短編 - クリスマスプレゼント

 僕の彼女は白血病であった。
 僕らが中学一年生の時、付き合い始めて数ヶ月も満たさない頃に、幸せを蝕んでいくようにそれは発症した。
 クリスマスの当日のことだった。
 その日は彼女――冬子(とうこ)とデートをする予定で、僕の心は空に舞い上がりそうなほどに浮かれていた。初めてのデートだったから柄にもなく服装をかっこよくしたり、髪の毛をいじってみたり、良いデートスポットを雑誌やらネットやらの媒介を使って探したりして、僕は冬子の心を最大限なまでに引こうとしていた。
 でも、そのとき――準備万端の状態で、待ち合わせ時間の午後六時の十分前ぐらいに間に合うように時間を調節していたとき――には事は始まっていた。しかし僕はそんなことが起きるなど考えもしなかった。


 待ち合わせ場所にちょうど十分前に着いた。当然ながら、冬子はまだ来ていなかった。何も知らない僕はデートをすることが楽しみで、微笑みながら待った。
 待ち合わせ場所は煌々と光っている豆電球が何百個も飾られている大きなクリスマスツリーで、どうやら待ち合わせスポットでもあるらしく若い年齢層のカップルがそこにはたくさんいた。
 イチャイチャしながら僕の前を一組のカップルが腕を組んで通っていった。
 ああ、僕も冬子とこんなことが出来るんだな。
 そう思うと再び笑みが止まらなくなった。


 冬子は何分経っても、いや、一時間以上経っても現れなかった。僕は不安に陥り、その場の周囲を忙しなく右往左往してしまった。周囲の人々は僕を不審の目で睨んでいたが、僕にとっては一大事なのでしょうがないことだと思った。


 それ以降も冬子が現れる気配はなかった。もう決断するしかなかった。
 僕は冬子の家に向かうことにした。携帯電話があれば苦労することはないのだけど、あいにく僕たちは携帯電話を所持することを親にまだ許されていない関係で今冬子と連絡をとる手段はない。公衆電話という手もあったが、何故かそのときはその考えはなかった。
 冬子の家の道順は以前彼女の誘いで家に招かれたときの記憶から抜き取らなければならなかった。その記憶によると、ここから近いようだ。
 僕はクリスマスツリーを背に、目的の家へと急いだ。


 どうやら記憶は正しかった。引っ切り無しに車が通る国道を沿って進んでいき、この町の象徴となっているセントラルタワーが見えたら冬子の家は近かった。
 家の敷地はそれほど大きくはないが、造りは結構なものだ。僕の家とは大違い。
 僕は焦る気持ちをおさえ、インターホンを押す。しかし反応はない。
 何回も繰り返したがやはり反応はなかった。
 まさか。
 僕の予感は皮肉にも当たっていたのだ。
 入り口のドアは施錠されておらず、家の中に入ることは簡単だった。不法侵入という言葉が僕の脳裏をかすめたが、振り切って中に入ることを決行した。
 家の中は以前と変わりなく、上がり框にはキティちゃんやミッキーマウスなどのぬいぐるみが置かれていた。ここからだと人の気配は感じられない。
 奥に行くとキッチンがあり、流しには食べ終えた食器が無造作にあった。どうやら、誰かが食事を取っていたらしい。
 一階を満遍なく探したが、冬子の姿は見えなかった。となると、残すは冬子の部屋しかない。
 階段を上がり、目的の場所を目指した。
 勢いよく彼女の部屋に入ると、眼下に人が横たわっているのを確認した。冬子だ。息がうまくできていなくて、苦しそうだった。
 「冬子さん! 冬子さん!」
 小柄な身体を支えいくら声をかけても、冬子は答えることはなかった。冬子の肌理の細かい顔が青ざめていた。僕にはどうすることも出来なかった。
 クリスマスのことだった。


 冬子の白血病は慢性的なものだった。通称、慢性骨髄性白血病。実際、この年齢で発症するケースは少ないらしい。
 この日のクリスマスは違う意味でずっと記憶に残ることだろう。
 ちなみに僕はあの後、冬子の両親が在宅していないことから、僕自身で最寄りの病院まで冬子を背負うことをせざるを得なかった。救急車を呼ぶにも、対処の仕方がわからなかった。彼女は小柄なので背負うことは簡単だった。病院は近かった。中に入り、適当な外来の受付に歩み寄った。そこからは何もかもが早急だった。受付担当の人が口下手な僕の言葉を察してくれて、すぐに対応してくれたからだ。
 そして、十二月二十五日。冬子の入院生活が始まった。


           *


 その入院生活が始まってからちょうど一年後。つまり、クリスマスだ。僕は冬子に会うことにした。
 一年の間に僕は冬子の病室を週に一回から二回ほど、訪れていた。しかしこれだけしか訪れないにしても、十分だと思う。冬子に接触するときは感染予防のために看護婦からガウン・テクニックを指導される。これは初めて病室に入るときにだけ行った。まず、廊下に置いてあるロッカーの中のガウンとマスクを着用する。次に履いてきた靴を専用のスリッパに履き替える。病室の入り口で手を消毒し、ようやく入室することが出来る。ここまででも相当な苦労と時間をついやす。だから、訪れる回数が少なくても精神的体力的にはつらいものがある。
 「クリスマスプレゼント、用意してあげられなかった」
 僕が病室に入るやいなや、開口一番に冬子は言った。そのとき僕は冬子を安心させるために満面の笑みを作っていた。
 「バカ。今はそんなこと言ってる場合じゃないよ」
 そうだった。もう冬子の身体はボロボロだった。彼女は強い薬の副作用で髪の毛はすべて抜け落ち、高熱や吐き気に見舞われていた。
 「そうなんだけどね。去年のクリスマスも何もあげなかったし、今年こそ、って思ったんだけど……」
 不意に暗然たる表情を僕に向けた。
 「……仕方のないことだよ」
 「孝久(たかひさ)君はそれでいいの?」
 「ううん。僕だって冬子さんからプレゼントもらいたいよ。道端に転がっているようなただの小石でも冬子さんからもらえるなら……嬉しい」
 自分でも気恥ずかしい言葉だと思う。実際に、言った後恥ずかしくて俯いてしまった。ゆえにそのとき彼女がどんな表情をしていたか、分からない。
 だから、
 「キスしよう」
 と、唐突に冬子が言ってきたのを理解することが出来なかった。
 「そこにうがい薬があるから」
 彼女は洗面台を指差した。そこには一輪の赤い花が洗面器に入れられていた。その隣にうがい薬があった。僕は言われた通りにきっちりうがいをし、もといた場所に戻った。
 「ごめんね。これがクリスマスプレゼントだと思ってくれる?」
 「怒られないかい? こんなことして」
 「本当はダメだけどね。孝久君にバイ菌がうつっちゃうから」
 「そら大変だ」
 あはは。
 うふふ。
 こんな風に笑いあうのも久しぶりだな。
 「来年こそクリスマスプレゼントをあげるからね」
 「うん。楽しみにしているよ」
 僕は皮が途中まで剥かれているリンゴと、剥くときに使ったのだろうと思しいナイフが置かれている台をキスの邪魔にならない所へ移動させ、それからベッドの端に腰を下ろし冬子と向かい合う形になる。そういえば、これが敢行されるなら初キスとなる。そう思うと、顔が火照ってしまう。
 ゆっくり、唇を重ねあう。
 長い間、本当に長い間キスを続けた。僕はしてはいけないと分かっていても、少し目を開けてしまった。眼前に広がるのは涙で濡れている冬子の瞳だった。


 それからのこと、僕が病室を訪れるたびにキスをした。思春期だった僕らはキス以上のことをしたかったが、冬子の身体のことを考えると不可能に近かった。実を言うと、初キスをしたときも冬子は徐々に崩壊されていたのだ。
時が流れるにつれて、冬子から生気を感じられなくなってきた。でも彼女は僕の姿を見つけたら、がんばって笑顔を見せる。これだけでもキス以上のことと等しく思う。その理由は冬子が恋しかったからだ。好きで、好きで、好きで――。どうしようもなく好きだったからだ。
 願うなら、もし冬子が死んでしまうのなら僕も一緒に死んでしまいたい。
 

                 *


 僕は久しぶりにこの病院――冬子が亡くなった病院を訪れた。
 病院というのは独特の臭いがする。
 建物に入った瞬間、つんと鼻を突く消毒薬の臭い……。それだけではない。すれ違う患者や看護婦や見舞客の表情、身のこなし、声を殺したような会話、そうしたもののすべてが、息の詰まるようなひんやりとした雰囲気を醸し出す。
 病院の臭い、あるいは死の臭いといってもいいだろう。
 僕はイマイチ病院というものを、理解していない。
 僕が理解しているのは外来の診察室と待合室、それと冬子との思い出深い一病室ぐらいであった。
 僕がここに来た理由は、今朝冬子の母親から連絡があり、午後の五時に病院に来てほしいとのことだったからである。
 冬子の母親はここの病院で看護婦をしている。年齢は結構な老いの部類に入るだろうが、彼女の外見はどこをどう見てもまだ二十代のように見えた。初めて出会ったときは冬子のお姉さんかと思ったぐらいだ。
 今日はクリスマスである。
 冬子が発作を起こし、入院生活がスタートしてから二年目のクリスマスである。
 しかしそれは冬子が生きていればの話だった。
 そう、冬子は二年目のクリスマスを迎える前に亡くなってしまった。
 中学三年になって、受験勉強に集中するのが普通なのだが、僕には冬子の存在が忘れられなくていつもと変わりなく病室へ行きキスをしていた。
 見た目は元気そうだったが、やつれている様に見えたのは僕の思い違いだと思っていた。まだ冬子はがんばって生きている。そう思い込んでいた。
 事態が急変したのは秋のこと。いつも通りに病室を訪れたら、冬子がいなかったのだ。まさか、と思った。
 僕はちょうど病室の前を横切った看護婦を呼び止め、冬子について教えてもらった。
 「冬子さんなら、集中治療室に移ったわ。現状が危ない方向に向かっているから急速な対処を施さなければいけなくなったのよ」
 僕の目の前が急に暗くなった。
 その看護婦にお願いして集中治療室に連れて行ってもらうことにした。看護婦の後ろを金魚の糞のようについて行く僕は意識を失いかけていた。このまま倒れてしまうかと思った。
 目的の場所にたどり着いた。ICU。当然、中に入ることは言うまでもなく無理であった。
 僕はなすすべもなく、そこでただ呆然と突っ立っていたことを覚えている。
 それから、数日後。
 冬子は死んだ。
 まるでチャンネルが変わるかのように、僕の心情は一瞬にして暗澹から後悔の念に移り変わった。それは自分の存在が無力に感じたのか、それともほかの理由があってこのような心情を招いたのかは知らない。
 でも、くやんで、くやんで、くやみまくった。
 でも、結局は無駄であった。
 その日から今日に至るまで、冬子をずっと頭の中で思い浮かべていた。笑顔の冬子、泣き顔の冬子、それ以外の表情の冬子――。
 冬子の葬儀は、十二月の中旬の今年一番の寒波に見舞われた日に行われた。僕は二年前のクリスマスのことを思い出していた。その間にあった出来事すべてが夢のように思えて、二年と言う歳月を、うまく実感できなかった。長いとも短いとも思わなかった。時間の感覚そのものが失われてしまったかのようだった。
 過去を振り返っているうちに、冬子の母親に言われた場所にたどり着いた。そこは小ホールのようだ。
 数分後、背が高く、女優のような顔立ちのナースさんが正四角形の形をした赤と黒と青の三つの箱を載せたタイヤつきの台を押してやってきた。
 「これは何でしょう?」
 僕は失礼にも挨拶もなしに言った。
 冬子の母親は聖母の様に微笑む。それが冬子の笑顔と一致してしまったのは、まだ記憶に彼女の姿が鮮明に残っているからだろう。
 「孝久君。これはね、クリスマスプレゼントだよ」
 そのとき、冬子のことを思い出したのか、彼女は悲しい顔を見せた。
 「冬子がね、君のために用意したんだよ」
 「えっ?」
 「あの子、今年こそ孝久君にクリスマスプレゼントをあげるんだって、意気込んでいたの。そして今日。間接的な渡し方だけど、冬子からのクリスマスプレゼントをあなたに差し上げます。それが今日呼んだ理由よ」
 冬子の母親が言っていることを僕は信じられなかった。
 「おっと、その前にこの手紙を読んでね」
 僕は彼女から手紙をもらう。
 冬子からの手紙だった。
 
 「孝久君へ。
やあ。元気かな? まあ、君のことだからエッチなことでもかんがえているのかもね。
それはいいとして。
 たぶんこの手紙を孝久君が読んでいる頃には私は死んでいるかもしれません。もしかしたらまだしぶとく生きているのかも(笑)。
 生きているにしても、私の身体はもうダメでしょう。それは今の時点でもわかりきっていることです。だから、私がまだ元気でいるときに君のためにクリスマスプレゼントを作っちゃいました! 感謝しなさいよ!(←これツンデレみたいだね)。
 でも、ただあげるだけじゃつまらないから少し工夫してみました。
 君の目の前に赤と黒と青の三つの箱があるよね? どれかひとつに私が用意した本当のクリスマスプレントが入ってるよ。わかるかな〜。
 ほかの二つはハズレと大ハズレだよ。当てちゃダメだよ。
 本当に当てちゃダメだよ?
 君が私のことを本当に好きならわかるよね。ううん、わからなくても良いよ。
 どの箱にも私からの手紙が入っているからちゃんと読んでね。
 最後に。
 愛してるよ
 冬子より」
 
 「これを受け取ったのはいつですか?」
 僕は冬子の母親に尋ねた。
 「そうね、今年の春かな」
 「そうですか」
 冬子はそのときには決心していたのだ。
 「私もこのことを頼まれたときにはビックリしたわ。でも君のことを語るとき、うれしそうに微笑んで話すのよ、あの子。だから……断れなかった。本当に君のことが好きだったのね」
 その言葉に、僕はなんとも言えない虚脱感を覚えた。冬子を失って以来、好きという言葉が空虚に感じるようになってしまったからだ。
 僕は三つの箱の前に立つ。
 選ぶのは簡単だ。しかし当てるのは難しい。恋人とは言え、そこまで冬子を知り尽くしているわけではないのだから。
 それならば、冬子のことがそれほど好きではなかったのではないか?
 そんなワケない。
 僕は愛していた。
 箱を一つずつ見る。
 ふと、思いついたことがあった。それは去年のクリスマス。冬子と初キスをする前に、うがい薬で口内を消毒することを命じられた。
 そのときに見つけた、洗面所にあった一輪の赤い花。
 反射的に僕は赤い箱に手をかける。僕は僕にとって、あの赤い花の意味はきっとこのためにあったのだろうと思った。本当はお見舞いで供えられた花なのだろうけど。
 なんのためらいもなく、その箱を開ける。ためらって、ずっと答えが出ないまま適当に箱を開けるよりも格段に良いだろう。それに、プレゼントを受け取るのに躊躇っていたら冬子に申し訳がない。すると、手紙と手編みのマフラーが入っていた。手紙を手に取り、書かれている内容を見る。
 
 「よくわかったね。決してわからないと私は思っていたのに〜。当てた孝久君はすごい!
 手紙と一緒にマフラーがあるでしょ? それね、私ががんばってつくったんだよ。えへへ。なかなかの出来だよね。
 喜んでくれるかな?
 喜んでくれたら私も嬉しいよ。

 ……やっと、クリスマスプレゼントが渡せたね。私はこのときをずっと待っていたんだ。付き合い始めてから始めての発作が起こるまで、私はあなたの彼女としてあなたを喜ばせることがあんまり出来なくてガッカリしてたの。付き合ってからそれほど月日は経ってないから仕方ないことなのかもしれないけどね。それ以降も計画は幾度とたてていたんだけど、急に起きる発作や長い検査や苦痛な治療でなかなかそれを実行することは出来なかった。それどころか、日に日に身体は弱くなって計画をたてることさえも難しくなってしまった。
 だから、私はある日に向けて全身全霊を込めてプレゼントをつくることにしたんだ。それは君がこの手紙を読んでいるでしょう、クリスマスの当日。この日に私はすべてをかけた。
 有言実行することは茨の道の如く、辛かった。マフラーをつくるのは生まれて初めての経験だから悪戦苦闘を強いられて、それに吐き気や高熱に耐え続けながら作業したのだから辛かったのは理解してくれるよね。がんばったんだよ、私。
 そして、桜が咲き乱れる春にプレゼントはすべて完成した。手紙はその日に書いたの。
 もうその頃には身体がボロボロで、本当は書く気力はなかったけど君のためにがんばったんだよ。本当に、がんばったんだよ、私。
 
 まあ、その話はここまでにして。
 最後になっちゃうけど。
 孝久君は私と付き合えて幸せでしたか?
 私とデートとかまったく出来なくて、あなたは幸せでしたか?
 答えが出たならば、それは口に出さず孝久君の心にずっとしまって置いてください。それが、どんな答えであっても。
 じゃあね。
 愛してるよ
 冬子より」

 何てことだろう。
 この手紙を読む限りでは冬子は僕のために死んだのと同じではないか。
手編みのマフラー? そんな無駄なことよりも自分の身体のことを心配しろよ。そうすれば、長く生きていることが可能だったかもしれないじゃないか。もっと僕とキスだっていっぱい出来たかもしれないじゃないか。それなのに、なんでこんなことに一生命をかけてしまったんだよ。おかしいじゃないか。
 「どうして……」
 我慢していたのだが、とうとう口にしてしまった。その様子に冬子の母親は何事も昔から分かっていたような表情で僕を見据えていた。そして、彼女は薄く笑い、幸せそうに言う。
 「たぶんね。冬子は孝久君との思い出を長いものにするのではなくて、一瞬にしたかったんだと思うわ」
 よく意味が分からなかった。
 「あの子は、『未来』よりも『今』を選んだのよ。白血病はね、いつ身体を悪循環に巻き起こすか分からないから発症した人には未来は保障されない。
  冬子は考えたと思うわ。何が起こるかわからないけど、運よく白血病が治って孝久君とずっと愛し合うことの出来る可能性が少なからずある『未来』か、冬子が白血病と戦いながら生きている『今』を。もっとも、この件を冬子がし始めたときには、もうあの子の身体はすでにダメだったけどね。だから彼女に未来は確実に訪れることはなかった。それは私も冬子も感じていたこと。『今』を選んだ冬子は正しい選択をしたと私は思ってる」
  僕は手紙の内容を思い出した。
  冬子は僕の彼女として僕を喜ばせることがいろいろな理由で出来なかった。だから、このクリスマスの日に彼女は僕を喜ばせるために一生命をかけてまでプレゼントをつくった。そして今を全速力で走りぬけた冬子は、未来と言うゴールにたどり着く前に力尽きた。
  僕は思う。
  それで冬子は幸せだったのだろうか。
  あだ桜のように儚く散っていくような一瞬――刹那に冬子は満足したのだろうか。
  「一瞬を大切にするってことは、どういう意味だか知っている?」
 冬子の母親は目を閉じて僕に尋ねる。
  「よく分かりません」
  「簡単よ。一瞬を大切にすればするほど、今を生きている実感がより一層深くなる」
 確かにそうだ。
  「このことを冬子のことに置き換えてみて」
  「置き換え?」
  「そう」
 僕は冬子の母親に倣うように目を閉じて思考を一点に集中させる。
 数分悩んだ末、僕は目を開ける。結果、なにもわからずじまいだった。
  「やっぱり、わかりません。……すみません。察することが出来なくて」
  「ううん、大丈夫よ。むしろわからないほうが冬子にとっては良いこと」
 また理解に苦しむ言い回しだった。
  「じゃあ、答えを教えてあげるね」
 そう言って彼女は自然な表情になり、僕にやさしく言う。
   「冬子は君を自分の命よりも愛していたのよ」
  僕は途方に暮れてしまった。「たったそれだけですか?」
   「ええ」
  それは翳りも衒いもない言い方だった。
   「冬子さんはそれで幸せだったのでしょうか」
  僕が言った直後、冬子の母親は突然少女のような仕草を見せた。僕はドキッとしてしまう。
  「愛することは素晴らしいことなのよ。一瞬でも愛することが出来たなら幸せに決まっているじゃない」


  冬子の母親は仕事の都合上、僕と接する時間は少なかった。後で残りの箱を回収に来るとのことだ。
  そして僕の目の前には冬子が用意した青と黒の箱――ハズレと大ハズレ――がある。
  僕は悩んでいた。
  もしかしたらこの二つの箱にも真実が入っているのではないか、と。
  でも僕には勇気がなかった。見てしまったら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない、と怖気づいてしまったのだ。だからこうやって箱を目の前にして佇んでしまっている。あと一歩が出ない。
  そんな僕をあと押ししたのが、冬子の母親の言葉だった。
  冬子は君を自分の命よりも愛していたのよ――。
  この言葉が真実であるのなら、残りの二つのクリスマスプレゼントにも何か僕に伝えたいものが入っているはずだ。
  僕は勇気を出して一歩進み、まず一つ目の箱――青い箱を開ける。


  箱には何も入っていなかった。いや、哀愁が漂っている孤独空間がそこにはあった。
  僕はこれが何を意味するのかこのときはわからなかった。


  最後に黒い箱を開ける。
  そこには手紙があった。所々黄ばんでいるところがある。生命の残滓が手紙にとり憑いているように見えた。
  僕は手紙を取った。刹那、忙しく動いている心臓を持たされているような畏怖を感じた。それはこの手紙のせいだと悟ったのは数秒後。冷や汗がたくさん出た。手紙を元の場所に戻したかった。でも、真実を知るためにはこの手紙の内容を自分の目で確かめなければならないことを考えると、それは出来なかった。
  ゆっくりと手紙を広げ、内容を見る。


  読み終えた後、僕は後悔した。それは冬子が死んだときのような後悔ではなく、なんとも形容しがたくて、今までに体験をしたことがない後悔だった。
  この手紙には真実が書かれていた。しかしその真実は僕の思っていたような真実とは異なっていた。
  赤い箱に入っていたのは表側の真実で、この箱に入っていたのは裏側の真実であったのだ。


  「『白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答えて消えなましものを』
  この歌知ってる? 伊勢物語の芥川という物語にある歌なの。
  『それは真珠か、何かほかのものかと女が聞いたとき、‘露だ’と答えて自分も露のように消えてしまえばよかったのになぁ』って言うのが和訳した文。
  私、この歌好きなんだ。儚げな感じと、この歌を詠んだ作者の後悔の念が伝わってきて共感がもてるの。君はどう感じるかな?


  この手紙の核心に入るのだけど、まずこの箱は大ハズレなの。当たりは赤い箱。ハズレは青い箱。
  だから、孝久君にこの手紙を読んでほしくなかった。なぜならここに書かれていることは裏の私が書いたことだから。
  じゃあ、核心に入るね。


  私は孝久君のことが好き。自分の命よりも好き。少ない時間でも一緒に愛することが出来るのなら死んでもいいって思った。
 でもね、それは表の私が思っていたことで裏の私は少し違っていた。
 裏の私でも孝久君のことが好きなのは変わらなかった。瞳を閉じて暗闇に包まれているときに最初に想いつくのが孝久君。辛い治療を受けているときに想いつくのも孝久君。裏の私も孝久君という海に流されていたんだね。
  だから。
  裏の私は孝久君と一緒に死のうとしたのかもしれない。
  覚えてる? 私たちが初キスした日のこと。あの時私は君を殺し、自分も死のうとしていたの。孝久君が私とキスをするために端に寄せた台の上にナイフが置いてあったでしょ? それを使って孝久君を殺そうとしたんだ。
  なぜか、って思うでしょ? 理由は簡単。どうせ私の未来が『死』以外の選択を与えてくれないのなら、愛する人と一緒に死んでしまうことを望んでもいいじゃないか、って言う裏の私の願望がそのとき私を支配していたからよ。たぶん裏の私は孝久君に嫉妬していたのかも。ありのままの自分で私を愛してくれた孝久君を。
  予定日はクリスマスの日に決まった。孝久君と付き合い始めて、プレゼントとかあげられなかったからクリスマスプレゼントとしてちょうどいいかな、って思ったからこの日に決めたの。
  そしてクリスマス当日。私は孝久君に悟られないように台に置かれたナイフの隣に皮むき途中のリンゴを添えた。そのときはまだ裏の私が支配していた。
  でも。
  孝久君が病室に入ってきたとき、私は正気を取り戻し表の私に変わったの。
  君が。
  あんな笑顔をするから。
  それから私はなぜ孝久君を殺そうとしてしまったのか自分で思い直し、そしてすべてを理解したとき私は死ぬほど後悔した。
  愛する人を、殺すなんてどうかしている。
 だから、謝らせて。
 







                                   ごめんなさい」

後書き

どうも、丘です。
この話は三題噺です。
お題は、「クリスマスプレゼント」「白血病」「伊勢物語」です。
白血病を選んだ理由は、僕の高校の先生が白血病になってしまい教員生活をやめてしまったからです。
伊勢物語は僕の大好きな古典作品です。
クリスマスプレゼントはもうすぐクリスマスだからなー、って思ったから選びました。
そして、この三つのお題で作り上げた作品がこれです!
でも。
これって「世界の中心で愛を叫ぶ」に似てる……。とくにキスシーン。
はぁ。

このたび丘はこの作品をもちまして、今年の執筆は終わりにさせてもらいます。所謂、『書き収め』ってやつですね。
来年も皆さんとともにがんばりたいです。

では皆さん。良いお年を。

この小説について

タイトル クリスマスプレゼント
初版 2009年12月23日
改訂 2009年12月23日
小説ID 3700
閲覧数 985
合計★ 5
丘 圭介の写真
ぬし
作家名 ★丘 圭介
作家ID 608
投稿数 4
★の数 20
活動度 2253
栃木県で生まれ、現在新潟に住んでいる大学生。
専攻は医療・福祉工学。休日は公民館で子供たちと楽しく遊んでいます。

コメント (4)

★青嵐 2009年12月24日 22時35分57秒
数学教師丘先生こんにちはw←
青嵐ですw

読ませて頂きました。

白血病という病気のこと
病院での会話・動作・心情
一人称でたんたんと語っていくことによって、
主人公の気持ちの変化や表れはよく出ていました。
冬子さんのことも手紙を残すことによって、
わかりやすく表現出来ていたと思います。
直接的な感じだったので。

では、ちょっと辛口いきます;

率直な感想、
あまり感情移入できませんでした。
えっと;
もっと、二人の会話などがあってもよかったんじゃないかなと思います。
お見舞いに行くときは元気な感じを装っているが、
病室をでれば、つらくてつらくて涙が止まらない、とか。
つらい様子を、主人公の気持ちだけで表すのではなく、もっと具体的に書いたらよいかと思います。
それから、直接的な言葉ではなく、遠回しっぽい感じで読み手に「感じ」させることができたら
めちゃくちゃレベルアップするかとおもいますw

なので期待の意味を込めて、★は2つで失礼します;
上から目線ですみません;
意味不明な文章で申し訳ないです;
次回、期待してます!!
よいお年を!
弓射り 2009年12月26日 1時02分47秒
ども。「白血病」と「恋」がテーマだとどうしても「世界の中心」が浮かんできちゃいますね。僕、ほんとにあの作品が嫌いなので、あまり偏り過ぎないようにコメント心がけます。

結論を言うと糞「世界を中心〜」よりは良いと思いました。死ネタは読者を泣かせるのに便利です。でも、これはもっと死について考えさせる文でした。その点で評価できると思います。

ただ、尺の短さのせいで、物語の骨組みがむき出しって感じがしました。もっと主人公とヒロインの生活感で肉付けしないと、軸にしてるテーマだけが浮いてきてしまいますね。

あと、良いセリフが割といっぱい出てきた気がするのに、さらっと流れちゃってるのも痛いですかね。
>>「ううん。僕だって冬子さんからプレゼントもらいたいよ。道端に転がっているようなただの小石でも冬子さんからもらえるなら……嬉しい」

>>本当に、がんばったんだよ、私。
などは、もっと効果的に目立たせたら下手すると号泣してたかもしれません。

あと、瑣末ですが日本語として変かな、と思った部分を。
>>結構な老いの部類に入るだろうが →年配? 古株?
>>冬子からのクリスマスプレゼントをあなたに差し上げます。 →差し上げる、だと変にへりくだりすぎてるような・・・
>>決してわからないと私は思っていたのに〜。 →絶対、のほうが口語に近いかと。

以上です。ここまで愛の編みこまれたマフラーとか、重すぎて僕は受け取れなさそうw
★丘 圭介 コメントのみ 2009年12月27日 20時10分18秒
お二方ありがとうございます。

青嵐さん。
辛口コメントありがとうございます。
期待して待っているのことなので、これからは期待に応えられるような作品を作ってまいります。

弓射りさん。
細かいところまで読んでいただきありがとうございました。
もう少し文章を丁寧に書きたいと思います。

では。
Wq コメントのみ 2018年1月3日 9時44分31秒
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