雲海の上 - 月夜の踊り子

春燕
「ヴァネッサ、今日任務後暇か?」
「任務中。私語は慎んでください」
 満月の夜空の下、並行して二機の戦闘機が飛んでいる。下は延々とぶ厚い雲に覆われてまるで雲の海に見えている。先を飛んでいる戦闘機の尾翼は赤く、後ろを飛ぶ機の尾翼は、今の夜空のような藍色をしている。月に照らされた夜は淡い藍へと変わる。
 任務中にあろうことか私語を無線で話した男は、後ろを飛ぶヴァネッサという女性パイロットに注意を受けすこしすねていた。
「それ以上冷たくなったら、今夜先に寝るからな」
「………」
 黙りこんだヴァネッサの顔は、少し赤くなっていた。彼女からすれば、彼は恋人でもないしそれほど親しいわけでもないのだが、その分フライトレコーダーにも会話は残るしさらに無線を拾われていれば今の会話は筒抜け。大きな誤解を生みかねないのだ。
 この前の任務中にも同じような事を言われ、慌てて反論した一部始終を聞かれたおかげで艦内で大きな噂になってしまった。それまではただの隊長と部下という関係が、一瞬にして恋人にまで発展した。
「こちらスワローアイ、ジョナサン大尉、それは欲求不満なヴァネッサ少尉にとって大問題だ。至急取り止めてやってくれ。あと、前方から敵機だ……数は二。俺たちは先に戻る、幸運を」
「了解。ジャベリンリーダー、交戦」
「……ジャベリン4、交戦」
 交戦確認をした後、偵察機のスワローアイはUターンして母艦へと戻っていく。偵察機の護衛というのが彼らの任務で、敵を発見次第偵察機のみ先に母艦へ戻り残る二機で殲滅せよというのが主任務だ。
 レーダーに映った二つの点。敵機を示す白点がこちらへ近づいているのが、自機との幅がどんどん狭まっているのでわかる。
「敵機は二機……国連軍」
「ホワイト4、さっさと落すぞ」
「ラジャー」
 反国連軍の戦闘機が二機、お世辞にも最新鋭とは言えない機体で息継ぎ無くアフターバーナーを吹かしているのを見ると、二機とも燃料タンクをまだ腹に抱えているらしい。燃料タンクをまだ捨てていないということは近くに母艦がいると考えていい。ジョナサンとヴァネッサからすれば、船を相手にできるほど乗る戦闘機に武器を積んではいないので、そう長くここを飛ぶわけにはいかない。
「シルフ、ジャミング波用意」
 ヴァネッサのコードネームは、風の精霊シルフ。彼女のポジションであるジャベリン4には代々女性パイロットが入り精霊の名前を使われ、他のジャベリン全機、了承を得て各々でコードネームをつけることができる。
「了解。サラマンダー、ミサイル到達まで十五秒」
 ジャベリンリーダーのコードネーム、サラマンダーは火の精霊。ジョナサンが入隊当初から愛用しているコードネームだ。
 今の時代ジャミング波を使わなければ避けられないミサイルが多く、フレアと呼ばれるミサイル回避装置はとうの昔に無用の産物となっている。そのせいでミサイルの立ち位置が低くなり、格闘空戦が主流となっていた。
「ジャミング発生、行くぞ」
「了解」
 空気の塊を突き破る時にでる衝撃波の輪が広がり、上昇していくサラマンダーにシルフが続く。その後、機体の最後尾で空間が歪んで見える。光の屈折が原因で起こる現象だ。
 シルフもジャミングを行い、その屈折した空間の中に正面から襲ってくるミサイルが四発突っ込み爆音が響く。
「ケツは任せる。頭は俺がやる」
「了解」
 頭は敵の一番機、ケツは基本後ろを飛んでいる戦闘機や敵機に後ろに付かれた時にも使われる。操縦桿を引くと機体の頭が上を向き、サラマンダーの機体について行くように同じ軌道で飛ぶ。デジタル高度計、角度系、ロックオン、ガンサークル、全てを含んだHUD(ハッド)モニターの高度計が下へ滑る。
 サラマンダーが機を左へ振り、シルフは右へ振る。二機がそれぞれの方向へと分かれ、目標敵機を決め機体を向ける。敵機も二手に分かれて突っ込んできた。
「藍と紅。ホワイトリーダー、撤退を提案します」
「……ホワイト4、撤退は許可できない」
 ホワイト4のパイロットは最近空に上がったばかりのひよっこ、藍と紅で有名の二機と翼を交えるなど怖くてできない。しかし隊長が行くと言えば行くしかないのが軍というもので、燃料タンクを切り放し機体を軽くする。 
「一機飛び方が幼い。隊長機に集中しろ」
「了解」
 シルフのHUD上の狙いが先行している機体に変わる。ミサイルロックオンのアラームが小さく鳴る中で、ヴァネッサは操縦桿をおもいっきり引き機体が急上昇する。レーダーを確認しつつサラマンダーとの位置を確認しミサイル警告音が鳴るのを聞いた後で、ジャミングを行い急降下で敵機に襲いかかる。
 HUD上のガンサークルを無視してジョナサンが発射トリガーを引く。それとほぼ同時に、ヴァネッサも斜め上から鷹が狩をするようにトリガーを引いた。二方向から襲いくる弾丸を避けるため、ホワイトリーダーは機体を整体のまま急降下へもっていく。
「リーダ!」
「チッ……ホワイト4下がってろ。俺一人でやる」
 急降下へもっていった機体を捻りもせず、急上昇へもっていったリーダはサラマンダーの後ろにつく。しかしついた瞬間シルフがホワイトリーダーを挟み込んでガンサークルを合わせる。合わさった瞬間ミサイル警告音と同じ音が鳴る。
 ほんの一瞬、そうほんの一瞬、ホワイトリーダーは回避するべきか落されてでも一機落とすかを迷った。そしてその一瞬の迷いの後、回避にうつった。
 しかし、一瞬でも判断を迷い行動が遅れれば取り返しのつかないことになる。
 シルフが避けようと機体を傾けたホワイトリーダーの機を、機体の先に付けたバルカン砲で撃ち抜く。その直後主翼に風穴が開き片翼が吹き飛んだ。
「リーダ! リーダ!」 
 ホワイト4がホワイトリーダーの被弾を見て、全出力で急降下して隣に寄り添うように飛ぶ。ホワイト4のパイロットは目元が潤んでいた。
「バカヤロウ、泣き声なんて出すな。一人で帰れる……無理はするな、落されて死ぬぐらいなら投降しろ。生きてまた会おう」
「……了解、了解。リーダ、とにかく雲の下まで降りてください。―――幸運を」
 二機が揃って飛んでいるのを確認した上空にいたジョナサンとヴァネッサは、しばらく様子を見ていた。このまま母艦まで帰ってくれれば無理に落す必要も無い。そのほうが敵母艦の位置を容易に知る事ができる。
 距離的にどちらの母艦も近い。ということは向こうも母艦の位置を知られるよりは墜ちるか相手を全滅するか。しかし一機のみでのその選択は生き残った方が新人で一機しかいないということからまずないだろう。
「どうする?」
「様子見……です。とにかく、あの敵機を追いましょう」
 そうジョナサンたちが確認したあたりで、被弾していないほうの敵機が反転して向かってきた。ミサイル警告音が鳴り始め、遠目でも視認できるほどのミサイルが引く白い筋が重なって見えた。
 ホワイト4の考えた事は、とにかく機体を軽くすること。ミサイルを全弾撃ち切り、燃料タンクはすでに破棄している。これだけでかなり機体は軽くなる。ミサイル発射の後出力スロットルを最大まで上げ、二機に突っ込む。
 あの藍と紅の二機を相手にすることに恐怖は無かった。隊長が無茶をするなと言ってくれた事でかなり気が楽になった。
 二機はジャミングを行いながら上昇し、歪んだ場所でミサイルが爆発する。
 母艦へ帰る前の牽制のミサイル発射だろうとタカをくくっていたヴァネッサは、爆発の煙に穴を開けて現れた敵機に驚いた。操縦桿をサラマンダーのいないほうへ傾けるよりも早く、敵機のバルカンが火を吹いた。 
 ガンガンガンと機体に穴を開ける音が鳴り、コックピットのカバー、キャノピーの後ろあたりで笛を吹くような高い音が鳴った。後ろの方に穴が開いたらしい。
「そんな!」
「シルフ、飛べるか?」
 ふらつくものの飛べないわけではないので、翼を二度振ってイエスと返事をする。突然現れた敵機は、シルフに戦闘することはできないと判断しサラマンダーへと狙いを変える。
「一機……う、マスクにゲロった……」
 訓練でも行わないようなフルスロットルでの急上昇を行い、胃の裏がひっくり返るような吐気とシートへ押さえつけられる圧力、Gで酸素マスクに吐いた。悪臭が鼻をさすが生と死の狭間を飛んでいるだけに気にしない。高度もかなり高いので、掃除するタイミングがあれば掃除したいと思うが高度ゆえの空気の吸いにくさと、格闘戦中にそんなことをすれば息が吸えなくなる。
「シルフ、先に戻れ。野郎は俺がやる」
「……了解」
 母艦へ戻っていくシルフをかばうようにサラマンダーがホワイト4と正対する。燃料タンクを破棄した後、サラマンダーは急上昇しそれをホワイト4も追う。しかしこの状況からしてホワイト4の燃料の量が少ない。
 追いつく事に固執していたホワイト4は燃料の残りを気にしていなかった。母艦へ逃げて仲間を危険にさらすぐらいなら、ここで逃げるよりも墜ちた方がいい。
「かかったな。新人は、俺と空で踊るには早すぎる」
 ジョナサンはエンジンを切り、エアブレーキをかけ機体を瞬時に敵機に対して立てる。ストールターン、機体を失速にもっていき機を立てて瞬時に機速を落す。
 ホワイト4から見ると、敵機が上を向きながらこちらへ向かって来る様に見え、一瞬ぶつかるという危機感と共にエンジンを切ってロールして機速を落とし、ちょうど隣に並んだあたりで機体が保てなくなった。
「いける」
 ホワイト4の機体が飛ぶ力を失い、重力に引っ張られ傾いた方がサラマンダーの方だった。反射的にトリガーを引いたが、すでにそこにサラマンダーはいなかった。そして再度エンジンを再スタートした瞬間、燃料が尽きたのか鳴り始めていたバーナー音が消えた。
「燃料が尽きたのか?」
 ジョナサンが敵機の後ろに機体をつけると、敵機のノズルに火が入っていないことがわかった。機体の向いている方向はジョナサンの母艦の方を向いている。
「げほっ……やっと掃除終わった。それより、なぜ落されない?」
 レーダーを確認すると、ほぼ真後ろに敵機がいるのが確認できる。それが少しづつ近づいてくるのを確認しつつ、機首を懸命に上げて高度が落ちないように操縦桿を引いている。
「投降へもってくか。燃料が尽きたとなると、ベイルアウト(脱出)させるしかないか」
 ジョナサンは自機を敵機の前へもっていって、ライトを点滅させ点滅通信で投降勧告を伝える。
「点滅? 通信? ……コウドヲサゲヨ、イシガアレバツバサヲフレ、ダッシュツセヨ。投降?」
 まさか投降勧告をされるとは思わなかった。もちろん死にたくは無いが、捕虜保護条約で少し緩和されたとはいえ何をされるかわからない。想像するだけでゾッとした。 
「どうするんだ? できれば落したくはないが……情報もほしいしな」
 サラマンダーが回答を待ち、ホワイト4が悩む間、少しづつサラマンダーの母艦が近づいてきている。回収可能な距離まですでに近づいているので、早くベイルアウトしようがしまいが拾える方法はあった。
「……生きろ、と言われれば、死ぬわけにもいかない、か」
 ホワイト4は機体の翼を二回振り、操縦桿を気持ち元へ戻す。するとぎりぎり水平だった機体が少し下を向き、ゆっくりと高度を下げていく。
「了解。エスコートしてやるよ。聞こえるか、空母リヴァイア。搬送ヘリ、シーオウルを手配してくれ。投降機のパイロットを拾ってもらう」
 ジョナサンの問いかけに、空母リヴァイアの艦橋、ブリッジにいるオペレーターから通信が入った。
「こんな真夜中に猫でも拾った? 女性なら私たちが守ってあげるけど、男なら艦長たちにまわすわよ」
「わからん。もう三分もすればベイルアウトさせる、出撃させてくれ」
「了解」
 高度二千フィートに差し掛かったあたりで、サラマンダーがホワイト4から離れる。ベイルアウトしたときに双方に危険だからだ。
 離れていくのを確認したホワイト4のパイロットは、ベイルアウトするためのシート裏にあるレバーに手をかけた。
「無事に、隊長にまた会えますように……」
 そう呟き、レバーをおもいっきり引っ張る。その瞬間キャノピーが吹き飛び、シートごとパイロットを跳ね飛ばす。少し離れたあたりでパラシュートが開き、シートは切り放した。
「こちらシーオウル、救難信号を確認。ポイントへ向かう」
「了解」
 延々と浮遊感に満たされ、しばらくしてからホワイト4は海面に着水した。しばらくしてヘリコプターのローター音が聞こえ、引き上げられたあたりまで意識があったが、ぷつりとそこから意識が無くなった。
「サラマンダー、着艦を許可します」
「了解」
 誘導灯を頼りに着艦したサラマンダーの機は、機体格納エレベータの場所で機を止め、キャノピーを開き外へ出る。
 とっぷり暮れた夜の海は、夜空の藍色を転写したような綺麗さをもっていた。



後書き

ひっさしぶりにこんなものを書いてしまいました(汗
夢の中を執筆中にチョコチョコ書いていたのがあったので投稿しました。
肝心の↑の作品が行き詰まり、どうすれば書けるかなと悩んでる途中です。
この作品自体は短編で、続けるかは考えてません。

それでは。

この小説について

タイトル 月夜の踊り子
初版 2010年1月8日
改訂 2010年1月8日
小説ID 3738
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