雲海の上 - 月夜の踊り子

春燕



 整備士たちが止まった機体の近くへと寄る。ジョナサンは機体の先端にもたれかかり、機体はそのまま四五人の整備士と共にエレベータに乗せられ船体の中へと下ろされる。相方の機体が被弾したおかげでしばらく飛べないと判断され、一番奥のスペースに止められた。
「チーフ、ヴァネッサは」
 四五人の整備士の中で、一番老けている整備士チーフに確認した。このチーフ、別名おやっさんにはだいたいの情報が伝わる。
「無事だ。キャノピーのはかすり傷だったよ。まあ、入射角から考えると奇跡だな、あれは」
 真後ろから撃たれれば、当たる場所にもよるがだいたい危険度が高い。無事だと聞いてホッとするが、拾ったパイロットを見るなり殴りかかりそうで少し心配になった。
 今から半世紀以上も前に捕虜の扱いは国際条約で厳しく規制されているが、ヴァネッサはおかまいなしと言う可能性が高い。あの女は我が道を突き進むタイプで驕りがある。おそらく今回もそれが原因で被弾した、と、ジョナサンは聞くまでも無くだいたいわかっていた。
「そうですか。捕虜はどうしました?」
「ああ、あの女の子か」
 そう言ったチーフにジョナサンは苦笑した。いくらなんでも、女の子と言えるほど幼い人間が戦闘機に乗れるはずもなく、ましてやヴァネッサの後ろにつくときに行ったであろうフルスロットルからの急上昇はできるはずがない。途中でブラックアウト、血がGで引っ張られ目に血が回らなくなり、目の前が真っ暗になる現象によってまともに飛べなくなるはずだ。
「嘘でしょう? 戦闘機にそんな若者が乗れるはず無いですし、ましてやインマンメルターン(半宙返り)ができる子供なんて聞いたこと無いですよ」
 そう言い返すジョナサンを相手にせず、チーフは他の整備士に指示を出していた。
「じゃあ、シーオウルのパイロットに聞いて来い。さっき拾ったと通信もあったしな……もうそろそろ甲板にいるんじゃないか?」
 格納庫の端にかけられた時計は深夜一時になっていた。そろそろ眠くもなってきているジョナサンは、レポートくらい明日でもいい気がしたのだが、そういうわけにもいかないと彼は考え直した。
「書かないといけねえのか……」
 レポートという始末書を書かなければいけないのを思い出した。今回は久しぶりにヴェネッサが弾をくらったせいで、隊長の彼は始末書を書かなければならない。早く書いて出さないと艦長がうるさいのだ。戦闘機一機修理するのも大変らしい。
「あと、頼みますね」
「おう」
 とりあえず、レポートを書きに自分の部屋へ戻ろうと思い格納庫を後にしたジョナサンは、途中で甲板から降りてくるシーオウルのパイロットを見つけた。担架で人を運んでいるらしく、その担架には捕虜のパイロットが寝かされていた。
「どうした? 海面に落ちたショックで死んだか?」
「違う違う。ぐっすり寝てるだけだ。ほら」
 そう言いながら、担架を運んでいた二人がジョナサンの方へ近寄る。彼がゆっくりと顔をうかがうと、捕虜はリズムのある心地良い寝息を立てて寝ていた。
「こうも寝られちゃ、起こすのも気が引けるだろ? しかもお前、見るかぎり二十歳にもなってない顔してるしな」
 童顔、というだけでこうも若く見えればそれは神様のいたずらだろうが、あきらかに戦闘機、いや飛行気乗りとしての年齢からすればこの捕虜は十歳近く若く見える。推定二十歳かもう少し下か。
「ま、ヴァネッサが殺しに来ないか独房に見張りを付けろよ。あのじゃじゃ馬はやりかねん」
 そう笑いながら言い残し、睡魔におそわれながらジョナサンは自分の部屋までどうにか戻った。レポート用にと元からあるテキストファイルに書き込み始めて数分、突然彼腕が止まったのは言うまでもなかった。
 シーオウルが着艦して数分後のこと、ここ空母キティ・ファーソンではレーダーに一瞬だけその現象は確認されていた。人工衛星の落下が落ちることによって作られる流れ星のような現象。
 地球の陸地が二十一世紀初頭に比べ十分の一にまで減少した現在、少ない地上には各国の重鎮たちが居座り、大半の人間は海洋基地、フロートとよばれる一個都市ほどの大きさの居住区で暮らし、食料や材料に関しては各フロートでやりくりしている。世界人口が激減したこともあり、フロートの数も世界一の人口を抱えていた大陸でさえ五つあれば十分だった。
 二百ほどあるフロートの中で、主要なフロート五十ほどが集まり作られたのが連係の深い国連となり、五十ほどは籍だけを入れている。
 しかし、残る百ほどは国連への加入に反対しており反国連を掲げ、国連に加盟しているフロートとの戦闘に発展している。
 国連への加盟を進める一方で、その中に国家最高権力者の策略も見え隠れする中、海面は毎年上昇していき、アサルトと名づけられた元米国の衛星兵器によって宇宙に出ることさえ不可能になってしまっていた。
 キティ・ファーソンのブリッジクルーが夜勤の人間以外眠りについたころ、反国連軍の母艦、空母グレムリンではホワイトリーダーが戦闘報告を行っていた。
「ゲイツ大尉、君は被検体を捕虜にしてしまったのか?」
「そうであります」
 ホワイトリーダー、ゲイツ大尉は、艦長の問いにそのまま答えた。彼女を被検体よばわりするこの艦長を殴りたい気分だったが、失態を犯してしまったのは事実。やりばを見つけることのできない苛立ちがおこる。
「自機の片翼を失って、さらに大事な被検体を捕虜にするとは……。とにかく被検体を回収する。用意が出来次第反転して敵空母を襲撃する」
 艦長は踵を返して艦長席へと帰っていく。時刻はすでに深夜一時をすでに越えているが、夜勤のオペレータが二三人いるせいでゲイツとしてはさっさとこの場から去りたかったのもあり、艦長の話が終わったのを確認してからそそくさとブリッジを後にした。
 そこからは無意識に、ほぼ本能的に自分の部屋でベットへと突っ伏した。
  
 真っ白な世界。
 少女に見えているのは果てしない白。影すら見当たらない真っ白な世界に、ポツリと一人たたずむ少女。
 この世界は何度も見たことがある気がした。何も聞こえない空間、白だけの空間。
 歩いてみたり、手をのばしてみたりしてみたが、なにも変わらず、なにも生まれない。
 どのくらい時間がたっただろうか、白い空間が割れ、真っ暗になった。
 そして―――

「目が覚めた?」
 少女が目を開けると、そこは包帯や薬品の入った茶瓶の置かれた医務室だった。目の前には、にこやかな顔で半分程度仕切るカーテンの端から覗き込む女性がいた。小さな二段ベットの下なのか、上には天井が見え、仕切るカーテンも近く顔が気持ち近い。
「ごめんね、ここ、一応あなたの敵の空母だから、見張りもかねて物騒なもの常備してるけど、気にしないで」
 そう言いながら、女性はポケットから拳銃の柄をちらりと見せた。パイロットジャージを羽織り、医務室からは連想できないラフな格好をしている。
「そうそう、自己紹介がまだだったわね? 私はパイロットのヴァネッサ。あなたは?」
 ヴェネッサは純粋に、まるでサークルの先輩と後輩のようなのりでそう聞いた。警戒されるのは十分わかっていたが、あえて一人の女として接する事にした。
 少女は、ヴェネッサが先に名乗ったことで緊張が和らいだ。とりあえず、この女の人は自分に対して殺意が無いことが分かっただけでも、ずいぶん楽になった。
「私、は……」
 少女は言いかけて、ふと軍で教えてもらったことを思い出した。自分の持つ情報を漏らしてはならないと、入隊して間もない頃に艦長から教えられたのを忘れていた。
「ハイネ・ティ・ロード、十七歳。IDカード、かしら? あなたの胸ポッケから出てきたわ。ごめんね、かってに見ちゃって」
 そう言いながら、ヴァネッサはハイネにウインクしてIDカードを見せる。発行してから時間がたつのか、ところどころが読みづらくなってなっている。
 体上半分をベットの上シーツからすでに出していたハイネは、そのIDカードを見て、
「返してもらえませんか? 大事なものなので」
とだけヴァネッサに告げた。
 ハイネは真剣な面持ちでヴァネッサに頼んだが、ヴァネッサはというとにこにこ笑いながらIDカードを手先でくるくる回している。その姿は一瞬、隊長の姿に重なった。
「どうしよっかな? ……嘘よ、はい」
 しばらくの間、くるくるくるくる延々とIDカードを回していたヴァネッサは、悪魔的な腹黒い笑みを作った後、今度は満面の笑みでハイネにIDカードを返した。
「ヴァネッサ……さん、ここは国連軍の」
 ハイネが喋る途中で、ヴァネッサが手で制した。言いかけたことがわかったらしい。
「ヴァネッサでいいわ。それとこの船は、国連軍所属の空母キティ・ファーソンよ」
 軍での捕虜の扱いは、空母グレムリンの艦長からある程度聞かされていたハイネは、捕虜という状態になっていることは理解していたが、扱いがどうも優しすぎるような気がしてしかたなかった。ヴァネッサと名のられ、しかもここの船の名前と大まかな所属まで話してもらえるなど、これはまるで新人を相手にしていると思えた。
「ヴァネッサ」
 カーテンの向こう側で、男性の声が聞こえた。ヴァネッサはカーテンをかなり開け、その声を持つ男性を呼んだ。
「大尉、この子が例のハイネです」
 大尉と呼ばれた男性は、屈みながらハイネと視線を合わせる。ぎこちなく笑う様子が妙に可愛い、三十代くらいの男の人だった。
「ジョナサンだ。この空母キティ・ファーソンの艦載機小隊長をやってる。これからよろしく頼むな」
 握手を求めて手を差し伸べたジョナサンは、ハイネの沈黙を見て少し不安になった。第一印象が悪いと後に響く。
 ハイネは握手をすることに抵抗は無かったものの、敵からこれほど良い意味で手厚く歓迎されたことが逆に気味が悪かった。なぜ敵なのに警戒心が無いのか、なぜこうも敵に優しくされるのかなど、首を傾げるばかりだった。
「過去を、調べたんですか?」
 国連軍の二人がこうも優しい理由は、ハイネが思うに一つしかない。ハイネの過去を調べ、その中から利用価値を見出したとしか考えられなかった。
「君のIDカードを調べさせてもらった……ハイネ・ティ・ロード、十八歳、被検体ナンバー021。空の子という、欧米連合機密プロジェクトで生まれた、空を飛ぶために作られた子供―――ドッペル・スカイリィ、は、君じゃないか?」
 ジョナサンが差し出した手を下ろしながらハイネへ問いかける。これで違えば、ヴァネッサに叩き起こされて朝早くから中枢データベースを開いて調べたジョナサンがうかばれない。
 ドッペル・スカイリィ、今から五年前にあった核戦争の中、戦力不足に陥った小国家の中で立ち上がった、神の領域へと触れる技術により生まれた少女、少年を、酷似する航空戦身体能力値からドッペル・スカイリィと呼んだ。


後書き

二作目です。
一作目を読まないと、おそらく全く意味不明と思います。

あいかわらず、言うこと書くこと理解しずらいですよね・・・・・・・

この小説について

タイトル 月夜の踊り子
初版 2010年1月20日
改訂 2010年1月20日
小説ID 3760
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