Dメール - No.16 to:創立祭の道化師(1)

 電話の子機を右手に持ちながら少女、渚はゆっくりと自室の窓を開けた。柔らかく冷たい夜の風が、部屋中を満たしていく。少し肌寒さを感じたのか、渚がすぐに窓を閉めた後、耳元に声が響く。その声の主に、渚は冷静に口を開いて言った。
「その情報に、間違いないのか」
『酷いなぁ、俺が警察のおっちゃん等に負けるわけ無いやろ?』
 軽い笑いを含んだ関西弁が渚の耳に届く。しかし、渚の顔に笑顔は無かった。
「日本に、居るということなのか……」
『どないしたん、ナギちゃん? そない弱気な声、初めて聞いたで』
「何でもない。とにかく、お前もこちらへ至急戻ってきてくれ」
『あいあーい。着いたらまた連絡するわ、待っとってやー』
 電話が切れると、一気に静けさが戻ってくる。半ば倒れこむようにベッドに体を放り出し、渚は静かに天井を見つめた。



 その日の朝、渚の興味を引いたのは夜一からの聞きなれない言葉だった。
「創立祭?」
「ああ。うちの学校の創立者、貿易商だったらしいんだけどさ。第一次世界大戦で戦争に引っ張り出されたんだ。それから帰ってきた後に、子供達に戦争を経験させたくない、って言って自分の全財産を投じてこの学校を作ったらしい。明日がその日なんだ」
「ふむ。……それで、創立祭では何をするんだ?」
「バザーだよ。PTAとか、商店街の人達が無料で食べ物を振舞ったり、要らなくなった物を販売したりするんだ。生徒は基本、その手伝い」
 夜一は『私立北蝶学園創立祭』と書かれたパンフレットを手に取り、高等部のページを開いて渚に手渡した。そこには無料ドリンクバーと書かれている。
「高等部はドリンクバーの手伝い。男子は裏でジュース注いで、女子はウェイトレス。お前も参加しろよ。じゃねえと、俺が文句言われる」
「……? 何故だ?」
 首をかしげる渚に、夜一はため息をついた。
「クラスメイトの男子どもはお前にジュースを運んで欲しいんだと」
「他の女子が居るじゃないか」
「知らねーよ、俺に聞くな」
「何をそんなにムキになっているんだ?」
 ますます不思議がる渚に、ムキになんかなってねえよ、と小声で返した後、夜一は渚邸の大広間のドアに向かおうと立ち上がる。
「ちゃんと伝えたからな。明日は朝八時までに教室集合な」
「夜一」
「何だよ」
「わざわざありがとう。必ず参加する」
「……おう」
 夜一が返事をして去った後、渚は彼が置いて行ったパンフレットをじっと眺めていた。


 その翌日は創立祭に相応しく晴れやかな青空となり、北蝶学園高等部、一年B組の教室は大いに盛り上がっていた。まず上がったのは、男子達の歓声だった。
「うおおおっ!!」
 その目線の先は、勿論衣装を着た女子達。毎年、宣伝になるからという理由で高等部の女子は学校から支給されたメイド服を着ている。しかもそのメイド服は商店街の皆さんが丹精込めて作ってくれたものなので、着ないわけにも行かないのだ。
 女子達が髪を整えたり、リボンを着けたり、短いスカートの丈を調節したりする度に、男子からは熱のこもった吐息が漏れる。
「はぁー、これが本当のパラダイス……」
「早く自由時間にならねえかな……」
 夜一達男子は普通の深緑色のズボンに白いワイシャツにネクタイ。一言で言ってしまうと、いつも通りの制服なので、シャツの裾をきちんとズボンの中にしまったり、ボタンの掛け違いが無いか確かめてしまえば、準備はすぐに終わってしまう。必然的に、男子はお客が使う丸いテーブルや椅子、お絞りなどの雑用に回されるのだ。
 夜一がネクタイを締めていると、龍二と和夫が話しかけてきた。
「まだネクタイにてこずってるのか、夜一。準備あるんだから、早くしてくれよ」
「いまいち結び方が分からないんだよな、何時も母さんにやってもらってるから」
「……科学的に言えば、長短をつけて、その短い方に長い方を巻きつけて、その長い方を内側からくぐらせて……」
「口で言われたって分からねえよ」
 龍二の言葉に夜一が思わずつっこんでいると、メイド服を着た渚が見かねて夜一の方へやって来た。テキパキと夜一が散々てこずっていたネクタイを結び終え、満足そうに笑った。
「うん、これでいいね、夜一お兄ちゃん」
「あ、ああ……」
 突然の事に夜一が戸惑っていると、横からきつい一言が飛んできた。
「従妹にそんなにお世話になりっぱなしなんて情けないわね、春日夜一」
「き、京極(きょうごく)さん……」
 夜一が後ろに一歩退くと、京極さんはメイド服の格好で腕を組み、仁王立ちで夜一の方を睨んでくる。すると、京極さんの後ろから、可愛い声が響く。
「だ、だだ、駄目だよ、桜ちゃん。春日君、こ、困ってるよ……」
 震えるようなその声に、京極さんは気が緩んでしまったのか大きくため息をついた。自分の後ろに隠れている、茶髪をツインテールにした女子の方を向いて声をかける。
「優架(ゆうか)。あたしは別に、春日夜一一人に怒っているわけじゃないわ。こんなメイド服にいちいち浮かれている男子全員に腹が立っているの。分かる?」
 ツインテールの女子、秋月優架にそう諭し、京極さんはもう一度夜一を睨みつけてから、秋月さん、それに渚を伴って歩き去って行った。夜一がほっと胸を撫で下ろすと、和夫がにやにやして言った。
「委員長に目を付けられたんじゃないか?」
「よしてくれよ。命が幾つあっても足りねえ」
「……科学的には、ツンデレだね」
「委員長のデレなんて見たことねえよ」
 ドリンクバーの準備しながらも喋っていた三人の言い合いが聞こえていたようで、女子のグループから京極さんの厳しい目線が刺さってくる。
 B組の委員長、京極桜はB組の男子の中では最も恐れられる存在なのだ。黒いショートボブの髪に、切れ長の眼。その落ち着いた容姿とは裏腹に、性格は男勝りでかなり気が強い。品行方正という言葉を体現したかのようなその言動はまさに姉御肌と言っても過言では無いのだ。一緒に居た秋月優架は彼女の幼馴染であり、弱々しい言動ながらも京極さんを唯一止められる存在でもある。
 京極さんは勢いよく教壇を叩いて皆の注目を集めた。
「皆、いい? 今日は創立祭だけど、だからといって羽目を外したりしないように。それに、折角女子がメイドで頑張ってるんだから、男子も気張って働くように!」
 京極さんの言葉にクラスが一つに纏まって大きな声が上がった。



 やがて、開場の時間になると、多くのお客さんが学園内に入ってきた。高等部のドリンクバーにも、沢山のお客が入ってくる。
「コーラ。二番テーブルね」
「こっち、オーダーお願い!」
「ウーロン茶、出来たぞ」
 生徒達皆が皆、忙しなく動き回っている中、夜一はふと、渚に目が行った。金髪をオールバックにした、すらりとした長身の男と話している。男の方は爽やかな顔立ちで、クラス中の女子がざわめいている。男子も、そんな金髪の美青年と話している渚が気になるようで、夜一に執拗に話しかけてくる。
「おい、夜一。何だよあの男は! 渚ちゃんの彼氏か!?」
「あんな金髪男……でも、悔しいがカッコイイな。夜一の知り合いじゃないのか?」
 夜一はそれらの話に答える事など出来なかった。ただ夢中で、渚を見つめる事しか出来ないで居た。すると、金髪の青年が夜一の方へと近付いて来た。
「ちょっとええか?」
「え、は、はあ……」
 金髪の青年は夜一を廊下へ連れ出すと、しげしげと夜一を眺め、やがて目を輝かせていきなり夜一に抱きついてきた。
「写真どおりや!」
 素性も知らない男にいきなり抱きつかれ、驚いた夜一は思わず乱暴に男を突き放した。
「なっ、何すんだ!」
「いやー、エエ男やな。ナギちゃんに聞いてた通りや」
「は!?」
 夜一が困惑していると、後ろから渚が男をたしなめた。
「翔。夜一が困っているから、離してやれ」
「夜一か。じゃあこれからはやっくんやな!」
「やっくん!?」
 抱きつかれた上、意味の分からない渾名まで付けられてしまった夜一は、渚に詰め寄った。
「こいつは誰だ?」
 しかし、渚が答える前に金髪の男が再び夜一に顔を寄せる。夜一が遠のくと、金髪の男は残念そうにしながらも自己紹介をした。
「俺は相良翔(さがら かける)や。そない疑わんといてや、海外が長かったからハグの習慣がついてもーたんや。これでもナギちゃん直属のエージェントなんやで」
「エージェント?」
「んーと……日本語で言うと、諜報員っちゅうか……スパイって言うた方がええかな」
 スパイ、という言葉にますます夜一の目線は厳しくなる。毎度毎度雪代家のぶっ飛んだ行動は見てきたつもりだが、スパイまで雇っているとなると、日本ではまず稀な事だからだ。
 そこに、渚が割って入ってきた。
「翔。先ほどの話の続きだ。着いたら連絡すると言っていたのに、どうして学校へ?」
「ああ、それやねんけど。俺が追ってきた売人が……」
 相良がそこまで言いかけたその時。隣のC組の教室から、けたたましく悲鳴があがった。その声に、夜一達三人は急いでC組の教室の引き戸を開ける。
「どうしたんだ!?」
 夜一は急いで、生徒達が集まっている教室の隅へと駆け寄る。そこには、左わき腹から血を流して倒れるC組の担任、鎌倉譲二先生の姿があった。血がどんどんと溢れているので、鎌倉先生の顔は青ざめ、苦しそうに呻いている。
 渚が傍に居た女子生徒に尋ねると、彼女は怯えた目を恐る恐る渚に向け、それから教室の左前方にある血飛沫の飛んでいる窓を指刺した。
「そ、そこの窓に立っていた先生が、いきなり、撃たれて……!」
 渚は女子生徒を落ち着けようと彼女の背中を擦り、それから冷静に他の生徒に、人を呼んでくるように指示した。
やがて先生達やボランティアの人達がぞくぞくと集まってきて、鎌倉先生を急いで運び出す。複数の生徒が鎌倉先生を心配して一緒に教室を出て行った。その間に窓を調べていた相良が夜一と渚を呼んだ。
血の付いた窓の真ん中には小さな穴が開いていた。そのひび割れた穴を見て相良は言った。
「こりゃエライ事になったな。これ……弾痕やで」
「誰かに撃たれた、という事か」
 渚が言うと、相良は生徒達に尋ねた。
「誰か、先生が撃たれた所、見てた人おらへんか? 犯人の服装とか、身長とか……」
 しかし、尋ねられた生徒達は全員首を振った。詳しく話を聞いてみた所、彼らC組の生徒は事件が起こった時、C組にはお客が居なかった為、ウェイトレスの女子生徒と入り口に立っていた二人の男子生徒、それに鎌倉先生以外の全員がカーテンで仕切られた教室の後ろで休憩していた所、いきなり銃声が響き、血塗れになった鎌倉先生を発見したが、その時既に犯人は居なかったとの事だった。
 夜一はそっと、渚に聞いた。
「まさか、犯人は学校内に居るって言うのか?」
 夜一の言葉に、渚は厳しい表情のまま言葉を返した。
「考えたくは無いがな。外部から来た人間か、ここにいるC組の生徒の犯行である可能性が高い」
 渚は、教室に残っている生徒達を見た。女子生徒が三人、男子生徒が二人。全員が俯き、震えているが、渚の言葉で一気に怪しく見えた。
「ってことは、まだ銃を持ってるって事じゃ……!」
「いや、それは無いだろう。隠すような場所もないし、第一そんな事をしている暇もなく、C組の他の生徒が来た」
 夜一と渚が話していると、相良が二人を呼んだ。
「やっくん、ナギちゃん! これ……」
 相良が後ろにあったロッカーを開けると、そこには黒いトランシーバーが置かれていた。いきなり、そこからノイズのかかった低い声が響いてきた。
『ヤット、気付イテモラエタネ。初メマシテ。僕ノプレゼント、喜ンデモラエタ?』
「プレゼント……? お前、一体誰なんだ!」
 夜一が声を荒げると、トランシーバーの向こうの人物は、笑い声を交えて夜一の問いに答えた。
『フフ……ソンナニ、怒ラナイデ。僕ノ名前……パーシヴァル、ダヨ。覚エテオイテネ』
 パーシヴァルという名を聞いた時、渚の表情が明らかに変化した。今まで見せた事の無い、動揺した顔になる。
「どうした、な……んぐッ!」
 トランシーバーを持ちながら渚に声をかけようとした夜一は、相良によって口を塞がれた。相良は夜一の口を塞ぎながら、咄嗟に高いトーンの声で、女性を装ってトランシーバーに話しかけた。
「あ、貴方が鎌倉先生を撃ったのね!」
『僕ジャナイヨ。僕ハ手伝イヲシタダケ。ソレニ……マダ、終ワリジャナイ』
「どういうこと?」
『ゲーム、シヨウヨ。僕、後二人ターゲットガ居ルカラサ。僕ヲ、捕マエテミテヨ』
「…………」
『……ジャア、ゲーム開始!』
 そう言って、一方的に通信は途絶えた。それが、予想も出来ない悲劇の幕開けだという事に、まだ誰も気付かなかった。


後書き

こんばんは。更新がまたも遅くなってしまい、申しわけありません。
アルバイト探しや課題などに追われていて、時間がなく、この作品はその反動なのかいつもより長く、そして前半部分があまりミステリーっぽくない;;

『パーシヴァル』という名前、知っている人は知っているかもしれません。結構有名だと自分では思っているのですが;;
これから物語の中核をになう展開になっていきます。
またこれからも宜しくお願い致します。

この小説について

タイトル No.16 to:創立祭の道化師(1)
初版 2010年1月16日
改訂 2010年4月22日
小説ID 3751
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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