サブキャライフ

 俺は今の今まで何一つ、主人公らしい役を与えてもらったことがなかったように思う。
 部活動では補欠必至、かの友人は年がら年中モテ期で、むしゃくしゃして喧嘩なんかした日には俺なら真っ先に気絶させられる。勉強だってそうだ。必死に頑張って一度は学年トップの成績を得るも、その後またすぐに他の奴が抜かしていってしまう。オール満点どもにどう勝てってんだ。
 そして俺は、いつまで待っても尽きそうにないほどこみ上げてきた悔しさの念により、一つだけあることを決意した。
 死ぬまでには何としてでも、絶対に主人公らしい男になってやる。
 しかしその夢は、高校二年生の夏が終わった頃に打ち砕かれた。

「ええっと、結構田舎の方から引っ越してきました、野村椿です。今日からよろしくお願いしますっ」
 教卓の横に立ち、背中を隠せるまでに伸びた黒のストレートヘアを揺らしながら深々と頭を下げ自己紹介したそいつは、今日からこの教室にやって来た所謂転校生である。
 しかもなんと穏やかな微笑みの似合う彼女はトビキリの美少女で、転校してきたばかりにも関わらず学園のアイドルと呼びたくなってしまうような気品を持っていた。
 そんな野村さんとやらはクラスのほとんどの男子生徒から注目を集めつつ、
「じゃあ野村、一番向こうの空いている席に座ってくれ」
「分かりました」
 先生に言われてから窓際の机に向かって物静かに歩き始める。おいこら野郎ども、あまり野村さんを見てやるなよ。困った顔してらっしゃるじゃねえか。
 と心の中でクラスメイトを叱りつつ、俺は頭の中で何か引っかかるような感覚を覚えていた。窓際の一番向こうの席というとこのクラスで人気ナンバーワンの特等席だが……ああそういや、その右隣には、
「野村さん、分からないことがあったら何でも言ってね。僕も出来る限りのことするから」
 クラスで成績ナンバーワンであり、ついでに年がら年中モテ期のこんちくしょうである俺の小学校以来の親友、倉沢与助の席があった。おい倉沢、何そんな金になりそうな笑顔で野村さんに話しかけてんだ。馴れ馴れしいぞこの野郎。
「う、うん。ありがとう……えっと」
「倉沢与助だよ。僕のことは好きな風に呼んでいいからね」
「わ、分かった。ありがとうね、倉沢くんっ」
 てんめえ早々に美少女の笑顔ゲットかよ、羨ましいぞこんちくしょうめが!
 この時俺は、クラスメイトのほとんどの男子生徒とシンクロしていたかのような錯覚に陥った。

 時間は濁流のごとく流れていき、現在は放課後である。
 クラスメイトたちがそれぞれ帰り支度を済ませて帰るか部活に行くかしている中で、野村さんはあろうことか自分から倉沢に話しかけていた。
「倉沢くんにお願いがあるんだけど……学校の中、案内してくれる?」
「もちろんオーケーだよ。じゃあ行こっか」
「ありがとう〜」
 させるかあぁぁ!
「俺も行くぜえお二人さん!」
 俺は早速向かい合う二人の間に割り込んで大声を出した。倉沢、お前だけにいい思いはさせねえ。二人きりで放課後の校内デート、俺が邪魔させてもらおう。
「やあ、板東はいつでも元気だね」
「お前はいつでもさわやかだなこんちくしょう」
 おいてめえ少しは悔しがれよ。美少女と二人きりで放課後の校内デートできるという滅多にないチャンスを俺に奪われたんだぞ? 相変わらず邪心の薄い奴だな。
「あの、あなたは……」
「紹介してなかったね。僕の友人で」
「板東仁志っす!」
 いかん、美少女とまともに会話するのは初めてなものだからつい緊張して後輩みたいな口調になってしまった。いきなり下手に出てるんじゃ何かと先が思いやられるぞ。
「板東さんね。ありがと、あなたも学校を案内してくれるんだ」
「おう、まかせとけって!」
 倉沢には『くん』付けで俺だけ『さん』なのは非常に気になるところではあるがそれは置いておこう。そんなことよりも、俺は今、女の子に「ありがと」って言われたんだ……これは主人公に一歩近づけたってことなのだろうか。かなり嬉しいじゃねえか!
「ねえね、それともう一つお願い聞いてもらってもいいかな?」
 野村さんはおずおずと控え目な態度で申し出る。何だって言ってくれ、今の俺なら何だって応えられそうな気がする。
「隣のクラスにも双子の妹が転校してきてるんだけど、その子も一緒につれてってくれないかな……迷惑じゃなかったらでいいんだけど」
 俺は彼女に対して即快い返答をしようとしたのだが、
「もちろ――」
「もちろんオーケーだよ。何人でもどんときてよ」
 惜しくも格好つけるタイミングを逃しちまった。
「ありがとうっ」
「どういたしまして」
 あのさ野村さん、どうして倉沢にだけ感謝の瞳を捧げてるんだよ。俺には? 俺には「ありがとうっ」はないのか?
「隣ってB組? 僕らのクラスはホームルーム長引いちゃったし、あっちはもう先に帰ってたりしてないのかな」
「大丈夫。あの子さみしんぼだから、ほってたら私に会えるまでずっと待ってるのよ」
「あはは、可愛い妹さんなんだね」
「そうなのよー。あの子本当に可愛くてね、こないだなんか――」
 いかんな、俺抜きで会話が弾んでしまっている。このままでは俺がサブキャラとしてこいつらの視界からフェードアウトしてしまうのも時間の問題……さて、これから俺はいかに動くべきだろうか。
「あら、噂してたら来ちゃったわ。私の妹」
 俺が頭の中で三つほど選択肢を挙げてどうするべきか検討していると、野村さんがピンと立てた人差し指を教室の出入り口の方へと向けた。
 そこには確かに、一人の女子生徒が扉に身を隠しつつこちらに視線をやりながら立っている。俺たちは野村さんと一緒にその子のもとへ歩み寄った。
「さっちゃん、朝ぶり〜」
 野村さんの問いかけにこくりと頷く野村妹さん。この子もまた随分な美少女だ。
 長髪の姉とは対照的にバッサリ切られたショートヘアが印象的な彼女は、それからしばらく俺や倉沢の方をじっくりと睨みつけるように眺め、
「お姉ちゃん、その野郎どもは何」
 随分と強気な態度で口を開いた。気の強いお嬢さんでいらっしゃること。
「倉沢くんと板東さんよ。私たちに校内を案内してくれるんだって」
「私もう疲れた。早く帰りたい」
「そうなの? じゃあどうしようかしら、せっかく倉沢くんたちが親切にしてくれてるのに……」
 言いながら野村さんは心から申し訳なく思ってそうな困り顔を俺たちに向ける。ここで俺が「別にいいって。案内はまた今度でもできるし」みたく人当たりの良さそうなことを言えば、野村さんからの好感度を少しでも稼げるかもしれない。
 そうと決まれば早速その台詞を言おう。というわけで俺は即快い反応を示そうとしたのだが、
「別にい――」
「疲れちゃったなら仕方ないね。案内ならまた明日にでもできるし、今日のところはもう帰ろっか?」
 惜しくも親切な俺を見せつけるタイミングを逃してしまった。クラサワメェ。

      ***

 てなわけで帰り道だ。俺たちは改めて互いに自己紹介しながら四人揃って駅に向かい、それからそこで駅員さんに定期を見せたりして、現在は朝ほどではないがそこそこ混雑した電車の中に居る。
「朝来た時はびっくりしたわ。これが噂の満員電車かって思ったもの」
「そっか、野村さんはどこかの田舎出身だからあまり電車乗らなかったんだね。結構きついよ、ここら辺の電車は毎朝満員なものだから」
「覚悟しなくちゃね。ねーさっちゃん」
 野村さんと倉沢の二人は相変わらず仲良く喋っている。反対にさっちゃんの方はといえば。
「…………」
「どうしたさっちゃん、さっきから何かを堪えているみたいな顔してるけど」
「あんたがさっちゃん言うな。くそったれ、馴れ馴れしいっ」
 女の子がくそったれなんて言葉吐いちゃ駄目だろ。
 それにしても、電車に乗って五分ぐらいした辺りからさっちゃんは本当に様子が変だ。妙に顔が赤いし、それに全身をぷるぷる震わせていてまるで何かを恐がっているかのようにも見える。
 そしてずっと俺たちを睨んでいた瞳にも、若干の潤みが増していた。
「っておい、マジでどうしたさっちゃん。涙目になっちまってるじゃねえか」
「うるっさいわね……ほ、ほっといて……」
「そうは言ったってな――あ」
 彼女の様子を伺っているうちにふと見つけてしまった。さっちゃんの臀部を撫で回す、一つのごつい手の平(指の毛すげえ)を。
 痴漢だな。ちなみに臀部ってのはお尻のことだが、直接そう言うのは何か気が引けるためなるべく避けさせてもらう。
「……っ、うぅ」
 おっと、こんなことをだらだら考えている場合ではない。人として、主人公を目指す身として、痴漢に気付いたならすぐ助けてやらないでどうする。
 俺は早速、未だこちらの視線に気付いていない痴漢野郎の手をつかみ取ろうと手を伸ばした。だがそこで、
「オイタはいけないなあ君」
 倉沢の腕が俺の先を越し、痴漢野郎の手首を傍から見ても痛そうに見えるほど力強く締めあげた。おいお前、いつから痴漢に気付いていたんだよ。
「あだっだだだ……」
 鈍いうめき声を出すのは手の平と同様にかなりごつい体形の男。言うなればゴリラみたいな奴だ。
「次の駅で駅員に突き出すから、覚悟しとくんだね」
「て、てめえ」
 ゴリラはつかまれていない方の手で倉沢の顔面に拳を打ち込もうと身構える。
「がはっ」
 しかしそれも今一歩遅かった。倉沢の右拳はとっくにゴリラの腹部を打ちつけており、奴の身体を綺麗な“く”の字に曲げる。
「ちなみに僕は君みたいな下種野郎の相手に慣れてるからね、抵抗しても無駄だよ」
 崩れ落ちる痴漢ゴリラ。
 ああ、やっぱり倉沢は強い。俺が喧嘩でやられたとき、いつも一人で復讐してくれているだけのことはある。だがな倉沢、俺にももうちょっと出番分けてくれたっていいんじゃないのか? そりゃ確かに俺なんかじゃ痴漢退治するどころかあのゴリラから顔面殴打をくらって伸びちまうかもしれないけどさ……。
「桜子さん、大丈夫だった?」
 それからゴリラの手首を放さないよう握り締めつつさっちゃんに声を掛ける倉沢。
「うっ……だ、大丈夫……だもん」
 一方で必死に涙を堪えながらそう言うさっちゃんだが、彼女の言葉が嘘であることは、その悔しさや悲しみに歪み切った顔を見れば一目瞭然だった。
「よしよし、恐かったわね。私の胸ならいくらでも貸してあげるから、今度ばかりは強がってないで、存分に泣きなさい?」
「お姉ちゃん……恐かったよお」
 その瞬間、さっちゃんは自身の感情に抑えていたものを取り払ったかのように泣き崩れ、野村さんの胸に抱きついて号泣を始める。
 ――そうだ。ここですぐにさっちゃんの無事を喜べないところが補欠なんだ。
 俺にはやっぱり無理なのか、主人公になるなんてことは。そんな器じゃないってのか。
 電車内に響き渡る同級生の大きな泣き声を聞きながら、俺は胸の中で何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

      ***

 痴漢野郎を駅員に突き出し、大まかな事情聴取を受けたりなんかしていると、野村姉妹を無事に家へと送り届けた頃には空がすっかり暗くなっていた。
「桜子さん、大丈夫かな……明日学校来れるといいんだけど」
「そうだな」
 二人肩を揃えて夜道を歩きながら、俺は倉沢の呟きに適当な言葉で返しつつ、はあと深い溜め息を吐く。
 こいつは本当に凄い。自分のやったことを少しも鼻に掛けず、さっきからさっちゃんの心配ばかりしては落ち着かない様子を見せている。それに比べ俺は生まれてから一度でも他人のことを本気で心配したことなんて一度もなく、今だって電車内で自分が活躍できなかったことの方を悔やんでいる。
 本当に情けない男だよ俺は。こんな自分が心底嫌になる。
「板東、どうかした? さっきから浮かない顔してるけど……」
「何でもねえよ。眠くなっただけだ」
「そっか」
 目ざとい奴だ。日もすっかり沈んでしまったこんな暗がりの中、よく人の表情を読んでいられるな。
「嫌なことがあったらちゃんと言いなよ。僕にできることなら何だってするから」
「だから何でもねえって」
「はは、そうだったね」
 そう言って微笑む倉沢を前に、俺の“主人公になる”という決心は大きく揺らぎ始める。
 倉沢に憧れ今年の春から目指してきた“主人公”だが、今やっと分かった。俺にそれは無理だ。
 もともとそんな器じゃない。
「僕はまた電車乗るけど、板東は?」
「俺はここから歩いて帰れるよ。ちょっとばかし遠いけど」
「そっか、じゃあここでお別れだね。ばいばい、また明日」
「ああ」
 歩き去る倉沢を視線で追いかけながら俺は考える。主人公が駄目なら、脇役はどうだろうか。
 漫画の人気キャラ投票とかじゃサブキャラの方にもかなりの票が集まるのはよくあること。主人公になれなくても、せめてそういう立派な脇役ぐらいは目指せるんじゃないだろうか。
「……はは、良いこと思いついちまった」
 決めた。
 倉沢、主人公はお前だ。そして俺はお前の人生という物語の立派なサブキャラとして生きることにする。あわよくばスピンオフだって狙ってやる。
 誰にも文句は言わせないぜ。



 翌日。
「あんた、倉沢って言ったっけ。昨日はその……助けてくれて、ありがとう」
 俺と倉沢は通学路にて、偶然にも野村姉妹とばったり出会った。
 おいおいどうしたさっちゃん、さっきから倉沢相手にそんなに顔を赤くして。傍から見りゃ倉沢に告白しようとしている女子生徒だぞお前。
「姉の私からもお礼を言わせてもらうわ。ありがと、倉沢くん」
「いや、それほどでもないんだけど……ていうかあれはばん――」
「く、くくく倉沢っ、本当に昨日ありがとうっ。お姉ちゃん私もう行くね!」
「ああ待ってよさっちゃん、どうして走るのー!」
 恥ずかしさのあまりか突然駆け出すさっちゃん。
「じゃ、また教室でね」
 それを追いかけるべく、俺たちに軽く声を掛けてから走り始める野村さん。
「あー、行っちゃったね」
「そうだな。行ったな」
 なあ倉沢、さっきの様子だとお前さっちゃんに恋されたっぽいぞ。よかったな、うまくいけば近いうちに恋人同士になれるかもしれないな。ははは。
 よかったなあ……ああ、本当によかったな……なんて思えるわけねえだろこんちくしょうが!
 くっそ羨ましい……何だ今のラブコメ展開は。許せねえ。一人だけ甘い蜜舐めやがってからに倉沢め。
 器が何だ。下心全開がどうした。なってやる……こうなりゃ絶対になってやるからな、主人公に!
 青空を仰ぎつつ拳を握り締め、俺は再び主人公を目指す決意を固めた。

      終

後書き

主人公とかってチョーなりたくね? 大事件とか簡単に解決できちゃう奴とかってマジすげーってゆーか? 異性がほいほい寄ってきちゃう奴とかまじでうぜえどころかチョーうらやましーってゆーか? なんだかんだでチョーうらやましーんですけどー的な? んなわけでチョーうらやましー主人公とかってチョー憧れちゃうってゆーかー。
ガン黒のギャルさんっぽく喋ってみました。主人公になりたい日直さんです。
今日も後書きに何を書いていいやら思いつかないのでこれで終わりますね。皆さんまたお会いしましょうー。

……コメントへのお返事……
青嵐さんへ
アイム主人公と言ってみたい! 青嵐さんお久しぶりですー(笑)
本当にどうしてなんでしょうね。何故僕は「世界中で一握りしかいない人材」ではないのでしょう。ぼかぁもう不平不満不服で心の中がぷんすかですっ。ねー。
さて何となく青嵐さんに愚痴っちゃいましたけどそれもここまでです。ここからは謝辞を並べますね!
このサブキャライフを読んでくれて、本当にありがとうございますっ。しかもおもしろかっただなんて言ってくれて非常にセンキューですっ。もうとにかくカムサハムニダですっ。
次に投稿する機会があればまた読んでくださいねー。

この小説について

タイトル サブキャライフ
初版 2009年12月27日
改訂 2009年12月30日
小説ID 3711
閲覧数 775
合計★ 4

コメント (1)

★青嵐 2009年12月29日 23時55分34秒
私だって!主人公になりたい!!

ども、青嵐ですw

周りの人より早く始めていたバドミントンは中学校の部活に入ったらあっという間に抜かされたし、
小学校の頃は勉強できたのに、中学あがったらみんな私より出来るし、
運動神経はない、かといって頭がいいわけでもない。
特にこれといって飛び抜けて出来ることがあるわけでもない。
常に人の、よくて「中の下」をいく私にはとてもとても共感できる小説でした!

日直さんらしく、軽いテンポで読みやすく、とてもおもしろかったですw

なんなんだ、
スポーツできるやつ!
頭いいやつ!
異性にモテモテのやつ!
ってかんじです。orz


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