短編集 - センセーショナルエントランス

「玄関とか何処の国のか分からないものが沢山置いてあってさ、夜とか地味に怖いの。魔除けのお面とか凄い迫力なんだよ」
「ふうん、裕ちゃん家は色んな物があるんだねぇ」

見てみたいな、と大きな瞳をきらきらと輝かせて目の前の友人ーー佳奈は言った。母の趣味が相当悪いのだと思っていたが、こんな身近なところに仲間がいたようだ。



 土曜日。学校が休みである私たちは、二人で遊ぼうと約束をして現在、街の大通りの一角にあるファーストフード店で間食を取っている。午前中から遊んでいたというのに、昼は映画館でポップコーンしか食べていなかったので、二人して夕飯までお腹が持たなかったのだ。もう日は暮れる頃で、店内は混んでいた。
 ひとしきり甘いモノを食べ終わった後、どう転じたのか、いつのまにか私の母の趣味が話の主題となっていた。

「いや、別にそこまで大したもんじゃないから」

放っておいたら、そのまま家までついてきて上がり込んで来そうな、佳奈の眼の輝き様に軽く息を詰まらせて、私はその期待を払拭する為に机の上で手を振った。

「えー、絶対凄いと思うのになぁ。あ、じゃあ今度写真取ってきてよ」
「却下」
「なんでさ、裕ちゃんのけちんぼ!」抗議の表現なのか、握った両拳をテーブルに叩き付けた。
「佳奈の趣味も理解できないわ……」
「理解できない方が可笑しいよ」

それはなかなかいただけない言い分だ、と思った。

 我が家は、特に我が家の玄関は、物心の付いたから随分とモノにあふれていたように思う。
 一歩譲歩してエキゾチックに纏めるというならまだしも、モダンデザインの椅子があれば通販で買ったらしいラッパ付蓄音機もあり、聖書を意識した絵があるなと思えば、インド辺りで買ってきたような絨毯もある。近所の中華料理店でよく見かけるような壷もあったり、パルテノン神殿の柱を思わせる小さなテーブルもあったり。
 一言で節操無しという。
 一度母に、どうしてこの家はこんなにも統一性が無いのだ、と聞いたことがあった。確か五年くらい前だっただろうか。家に友達を呼んだその翌日、その友達が喋ったのか、小学校で趣味が悪いだのなんだのと男子らに罵られたという溜め息さえ重くなる思い出がくっついている。
 しかし母は「お母さんは世界中のいろんな国が好きなのよ」と理由にもなっていない回答をしてきた。
 だがそれは、その時の厭な気分を晴らすには十分な言葉であった。晴らす、というか厭な気分になっているのが馬鹿らしくなって捨てた、という方が正しいかもしれない。その御陰あってかそれ以降、友達を家に呼ぶ機会は減ってしまったが、特に気にすることがなくなったように思う。


「わ、もうこんな時間だ裕ちゃん」

佳奈曰くお気に入りの、ベルトの部分が赤いアナログ腕時計の画面を指差して佳奈が言った。時刻は六時を回っている。そう言えば今日は何処か外食に出かける、と佳奈が言っていたのを思い出した。

「何時に出かけることになってんの?」

慌てて帰る準備をしだしたので、後でげっぷが出るだろうなと嫌に思ったが、私はまだコップの三分の一ほど残っているコーラを急いで飲み干した。

「六時!」

喉に溜まったものを呑み込んで、もう過ぎてるじゃん、と叫ぼうとした相手は、既に混み合うこの二階の奥にある階段に向かって駆けていた。もう中学一年なのにそれは無いよ、と恥ずかしく思いながら私も佳奈の後を追う。

「わーん、お母さんに怒られるぅ」

別に家族だけでいく夕飯なのだから多少遅れても平気ではないかと思ったが、佳奈は至って必死そのものである。けれど必死そうな台詞も、走るのが好きな佳奈が言うのであまりそのようには聞こえない。斜め後ろから見える佳奈の横顔は、走るのが楽しいと言わんばかりなのだ。
 しかし私は、体育の五十メートル走でタイムを計る時のような気合いの入った走りに追いつくのに文字通り必死だった。何しろ人の多い大通りで、歩行者を避けるのさえ疲れてしまうというのに。
 私の家と佳奈の家は割合近い。なので、途中で分かれて私だけ歩いて帰ってもよかったのだが、優柔不断で断ることが苦手な否面倒くさがりな私は長い距離を走る羽目になった。つまるところ、これは単なる自業自得である。家に急ぐことに必死で、佳奈は私の方を振り返りもしなかった、というのは只の言い訳にしかならない。
 もうそろそろ呼吸器官が熱を上げて焼けてしまいそうな頃、ようやく分岐点が見えてきた。目前にある交差点が分かれ目だ。信号は点滅している。私は苦しい肺を押さえながら、距離をどんどん離して交差点を渡っていく佳奈に向かって叫んだ。

「気をつけて、転ばないでよ!」
「あ、裕ちゃん今日はごめんねぇ!」

またね、と交差点の対岸にフェードアウトしながら佳奈の声が消えていく。しばらくの間息が整うまで、呼吸をする度に悲鳴を上げる呼吸器官を肋骨ごと押さえつけた。苦しい。
 陽はすっかり落ちて辺りは夜の街へと様子を変え、人々が注目する光は信号だけではなくなっていた。人通りも多く、疲れてしまって休ませたかった足も、すぐに大勢の足並みにそろえて歩かせなければならなかった。喧噪な音や明かりだらけだが、欲しい物もこれといって無いので私の興味を引く店も無い。私は寄り道をすることなく、大通りを少し外れた自宅へと向かった。


 高層の三十階建てで、他に比べて高級であるはずなのに明かりの少ないマンションを、エレベーターを使って十七階まで上がる。この階は子供のいる家が多いからか、今夜も換気扇から夕飯のいい匂いとにぎやかな声が漏れていた。
 この階のエレベーターから一番離れた場所に私の家はある。たどり着いたけれど明かりがついていないので、まだ母は帰って来ていないのだろう。ドアノブを下げてみるがやはり鍵が掛かっていたので合鍵を使ってドアを開けた。
 開いた先の空間は真っ暗闇だった。手探りで電気のスイッチを探して玄関の明かりをつける。すると今度はいつもの見慣れた、奇抜な玄関が飛び込んで来た。
 靴を脱いで、並べて掛けられてある魔除けのお面の内、怖いながらもついつい目が合ってしまう一つに「ただいま」と言った後で、やっぱり佳奈や母さんの趣味は分からないなと思った。例え気になることがあっても、私がそれらに愛嬌を感じることはきっと一生無いだろう。

 てんてんてん、と音を立ててリビングの蛍光灯が付く。けれど玄関の電気は消して、今点いている電気はそれだけなので全体的に暗い。蛍光灯だけが点いているからまるで残業社員の居残る真夜中の会社ようで寂しい。

 食卓の椅子に鞄を置いてテレビの前のソファーに身を投げると、じんわりと足が熱を帯びた。久しぶりに全力で、しかも裕に五十いや百メートル以上否それ以上を走っただろうから、明日は筋肉痛になっているに違いない。

「お母さんは世界中のいろんな国が好きなのよ、か」

それは久しぶりに思い出したことだった。五年も前のこと、だからだろうか。もうこんな環境には慣れてしまって、少しずつ増えていく母のコレクションにいちいち口出しをすることはもう無い。

「だったら何で父さんは」

そう声に出したら、途端に両手の末端が浮遊間に見舞われた。本当に、こんな症状さえ久しぶりだ。


 父は七年前、私が六歳のときから私たちと別れて暮らしている。文字通り、別居と言うやつだ。何の仕事をしているのか、今どうしているのかということも私は知らない。問えば母だって答えてくれるのだろうが、聞いていない。もともと母っ子だった私には、物心つくかつかないかの頃だった所為あってか、父の記憶が少ない。とでも言おうか。父がこの家を出て行くときも、泣きも喚きもしなかったと思う。
 だからこそ、父のことを聞くのが怖いのかも知れない。
 別居して間もない頃は、事情を知らない友人に父のことを聞かれるだけで、体の末端が痺れた。不思議と涙も出ず、苦しくなることもなかったが、身近な人物の知らない面を知るのは、期待と共に不安を呼ぶ、ということだけは言えた。
 父といって思い出すのは、玄関で最後に見送った広い大きな背中。朝だったのか昼だったのかすら曖昧だ。けれど、開かれたドアから光が射して、その背中をくっきりと黒い陰にしていたのは覚えている。

 いつか、人間の記憶力を題材にしたテレビ番組の特集で、『人間は声、顔、思い出の順に物事を忘れていく』と言っていたことを思い出した。
 確かにもう父の声が頭に響くことも無いし、顔も輪郭さえぼやけている。しかも思い出せるのが後ろ姿とは、もうすぐ何もかも忘れてしまいそうで、なんだか恐ろしい。
 けれど不思議なもので、それでも父を知ることは未だ、未知の領域に踏み入るような勇気とともにでなければできない。それは私が臆病でいるからか、何処かで母に聞いてはいけないと思っているからか、もしくは今まで聞かなかったことへのいい訳かはわからないが。

「何で父さんは好きになれなかったのかな」私は呟こうと口の中で溜めたその台詞を飲み込んだ。
 私にとっての父の記憶が例え後ろ姿であっても、きっとずっと父は私のことを見ていただろうと思ったからだ。別居した、しないは関係ない。ましてや、母が父を嫌いになった訳ではないかもしれないではないか。
 その証拠にまだ父の置いていった家財や家族写真、本なんかもきちんと整頓されて大切に残されている。もともと男っぽくてサバサバしている思い切りのよい母のことだ。もし父を嫌って別居をしているのならこんなことはしない。
 ふと視界に入った棚には、私が生まれてまもない頃の写真立てが並んでいた。薄暗くてよく見えないが、三人して楽しそうに笑っている写真である筈だ。

 聞こうと思えば聞けることだ、と思いながらも聞かなかったのは私。そんな私に、些細な疑問一つでも言葉にできる権利は無いと思った。それと同時に、気になるなら聞けばいいのだ、と誰かが言った気がした。


「腹、減った……」

そうぼやいていると、ドアの開く大きな音がして、蛍光灯で薄暗くも白かったリビングに廊下からの暖かい橙色の光が届く。母が帰って来たのだ。

「裕梨、ちょっとこれキッチンまで運んでくれる? 今日は焼き肉なのよー」

廊下の先から、母の聞き慣れたトーンの高い声とスーパーの袋が乱雑に置かれる音がした。この音からして荷物は相当多い。私は焼き肉という言葉に釣られてソファーに沈んでいた上半身を起こし、立ち上がった。

「今日、スーパーでお肉の特売セールやってたから思わずこんなに買っちゃったの!」

私が向かった先でほら、と嬉しそうに言う母がこちらに見せてきたスーパーの袋には、ぎっしりと肉のパックが積まれていた。

「うわ、凄い」
「でしょう」肉好きな母の満面の笑みである。
「でしょう、ってこんなに食べられるの」
「なに言ってんの、食べられるか、じゃなくて食べるのよ!」

さーて準備しよう、と張り切った声で言って、母は私の横を通り過ぎてリビングへと歩いて行った。私も大量のスーパーの袋をもってその後を追う。


 夕飯、を舐めてはいけないなと思い、心の片隅で小さく佳奈に謝った。だってこんなにも変わるのだ。暗く静かだった部屋は、母一人が帰って来たことによって明かりも増えて賑やかになっている。
 もうすぐこの家の換気扇からも、焼き肉のいい匂いが流れていくのだろう。

後書き

「誘拐犯と水族館」の過去編の様なものになっているかと思います。
お母さんのコレクションは、世界を飛び回る仕事をするお父さんからのお土産です。バカップルな親っていいですよねと言う話←
少し長い気もします。

この小説について

タイトル センセーショナルエントランス
初版 2009年11月3日
改訂 2009年11月3日
小説ID 3590
閲覧数 768
合計★ 4
高階あずりの写真
常連
作家名 ★高階あずり
作家ID 602
投稿数 6
★の数 31
活動度 507
常にネタ切れです。あとスランプ。どうすればいいんですk(ry

コメント (2)

pj2 2009年11月4日 19時54分24秒
二度目になります、pj2です。
 本題に入ります。あぁ、なるほどなと思わせる作品の流れとなっていました。
 せんべいさんに連投の注意を受けたようですが、その原因はこちらにありますので僕から言っておきます。なので気にしなくていいかと。一応連投は日をあければOKと自分は理解していますので。
 前回ラノベの表現描写文が良かったと書いたつもりなのですが、すこし勘違いされたようで……丁度良ければラノベでも良いのですが、行き過ぎると良くないということです。
 やわらかい描写が上手かったです。堅苦しくならない描写文は尊敬します。

 では、また長文ですいません。良い作品をお待ちしています。
★高階あずり コメントのみ 2009年11月4日 23時15分35秒
 2度目まして、高階です。
 前回に引き続き、コメントありがとうございます。うれしいです。

 連続投稿の件ですが、当方が調子に乗ってしまったが故ですのでどうぞお気になさらないで下さい。以後自重します。お気遣いいただきありがとうございます。連投の解釈の違いというのを念頭に置いておきますね。

 ラノベの表現描写について、わわ、そうだったのですか。恐縮ですとっても。ありがとうございます。


 長文だなんて……ウェルカムです。この度はありがとうございました。
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