた。
「――もしかしたら私このまま倒れるかも」
「アホかお前は」
 なにやらいきなりとんでもない発言をした少女に、その隣で微妙な顔をしながらすかさずツッコミを入れる少年の姿がある。
 少女はそんな少年の言葉は無視し、甲板の手すりに布団を干すような格好で寄りかかった。
「ぎもぢ悪い〜」
 どうやら船酔いをしたようだ。
「そりゃな。アレだけはしゃげばな」
「うぅ〜。だってぇ〜。私、船に乗って外国なんて初めてなんだもの。だからほら、なんていうか・・・・・・好奇心というか・・・・・・」
「でもそのせいで酔ったら好奇心もただの考えナシだな」
 さらりと言ってのけた少年だが、しっかりと背をさすってくれている。
 彼女は額に指を当て、考えた。
「むぅ・・・・・・これがあと・・・・・・。――えっと?」
「あと約三日」
「あ、そうそう。後三日も続くなんて・・・・・・」
 手を打って頷いた少女に、彼は眉を寄せて顔を覗きこんだ。
「おい、お前本当に大丈夫か? 日にちまであやふやになるなんてお前らしくない。そんなに酷いならやっぱり来ないほうがよかったんじゃ・・・・・・」
 そう言った少年の心配顔に、少女は身体を起こし、目を細めて微笑んだ。
「大丈夫よ。今日はちょっと物珍しくて大騒ぎしちゃったけど、明日になればきっと回復してるはずだから!」
「・・・・・・『はず』、ねぇ・・・・・・?」
「あ、ちょっと? ど、どうして頭を撫でるの!? わわっ。くしゃくしゃにしないで・・・・・・!」
 大きな手に頭を撫でられ、少女は慌てる。
「お前、その根拠無しはどうにかしろ。・・・・・・その無防備さも」
「え? 何?」
 最後のほうが聞き取れず、訊き返すが少年はそっぽを向いてしまった。彼がこうなるときっと動かないので、渋々少女は引き下がった。
「おーい。そんなとこで何やってんだ?」
「ア」
「アクロス!」
 少年が名を呼ぼうとする前に、隣の少女に先を越される。
 アクロスという成年者は、二人に近づいて笑いかけた。
「なんか遠くから見てて凄く微笑ましかったんだけど。・・・・・・まぁ、それはさておき。もうみんな寝ちゃったぞ? なんだってこんなとこで二人でいたんだ?」
 言葉の裏に笑みを滲ませても、鈍い二人は素直に受け止める。
「あのね、月を見てたのよ」
「つき?」
 首を傾げると、少女は空を見上げる。
「で、俺はそんなコイツに振り回されてた」
 そういうと少女はむくれた。
「ロイドだって別に文句も言わずについてきてくれたじゃない」
「それとこれとは別」
 少女がこげ茶色の綺麗なロングウェービーを風になびかせながら言うと、ロイドは口元に笑みを浮かべながら先ほどの少女と同じく空を仰ぐ。
「ここの月も綺麗だな」
 アクロスが呟いて、二人も頷く。
「でも・・・・・・なんだかここの月は、『エデン』の月とはまた別な・・・・・・とても純粋で強いものを感じるわ」
 少女が直感的な感想を述べ、それをチラリとロイドが見た。
「・・・・・・お前と似てるな」
 聞こえないようにそう言い、楽しそうに目を伏せてまた空を見やる。
「あ、そうだ」
 不意にアクロスが声を上げ、二人の視線を獲得する。
「みんな寝たし、邪魔入らないし、『訓練』しないか?」
「は?」
「え?」
 急な申し出に、二人とも目を丸くした。若干ロイドはめんどくさそうな色を滲ませている。
「しずかにやれば誰も起きないだろ? この甲板広いし」
「何で今なの?」
「だって俺船に酔って眠れないんだもん」
「「・・・・・・」」
 間を空けずに理由を述べたアクロスに、二人は沈黙する。
 仮にも二十六歳の大人が「だもん」とか使うとちょっと・・・・・・。と思わないでもない。
「どうせお前らもまだ寝るつもりはないんだろ? な、頼むよ。俺実のところ筆記試験は大丈夫なんだけど実技でハウジンに抜かされそうなんだよね。それは少し困るなぁと・・・」
「ああ。それはいいな。煩いのが減って」
「酷いぞロイド! お前が俺より上の『副隊長』だからって余裕な態度がむかつく!」
 いつもどおりの日常が繰り広げられていることに、少女はくすりと微笑んだ。
「まぁいいんじゃない? 確かにまだ眠くないからね。でもやりすぎちゃ駄目よ」
 少女が見物モードに入りそうになっているのを見かね、アクロスが急いで提案した。
「なぁ、今夜は二人とも訓練手伝ってくんねぇ?」
「え?」
「二人で? 何でだよ」
 近くにおいてあった模範用の剣を三本手にし、うち二本を放り投げた。
 危なげなく手におさめた二人に、アクロスは苦笑いする。
「このままじゃ本当に危ないんだって。俺、絶対三官の席譲りたくないからさ。――お前たちとまだまだ楽しくやりたいし。そのためにはお前らから一番近いのが『隊長』、『副隊長』と強さが続いて、次の三官だろ?」
「・・・・・・」
 ロイドが複雑な顔になり、少女はきょとんとしてから顔を綻ばせた。
「そういわれちゃ仕方ないわね。ロイド」
 少女に目を向けられ、気がついたロイドはハァと息をつく。
「・・・・・・俺も、まだお前が三官から落ちるとこは見たくないな」
 その言葉にアクロスは歯を見せて笑い、少女は剣を鞘から抜いた。
「じゃ、おねがいしますよ」
「うん」
 少女は相変わらずの笑顔。けれど。
 ――その笑みは、今まで見せていた笑みとは異なっていた。
「お」
 アクロスが楽しそうに声を上げ、ロイドは片手を腰に当て、重心を右側にかける。
 少女の笑み、それは―――常に鋭く光る鷹のような眼差し。
 気の弱いものなら、それだけで戦う気など失せてしまう。これは恐怖ではない。ただ相手と対峙しただけで震えるような感覚。
 その瞳から零れるのは、真に強い者が放つ「気」。
 これは―――。
「畏怖の念」
 アクロスが呟き、少々冷や汗を流す。
「俺たちには到底追いつけないほどの大きさだな」
「まぁ、俺も十回以上挑んでるけど、まだ一回も勝ったことはないからな」
 そこでロイドがさらりと真実を暴露した。
 その言葉にアクロスが焦る。
「は!? お前まだ勝ててなかったの!? じゃあ俺勝てるわけないじゃん! お前副隊長で俺三官だぞ? つまりロイドのほうが強いのにまだ一回も勝ってないって、そんなの俺が勝てるわけ・・・・・・」
「アクロス、逃げるなんて男がするものではないわ。腹を括ってかかってきなさい」
「う・・・・・・」
 少女がぐさりと痛いことを言い、アクロスが諦めの兆しを見せる。
 はは、と少女を見て、呟き始める。
「さすが、最高戦力部隊と謳われる十番隊隊長 リデル=アクタイン。――エデン史上初の女隊長だ」
「なにをいまさら」
 ロイドが呆れ声を出し、少女――リデルが美しい顔で星たちに照らされて微笑んだ。

「最高戦力部隊」の「隊長」が「十五歳の少女」。

 この事実を、今から行く大陸の者たちは、まだ知らない。


後書き

一ヶ月ぶりですww

第四夜が思ったより時間がかかりました。

さて、今回の『月下』(勝手に略称させていただきます)ですが。エデンからの使者登場。 この子達が今大のお気に入りのキャラです。
前回で申しましたとおり、私が前々から書いていた子達です。
本来登場させるつもりはありませんでしたが、やむをえない事情が発生し、つい。

このほうが話を進めるのに支障をきたさないと判断しました。
どうか飛び入りキャラを見守ってください

〜友重〜

どうもこんにちは、五月です。
『月下』(勝手に以下略)ではお久しぶりです。
なんとも時間がかかりましたが、無事(?)投稿できましたヨ!
いやー数日前はもっと時間がかかってしまうのではないかと少し心配だったりしました(笑
いやー予想通りにならずで良かった。うん。
五夜も遅くならないペースで書きたいです。
とは言っても大体は友重が書いてるのですが(笑
なんか、本人から否定発言が出ましたが、うん。
まぁそういうことにしときましょう!(オイ
では、また次の『月下』で会いましょう。

by五月

この小説について

タイトル 第四夜:舞姫
初版 2009年10月10日
改訂 2009年10月10日
小説ID 3548
閲覧数 926
合計★ 8
五月の写真
作家名 ★五月
作家ID 497
投稿数 60
★の数 173
活動度 11432
一言・・・・・・頑張ります。

http://simotukiharuka.blog.so-net.ne.jp/
自分の小説ブログです。
ここに載せた小説についていろいろ書いてます。

コメント (4)

★ 2009年10月11日 19時00分08秒
どうも、毎度おなじみの丘です。
では、感想を。
ストーリーはキャラの存在が際立っていて、おもしろかったです。
それにしてもルーセントとレイナが会話しているとき、レイナは良いことを言いますね。そこの場面がグッとくるとこでした。
では、失礼。
★けめこ 2009年10月12日 20時50分35秒
読んだよー!
いつも思うんだけど、この話はいつもテンポがいいよね。
シーンの切り替わりとかも自然だし。
あと、よくここまでキャラの名前つけられるなーと思って。
うちネーミングセンスないもんだから、憧れるわぁ。
強いて言うなら……や――が多くて読みにくい部分がある、ってところぐらいかなぁ。
次回作も楽しみにしてるよ☆
★五月 コメントのみ 2009年11月7日 16時56分26秒
・・・・・・えーと;;

遅くなってというか一ヶ月も申し訳ありませんでしたぁ!!(土下座
今更!?と思われるかもですね・・・・・・。

なんかもう全然五月とあってなくて。
コメントきていることは五月から聞いていたのに・・・・・・。
ホントすいません;;

H/K とりあえず、四夜はレイナの心境が複雑になる場面ですね。
なんだかこのままルーセントという元同士に会い。
話をする事で貴族というものを再認識というか。

でわ、私はこれで下がらせていただきます。  〜友重〜

丘さん&けめc>遅くなってすいません!!(汗
確か、コメントは投稿して直ぐに見たのですが、友重と一緒のほうがいいかなー。
ということになって、五夜が完成する今日まで放置状態になってしまいました;;
すいません。
と、コメント有難うございました。

by五月
wq コメントのみ 2018年1月3日 9時48分23秒
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