月明かりの下で - 第七夜:想い

 世界にどこにでもある小さな村。
 そこには亡き父の後を継ぎ、悪意を暴く盗賊がいた。
 私はその盗賊に屋敷を襲われ、そこの頭領の気まぐれにより誘拐まがいをされた。
 彼らと一週間をともにし、私は知らなかった世界を見ることができた。
 初めて屋敷から遠くに連れ出された景色は、想像していたものよりキラキラしていて・・・・・・。愛しいと感じることができた。
 それはきっと、彼らが私にくれた宝物。


 レイナはグッと一瞬だけヘルトの腕を握った。
「・・・・・・レイナ?」
 ヘルトが訝しげにレイナを見やる。
 顔を上げたレイナの表情は、悲しみと決意が入り混じった強い瞳だった。
 その表情に何か感じ取ったヘルトは、レイナが自分の腕を放そうとするのを素早く止める。
「ヘル・・・・・・!」
 驚いて声を上げるが、ヘルトは首を振った。
「俺たちのために、行こうとか考えてるな?」
「・・・・・・」
 読まれていたことに悔しさと嬉しさが混濁し、レイナは身をよじる。
 けれどヘルトも放さなかった。
「放して。お願い。このままじゃ本当に貴方たちの大切な場所と一緒に、取り返しのつかないことになるわ」
「だけどお前の本心じゃない」
「それでも」
「だめだ」
 レイナの言葉に耳を貸さず、ヘルトは強い視線で目の前の軍人たちを睨みつけた。
 エデン隊舎の軍人たちは、レイナの屋敷に仕える大臣、アクモの依頼により、レイナを連れ戻しにきた。
 彼は大臣という立場にもかかわらず、多くの人々を善良な貿易だと騙して裏で闇取引を行っていたのだ。ヘルトたちはそれを暴こうとしたのだが、どうにも警備隊の様子もおかしい。
 全てグルで行っているとしたら、寧ろレイナが危うくなるかもしれない。
「・・・・・・どうして・・・・・・?」
 不意に零れた小さな呟きに、ヘルトは目を丸くしてレイナをみた。
 レイナの表情は途方に暮れていて、謎かけの答えを捜し求める子供のようだった。
「どうして貴方はそんなに私を気にかけてくれるの・・・・・・? 確かにアクモのことは危ないわ。だけどそんな・・・・・・ここまで心配してくれるほど、私は貴方たちとの縁は深くないのよ?」
 彼女の発言に、ふとヘルトは眼差しにきつい色を滲ませた。
 それに驚いてレイナが目を丸くすると、ヘルトはレイナの頭を小突く。
「わ・・・・・・?」
 頭を押さえて彼を見上げると、ヘルトは拗ねたような表情になっていた。
「――『どうして』なんて、簡単だろ。ただ俺がお前を渡したくないから」
「はい・・・・・・?」
 不可解な言葉に目を眇め、ルーセントとゴートが「おぉ?」と顔を見合わせ、声を拾ったアクモやボルスたちは一瞬硬直した。
 そんな彼らを知ってか知らずか。ヘルトは語る。
「なに。文句あるのか。ただあいつらにお前をやりたくないからやらないだけ」
「ヘル・・・・・・?」
「お前、なんも判ってないね。縁が深いとか、深くないだとか、そんなこと関係ないだろ? 今までどうしてお前は俺たちと一緒にいた? 確かに帰り道が判らなかったからっていうのもあるんだろうけど・・・・・・いたかったからじゃないの?」
 レイナが呆然とすると、ヘルトは続ける。
「狭い檻に閉じ込められてたけど・・・・・・抜け出した。自由を知って、心から感謝したってお前言ってただろ? ようは縁だとかそんなもの関係ない。『自分がどうしたいか』だ」
 ヘルトは真剣な表情でレイナを捉えた。
 すると。
「は・・・・・・ははははは!」
 大きな笑い声が響く。
 全員でそちらに目をやると、アクモが嘲笑を浮かべていた。
「何を言い出すかと思えば・・・・・・貴様ごときがお嬢様に何を言いふらしている! たかが盗賊の若造が、由緒正しいヴァンデス家の令嬢と釣り合うとでも思っているのか!」
「アクモ!」
 レイナが咎める声を出すが、アクモは止めない。
「レイナ様、貴女は騙されているのです! 盗賊め、貴様自身がレイナ様を攫った張本人のクセによくもぬけぬけとそんなことが言えたものだな!」
「・・・・・・」
 ヘルトはアクモを静かに見返した。レイナを掴む腕を放さないまま。
 と。
「すいません。ちょっといいですか」
 そんな声が上がり、またもや全員の視線が持っていかれる。
「リデル殿」
 アクモが呼んだリデルという十五歳の少女。レイナを連れ戻すため、アクモが呼んだエデン隊舎の戦闘部隊隊長である。
 うしろに十番隊員を引き連れ、隣に副隊長のロイドと第三官であるアクロスを従えた彼女は、ヘルトを見つめる。
「貴方は、盗賊の方ですね」
 盗賊に対しても丁寧な口調で話すリデルを怪訝そうに見ながら、ヘルトは頷いた。
「ああ・・・・・・」
「いくつ?」
 更に判らない質問をされ、一応ながら答える。
「十九・・・・・・」
 リデルは足を進ませ、対峙している人々の間に来た。
「・・・・・・貴方・・・・・・」
 何かいいたげにし、リデルは止める仲間を手で制しヘルトに近寄ろうと前へ進む。
 すると。
「――近寄るな!」
「!」
 ルーセントの警戒に満ちた声音が聞こえたかと思うと、いつの間にか姿を現していた剣がリデルに向かっていた。
「ルーセント、やめろ!」
 ヘルトが彼を制止するが、遅い。彼の剣は目を細めたリデルに突き刺さる寸前で――。
 鋭い音と共にもう一つの剣に止められた。
「ロイド!」
 アクロスが驚いて声を上げ、リデルが息をつく。
「な・・・・・・!」
 ルーセントが驚愕に目を見開き、リデルと己の合間に入った少年を凝視する。
「中々、剣重いな、お前」
 賛辞なのか、ただの評価なのか、ロイドはルーセントを弾いた。咄嗟に体勢を立て直し、地を踏みしめると砂埃が起こる。
「くっ・・・・・・」
 ルーセントが唇を噛み締めると、ロイドは片手で剣を構え直す。
「どうした。これで終わりか? 盗賊も、やっぱり大したことないな」
「ロイド」
 リデルが名前を呼ぶが、ロイドはチラ、と肩越しに視線をよこしただけで彼女を無視する。
 それにリデルは溜息をついたが何も言わず、その場で腕を組んだ。
「・・・・・・おい、ルーセント」
 ヘルトが宥める口調で口を開くがルーセントは聞く耳を持たない。彼にとって、ヘルトは大切な存在なのだ。敵であるリデルたちが近づくのなら、容赦はしない。
 そしてその気持ちはロイドも同じ。
 リデルは十番隊員にとってなくてはならない存在なのだ。
 ロイドが今剣を抜かなかったなら、彼女自ら抜くか他の誰かが同じことをしていただろう。
 二人の少年が剣を構え、その雰囲気に息を呑む。
 地を蹴って先に動いたのは、ルーセントのほうだった。
 雄叫びを上げてロイドに向かい、両手で剣を振り上げる。ロイドは降りてくる刃を横で受け止め、上に弾いた。
 すぐに体勢を立て直し跳躍する。正面からの攻撃に、ロイドは口を真一文字に引き結んだ。
 ――こいつ・・・・・・鍛錬されているのか。
 ロイドは眉間にしわを作った。
 ルーセントは貴族出身。多少なりとも男ならばある程度の護身術は叩きこまれていた。
 それはヘルトに拾われてからも一緒で、ゴートに特訓されてきたのだ。
「っ」
 ルーセントは怯まないロイドに顔を歪ませ、大きく攻撃に出た。
「!」
 ロイドが予測していなかった動きに舌打ちをし、彼も瞬時に技に出る。
 ルーセントの刃がロイドの脇腹に、ロイドの切っ先がルーセントの腕に伸びようとしたそのとき。
「やめて!!」
 ――ガキィィン!
 その二つの音が重なった。
「――・・・」
「・・・・・・」
 レイナがヘルトを振り切ってルーセントの前に出て腕を広げていて、リデルが剣を抜きロイドの刀身を受け止めていた。
「そこまでよ、二人とも」
 有無を言わさない声音でそういい、リデルはロイドの力が緩んだことを確認すると剣を引いた。
 息をつき、リデルは男二人を交互に見やる。
「だめじゃないの。貴方たち、危うく人を傷つけてしまうところだったわよ」
 それと同時にレイナも口を開く。
「ルーセント、やめて。お願い。この人たちは絶対私たちを傷つけないから」
「レイナ・・・・・・」
 ルーセントが驚愕し、あと一歩のところで彼女に怪我を負わせる寸でのところだったのを知って目を見開く。
「ありがとう、ルーセント。ヘルトと一緒に、私を護ってくれようとしたんでしょう?」
 目を細めて微笑むと、彼は辛そうな顔になった。
 レイナはそれを見届けてから、リデルに身体を向かせる。
「リデルさん」
「私のほうが年下ですから、リデルだけでいいですよ」
 微笑んで応じると、レイナは頷く。
「リデル。・・・・・・貴女の先ほどの言葉、嘘偽りありませんか」
 リデルが敢えて何のことかと首を傾げると、レイナはスッと背筋を伸ばして顎を引いた。
「貴女の言葉――私が・・・・・・わたくしが大人しく身を戻せば、盗賊の方たちに危害は加えないと」
「レイナ!」
 ヘルトがレイナを呼び、ゴートが一歩足を進ませた。けれどそれはアクロスが剣で威嚇し、近寄らせない。
「ええ」
 リデルは優しく言い、頷く。
「お約束いたします」
 レイナはその言葉にホッとし、目元を緩ませた。
「では・・・・・・わたくしは戻ります」
 ルーセントが目を見開き、ヘルトがぐっとこぶしを握った。
「約束・・・・・・どうか守ってくださいね」
「はい。必ず」
 レイナは振り向いた。
 そしてヘルトと、ルーセント。ゴートや他の盗賊たち。村の人々を見る。
「今までお世話になりました」
 丁寧にお辞儀すると、にこりと微笑んで身をひるがえす。
 家族の元に戻り、シフィスが泣きながら抱きついてくるのを宥め、父のボルスと母のライナに微笑んだ。
「くそ・・・・・・」
 ヘルトがはき捨て、悔しそうに表情を前髪で隠した。
 リデルがロイドの背を押し、何か言い合っているところを、ルーセントは見つめる。
「お前・・・・・・」
 渋面を作って、ポツ、と呟くと彼女は微笑んだ。
「うちの副隊長の剣はどうだったかしら? 彼、十六歳で最年少副隊長なんだけど、とても力があるでしょ」
 満足そうにそう言うと、彼女は納得のいかないロイドの背を押して呆れている表情の仲間のところへ戻るように言い渡す。
 渋りながらも大人しく戻っていったロイドの後に、リデルも続いていく。
「レイナ様。では、屋敷へお戻りください。馬車へ」
「・・・・・・はい」
 リデルがレイナに進言しそれに頷いたレイナはチラ、とヘルトたちを見てから家族と共に馬車へと乗り込んだ。
「アクモ様、貴方様もお戻りください。盗賊たちは我々で対処いたします」
「・・・・・・」
 いかにも納得がいかないと言いたげな表情のアクモは、けれど渋々と己も馬車へと乗り込んでいった。
 動き出した馬車を見送り、やがて見えなくなった頃。
 リデルはヘルトたちを振り向いた。
「みんな」
 仲間たちがリデルを見つめているのを視線で感じ、彼女は言った。
「仕事、お願いね」
「了解」
 リデルの言葉に全員が頷いて、散っていく。
 仲間たちがうろたえてヘルトを縋るような目で見る中、彼は悔しそうに首を振った。
 エデンの者たちが次々に盗賊たちを捕らえ、村の人々が成す術もなく歯噛みしている中で、リデルは彼らに近づいた。
「お騒がせしてすみませんでした。彼らの身柄は私たちが保護しますが決して手荒に扱わないとお約束します。どうか・・・・・・ご了承ください」
 丁寧に頭を下げると、村人は困惑した。
 大切な家族が捕らわれているのに助けることができない。けれど当の捕らえる側の小さな少女は頭を下げた。
 まるで――。
「リデル。終わったぞ」
 ロイドが彼女に近づき、報告した。
 みると、盗賊たちの自由を奪って一つの場所に集め終わっていた。
「うん。お疲れ様。あとは、彼らを引き取りに来る警備隊を待つだけ、ね」
 目を細めたリデルに、ロイドは何かいいかけた。
 けれど。
「・・・・・・なぁ」
 そこで、小さく声が上がった。
 見ると、手枷を黙ってされているヘルトがリデルを見つめていた。
「・・・・・・なぁに?」
 まさに年頃の少女のように首を傾げて問うた。
「・・・・・・お前たちは、どうしてここへ来た?」
 不意になされた質問に、リデルが顔から表情を消してロイドがアクロスと視線を交わす。
「お前たちを見ていると・・・・・・どうしても、レイナを連れ戻しにきたようには見えない」
「どうして?」
 リデルがヘルトに近づき、膝を折って目線を合わせた。
「お前たちからは――慎重さが消えない」
「――」
「レイナを連れ戻した。俺たちも捕らえた。だけどまだ、何かを成そうとしてないか?」
「ヘルト・・・・・・?」
「ヘルト様? 何を・・・・・・」
 ゴートとルーセントも、彼の不可解な言葉に眉を寄せる。
 彼はなおも言った。
「ここで、何をするつもりだ」
 リデルは真摯に問いかけたヘルトを、目を丸くして見つめた。
 次いで顔を上げてロイドとアクロス。そして仲間の隊員たちに目をやり、無言で会話する。
「・・・・・・貴方。名前は?」
 リデルが立ち上がり、スッと目を細めて訊いた。
 意図がつかめぬままヘルトは眉を寄せ、口を開く。
「ヘルト」
「では、ヘルトさん」
 敬称をつけられたヘルトは、少なからず動揺した。
「私たちにお願いをしてください」


 見覚えのある景色が目の前に映った。
 ああ・・・・・・。そうか。
 戻ってきたんだ。
 私の、元いた場所に――。

「レイナ様。何処か痛い箇所などおありですか?」
「いいえ。大丈夫よ、シフィス。ありがとう」
「お嬢様。本日はお早めにお休みくださいませ。明日、アクモ様がトライ様との婚約についてボルス様と共に話し合うと仰っております。疲れを取りましてから、貴女様もその場にご出席し、婚約は正式になものになるかと」
 ナンドールが頭をさげて言うと、レイナは頷いた。
「判ったわ。今日は貴方たちももう下がって」
「え? いえ、ですが・・・・・・」
 一人にできないと渋った二人を見て、レイナは目を合わせずにあくまで下がれと命じる。
「少し・・・・・・眠りたいの」
「「・・・・・・」」
 シフィスとナンドールは顔を見合わせ、心配そうな表情になった。
 けれど何も言わず、黙って頭を下げて部屋を出て行った。
「・・・・・・私も、随分と――」
 自嘲気味に何事か呟いて、レイナは窓から外を眺める。。
 華やかなとある部屋に、一人の少女がいた。
 上からレースが引かれたベッドに、その少女は腰掛けるように座った。
「これで、良かったのよ」
 少女は自分に言い聞かせた。
 きっと、これでよかったのだと。
 彼らは、無事でいられると。
 すると。
 コンコン
 扉をノックする音が聞こえた。
「レイナ。入るわよ?」
 声ですぐに誰だか判った。
 だが、レイナはそれに答えなかった。
「・・・・・・貴女は昔から強情ねぇ」
 返答がないまま、その人物は苦笑してレイナの部屋へと入っていく。
 妙にコツコツと足音が響き、自分に近づいてくるのが判った。
「レイナ」
「・・・・・・・・・」
 レイナは顔だけをその人物に向けたが、口を開こうとはしなかった。
「隣に座ってもいいかしらぁ?」
 そう言って、レイナの隣へ、彼女は座る。
 ベッドが一瞬弾みで沈み、すぐにそれが直る。
 そんな些細なことでさえ、今の自分にはとてもよく感じされた。
 しばらく沈黙が続き、やがて
「わたくしには・・・・・・レイナが、この7日間何を見てきたか判らないわ」
 彼女は口を開いた。
「彼らに連れ去られて、この一週間貴女は怖い思いをしているんじゃないかって考えていたけれど、半分は貴女なら絶対大丈夫だって思っていたのも事実」
「・・・・・・お母様」
 語りだした母の心中が判らず、レイナは静かに見つめる。
「わたくしには判らない、彼らの良いところを、貴女は見つけたのかもしれない。話して、触れて。感じて。・・・・・・一緒に―――過ごして」
 ―――皆と一緒に、過ごして?
 自分の感情に、楽しさや嬉しさがあったことに、すぐに気づいた。
 私はみんなと・・・・・・ゴートやルーセントと沢山話して。
 ヘルトに、出逢えて。
 彼女はゆっくりとレイナに語りかけた。
「さっき、みんなあの人たちを賊だ、賊だと言っていたわ。その通りよ。だって、わたくしたちの大事な貴女を攫ったんですもの。許せないわぁ。怒りたくもなるわよ」
 視線をはずし、俯いた。
 けれどそんなレイナに構わずに続けていく。
「貴女を誘拐した、悪党なのだと思っていたわ。――でも、貴女があの人たちを護ろうとしたのなら、何かわけがあるのでしょう? 貴女は聡いもの。きっと盗賊の人たちが悪い人たちではないと知ったんでしょう?」
「わたくしは・・・・・・」
「ねぇレイナ。貴女がわたくしたちのところへ戻ってくる前に貴女の隣にいた人」
「?」
 首を傾げると、ライナは薄く微笑みをたたえる。
「盗賊の、貴女を絶対渡さないといっていた男の人。かっこよかったわねぇ」
「――・・・」
 その言葉に、レイナはヘルトの笑顔を見た気がした。
「あの人はレイナを大切に思ってくれていたみたいねぇ。だってレイナを見る目が優しかったもの」
 息を止めて、ライナを凝視した。
「ねぇレイナ」
 ライナはにこりと笑って、レイナの頬を包み込んだ。
「貴女は、こんなところでジッとしている子じゃないでしょう」
 気まぐれで。
「貴女はわたくしにもお父様にも似ていないわ」
 自分を絶対に貴族扱いしなかった。
「行動派で、嫌な事があると屋敷を抜け出してしまうような困った子」
 男に面識ないなどと自分でレイナをからかっておきながら、彼女が傷を舐めるとうろたえた。
「守りたいものが――大切なものがあるなら、貴女はいつだって自分から向かって行っていたじゃないの」
 いつも、優しい瞳でレイナを見てくれていた。
 ――いつも。
「――」
 レイナはゆっくりと息を呑んだ。
 私、は――。
「レイナ」
 不意に母が自分を呼んだ。顔を上げることができないまま、肩を揺らす。
「貴女が彼らを信じるのなら、例えお父様やアクモがなんと言おうとわたくしもあの人達が良い人達だと信じます。わたくしは、ずっと貴女の味方。だから、貴女は貴女のしたいことをすればいいのです」
 ライナはそう言い切った。
 お母様――
「わたくしは、貴女を信じていますよ」
 私の、したいこと。
 私は・・・・・・。皆に・・・・・・。

 ヘルトに・・・・・・。
 逢いたい――。

「――・・・」
 レイナはスッと目を細めた。
 ああ。
 なんだ。
 私。
 ヘルトのこと――。
 ライナがゆっくりと部屋を出て行ったのにも気がつかないまま、膝の上でこぶしを握る。
 そしてスクッとベッドから立ち上がり、
「ありがとう、お母様。――行ってきます」
 ドアノブを握り、部屋を飛び出した。


 沢山の足音が聞こえる。
 そこは、見晴らしがいい、風が気持ちいい丘だった。
「遅くなった」
 青年が、丘の天辺にいるこげ茶色の髪が綺麗な少女に言った。
 少女は優しく微笑み、
「では、聞きましょうか」
 青年達へ、そう言った。
「ヘルト様」
 ヘルトと呼ばれた青年は、自分を呼んだ少年、ルーセントに微笑み、目の前のこげ茶色の髪の少女。リデルへと眼差しを向ける。
「俺は、レイナを助けたい。だから―――協力してほしい」
 頭を下げたヘルトを見て、リデルは小さく笑みを浮かべた。
「ありがとう。了解するわ。私たちも、アクモを捕まえなきゃならないもの」
 綺麗に笑ったリデルを、ロイドやアクロスが見つめ、仲間に笑いかけたヘルトをゴートとルーセントが見ていた。
「そういえば、驚いたな。お前達はアクモを捕まえるためにここにきたのか?」
 ヘルトが思い出したようにリデル達に顔を向けて言い、リデルは小さく笑ったような澄ましたような顔つきで、ヘルトたちに向けて言葉を放つ。
「うん。アクモからの依頼がきたとき、エデン隊舎の最高司令官であるドミオン総司令官が、命じたの。『彼らには闇取引の疑いが前々から舞い込んでいる。この機会だ。貴族の令嬢を奪還しつつ、アクモたちの裏を暴いてこい。それを最優先事項とする』ってね」
 なんとなく楽しそうに言ったリデルに代わり、ロイドも同じく口を開いた。
「レイナ様を連れ戻したのはあくまでついで。エデンに依頼された以上、そっちも優先しなくちゃいけないからな」
 次いでアクロスも腰に手を当てて小さく見える屋敷を見つめて言った。
「でも、これでアクモからの依頼は終了。あとは俺たちの任務を果たすだけだ」
「頼もしいな。世界中から認められるエデン隊舎十番隊のお力をお借りできるとは」
「買いかぶりすぎよ」
 ヘルトがおどけて見せると、リデルは苦笑した。
「まぁ。あの大臣を捕まえるのは、多少私情が混じってるんだけど」
「え?」
 リデルが押し殺したような声音で言うので、ルーセントが思わず聞き返す。
 すると、彼女の発言にロイドやアクロスも苦虫をすり潰したような表情になった。
 そして、リデルは言った。
「あの大臣。会うなりいきなりセクハラしてきたのよ」
「「「・・・・・・」」」
 盗賊たちが同情の眼差しを向ける。軍人たちは隊長と同じように表情に怒りを見せる。
 ――ああ。だからアクモがリデルに触ったときあんなに敵意剥き出しにしてたのか。
 納得。
 とりあえず首を振り、若干怖い雰囲気から意識を逸らす。
 丘に、ここ一番の風が吹いた。それは、背中をまるで押してくれているように。
 自分の傍にいてくれた、彼女に少し似ているような気がした。
「レイナ――」
 ヘルトの呟きが合図のように、
「それでは、行きましょうか」
 リデルの言葉に
「ああ」
 ヘルトは力強く頷いた。
 この丘の先に、レイナがいる屋敷がある。


 ヘルト。
 待ってて。今、行くから――。
「とは思ったものの・・・・・・・・・・・・」
 レイナは呟いて隠れるように壁にへばりついていた。
 すると、近い方向から争っているような声がする。
「レイナ様はいたか!?」
「いや、こっちはいない」
「探せ! まさ近くにいるはずだ」
 確かに・・・・・・確かに私はヘルトに会いに行くと決めた。
 だけど、こんな状況じゃ会いにいけないわよ!!
 レイナは心の中で存分に叫ぶ。
 部屋を飛び出したは良いものの、出た直後に屋敷にいる兵達に見つかった。
 アクモがあらかじめ私が屋敷をうろついていたら捕まえるように言っておいたのだろう。
 今のところは見つかっていないが、じきに見つかる可能性は高い。
 レイナが今いるのは部屋からさほど離れていない場所。
 兵がいることは予測していたが、ここまで多く、こんなに早く見つかるとは思っていなかった。
「こっちか?」
 兵の声で、こちらに向かってくるのが判った。
 レイナはただちに方向転換をして音を立てない程度に走る。
 逃げ切るんだ。
 皆に、ヘルトに――
 逢うために。
「! いたぞ!」
「っ!」
 兵達に姿を見られ、レイナはスピードを上げて走るに走る。
 そのとき、ふと思う。
 そういえば、シフィスたちはどこにいるのだろう?
 屋敷の中に姿を見かけない。
 これだけ兵達が騒ぎを起こせば、さすがに皆集まってくるはず。
 なのに――
「っ!」
「レイナ様! 手荒なことはしたくはありません。どうかご同行願います」
 兵の一人に腕をつかまれ、振り払おうとしたが、それもできなかった。
 レイナがどうするか考えていると
「レイナ様。これ以上我々に苦労をさせないでもらえますかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
 レイナがただ近づいてきたアクモを睨み、右足をうしろに少し動かした時だった。
「ああ。ちなみに、貴女の両親も、使用人も助けには来ませんよ」
「え?」
「先ほど、またあの賊が来たら大変ですのでと別の場所に避難させました。レイナ様は私が連れて行きますと言ってね」
 アクモが平然とした顔でいい、レイナはアクモを更に鋭く睨みつける。
「貴方という人は! 大臣としての誇りも持っていないの!?」
「まさかそのような。私はいつだって家のことを考えていますよ」
 ぐっとこぶしを握った。掴まれた手首が痛い。
「じゃあ」
 低い声になり、そんな彼女をアクモは半眼になって見つめた。
「それじゃあ貴方は、家のために何でもすると言うの」
「当然です。私は誰よりこの家を案じて――」
「そのために、家を陥れるような仕事をすると?」
 その一言に、アクモの雰囲気が変わったのを感じる。
「私が、一週間彼らといて何も知らないと思った? 貴方が何をやっているか、彼らに全て教えてもらったわよ」
 睨み付けると、アクモはふぅと息を吐き出した。
「それが何か?」
「・・・・・・っ」
 あまりにも冷静に返され、レイナは言葉に詰まる。
 アクモは口元に笑みを浮かべ、レイナを嘲笑った。
「貴女に何ができると言うのです? 例え闇取引や裏の商売がばれたとしても、たった一人で何か変えられるとでも? ボルス様にいっても無駄ですよ。あの方には何の力もありません。今この家の実権を握っているのは私だ。警備隊も、全て私と繋がっています」
「! やっぱり・・・・・・」
 目を見開くと、その様子に満足したのかアクモはレイナに近づいて囁いた。
「観念成されませ、レイナ様。貴女は女。貴族の中で、女という立場はとても弱い。けれど貴女は運が良いですよ。私の息子と結婚すれば、貴女は私の親族、つまり、次期当主の妻です。これからも大人しくしていただければ、贅沢な暮らしができます」
 レイナは今、これ異常ないくらいこの男に悪寒を感じていた。
 気持ち悪い。
 近寄らないで。
「っ――」
「・・・・・・!?」
 次の瞬間、アクモの表情が歪み、レイナの腕を掴んでいる兵士の顔が苦痛に変わった。
 ――レイナが二人の足を思い切りヒールで踏みつけたからだ。
「ぐっ・・・・・・レイナ様!」
「ふざけないでアクモ」
 少々よろけた体勢を立て直し、ゆっくりあとずさる。
「貴方、私を少し勘違いしてない?」
「勘違い・・・・・・?」
 怪訝そうにレイナを捉え、彼女を睨みつけた。
「確かに私にはなにもできないわ。だけど、私が黙って貴方の息子と結婚すると思っているの? だとしたら、呆れて笑いも出てこない」
「何を・・・・・・」
「貴方が私の何を見てきたの? 私が幼い頃から、この家に仕えてきたというのに貴方は私のことを一つも判ってない」
 じり、と彼らと距離をとり、その度に彼らもレイナに近づく。
「貴方の息子との婚約が決まった時点でずっと私は嫌だと言ってきたじゃない。その主張のためなら物陰に隠れるし、婚約パーティーのときのためのダンスのレッスンサボるわよ」
「お前達、レイナ様を捕らえろ」
 アクモが冷たく言い放ったと同時に、レイナは強く前を見据えた。
「私利私欲のためにこんなことをする貴方の身内になんて、絶対になるもんですか!」

「当然だろ」

「――・・・」
 レイナが静かに顔を向け、アクモがバッと振り向いた。
 風。
 どこからか、風が・・・・・・。
「・・・・・・ヘルト・・・・・・」
 視界に捉えた、窓に手をかけて立っている青年の名を呼ぶと、彼は口元に弧を描いた。
「よ、お転婆」
 軽快に手を上げ、楽しそうに笑ってみせる。
「なん、で・・・・・・」
 本当に、ヘルトだ。
 そして、微笑んでいるヘルトにレイナは、
「何で、窓から!?」
「・・・・・・」
 沈黙がしばし流れ。
「え、そこ!?」
 ヘルトは若干苦笑して叫んだ。
 が、今はそんなことを言っている場合ではないのでヘルトは額を押さえて頭を振った。
「まぁそこはともかく・・・・・・。よいしょ」
 彼は窓から降り、レイナに近づいていく。
「お前はこんな堅苦しい檻にいるより、俺らみたいに盗賊でもやってたほうが性格的には合ってるよな」
 唖然とするレイナに笑いかけ、彼はアクモを見た。
 この家の大臣は目を見開いており、そこにいるヘルトを信じられないといいたげに指差して叫んだ。
「何故、・・・・・・何故貴様がここにいる! 貴様、エデンの者たちに捕らえられたのではなかったのか!」
「お生憎様。俺らと彼女たちの目的が一致したから、協力し合うことにした」
「きょ・・・・・・」
「ヘルト、どういうこと?」
 レイナも説明を求め、ヘルトを見上げた。
「・・・・・・アクモの悪行はな、大陸を飛んだ国にまで噂が広がってたんだよ。そして今回、レイナを連れ戻すために十番隊を寄越したのはエデンの長、ドミオン総司令官。良かったな。アクモ。お前が十番隊を指定しなくても、向こうは最初から最高戦力部隊を送るつもりだったみたいだ」
「なっ」
 ようやく事態を把握したアクモは、怒りに顔を染める。
 と、アクモが口を開こうとしたそのとき。
「あ、こっちも無事合流できたみたい」
 笑みを含んだ声が響く。
 反射で顔を向けると、レイナの両親達を引き連れたリデル達がこちらに歩いてきていた。
「お父様、お母様!」
「レイナ!」
 父のボルスがこちらに走りより、ライナもおっとりと微笑んで近寄ってきた。
「リデル隊長」
 思わずヘルトが呼ぶと、リデルは苦笑した。
「別に隊長つけなくてもいいよ。それより・・・・・・、こっちの話はついた?」
「もう少し・・・・・・?」
「リデル殿!」
 アクモが親しく言葉を交わすリデルとヘルトを見て、大声で叫んだ。
「どういうことですか! 貴女がたは私の依頼を受けて来たのでしょう! 何故盗賊などに手を貸しているのです! これは任務放棄で・・・・・・っ!」
 喚いているアクモに近づき、リデルはバッと何かを突きつけた。
 顔面ギリギリのところで止められ、思わず口を閉じる。
「お静かに。言いたい事があるならばゆっくりと。――なにか勘違いをされているようですね、アクモ様。もう貴方の『貴族令嬢奪還』の依頼は終了いたしました。決して任務放棄ではありません。そしてもう一つ。我らエデン隊舎から、闇取引最高責任者である貴方の捕縛命令が降りております。どうか我々にご同行なさりますよう」
 リデルが突きつけたそれは、エデンから降りた捕縛命令の判が押してある紙だった。
 絶句したアクモは、まるで糸が切れたようにその場にへたり込んでしまった。
「それから。貴方とともに悪行に手を貸していた警備隊や貴族たちも、今頃エデンの他の隊の者たちが捉えていることでしょう。貴方は失脚いたしました」
 淡々と事実を突きつけるリデルが、待機していたロイドたちに目で合図を送った。
 彼らは頷き、アクモとともにいた兵士や警備隊を次々に捕らえていく。
 それらを唖然として見守っていたレイナは、ヘルトを見上げる。
「ヘルト?」
「うん?」
「・・・・・・助けに来てくれたの?」
「まぁ、・・・・・・お前、ほっとくと絶対自分から危ない道渡りそうだし・・・・・・」
 思わずまじまじと見つめた。
 ヘルトは居心地が悪くなったのか、頭をかいて近寄ってきたルーセントとゴートに声をかける。
「二人とも」
「おー。ヘルト、レイナお嬢」
「無事でしたか、ヘルト様」
 あれ?
 そういえば、何でヘルトはあんなところにいたのだろう、と、たった今合流した彼らを見て思う。
 と。
「全く、ヘルト、窓からレイナお嬢見つけた途端走って行っちゃうんだもんな」
「あれは凄かったですね。レイナを視界に入れたと思ったら『レイナ!』って聞こえないのに呼んで血相変えて飛んでいきました」
 その二人の言葉にぐっと身を固まらせ、こちらに目を丸くして視線を送っているお嬢様に意識を向けないようヘルトはそっぽを向いた。
「ヘルトさん、レイナ様」
 そこで、リデルが笑顔で彼らに近寄っていく。
 レイナは彼女がヘルトたちと行動を共にしていたことに驚いた。
 そして、アクモを捕らえたことも。
「リデル、貴女・・・・・・最初からこれが目的で・・・・・・」
「はい。アクモの所業は各国で結構な噂になっていまして」
「そう、だったの・・・・・・」
「では、私たちはこれで失礼させていただきます。これで闇取引は封鎖。小さな悪行商人のように成り下がるでしょう」
 それから、と繋いで、
「今回の件は、アクモが独断で行ったこと。貴女の家は罪に問われません」
 ハッとし、小さな隊長を見つめた。
「エデンが全力で貴女たちをお守りいたします」
「貴女・・・・・・」
 呟いたレイナに微笑んで、リデルは身をひるがえした。
 ロイドやアクロスに言葉をかけ、レイナやヘルトに軍人らしい敬礼と一人の人間としてのお辞儀を返し、アクモたちを引き連れて去っていった。
 呆然としていたレイナは、彼らの強さに感服し、心から笑みを浮かべた。
「レイナ」
 不意にヘルトが自分を呼んだので、肩越しに振り返る。
「お別れだな」
「・・・・・・え?」
 紡がれた言葉に目を見開くと、ヘルトやゴート。ルーセントは彼女に向かって微笑んだ。
 どういうことだと問うと、ヘルトは語る。
「俺らはただお前を助けたかっただけだから。これで望まない婚約もないし、家に閉じ込められることもない」
 愕然としているレイナに、尚も言う。
「俺らは盗賊だしさ。お嬢様といつまでもいられないだろ」
「で、でもっ・・・・・・なんで、そんな」
 こと今更言うの、と口が動くその前に。
「あらら?」
 などというのんびりした声が上がる。
「お、お母様?」
 レイナの母、ライナがヘルトに近寄ってじーと見つめる。
「ライナ、驚いているぞ」
「お父様」
 ボルスもいいながら、ヘルトを視界に捉えていた。
 懐かしそうな瞳だ。
「あの・・・・・・?」
 混乱してヘルトが二人を交互に見つめると、ライナが。
「貴方、レイラちゃんとハルトくんにそっくりねぇ」
「!?」
 ヘルトが目を見開き、ゴートが言葉を失った。
 ――レイラと、ハルト。その、名は。
「母さんと、父さんの名前・・・・・・」
「まぁ。やっぱり貴方、二人の子供なのね」
「ど、どういうこと? お母様?」
 レイナが母に近寄ると、ライナはとても優しく微笑んだ。
「二人はね、私と、ボルスくんの親友だったのよ」
「え!?」
 ヘルトが素っ頓狂な声を上げ、レイナも呆然と両親を見つめる。
 というかボルス「くん」って、あまり聞きなれない母の父への呼び方に違和感を覚える。
 が、今はそんなことはどうでもいい。
「私たちがまだ若い頃。私がボルスくんと貴族のパーティーに出かけたときね。丁度、彼らがそこの警備隊として護衛についていたの」
 母の隣に並び、ボルスも嬉しそうに語り始める。
「わたしが、婚約者だったライナに、正式に結婚を申し込んだときだったな、あれは」
「ええ。まるで運命が導いたように、ハルトくんがレイラちゃんにプロポーズしてたわ。バッチリ見ちゃったもの」
 バッチリって・・・・・・。
「それで何だかうれしくてねぇ。つい顔出しちゃったのよぅ。『貴方たちも結婚するの!?』って」
「お母様・・・・・・」
 レイナが苦笑し、ボルスが妻を優しく見つめた。
「それから、貴族と警備隊という異色のわたしたちだったが、仲良くなり、よく顔をあわせれば話すようになった」
「彼らが、ありもしない罪をきせられて盗賊になった後もね」
「・・・・・・」
 ヘルトの表情が僅かに曇り、ライナは微笑む。
「そんなときだったわ。レイラちゃんのお腹に、子供がいるって判ったのは」
「それが、ヘルト?」
 レイナの確認にボルスが頷き、ヘルトを自分の子供のように優しく見る。
 ライナがヘルトに近づき、そっと頬に手を当てた。
「・・・・・・レイラちゃんと、よく話していた事があるのよ」
 目を細め、ヘルトの面影に親友を重ねた。
「私たちって、名前がよく似ていると思わない?」
 レイナ、ライナ、レイラ。
 ヘルト、ボルス、ハルト。
「最初に生まれる子供が男の子なら『ヘルト』。女の子なら『レイナ』にしようって。ずっと前から、二人で決めていたのよ。もしどっちも同じ性別でも、それだけは約束ねって」
 ハッとする。
 ライナの瞳には、うっすらと涙が光っていた。
「レイラちゃんは・・・・・・、ちゃんと、約束を守ってくれた」
 もう二人はこの世にいない。
 けれど。
「レイナ、おいで」
 母に呼ばれ、レイナは僅かに身体を揺らしてからヘルトの隣に並んだ。
 ライナは、そんな二人を細い腕で抱きしめる。
「お母様・・・・・・」
 そっと背中に手をやると、ライラは囁いた。
「ヘルトくん、貴方が二人の子供だと気づかないで酷いことを言ってごめんなさい」
 ヘルトを見つめ、そうしてライナは腕に力を込めた。
「あなたたちは・・・・・・私たちの、想いの結晶なのよ。私たち、親友の」
 あの二人が亡くなったときかされ、今まで友人と呼べる者を持っていなかったライナは愕然とした。
 だけど、前からずっと交わしていた約束がある。
 それを信じて、今まで生きてきた。
 約束は、守られていた。
「レイラちゃんも、ハルトくんも、喜ぶでしょうね。約束の名前が、今一緒にいるんですもの」
 レイナとヘルトは、ライナの言葉に顔を見合わせる。
 そうして二人は、ゆっくりと微笑んだのだった。


 夜が来た。
 今、レイナは大好きな丘にいる。
 結局、ヘルトたちは母と父に引き止められて屋敷に泊まることになった。
 今頃、きっとヘルトの両親のことについて語り合っているのだろう。
 レイナも先ほどまでそこにいたのだが、ふと気持ちがここに向いたので断りを入れて屋敷を出てきたのだ。
 レイナはなびいた髪をかき上げた。
 木を見上げて、その枝の合間から見える月を見上げる。
 雲が流れ、灯りを遮断すると、レイナは残念そうに眦を落とす。
 ――と。
「レイナ。見つけた」
 驚いてそちらを見やると、ヘルトが丘を登っているのを認める。
「どうしたの?」
 レイナが首を傾げると、ヘルトは苦笑した。
「どうって・・・・・・お前が急にいなくなるから」
「ちゃんと断ってきたじゃない」
「危ないだろ。夜に出歩くのは」
「・・・・・・話は、終わったの?」
 問いかけると、ヘルトは頷いた。
 その表情が嬉しそうなのは、きっと気のせいではないだろう。
「ああ。父さんと母さんのこと色々聞けて、良かったよ」
「そう・・・・・・」
 目を細めて微笑むと、ヘルトは虚をつかれたようになる。
 視線をそらして、言葉を探す様子を見せる。
「・・・・・・お前は、これからどうするんだ?」
「これからって?」
「だから、もうアクモの息子と結婚しないわけだし。だからといってもうお前は明日で成人だろ? お前の親が言ってた」
「ああ・・・・・・そういえばそうね」
「そういえばって・・・・・・」
 無頓着に言ったレイナは、本当に忘れかけていたようだった。
「だれかと、また婚約すんの?」
「んー・・・・・・」
 訊いたヘルトに上の空というような返事をし、彼女はヘルトに向き直った。
「して欲しい?」
「え?」
「婚約。私が、誰かと」
「えぇ?」
 意図がよく掴めないお嬢様だと内心思いながら、ヘルトは考えて言った。
「それは、お前が決めることだし」
「そう?」
「だってそうだろ?」
 レイナはヘルトから木に視線を向けた。
 そして、目を見開く。
 桜が・・・・・・咲いている。
 一輪だけ。
 まるで、おばあさまの話のように、何かに導かれてきたように。
 咲いている。
 レイナはまたヘルトに向き直った。
「あのね。私、お父様とお母様に、婚約者決められちゃった」
「え!?」
 ついいきなりの告白に大きな声を上げてしまった。
「あ、でもね。まだその人には話してないし、それにその人が了承しなかったらこの話はなしだって」
「お、お前は、もう婚約受け入れてんの?」
「え? うん。勿論」
 あっさりと肯定され、目を見張った。
 レイナはどうしたの? といわんばかりに首を傾げる。
「だって、断る理由がない相手だもの」
 にこりと微笑まれ、彼は少々傷つく。
「誰?」
「うん? 貴方」
 なにかの間違いかと思った。
 いや、間違いに違いないと思った。
「――え?」
「え? だから、貴方」
「え!?」
 今度こそ、派手に声を上げる。
 レイナはヘルトを無視し、報告を続ける。
「なんかね、お父様とお母様が貴方のこと凄く気に入っちゃって。『流石はハルトくんとレイラちゃんの息子!』って」
「え? え? ちょっと待て。俺貴族とかじゃ・・・・・・」
 といいながら心の中でそういう問題ではないとツッコミを入れる。
「あら? 知らないの? 私のおばあさまとおじいさまも、貴族と一般人よ?」
「そうじゃなくて!」
「何よ」
「なにって・・・・・・お前は、それでいいの?」
「さっきからそういってるでしょ? 断る理由はないわ」
 言葉を失うと、レイナは淡く微笑んだ。
「ねぇヘルト。私、貴方が好きみたいだわ」
 微笑と言葉に、ヘルトは思考が停止した。
「だからね。私、貴方と婚約したいの。一緒にいたいの。これからも」
 ――雲が晴れる。
 あのときみたいに。
 初めて出逢ったときみたいに。
 月の清らかな明かりの下で、レイナは想いを言葉に乗せる。
「ずっと、一緒にいたいわ」
「――・・・」
 目を見開いているヘルトの目の前で、少女は柔らかく微笑む。
 ヘルトは目を細めた。
 そして。
「!」
 不意にぐいと引っ張られ、レイナは目を見開いた。
 力強い腕に抱きしめられて、温もりを感じる。
「――好きだよ」
 息を呑んで、次の言葉を待つ。
「本当は、初めて逢ったときから好きだった」
「え?」
 予想していなかった言葉にヘルトからバッとはなれ、思い切り問いかける。
「え? 嘘! 初めてって、初めて!?」
 その反応にヘルトの方が驚いた。
「あ、はい。初めてですね」
「敬語・・・・・・なのはどうでもいいけど、あの、貴方が私の屋敷に入って暴れまわったとき?」
「そうなるな」
 絶句すると、なにやら今になって初めて恥ずかしさがこみ上げてきた。
「あ、の・・・・・・貴方は、嫌?」
「何が?」
「私との、婚約」
 そういうと、ヘルトは目を丸くする。
 丸くして。
「きゃ・・・・・・!」
 いきなり抱えあげられた。
「ちょっ・・・・・・!」
 慌てて彼の肩に手を置いてバランスをとる。
 と、そこで、ヘルトの表情に目を見開いた。
 ――楽しそうに微笑んでいたのだ。
「そんなことないよ」
 そういって。
「嫌だったら、お前に気持ち伝えたりしないだろ?」
 笑った。
「・・・・・・」
「レイナ」
「・・・・・・うん?」
「ずっと一緒にいようか」
「――・・・はい」
 レイナは涙が浮かぶ瞳を細めて微笑んだ。
 出逢いを。
 後悔なんかしたりしない。
 自分たちの手で、「運命」にすると誓ったから。
 レイナを下ろしたヘルトは、考えて呟いた。
「貴族の家って、大変そうだな」
「大丈夫よ。約束の名前なのよ? 二人なら、きっと平気だわ」
 笑って言うと、ヘルトは何かを誓うように月を見上げる。
「そうだな」
 彼女に視線を戻し、ヘルトはレイナに微笑んだ。



 パタパタと廊下を走る音がする。
 すれ違った人々はその子供にぎょっとし、やめさせようとするがなにぶん速い。
 子供はある部屋の前に来ると、そぅっと扉に手をかけて入った。
 見ると、中には二人の男女がいた。
「――リイナ?」
 女性が自分の名を呟いたことで、少女は女性の元へ走る。
「お母様!」
 抱きついた少女を抱きとめて、女性は腕に抱える。
「また踊りのお稽古抜け出したの?」
 苦笑すると隣の男性が少女を受け取った。
「やっぱりお前の娘だな。行動が同じだ」
「貴方の子でもあるわよ」
「お父様、今日はお仕事は?」
 リイナが訊くと、男性は笑う。
「今日はないよ。だから、家族でゆっくり過ごせる」
「じゃあお母様! またあのお話聞かせて!」
 リイナは顔を輝かせていった。
 すると女性は近くのイスに座り、男性も座るように示した。
「貴女はこのお話好きね」
 女性は微笑んだ。
 その笑顔はリイナではなく、男性に向いている。
 そして男性も、女性を優しく見つめていた。
「だって素敵なんだもん! 貴族のお母様と盗賊のお父様のお話!」
 リイナが男性の膝の上で高らかに言うと、女性は目を細めて語りだした。


 ――自分たちの手で「運命」にした、物語。

後書き

『月下』とうとう(?)完結です!
長かったような短かったような・・・・・・。
あまり多くは語りません。

書き終ったとき
とても達成感がありました。
物語の終わりってこんな感じなんだなぁと思います。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!

〜友重〜

『月明かりの下で』ではお久しぶりです。
五月です。
とうとう完結しました!
幸せになったお2人でした(笑
子供が産まれ、またその子も『運命』を信じるのかもしれません。

ではでは、『月下』最後まで見てくださってありがとうございました!
  
                 by五月
               

この小説について

タイトル 第七夜:想い
初版 2010年1月8日
改訂 2010年1月8日
小説ID 3735
閲覧数 1208
合計★ 7
五月の写真
作家名 ★五月
作家ID 497
投稿数 60
★の数 165
活動度 11432
一言・・・・・・頑張ります。

http://simotukiharuka.blog.so-net.ne.jp/
自分の小説ブログです。
ここに載せた小説についていろいろ書いてます。

コメント (3)

★けめこ 2010年1月9日 12時32分27秒
いやー、完結しましたね。
最後にどんでん返しが待ってたねー名前ネタとは!
しかも、2人が結ばれるのはもちろん、アクモのことまで解決しちゃうとは。大筋と、それに付加されるストーリーを、同じキャラで完結させたその構成力に脱帽。
うちはあんまりラノベ読み慣れてないからわかんないんだけど、セリフの間合いとかも良い感じなんじゃないかな。雰囲気出てました。
ルーセントとロイドの戦いのところの動きが、もっと表現されてると良かったかなぁ。アクションシーンは難しいからねー。
ところどころに笑いポイントを入れるのも流石だね。

ではこの調子で、Skyblue Futureも頑張りましょ。
★丘 圭介 2010年1月10日 17時11分28秒
どうも、丘です。
では、感想を。
その前に、完結おめでとうございます!
僕はそれを一番褒めたいです。

さて内容のほうなんですが、最初から最後まで飽きない物語でした。場面ごとの描写は少し曖昧な部分があったとはいえ、笑いがあり、涙があり、どれも良く仕上がっていたとは思います。

では、けめこさんと五月さんと友恵さんのリレー小説のほうも、がんばってください!
★友恵 コメントのみ 2010年1月16日 15時30分34秒
おひさしぶりですー。
コメントありがとうございます。
完結いたしましたっww
五月との共著作品、楽しんでもらえて良かったです。
あまり長々と感謝を言うのもくどいかもですので、割愛させていただきます。

コレまで読んでくださった皆さんにどうもありがとうです!

五月&友恵
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