Dメール - No.15:to:恋歌の歌姫(5)

 あやめさんの控え室に、新見さん、下妻さん、相馬さん、渋川さん、あやめさんの五人と、夜一、燈夜、斯波、尼子さん、龍二の五人との合計で十人が集まった。勿論渚は怪しまれないように別室で待機している。『Dメール』を送信し、事件を解決へと導くために。
 夜一は渚に関係者が集まった事を知らせるメールを送り、静かにその時を待っていた。渚から『Dメール』が送られてくるその時を。
 そして、ズボンのポケットをこっそりと覗くと、携帯にメールが届いていた。その内容を確認すると、夜一は息が一瞬止まった。赤い文字で書かれた犯人と、その繋がりに関する説明が、夜一の予想を大きく上回っているものだったからだ。
「おい、まだなのか?」
 斯波が催促してくる。警察には時間が無いんだと強調するように目つきを鋭くする。斯波に気付かれないように携帯を閉じてから、夜一は息を吸い込み、話し始めた。
「俺は大きな勘違いをしていました。俺が最初に担当したあやめさんのストーカー事件、そして白石さんが殺された事件……この二つは密接に関係していたんです」
「!」
 あやめさんが夜一の方を見る。夜一は、あやめさんに向かって話し始めた。
「まず、あやめさんのストーカーの件ですが……これは最初から粗方予想が付いていました。ストーカーを装っていたのは相馬さん、貴方ですよね?」
 その場に居る皆の注目が一瞬で相馬さんに集まった。あやめさんも、信じられないという風に相馬さんを見つめている。
「どうして俺が?」
「メイク担当の高槻さんも俺達も覚えていました。白石さんと相馬さんが去った後、あやめさん宛ての花輪、その中の一つである花束に赤いアヤメの花とカードの添えられた花束が置いてあった事を」
「それだったら白石にも出来ただろう?」
 相馬さんが言うが、夜一はすぐさま否定した。
「いいえ、それはあり得ません。だって、自分の死に際にストーカーに使っていたカードを置く必要は無いですよね」
 相馬さんが何も言い返せずに黙り込む。白石さんの遺体には今回夜一達が調べていた一連のストーカー事件で使われていたカードが添えられていた。もし、白石さんがストーカーを行った事としたら、自殺する必要は無いし、ましてやカードを添える意味も無い。
「じゃあ、ストーカー犯は、相馬さん……!?」
 顔を青ざめて小さく呟くあやめさんに、相馬さんが悲しそうな目で頭を下げた。そして、口を開いて言った。
「……君の言うとおりだよ。僕が、あのカードとアヤメの花を彼女に贈っていた」
「あやめさんを守る為に、ですよね?」
 あやめさんは相馬さんを見る。相馬さんは目を伏せたまま頷いた。夜一は説明を続けた。
「あやめさんには元々嫌がらせやファンからの熱烈な贈り物などが多数ありました。そこで相馬さんは考えたわけです。……自分が度を過ぎたストーカーという存在になれば、事務所もあやめさんに近付く者への警戒を強めざるを得ない。だから貴方はカードとアヤメの花を贈った。勿論アヤメの花はあやめさんを、赤くペンキで塗ったのは彼女に危害を加えるという暗示を与えたかったから。自分が今までのストーカー達以上の危険人物であると誇示するために、ですよね?」
 『Dメール』を見ながら、夜一は相馬さんに言った。渚の考えていた事は、確かに夜一とは異なっていた。
 相馬さんは、俯きながら話し始めた。
「……分かっていた。こんな事をしても、彼女が不安に思うだけだと。それでも許せなかった。彼女の努力を踏みにじるような罵詈雑言も、彼女が毎日震えながら耐えていた陰湿な悪戯も。それらと変わらないことをしているのは分かっていました。犯罪ですし、許されることでもない。でも、それでも俺は……」
 相馬さんが話し終えると、あやめさんが夜一に問うた。
「でも、だとしたら……どうして白石さんの遺体にカードが?」
「それは、今からご説明します」
夜一は、ズボンのポケットから携帯を取り出して皆に見せた。それは白石さんが殺された事件現場の写真だった。



薄暗い部屋で赤い液体に塗れて倒れている白石さんに、皆が思わず顔を顰めたり目を背けたりする。
 夜一は、画像を見せながら下妻さんに問うた。
「下妻さん、この赤い液体は何だと思いますか?」
「え? 何言っているのよ。血に、決まっているじゃない……」
「そうですよね。でも、実は血だけじゃないんですよ。……赤いペンキも含まれているんです」
「え……!?」
 下妻さんは驚く。そして、尼子さんが前に進み出て言う。
「白石さんの背中には確かに刺し傷があって出血もしているわ。けれど彼の死因はシンナー中毒による呼吸困難でね。窓も無い密室でペンキを被った事によって、シンナーでの呼吸困難に陥ったのよ」
 夜一は、もう一度下妻さんに問うた。
「事件当時、舞台袖は薄暗かった。液体が流れ出てきているのを目撃したとしても、それが血なのかペンキなのか判断する事は出来ないはずなんですよ。臭いだって混ざってしまっているし。どうやって血だって分かったんですか、下妻さん?」
「そ、それは……」
 下妻さんは口ごもる。夜一は確信した。下妻さんは血だと分かっていたから遺体を発見出来たのだ。
『何故血だと分かったのか。それは、渋川の撮った写真を見たからだ』
 夜一は、『Dメール』を確認した後、尼子さんに頼んで渋川さんの一眼レフで撮られた写真を貰った。警察も怪しんでいて、パソコンからプリントアウトしたものをくすねて来たのだと尼子さんはこっそり夜一に囁いた。斯波達はこれを知らなかったのか、頭を抱えている。
 その写真を、夜一は皆に見せた。
 そこには背中にナイフが刺さってその場に崩れ落ちた白石さんと、彼を見下している新見さんの姿があった。
「新見社長。貴方ですよね、この写真は。そして、下妻さん。貴方は犯行の決定的瞬間を捉えたこの写真を見たから、暗い舞台袖でも血だと分かった。……既に写真を見て知っていたからです」
 下妻さんは怯えた表情で俯くが、新見さんは臆する様子も無く夜一を見返した。その瞳は、深く黒く染まっている。
「新見社長、貴方にはリハーサル時にスタッフさん達と一緒に居た完璧なアリバイがある。けれど、その前に犯行は既に行われていた。貴方は現場の倉庫に白石さんを呼びつけ、彼の背中を刺し、口や鼻をガムテープで塞いだ。そして、彼の進行方向に、このようにペンキの缶を積み上げておいた」
 夜一は、五・六個あった銀色に光るペンキの缶をピラミッド状に積み上げた。そして更に説明を続けた。
「立ち上がろうとしても背中が痛んで立ち上がれない白石さんは、這いつくばりながら前へと進む。暗闇の中、上も見上げられなかった彼は、これに気が付かずにそのままぶつかり、ペンキを被ったんです」
 夜一が、現場を再現するためにピラミッド型に積まれたペンキの缶を崩した。缶の中から、ペンキを思わせるように赤いボールが幾つも転がってきた。あらかじめ、渚に指示されて夜一が入れておいたものだ。
 赤いボールは床を転がり、あっという間に床の四方八方へと散らばっていく。
「これが赤いペンキだったら、どうなるかはもう分かりますよね。口と鼻をガムテープで塞がれ、満足に呼吸も出来ない中、大量のペンキによるシンナー中毒が起こり始める。そして彼は呼吸困難に陥って死んだんです」
「じゃあ、どうして、白石さんの遺体にカードが……?」
 あやめさんは、不思議そうに呟く。どうしても、カードと新見社長が繋がらない。夜一も『Dメール』を見て初めて、納得していた。だからこそだ。あやめさんのストーカー事件と、今回の殺人事件が繋がってしまったのは。
 夜一は、小さく息を吐いてから、あやめさんに言った。
「それは、相馬さんが新見社長を庇おうとしたからなんですよ。そうですよね?」
 問われた相馬さんは、静かに頷いた。
「私も渋川からその写真を見せられたんです。写真にこそ写っていませんでしたが、現場を見た時、私が使ったペンキを利用して、シンナー中毒で殺したのだとすぐに分かりました。何とかしなくてはと思いました……」
「どうしてですか、相馬さん!? どうして、そんな事を……」
 あやめさんが相馬さんにすがり付いて潤んだ瞳で彼を見上げる。相馬さんはあやめさんの両肩を掴んで身体から引き離し、苦しそうに目を瞑って声を絞り出した。
「社長は……君の父親も同然だった。君が一番慕っていた人……自分の罪が重くなったとしても、君にそれを失って欲しくなかったんだ……」
「……もういいんじゃ、相馬君」
「社長……」
「儂は人殺しに成り下がった身。もう、社長でも何でもないんじゃ。あやつを……白石を憎み、許せなかっただけじゃ。……さ、逮捕してくれ」
 そう言って、すっと両手を斯波たちのほうへと差し出した新見さんを見て、あやめさんは泣き崩れた。相馬さんも、続いて警察の人たちと共に部屋から出て行く。
 夜一は『犯人は新見社長、相馬は彼を庇うためにカードを現場に置いた』という『Dメール』の最後の文章を見つめてからすぐに、渚へとメールを打った。
『終わったぞ。新見さんと相馬さん、二人とも認めた』
 すぐに返ってくるだろうと思っていた返事は、随分と夜一を待たせた。渚が返事を待たせるなど初めての事なので、夜一は少し強く携帯を握りしめて返事を待った。
 暫くして、返ってきた返事は渚らしくなかった。
『今一番辛いのは長井あやめだろう。信じていたものを、一瞬にして奪われたのだから……』
 まるで独り言のような文章だった。無機質なメールの文章でも渚の様子がおかしいことが夜一には感じ取れる。
 何だかすっきりとしない気分のまま、夜一は渚を迎えに行く為に控え室を出た。



 結局、この事件で新見さんは殺人、相馬さんはあやめさんへの威力業務妨害の罪で逮捕された。事件の重要な証拠となる写真を隠していたとして、渋川さんも警察へと連れて行かれた。渋川さんは、独占スクープとして週刊誌に載せるつもりだったらしい。
 一方のあやめさんは、歌手活動を一時休止する事を表明した。マネージャーと事務所の社長が居なくなって、事務所もかなり混乱しているのが影響しているらしかった。
「なあ、渚」
「何だ」
「前のメール、何だったんだ?」
 渚の家でくつろぐ中、夜一は自身の携帯画面を渚に見せた。渚は、画面を注視してから自分のデスクへと座った。
「……ただの独り言だ」
「本当かよ。何か変だったぞ」
「心配してくれているのか? 意外に優しいじゃないか」
 そう言って渚が微笑むと、夜一は目を逸らしてそっぽを向いた。
「べ、別にそんなんじゃねーよ。……それより、ほら」
 夜一はすぐに、別のメールを渚に見せた。それは、あやめさんからのメールだった。
『夜一君、渚ちゃんへ
今回は、殺人事件やストーカーの事で、迷惑かけちゃってごめんなさい。実はあの後、相馬さんに会うことが許されて、私……相馬さんに告白したの。ずっと好きだったから。相馬さん、ちょっと戸惑っていたけれど、君の歌を支えにするから待っていてくれって。今回の事は、本当にショックだったけれど……私、必ずもう一度歌ってみせるから。本当にありがとう。それでは。長井あやめより』
 メールを読み終わった渚は、持っていた飴を口へと入れた。口の中で転がしながら、小さく笑った。
「人間は弱くもあるが強くもある。彼女は心配しなくてよさそうだな」
 そう言って渚はもう一度笑いかけた。メールの最後に添えられていた、あやめさんと相馬さんが微笑んでいる画像に向かって。


後書き

今晩は。作者のひとり雨です。
テストとそれに伴うパソコン禁止令にて、投稿するのが大変遅れてしまいました。大変申し訳ないです。
長い間パソコンから離れていたためか、何だか書いている感覚が鈍りました、確実に。変なところがあれば遠慮なく仰ってください。百パーセント私の責任です。

>丘 圭介さん
読んでいただきありがとうございます。お返事が遅くなってすみません。
衰えていないでしょうか;;
アイデアはありますがそれを纏められない悪い癖が出てきているんですよね……。
これからも頑張りますので宜しくお願いします!

年末も近付いてきましたねー。今度はそれに関連した話でも作りましょうかね。年末&お正月はイベント沢山ですからね。忙しさもまた倍以上になりますが。
長々としたお喋りすいません。それでは。

この小説について

タイトル No.15:to:恋歌の歌姫(5)
初版 2009年12月10日
改訂 2010年1月16日
小説ID 3664
閲覧数 1371
合計★ 4
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
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活動度 10590

コメント (1)

★丘 圭介 2009年12月11日 18時40分30秒
久しぶりです! 丘 圭介です。(旧名 丘)
では、感想を。
いやぁ、ひとり雨さん。まだ鈍ってないですよ。いつものすばらしい内容と文章力は顕在しています。
うーん。この事件は解らなかったですよ。なかなか裏をついてくる殺人でしたね。さすがです。
では。
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