月明かりの下で - 第五夜:別れ

 いつもどおりの村の中で。


 それは起きた――。



「こんにちは、レイナちゃん」
「こんにちは」
「お、こんちは! レイナ!」
「あ・・・こんにちはおじさん」
 村のみんなが挨拶を交わす中で、レイナもまた、笑顔で応えていた。
「・・・・・・今日も、よく晴れているわね」
 空を仰ぎ、――これは錯覚か――淋しそうな瞳で呟いた。
 と。
「レイナ?」
「――・・・」
 呼ばれた声にぴくりと反応し、ゆっくりと振り向いた先には。
「ヘルト・・・・・・、ルーセント・・・・・・」
 二人がセットでレイナに近づいてくる。
「・・・・・・どうしたの? お仕事?」
 首をかしげたレイナに、ヘルトは肩を竦めた。
「違うよ。今日は何の仕事もなし。仕方ないから家事で忙しい村の皆さんの子供の相手を・・・・・・うわぁ!!」
「ヘ、ヘルト!?」
「ヘルト様!」
 説明途中で、後ろから子供たちに体当たりされたヘルトが吹っ飛び、いきなりに驚いたレイナとルーセントが素っ頓狂な声を上げた。
「わー。ヘルト兄ちゃんよえー」
「とうぞくなのにー」
「よえー」
「・・・・・・こいつら・・・・・・」
 子供たちに「よえーよえー」と連呼されまくりのヘルトは、背中に乗っている子供たちを跳ね飛ばした。
「きゃー!」
「兄ちゃんが怒ったー!」
「キレたー!」
 それを怖がりもせずきゃっきゃとはしゃぐ子供たちの襟元を掴み、むんずと持ち上げる。
「おまえたち! いい加減人にいきなりタックルをするなと何度言ったら判るんだ!」
 仁王立ちしながら怒鳴るヘルトに、更に子供たちの遊び心が活発になる。
「だって兄ちゃん面白いんだもん」
「そーだよー。とうぞくなのに『けはい』とか判んないのー?」
「関係ありません」
 ぴしゃりと言い切ったヘルトは、子供たちを下ろして説教モードになる。
「いいかお前たち。やっていいことと悪いことがあるとあれほど言い聞かせているのにどうして学習しないんだ。大体人に体当たりして何が楽しい・・・・・・あ!? こら!」
 途中から既に聞いていない子たちは、今度はレイナの元へ走り寄って後ろに隠れた。
「兄ちゃんはなしながーい」
「こわーい」
 子供たちに盾にされ、困った顔で笑うレイナと、どうしたものかとレイナとヘルトを交互に見やるルーセントを見て、ヘルトは溜息をつく。
「あぁもういいよ。もうお前たちは遊びに行け」
 しっし、と手を払うと、子供たちは「わーい」と声を上げながら走っていってしまった。
「子守は疲れる・・・・・・」
 脱力して地面に座り込んだヘルトに、レイナは笑いかけた。
「それだけ好かれているのよ。良いことじゃない」
「それもそうだけどな。お前はあいつらのこれ以上の相手したことないからいえるんだ」
「でも、ヘルトだって子供たちがかわいいでしょ」
「――・・・・・・はぁ。お前には敵わないな」
 手を後ろ側につき、空を見上げる形になったヘルトは苦笑した。くすりと微笑んだレイナは、ふと、ヘルトの手首に目を持っていかれた。
「・・・・・・ヘルト。ちょっと・・・・・・」
「え?」
 膝を折り、ヘルトの手を取ったレイナは、眉を寄せた。
「怪我してるわ」
「え・・・・・・」
「ヘルト様?」
 その言葉に、ルーセントも同じように手首を見る。
 レイナが言ったとおり、ヘルトの手首に少々血がついている。切ったようだ。
「あー。さっきの体当たりで石に当たったとき切ったか」
「手当てしないと」
 言って服のポケットから、ハンカチを取り出した。
 けれどヘルトは掴まれているレイナの手を退ける。
「いいよこれくらい。全然浅いし舐めときゃ治る」
 するとレイナはむっと眉をひそめた。
「駄目よ。放っておいたら傷口にバイキン入るわ」
「いいって」
「駄目だってば」
「いいって言ってるのに・・・・・・」
「だ・め!」
 逃げるヘルトの手を、レイナが必死に追いかけている。そんな光景を見てルーセントは半眼になった。
 どっちもどっちだ。
「あぁ、もう! いい加減にしなさい!」
 その声と共にレイナはヘルトの手を掴んだ。
「わ!」
 捕まったヘルトはくいっと手ごと引き寄せられた。そのままハンカチを当てられる――前に。
「――!」
 ヘルトが目を見張り、ルーセントも予想外の出来事に目を見開いた。
 ――レイナが、ヘルトの傷口に唇を当てたのだ。
「・・・・・・」
 驚いてぱくぱくと口を動かすヘルトを尻目に、レイナは目を伏せて手首についている血を舐め取る。
 綺麗になったと感じ、レイナは薄く目を開けて今度こそハンカチを巻きつけた。
「はい、できた」
 キュッと両端を縛り、未だ声が出ないヘルトに気がついたレイナは、べ、と小さく舌を覗かせた。
「大人しくしないからよ」
 そういうと満足したのか、レイナは立ち上がって砂がついたところを軽く払い、ぷいと踵を返して去っていった。
「・・・・・・・・・」
 唖然とそれを見送った二人は、先にルーセントが我に帰ってヘルトにこう言った。
「どうやら、レイナのほうが一枚上手ですね」
「!!」
 カッと赤くなったヘルトをわざと見なかったことにしてくれたルーセントは、その場を離れる。
 レイナが巻いてくれた綺麗なハンカチを見て、眉を寄せていると。
「やるなぁ、レイナ嬢」
「わぁ!」
 後ろからかけられた声に心臓が飛び上がる。
「なっ・・・・・・なん・・・!」
 潔癖症ゴートの登場でございます。
「レイナはただの貴族じゃないと思ってたけど、まさか人の傷を舐めるとはねぇ。優しいな」
 な。
 ともう一度言って顔をこちらに向けたゴートに、ヘルトは恨みったらしい視線を送った。
「お前、いつから・・・・・・」
「お前が子供たちにタックル食らわされてるところから」
「最初から見てたのかよ!」
「まぁな」
 さらりと暴露するゴートに、ヘルトは喚く。
「いるならさっさと出て来い! 透明人間じゃないんだから」
 ふん、と怒ったヘルトに、ゴートは笑った。
「悪い悪い。ちょっと面白い光景があったから」
「え?」
 何がだよと瞳で問うと、折っていた膝を伸ばして腕を組む。そして「うーん」と呟いた。
「ゴート?」
 怪訝そうにゴートを見て、返答を求めた。
「ルーセント」
「――」
 目を丸くしたヘルトに、ゴートは続ける。
「レイナに会っても、昨日までの嫌いそうな目は向けなかった」
「・・・・・・・・・それは」
「お前、昨日の夜レイナが池の近くにいて、ルーセントと話してたの知ってたか?」
「え・・・・・・」
 言葉を失ったヘルトは、思わずレイナを見た。そしてその傍にいる、ルーセントにも。
 二人は話している。子供たちの相手をしながら。話して――笑った。
「・・・・・・」
 ルーセントが、レイナと話して笑っている。あれほど貴族のレイナを嫌っていたルーセントが。
 楽しそうだった。
 呆然と二人を見つめるヘルトに、ゴートは言った。
「――ルーセント、レイナが好きみたいだな」
「――・・・」
 ゴートが更に続ける。
「レイナは凄いよ。あれほど毛嫌いしていたルーセントをも和らげるんだから。あの子は貴族として、同じ立場だったルーセントに何の飾りもない言葉を送った。それが、ルーセントの救いになったようだな」
 ヘルトは何も言わない。
 ただ焦がれたような瞳で、レイナとルーセントを見ていた。


「ヘルト様。こんなところに」
「ルーセント・・・・・・」
 忘れがちなヘルトたち盗賊団のアジト、またの名をテント。の中にいたヘルトに、ルーセントが垂れ幕をあげて入ってきた。
「子供達の面倒はレイナが見てくれてますよ。彼女は面倒見がいいですね」
「ああ、・・・・・・そうだな」
 テントを見るしぐさをし、次いでルーセントも見る。
「・・・・・・どうしました?」
 ヘルトの雰囲気が違うことに気がついたルーセントが、心配そうに近づいてきた。
「あ、いや・・・・・・うん。お前、急にレイナって呼んだりするようになったな、と」
「――ああ」
 歯切れ悪く、というか拗ねたような口調で言うと、ルーセントは合点がいき苦笑した。
「ゴート様が変なこと言いましたね?」
「う・・・・・・」
 ずばり当てられたことに、ヘルトは顔を合わせられない。
 そんなヘルトにルーセントは言った。
「レイナがどうたらこうたら言ったんでしょう? ゴート様にも困りましたね。違いますよ」
「え? 違うのか?」
 思わず大きな声を出してしまったので、少々慌てた。ルーセントは幾分緩和されているような笑顔で、ヘルトに言う。
「レイナに対する嫌悪がなくなったのは事実ですけど。俺はただ、レイナに感服したんです」
「・・・・・・?」
 よく判らない答えに、ルーセントは続ける。
「レイナも貴族で、俺ももう繋がりを絶ったといっても元貴族でした。昨晩、レイナと話したとき、彼女は自分も貴族が嫌いだといっていたんです」
 意外な言葉にヘルトは目を丸くした。
「俺も意外でした。こんな言葉を根っからの貴族が口にするなんて。とてもレイナは貴族の立場に嘆いていたんです。けれど俺は、そういっているレイナを、凄いと思いました」
「どうして」
 知らないうちに真剣に聞いているヘルトにルーセントは顔を向けた。
「どれだけ願おうともその鎖を自分から切ろうとしないからです」
「――・・・」
「俺は自分の置かれた立場が嫌になって、自らその鎖を断ちました。けれど同じ思いを感じている彼女が、決して屈さない強い心を持っていたことに感服したんです。確かに鎖を断つのは簡単には出来ませんが、レイナの強さはヘルト様も知っているでしょう? 出来ないことではありません。――同じ貴族にいた者として、逃げるという言葉を知らない彼女に、憧れを持ったんです」
「・・・・・・」
 話し終わったルーセントを静かに見つめ、表情を和らげる。
 だが次いで来たルーセントの言葉に、ヘルトは動揺する。
「ですから俺がレイナに持っている感情は恋愛ではないので、安心してください」
「!!」
 丁寧に頭を下げたルーセントに、ヘルトは本日二度目となった不意打ちに羞恥を隠せず再び頬を紅潮させた。



 彼女は最近よく来るようになった池の付近を歩いていた。
「・・・・・・・・・」
 その表情は何も映し出していない。瞳にもルーセントがいうような力は宿っておらず、まるで――人形のよう。
 けれど己の意志はしっかりと持っているレイナは、俯き気味だった顔を上げ、正面を見据える。
 その視線の先には、成り行きで来ることになった村がある。
 レイナは唇を引き結ぶと、その口を開き、呟いた。
「そろそろ・・・・・・潮時ね・・・・・・」
 その小さな声は、森の木々だけが拾った。



 ヘルトは村の中を走っていた。時折家を訪ね、問いかけた内容に首を振る者がいれば悔しそうに顔を歪める。
 見れば盗賊のものたち数人も慌てて走り回り、何かを探すような動きが見られる。
 見かねた一人の男性が、ルーセントを捕まえて問いかけた。
「なぁ、さっきからお前たちどうしたんだよ」
 ルーセントは言葉に詰まったが、近くにいたヘルトが頷いたので口を開く。

「レイナが、いなくなったんです」



 夜になった。
 森が静寂に包まれ、時折フクロウの声が響き渡る意外、何も聞こえない。
 どれほど、この森を歩き回っているだろうか。もう長い時間彼女は足を動かしており、正直言うとくたくただ。
 けれど決して止まらず、道を確認しながら進んでいく。
 そして、あるとき気づいた。
 ・・・・・・・・・・・・もしかして自分は、迷っていないだろうか?
「バカじゃないの私!!」
 レイナは頭を抱え込んで、大声で喚いた。
 何時間も前に村を抜け出し、頼りない記憶を頼りにこの森の中を進んでいたはいいものの、この村に来た初日――実際は二日目――のように迷ってしまうとは。
 方向音痴にもほどがある。
 いっそ素晴らしいと言えよう。
「いや、待って。あのときは初めてだったし、それに今は夜で視界も悪い。これじゃあ迷っても仕方がないわ!」
 とガッツを取りながら自分を励ます悲しき少女は、勢いをなくしてへたりこんだ。
「・・・・・・はぁ・・・・・・。何やってるのかしら、私」
 質問をするがここには答えてくれる者はいない。
 月が真上を指している。もう、次の日になってしまっただろうか。
 そろそろ、村にい続けるのも限界があった。これ以上村に馴染み込んで、いつか来るであろう別れを惜しむのは、嫌だ。
 レイナは、そんなことを思いながら、森を点々と歩く。
 ただ、ただ。
 彼らの事を、思って。
 ―――しばらく歩いた。だいぶ歩いた。
「で、出れない・・・・・・・・・」
 レイナは焦っていた。
 時間もわからないまま、ただ暗い森のなかを彷徨い歩き、その末にやはり森から抜け出せないのだから。
 月が出ている中、一人少女は森の中を彷徨う。
 そんなシチュエーションになって焦らずにいられる少女など多くはないだろう。
「やっぱり、迷子ってとことん迷子なのね・・・・・・・・・」
 レイナは隣に誰かがいたなら、ツッコミをされると思われるわけの判らない言葉を呟く。
 どれくらい歩いたのだろうとレイナは思った。
 月は時計ではない。が、反射的に眺める。
 それを見ても、何かが変わるわけではないのに。
「はぁ・・・・・・こんなことになるなら―――」
 レイナは言いかけて、口を閉ざした。
 自分は何を言おうとしたのか。
 勝手に何も言わずに出て行き、今更ピンチになったので「助けて」などと言えない。
 自分自身が決めたことだ。弱音などはけない。はいてはいけない。
 レイナは一人、自分にそう言い聞かせ、足を再び動かした。
「そう。―――弱音なんて、はけないのよ」
 レイナがそう言った時。
 ガサッ・・・・・・
 何かレイナの後ろの草陰から、音がした。
 ビクッとして、なんなのかとレイナはおそるおそる振り返る。
 すると、そこに何か生き物がいるのが判った。
「・・・・・・・・・・・・なに・・・・・・?」
 レイナは振り返った先にいる、シルエットになってまだなんなのか判らないその動物を凝視した。
 そして数秒後、その動物はレイナのほうに一直線にダッシュしてきた。
「!!」
 レイナは反射的に自分も走り出し、森を一直線に走った。
「なっ何あれ!!?」
 レイナは自分を追ってくるその動物を走りながら肩越しに見る。
 我ながら器用だ。
 しばらく凝視していると、木々の間を月明かりが通り、それがシルエットから判断できるまでに、照らされた。
「え?」
 ふと気の抜ける声を発する。
 あの、ふっくらしたまん丸な身体に、模様が描かれた茶色い毛並み。そして独特の鼻に、その口に生えている小さな牙らしきものは・・・・・・。
「もしかして、・・・・・・猪?」
 レイナは多少頬を引きつらせながらその動物を見つめた。
 猪だった。
 まごうことなく猪だった。
 先ほどレイナは助けてとはいえないと言っていたが―――。
「これはまた話がべつじゃない!?」
 レイナは叫び、ある事を思い出す。
「そうよ! 確か猪は真っ直ぐにしか走れなかったんじゃ―――・・・・・・」
 レイナは自分の記憶を探りに探り、その事を思い出した。
 そうとなれば、取る行動は唯一つ。
「っ!」
 自分が曲がればいいのだ。
 レイナは一直線に走っていたルートを変え、茂みの方へと足を向けた。
 彼女はこれで一安心だ・・・・・・と思ったのだが――――。
「ええ!? うそ!」
 猪は見事にレイナに向かって走ってきた。
 確かに彼女は曲がった。曲がって走った。
 が、猪も曲がってきた。
「だっ、誰よ!! 猪は真っ直ぐにしか走れないなんてうんちくを作ったのは!」
 気のせいか、猪は更にスピードが速くなっている気がする。
 レイナも負けじと、いや、負けるわけにはいかないため、更に加速をあげて走った。
 つもりだった。
 が、逆に猪は自分に近づいて来ている気がする。
 森の茂みに入ったため、木々に邪魔されて月の光が其処まで届いていない。
 隙間などには少々あるが、それでも猪を認識できるまでには足りない。
「あ・・・・・・!」
 茂みを抜け、広い野原に出る。
 見渡しがよく、これならば次に茂みに入れば振り切れる。
 そんな時に―――、
 レイナが石に躓いた。
「あっ!」
 レイナは地面に身体を引きずって転んだ。立ち上がろうとしたときには遅く、猪はもう、彼女を襲う寸前であった。
 ぎゅっと目を瞑った、そのとき――・・・。
「レイナ!!」
「――!」
 叫びにも近い声が聞こえ、レイナは息を呑んだ。
 かと思うと、猪が唸り声を上げ、レイナの脇ギリギリを通り抜けて逃げていく。
 みると、猪の背中に小さな何かが突き刺さっていた。光るそれが何か判り、硬直する。
 ゆっくりと身体を起こして振り返った。
「――・・・」
 その視線の先には、レイナが別れを告げてきた者たち。
「レイナ・・・・・・!」
 ヘルトが真っ先に駆け寄ってくる。ルーセントやゴートも一緒だ。
 村からいなくなったレイナを捜し、こんなところまでやってきたのか。こんな・・・・・・複雑で入り組んだ森の中を。
 ――自分のために。
「――こないで!」
「!」
 近寄ってくる彼らに、レイナは大声でそういった。
 立ち上がり、ヘルトたちを睨むかのような視線で捉え、あとずさる。
「来ないで。近寄らないで」
 ヘルトは信じられないという驚愕の眼差しでレイナを見て、ぐっと口を引き結んだ。
「何を言ってるんだ。六時間以上も森を彷徨って、水も何も飲んでないだろう。倒れるぞ」
「いいから、貴方たちは帰って」
「レイナ」
「私は、これ以上村にいられない」
 首を振り、悲しそうに俯いた。
「これ以上いちゃいけないの。私は貴族で、貴方たちは盗賊。ホントは一緒にいちゃいけない。貴方たちが優しくて、気さくで、良い人たちだって言うのは判ってる。・・・・・・だけど、このままいれば、きっと貴方たちは捕らえられる。私を誘拐した者たちとして。そんなことさせたくない。させない」
「・・・・・・レイナ、お前は・・・・・・」
 ルーセントがその心を痛感し、ゴートが目を伏せた。
「私ね、みんなが大好きよ。――だからこそみんなが捕まるなんていや。私が大人しく帰れば、危ない目には遭わなかったって、何もされてないって・・・・・・判るでしょう? 私を捜しにきた人たちが来るって事は、みんなの帰る場所も奪われてしまうの」
「だったらどうして、黙って出て行った? そういうつもりなら俺たちに言えば済むだろう?」
 ヘルトが無表情に言うと、その雰囲気に蹴落とされたのかレイナはびくりと肩を強張らせる。
「・・・・・・だって言ったら反対するでしょ? 貴方はどうして今まで、私を村に置いていたの? 私が帰るって言わなかったから? それとも貴方が言ったみたいに、何か『運命』みたいなのを感じたから?」
「・・・・・・」
「どっちでもないでしょ。今帰せば貴方たちが危なくなる。私が表向きとして盗賊に攫われてから今日で六日経った。大臣の婚約者、家の跡取りの伴侶である私がいなくなって、そんな短い日数で騒ぎは収まらない。むしろ日に日に大きくなっていく」
 冷たい瞳で彼らを射抜くレイナは、もう心臓が高ぶって今にも崩れ落ちそうだった。
 けれどそれは、貴族の意地と誇りにかけて、決して表に出さない。
 貴族としての立場を嘆き、男より役に立たなくても、自分は生まれ持っての貴族なのだ。
「だから、貴方たちが追い詰められる前に、私が出て行く。言わなかったのは、謝るわ。だけど貴方たちに言えばやっぱり盗賊が関わっていたということでみんな捕らえられる。そうなれば、村の一般の人たちも危うくなるの」
 ゆっくり、レイナはあとずさっていく。するとヘルトも、足を進ませた。
「ダメ。ヘルト、来ないで」
 けれど、ヘルトはレイナの言葉に構わず歩みを進める。
「村に戻るんだ、レイナ。もうとっくに日付が変わった。お前が村に来て六日目だ」
「え・・・・・・?」
「初めて村に来たとき、お前馬の上で眠ったよな。アレにはちょっと驚いたぞ。神経図太いなって」
 急に遠くない昔の話をし始めたヘルトに、レイナをはじめその場の全員が眉を寄せた。
「ヘルト様・・・・・・?」
 ルーセントが進んでいくヘルトを見つめ、次いでレイナも見つめる。
「二日目、木に上った子供助けるって言っても、まさか令嬢まで上るなんてな。サルかと思ったぞ」
「な・・・・・・!」
 その一言にレイナは真っ赤になる。聞き捨てならない。
「どうせ貴族らしくないもん! でもあの時私が上ってなかったらあの子落ちてたでしょ!」
「うん、そうだな。ありがとう」
「――・・・」
 優しい声音にレイナはぐっと声につまった。
「それから三日目。シェリカが来たときも助かった。流石だな」
「・・・・・・」
 見物していたゴートが面白そうに一歩踏み出して、同じく口を開く。
「レイナ嬢は物知りだよな。それに優しい。よくレイナと遊んでた子供たち、泣いてたぞ」
「!」
 その言葉にハッとして、悔しそうに唇を噛み締めた。
「『レイナおねえちゃん』がいなくなったって聞いて、そりゃもうわんさか。連れ戻してこなかったら蹴り飛ばすって言われた」
 笑いを滲ませて、レイナを見やる。
 目をそらして、一歩下がったレイナに今度はルーセントが足を進ませた。
「村に帰ってきた俺と最初に会ったのはお前だったな。確か四日目だったか。二日目に会ったとき俺はもう仕事に出て行ったから、あれは俺の中で回数に入ってない」
「ルーセント・・・・・・?」
 彼は少し髪を揺らす。
「あの夜、お前は俺を貴族の鎖から完全に断ち切ってくれた。貴族を憎んで、どんなやつも一緒だと思っていた歪んだ俺を。お前の言葉で」
 レイナはもう動けない。近づいてくるヘルトを、その後ろで優しくレイナを瞳に映してくれるみんなを、見ていることしか。
「五日目」
 ヘルトはレイナの前で立ち止まり、微笑んで自分の手を持ち上げた。
 その手には、朝、レイナがヘルトに巻きつけたハンカチ――。
「これ返さないと、お前との繋がりは消えないままなんだけどな」
「・・・・・・」
 震えながらヘルトを見上げる。顔をゆがめて見つめるレイナを、ヘルトは少し覗き込むようにして腰を折った。
「なぁ。――六日目は、どんなことしてくれるんだ?」
 楽しそうに笑って尋ねる盗賊の頭を、レイナは涙を溜めながらぼやける視界でしっかりと見つめる。
「・・・・・・そんなの」
 やがて小さく囁く。
「そんなこと、『運命』にでも身を任せてなさいよ・・・・・・!」
「・・・・・・そっか」
 目を細め、ハンカチが巻いてある手でレイナの髪をなでた。
「・・・・・・っ」
 その温もりに、とうとうレイナはわぁっと泣き崩れた。
 ヘルトの胸に顔を埋めて、しがみつく。
「よしよし。ホント、貴族らしくないな。お前は」
 頭を撫でながらあやすと、レイナはぎゅっと服を掴みながら訴えた。
「煩いわね! そういうヘルトは全然盗賊みたいじゃないわよ!」
「酷いなー。そう思わないか? ゴート」
 軽快に笑って肩越しに呼びかけると、近寄ってくる仲間は腕を組んだ。
「そうだなぁ、これはレイナ嬢のほうが一理あるかな」
「うわ。裏切りやがった」
「けれど俺もヘルト様は盗賊というより子守のお兄さんのように思います」
「ルーセントまで!?」
 さすがにショックだったのか、ガンッと傷ついた表情をする。
 それに少し笑い、ルーセントはレイナに近寄った。
「こんなときは、女の子みたいだな」
 失礼極まりない発言に今度はレイナがガンッとなり、バッと顔を上げる。
「ルーセントのバカ!!」
「なっ」
 一息にバカといわれ、予想していなかった言葉に驚く。
「確かに今のは俺の失言かもしれないが、お前にバカといわれるのは心外だ!」
「失礼ね! どういう意味よ!」
「そういう意味だ!」
「そんなんじゃ判んないわよ! ちゃんと言葉で説明しなさい、バカ!!」
「二度も言うな!」
「はいはい、そこまで」
 長々と続きそうな言い合いに、ゴートがほどほどのところで止めた。
「お前ら、わだかまりがなくなったと同時に良いコンビだな」
 すると、ぴくりと声を拾った二人はゴートに顔を向けて大声で言った。
「「どこが!」」
 ピッタリとハモッた声に、ヘルトとゴートは半眼になる。
 全くもって、良いコンビだ。
 すると。
「あ! レイナ!?」
 ヘルトが目を剥く。
 突如、レイナの身体から力が抜けたのだ。咄嗟にヘルトが支え、動かないレイナを心配そうに見やる。
「お、おい!」
 ルーセントも焦り、ゴートが膝を折ってレイナを覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・・・寝てる」
「は?」
「へ?」
 ヘルトが同じくレイナの様子を見て、ルーセントが間の抜けた声を上げる。
 確かに、よく見るとレイナは目を閉じて、腹部を上下させながら寝息を立てていた。
「ね、寝てる・・・・・・」
 ヘルトが絶句すると、ゴートが軽く噴き出した。
「うん、やっぱ流石だなぁ。レイナ嬢は。どこまでも自由というか。この子は貴族なんて狭っ苦しい枠にいるより、草原をどこまでも駆け抜けていくほうが似合ってる」
 その言葉に、ヘルトは小さく微笑んだ。
「・・・・・・そうだな」
 全員が幸せそうに眠るレイナを静かに見つめ、口元に笑みを浮かべる。
「帰りましょう、ヘルト様。風邪を引きます」
「ああ」
 頷いて、レイナを背中におぶって歩き出した。耳の下辺りで聞こえるレイナの寝息は、規則正しい。温もりも重さも、預けきったような心地良さとレイナがどこかへ行ってしまわなかったことに、ヘルトは心から安堵した。
「――ヘルト様」
 ふと、歩いている途中でルーセントが口を開く。
 隣を歩いている彼を見ると、ルーセントは眉を寄せて鋭い目をしていた。
「・・・・・・今日、新たに出てきた報告ですが。レイナを捜している警備隊が、突然一度屋敷に招集されたそうです。全員」
「――・・・」
 目を細め、無言で続きを促す。
「何を言っていたかは遠くて全て把握できなかったそうですが――。かろうじて、『お嬢様をお救いしよう』と、大臣が言っていたのは聞こえたそうです」
 目線を前に戻し、ヘルトは半眼で考える。
 ルーセントが、レイナを見ながら言う。
「彼女の家が、大きく動くかもしれません」
 すると、それまで沈黙して聞いていたゴートが口を開いた。
「ヘルト。そろそろ、レイナに隠しておくのも限界だ。レイナ、俺たちを危ない目から遠ざけるために村から飛び出したけど・・・・・・もう一つ、別の目的のために抜け出したのは判ってるだろ」
「ああ。・・・・・・判ってるよ」
 頷いて、レイナがずり落ちそうになるのを直した。
「レイナのことだ。きっと、俺たちがこいつの屋敷に押し入った理由を探りに戻ろうとしたんだろ」
 半眼になって少し声のトーンを低くする。
「でも、レイナが屋敷に戻れば尋問をくらう可能性があります。エデンから人を呼び寄せたようですし、実質今屋敷の者たちを動かす権限は大臣のアクモにあるといっていいでしょう。きっと俺たちを捕らえるため、レイナを使うに決まっています」
 ルーセントが元貴族の知識から考えを予測すると、ゴートも頷いた。
「現当主でレイナの父親の、ボルス=ヴァンデスは、温厚で争いごとは嫌う。そこにつけ込んでアクモが総指揮を取っているらしい」
「それでも当主が何も言わないのは、本気でレイナを案じていて一刻も早い救出を願っているからでしょう」
 ルーセントがヘルトに顔を向けて言うと、彼は自身の肩に頬を預けているレイナの寝息に耳を傾けた。
「レイナも、家族が心配なんだな」
 そう呟いて、前を見据えた。
「二人とも、レイナが納得できるような説明考えとけよ」
「はいはい」
「判りました」
 苦笑して返事をした二人に、ヘルトも一緒に苦笑いする。
 そうして、安心しきったように身体を預けているレイナを、ヘルトは思う。
 ――事実を聞いても、この子は強いままでいられるだろうか。
 先ほど初めて見たレイナの泣き顔は、貴族というしがらみをなくした純粋な少女そのものだった。
 試されるときなのだろうか。
 レイナにとって辛い事実を聞いたとき、己を失わずにいられるかどうかの。
 雲に隠れた月を見上げ、ヘルトは目を細めた。

 「運命」の時が、近づいているのかもしれない。

後書き

今回、やっと物語が大きくなります。多分。
あと何夜もないのにこんなんでいいのか・・・・・・。
というかタイトル「別れ」だけど、短い別れだったなぁ・・・・・・
と、しみじみ思った今日この頃です。

さて、大詰めに進んでいく『月明かりの下で』。
どうか飽きずに読んでってくださいっ!

〜友重〜


こんにちは。
お久しぶりです。五月です。
『月明かりの下で』、とうとう五夜ですヨ!
もう少しでフィナーレです。
そこまでよかったらお付き合い下さい^^

by五月

この小説について

タイトル 第五夜:別れ
初版 2009年11月7日
改訂 2009年11月8日
小説ID 3598
閲覧数 851
合計★ 4
五月の写真
作家名 ★五月
作家ID 497
投稿数 60
★の数 171
活動度 11432
一言・・・・・・頑張ります。

http://simotukiharuka.blog.so-net.ne.jp/
自分の小説ブログです。
ここに載せた小説についていろいろ書いてます。

コメント (2)

★けめこ 2009年11月13日 23時10分51秒
読んだよー流石だね。きっちり進めてるところがw
うちなんてもう…いつ以来だろうね…

レイナを思う男性陣、特にヘルトの気持ち、すっごい伝わってきたよ☆
台詞にグッときたね。猪に追いかけられた後っていうのもナイス。雰囲気の転換、ピッタリ。
っていうかハンカチ!ちゃんと伏線になってるあたりが巧妙だね。

次も楽しみにしてるよ☆
★五月 コメントのみ 2009年11月14日 11時56分39秒
けめc>またコメントありがとー。
ははは。生徒会とかもあったんでしょ? 仕方ないですよ^^;

猪の話は、友重が考えて、僕が文章にしました(笑

ぜひぜひ次も見てください。
有難うございました!
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