あの時間の続き

 「私ね、美容師になりたいの。あっ、美容師って言っても、人間のじゃないよ。ワンちゃんやねこちゃん、動物の美容師、トリマーよ。」
 はさみを動かしながら、続ける。
 「私、来週からトリマースクールに通うんだ。ねぇピノ。私がトリマーになったら毎日キレイにしてあげるね。」
 (うん。)
 「今よりもっともっと可愛くしてあげる。シャンプーして、お爪切って、お耳の中も・・・それから………。」
 (がんばってね明日香ちゃん。僕楽しみにしてるね。)
 その時、部屋のドアが開いた。
 「おねぇちゃん、またピノに独り言を言ってたの?」
 「………びっくりした、百華か。いいじゃない。こんなこと、ピノにしか話せないもんねー。」
 「ピノは私の方が好きなのよ?」
 「いや、私の方がもっと好きだよねー、ピノー♪」
 明日香は、ピノの頭を撫でながら話しかける。
 (うん。百華ちゃんも、明日香ちゃんも、みーんな大好きだよ。)
 ピノは、本当に幸せそうな表情をしていた。

 そう、あの日までは。









 「見て見て!お父さん、お母さん、百華!」
 その大きな声を聞いて、全員がリビングに集まってくる。
 「どうしたんだ明日香。」
 「ほら、ピノ!かわいいでしょ。」
 ピノはもこもこした毛が特徴的な小型犬だが、顔以外の毛が短くなり、特に足は、地肌が見えるか見えないかのぎりぎり位までカットされている。とにかく説明など要らない、可愛いのだ。
 「まぁ!」
 「ほぉ明日香。なかなかやるじゃないか!」
 「ピノー、よかったねー♪」
 「でしょでしょ。私、天才かも!!」
 それを聞いたお母さんは、くすくす笑いながら
 「ピノのお陰でしょ。」
 と言う。
 「だよねー。スクールで習ったこと練習させてくれたり、いつもありがと!!」
 明日香は、ピノに何度もキスをする。
 そんな様子のピノを見て、百華が言った。
 「でも、ピノもよくそんなに大人しくできるよね。」
 (えへへ、だってね、明日香ちゃんの手、とっても気持ちいいんだよ。それに明日香ちゃんのハサミの音、すごく優しいんだ。ずっとずっと、この時間が続くといいなぁ・・・。)
 ピノは心の奥底からそう思った。
 その時、
 「あーーーー!!!」
 という明日香の声に、ピノはびっくりして、ひっくり返ってしまった。
 「いっけない、スクールに遅れちゃう!!行ってきまーす!!」
 そう言うと、明日香は勢いよく玄関を飛び出していった。
 「ピノ。帰ったらまた可愛くしてあげるね!」
 (うん、明日香ちゃん、行ってらっしゃい。)



 リビングでは、お母さんと百華が3時のおやつのようかんを食べていた。それに気づいたピノは百華の穿いているジーンズを爪で優しく引っ掻く。
 (百華ちゃん、それ、''よーかん''でしょ?ちょうだい、ちょうだい。)
 「あれ?ピノはようかん好きだね。これ、私のおやつなのに。明日香にも、ピノに人の食べ物あげないでって叱られちゃう。でも、少しだけなら………。」
 お母さんは、その様子を笑顔で見つめている。
 その時、家の電話が鳴り響いた。
 「はいー、今出まーす。」
 と言いながら、電話に走っていく。
 「なんで人って聞こえてないのにあーゆう言葉が自然に出てくるんだろね、ピノ。」
 フォークをようかんに刺して、ピノにあげようとした時、
 「………えっ警察!?は・・・はい、明日香はウチの娘ですけど………。」
 という言葉を聞いて、百華は手を止めてお母さんが電話で話している言葉に耳を傾けた。
 「えぇ!?明日香が交通事故!?桜坂大学病院ですね!!す………すぐ行きますっ。」
 それを聞いた百華も、顔を真っ青にして、ようかんを机の上に置いたまま、バタバタと上着を取りに行った。
 (百華ちゃん、よーかんは?)
 ピノが百華を追いかけようとすると、バタンっと、ドアが激しく閉まる音がした。
 (………なんだようケチー。)





 外がすっかり暗くなった頃、玄関からドアが開く音がした。ピノは玄関に向かって走る。
 (おかえりなさい。あれ、お父さんも一緒だ!)
 ピノはわんわんと元気に吠える。
 しかし、3人の様子がどこかおかしい。
 下を向いたまま顔を動かさず、眼の周りが赤くはれている。足取りもどうもしっかりしていない状況だ。
 それを見たピノは、何かを感じ取り吠えるのをやめた。
 (明日香ちゃんは………?)
 リビングに向かって歩く3人の後について行く。
 (ねぇ………。)
 リビングにたどり着いた瞬間、お母さんは力なく床に座り込んだ。
 そして前を向き、まるで幽霊でも見たかのような表情で、眼を見開いて、涙を流している。
 百華も、椅子に座って顔を伏せている。
 (おかあさん………?)
 その時、静かだった室内に1つの物音が響いた。ピノはそちらを向く。
 (………明日香ちゃんのお道具箱だ。)
 それは、あちこちが破れ、あちこちが折れ曲がり、傷が付いていたりした。
 お父さんは、その横にまた一つ、物を置いた。




 原形をとどめないほどに歪み、赤い血がべったりとこびり付いたはさみだった。




 (明日香ちゃんはどこ?−−−)






 「………じゃ、行ってくる。」
 「はい……点。」
 「お………ピノ。」
 「あれから毎日玄関で明日香を待ってるのよ。明日香が死んでしまったことが、ピノには分からないのね。」
 「………それもいいな。」
 「かわいそうですよ………。」
 「………そうか、そうだな。」

 百華はようかんを乗せた皿を玄関に持っていく。
 「ピノ。ようかんだよ。」
 ピノは小さく鳴いた。
 (ねぇ、明日香ちゃんは?いつ帰ってくるの?)
 「………毛が伸びてきたね。ちょっと切ってあげようか。」
 (………っさわるな!!)
 「きゃ………っ。」
 ピノは吠えながら百華に飛びついた。そして威嚇し続ける。
 (明日香ちゃんだよ!!どこ行ったんだよ!?なんで帰ってこないんだよ!!なんでなんでなんで!!)
 ピノの、人には聞こえるはずのない心の叫びがはじけた。
 マットレスを噛んで床に叩きつけたり、リビングで暴れまわって皿を割ったりした。
 「ピノ、やめなさい。ピノ!!」





 「今日そんなことがあったのか………。」
 「ピノは明日香が大好きだったから………。」
 ピノは、明日香のベッドの上でうずくまって泣いていた。
 (………会いたいよう! 明日香ちゃん………。)

 その時、どこからか明日香の声が聞こえてきた。


 「ピノ。」


 ピノは急いで顔をあげる。そこには、明日香の姿があったが、向こうが透けて見える。
 (明日香ちゃん………!!)
 ピノは涙ながらに飛びついた。明日香も、しっかりとピノを受け止める。
 (明日香ちゃあ〜ん………っ!!どこ行ってたの!?ぼく、ずっと待ってたんだよ。)
 明日香はピノを撫でながら言う。
 「………ダメじゃない、ピノ。こんなに汚れてる。シャンプーしなくちゃ。
 毛も伸びて、毛艶もなくなってるよ。お耳の掃除はどうしたの?お爪も長いね。」
 (じゃあ………。)
 ピノはおすわりをした。ものをねだる時は、おすわりをするのがピノの癖だった
 (じゃあ切って。明日香ちゃんぼくの毛切って!いつもみたいにきれいにして!ぼく、明日香ちゃんのはさみの音が大好きなんだ!!)
 それを聞いた明日香は、目に涙を浮かべる。
 「ピノ………。ごめんね。もう切ってあげられないの。」
 (………どうして?)
 「ピノ、よく聞いて。百華にかみつこうとしたり暴れたりしちゃダメ。みんなに嫌われちゃったらピノは一人ぼっちよ。」
 そして明日香は、笑顔で大粒の涙をこぼしながら言った。




 「私はもう、どこにもいないんだから………。」




 (え………?)
 「トリマーになった毎日ピノをキレイにしてあげたかったなぁ………」
 明日香の体が、少し薄くなった。
 (明日香ちゃん………?)
 「もっともっと可愛くしてあげたかった。ピノ………。」
 スゥ………と、どんどん明日香の体がきえてゆく。
 (明日香ちゃん!? 明日香ちゃん!!)
 部屋に、ピノだけが取り残された。ピノは呆然と明日香のいた場所を見つめる。


 「私はもう、どこにもいないんだから………。」





 「はいハンコ。御苦労さま。」
 お母さんは包装を解いていく。
 「あぁ、きれいに直ってるじゃないか!」
 「明日香のはさみ。お母さんこれだけは絶対に元通りにしてあげたかったの。」
 そこで百華が言った。
 「じゃあお母さん。私がそのはさみでピノの毛切ってあげてもいい?」
 「………いいわよ。」
 お母さんは百華にはさみを優しく手渡す。百華はそのはさみの重みをしっかり感じている。
 ピノがそのはさみを見て百華に近づいてきた。
 「………キレイにしてあげたいな?」
 そういいながらはさみを動かす。ちょきちょき、と。
 ピノは音に誘われて、ついに百華の膝元まで来た。
 「………そう。このはさみがいいんだよね。そうだよね。」
 百華はピノの毛を切り始めた。
 「キレイになって天国のおねぇちゃんに見てもらおうね。」
 (明日香ちゃんのはさみの音。ずっと続けばいいと思っていたあの………。)
 ピノは目に涙をためる。
 (あの………)
 たまった涙がこぼれ落ちる。






 (幸せな時間………)






 (明日香ちゃん。ぼくを心配して天国から来てくれたんだね。ごめんね明日香ちゃん。ありがとう明日香ちゃん。ぼく、いい子にするからね………。)
 「………さ、できた。」
 百華はそっとはさみを置いた。
 「……………。」
 「……………。」
 「……………。」
 ピノの姿は、お世辞にもキレイとは言えなかった。どーんという効果音が辺りを支配している。
 「ご………ごめん。うまく切れなかった………。」
 「い………いや、まぁなかなか味があって………。なぁピノ!!」
 百華は両手を床につく。すかさずお父さんがフォローを入れる。
 「………決めた………!」
 お父さんとお母さんは百華のほうを向く。
 「私、おねぇちゃんの代わりにトリマーになる!!おねぇちゃんの夢、私が叶えてあげる!!」
 2人は、おいおい、という目をした。しかし、ピノは百華にとびついた。
 それを見たお父さんが言った。

 「そりゃあいい………。夢のバトンタッチだ!」

 お母さんもその様子を微笑んで見ている。
 この時、家族は久しぶりに笑顔で包まれた。
 


 (天国の明日香ちゃん。あの時間の続きが見えますか?) 

後書き

コメよろしくですー

この小説について

タイトル あの時間の続き
初版 2009年10月24日
改訂 2009年10月24日
小説ID 3576
閲覧数 690
合計★ 3
せんべいの写真
作家名 ★せんべい
作家ID 397
投稿数 62
★の数 592
活動度 12726
卓球とみたらし団子とピアノが大好きな変態です

コメント (2)

PJ2 2009年10月25日 11時51分42秒
お久しぶりです。パトリックです。
せんべいさんらしい作品、合間合間の短編は結構好きでしたので、それの流れという事で。
視点関係も姉妹の関係や夢もかなり良かったと思います。
人をあまり消さないせんべいさんですが、珍しく今回は消したようで。こんなふうにも書くのかと、せんべいさんの珍しい能力に驚かされました。
それと最近本を読みましたか? 文を書くときの基本、忘れてませんか?
話が良い分そのへんが悲しいです。話が良かったと思いますので、三です。ピノ視点もかなり良かったです。
では、これからもお互い頑張りましょう。めっきり影の薄くなった自分が言うのもなんですが。
★せんべい コメントのみ 2009年10月28日 23時41分10秒
PJ2さん、コメントありがとうございます。

やられました。「」の後の。のことですね。
全部書き終わった後に気づいちゃったんですねー。直せばよかったものの、それを怠ってしまった僕のミスです><

最近短編しか書きませんねー。なんかもう、SS大好きっ!
この際、SSをちょっと究めてみようかなんて思います。
また機会があれば、よろしくお願いしますね。
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