猫 - 五月雨

 雨は嫌いだ。ついでに晴れも。いや、晴れは雨よりも嫌いだ。雨音がうっとおしい。
 つい最近寒かった時期をようやく抜け、周りの木々が桜に染まっていたころに俺はここへ着いた。汽車に乗って一時間半ほどの長旅だった。主人の形見である銀色の懐中時計がそう示したのだから、時間にくるいは無い。
 駅に着いた時、俺は久しぶりに仲間達に出会った。風の噂か何なのか、古くからの顔見知りが駅を出た場所にあるベンチで昼寝をしていた。
 まだ夜は冷える時期だったというのに、あいつらは毛布を持参して待っていた。ありがたいが、着いたのは夜だったはずだ。少し悪い事をしたなという気もする。どうやらあいつらは、待っているうちに寝てしまっていたらしい。
 ここへ来るのはかれこれ五年ぶりになる。主人がここの生まれで、旅好きだったあの人に連れられここを発つまではよくここの奴らとつるんだものだ。もっとも、家の中で談笑することが一番印象深いが。
 そんな懐かしい雰囲気も、木を飾っていた桜が消えて、どちらかというと赤に近い桜が他の木々を覆って以来、ずっと天気が悪いおかげであまり嬉しくない。ここ一週間ずっと雨だ。時たま太陽が顔を出したとしても、次に日が昇った頃にはもう曇り空だ。そしてまた雨が降る。
 奴らもずいぶん歓迎してくれたが、全員が暇というわけではない。次の日の夜、いや、到着して二日目の夜には全員解散となった。
 一人になり、何もすること無くなった俺は、とりあえず主人の家へと足を運ぶ。駅前の道路をまっすぐ進んだ後で、神社隣を抜けた場所の商店街の一角へ。もう五年もたったが、本能的に自分の家は分かる。
 主人と二人、いや妹と三人暮らしだった俺は、主を無くした家がどうなっているのかわからなかったが、すくなくとも荒らされてはいない気はした。主人がいなくなってまだ二週間もたっていない。しかし、時の流れは自然な場所を少し荒らしていた。
「ここか……」
 玄関の前でたたずんでいると、後ろで男性の声が聞こえた。黒いスーツに身を包んだ、少し恐いという印象を受ける出で立ちだ。
「ふぅ……」
 周りを何度か見直した後で、その男性はふらりと立ち去ってしまった。俺には気づいた様子だったが、別に気に留める様子も無かった。
 もう曇り空がさらにあやしくなり小雨が降り始めていた。屋根の無い場所で立っていると風邪をひくので、とりあえず家の中へと入れないか鍵の開いているドアや窓がないか探す。
 主人は昔から植木鉢の下などに家の鍵を隠す習慣があったが、長旅になるとわかっていただけにそうとは限らない。そして、案の定どこにも鍵は見当たらず、しかたなく主人と俺だけが開け方を知る窓を開けて家へ入る。
 今から五年前、この家を出た時のまま時間の流れを止めた家の中は、物騒な黒い虫を発見してしまった事を除いてあまり変わりなかった。
 一番最初、俺が初めてここへ来た時に、主人は俺にこう言った。
「私は、君に求めるモノは無い。ただ、いてくれればいい。自由奔放、それがモットーなのだろう?」
 それを聞いて、俺は主人に着いて行くことに決めた。主人のその端的な言葉には、なにか俺を引き込むものがあった。しかし昔の奴らからは、よくそんな考えができるなと感心されたものだ。
 しばらく部屋の中を回り、ふと足を止めた場所で、静まりかえったこの家の雰囲気が少しも変わっていないことに気づいて安心した。昔から変わらない、自分の故郷のようなこの家。ただし、これから主人はいないのだ。
 静かにそばにいてくれた主人は、俺にとって大切な人だ。俺の恩人でもあり、育ての親でもある。半ば拾われてきたような俺は、主人がいなければ、のたれ死んでいたかもしれない。
 それに、主人と歩んできた旅の道のりは絶対に忘れる事のできない大切な思い出となっている。
 大きな建物がたくさんそびえる大きな街、屋根の低い家の集まった緑の栄える小さな町、大きな港町、小さな港町。たくさんの場所を訪れ、去った。ここの小さな一軒家とは比べものにならないくらい広い世界は、俺をときめかせた。
 しかしもうあの心躍る旅には出られないと思うと、少し残念な気がすると同じに、それは主人がいなくなってしまったということを強く思わせた。
 そんな、すこし寂しい面持ちで部屋を何気なく見渡す。雨はとうとう本格的に降り始めたようで、うっとおしい雨音が部屋に響く。
 一人、部屋の中で寝息が聞こえたことに気がついたのはしばらくたってからか。電源の抜けた電気こたつの中から聞こえてきたのは、中で眠る妹の寝息だった。
 もちろん、俺は拾われたようなものなので妹はいないはずだが、こつぜんとこの一軒家に主人につれられて来たのは俺がここに来て少したった時だった。
「新しい家族だ。仲良くしてやってくれ」
 そう言った主人の後ろからおずおずと顔を出したのは、俺より一つほど下のこ可愛い女の子だった。来てくれた時は賑やかになるなとすこし嬉しかったが、馴染むと少しややこしくなった。
 妹が、いろいろと口うるさくなってきたのだ。プライベートなところにも。
 そんな妹も、今はこたつの中で寝ているらしい。彼氏を見つけたとかで俺たちの旅には同行しなかったが、その彼氏はどうしたのだろうか? まあ、俺の知るところではない。
 それより、これから主人がいない状態で、妹と二人暮らしなんてことはいくらなんでも気が滅入る。なにかとやかましい妹と共に、これからの人生を過ごすなんてことはあまり考えたくない。
 と、すれば、旅に出ようか。主人と一緒に行った旅路をなぞるように、俺も旅に出よう。
 そう考えた時には、もう足は入ってきた秘密の窓へと向かっていた。首には主人からもらった大切な、もの凄く大切な懐中時計を提げ、未だに寝ている妹に聞こえないように行ってきますと告げると、俺は窓から外へと出た。
 空はいつのまにか晴れ、日が雲の間から顔を出している。
 まずはどこへ向かおうか。とりあえず、来た道を戻る事にする。ここの奴らに別れの挨拶をしていないが、別にいいだろう。妹も少し気になったが、俺が深く考えなくてもあいつは五年も一人で生きてきたのだからいらぬ世話か。
 俺のモットーは自由奔放。旅に出かけたければ旅に出る。それが数分前に自己否定したことであっても、今がいいならそれでいい。
 それに、この雨上がりの曇り空は久しぶりに見た気がする。ここの家に来た時も、たしか雨の上がった曇り空が広がっていた。
 懐かしい思いに浸りながら、これからの旅を考えた。しかし、そんな計画など途中からどうでもよくなった。とりあえず、風のふくまま自由に行き先を決める。旅なんてそういうものだと教えてくれたのは主人だ。
  なぜこんなに俺は自由奔放なのか。主人に似たからかもしれない。生来の性格なのかかもしれない。
 いや、それよりももっと根本的なものがある気がする。
 
 それは、俺が人間ではなく、"猫"だからか。



後書き

ファンタジー、ですかね? 猫視点? ですかね?
とりあえず、疑問符が大量に生まれては消えています…(汗

追記。あちこち直しました

この小説について

タイトル 五月雨
初版 2010年2月5日
改訂 2010年2月6日
小説ID 3785
閲覧数 811
合計★ 6
春燕の写真
常連
作家名 ★春燕
作家ID 695
投稿数 8
★の数 13
活動度 529
目指せ物書き
SFをわかりやすく伝えることができるその日まで

コメント (6)

★せんべい 2010年2月7日 23時17分44秒
あぁ猫か。猫だったか。うん、やられたw

最後の一文を読めば、アハ体験すること請け負いなのですが、やはりそれまでのくだりがわかりづらかったかなぁって。
読者の方は人間視点だと無意識のうちに思って読んでいるはずなので、期待を裏切るのも当然大事なことだとは思いますが、あまりにちょっとわかりづらい文章だと困惑しちゃう可能性も大いにあるかなあと思いました。

その原因を僕なりに考えてみたのですが、文章が一本調子だからではないでしょうか。
ただ淡々と描写が続くだけではマンネリ化してしまうんじゃないでしょうか。
僕はいつもこれを避けるため、「」をはさんだり、文語調の文章ではなく、できるだけ口語調の文章にするようにしています。
いや、文語調のほうがなんか雰囲気的にかっこいいですけども。


参考になれば何よりです。
春燕 コメントのみ 2010年2月9日 16時55分39秒
せんべいさん、コメントありがとうございます。
オチは猫にしてみよう、の、一つの思い付きからできたコレですが、最初の方は人間味を出しつつ猫だということを隠すのに必至で頭痛がしました。
前編のくだりがわかりにくいということで、読み直したところ、文体の作り方がいまひとつまとまっていない事に気づきまして、それと描写が延々と続いてしまう事についてですが、猫を意識するあまり台詞を自分で削っていたみたいです。どおりで単調になってしまったはずです。
口語調の文体というものに僕はあまり免疫を持たないので、これを期に意識した作品を書こうと思います。

参考にさせてもらいます。では、コメントありがとうございました。
★けめこ 2010年2月11日 0時04分59秒
読ませていただきました、けめこです。

私はせんべいさんと違って、初期段階で「ああ、猫なんだな」と思って読んでました。タイトルの「猫」を引きずった状態で主人という言葉が出てくれば、推理は容易かと。

困惑、というよりわかりやすすぎ?どっちなのかわかりませんが、どちらも描写に偏った結果であることは間違いないですね。猫でも独り言ぐらい言わせてあげてくださいw
あと猫オチを強調したいなら、いっそ劇の台本のような形にしてしまうのも1つの手じゃないでしょうか。仲間達に再会したあたりとか、セリフと必要最低限の描写だけにすると、相当ミステリアスというか、雰囲気出ます。

以上、勝手な意見を書かせてもらいました。では
春燕 コメントのみ 2010年2月11日 16時11分20秒
けめこさん、コメントありがとうございます。
偏りすぎたようで読みにくい作品になっていたみたいで…猫も題名に付けたのではばれますか…
あと、ミステリアスにできないかなということですが、力量不足によりそういうことは全く考えていませんでした…(汗
台本のような書き方をすればいいとのことでしたが、描写のしかたから文のつなげ方を考慮しつつ考えてみます。
かってな意見も何も、勉強にさせてもらっています。ゼロからの発進をかかげはじめた最近、勉強が続いていますので。

ではコメント、ありがとうございました。
弓射り 2010年2月11日 23時35分07秒
僕もけめこさんと同じで、最初から大体予想はつきました。むしろ最後「猫かー!」という衝撃をお望みなら、もっとわかりにくくしないと。ま、それでもわかってしまう物ですけど。

セリフがいるかって言われると、僕は必ずしも入れなくても良いと思いますよ。筆者が求める文章の雰囲気によって使い分けるべきでしょう。ぼくはそんなことよりも、あいつら、とか主人とか、奴ら、ってのが妙に多いのが読んでて野暮ったい印象を受けました。

あと、ちょっと日本語的におかしいところがチラホラありますんで、シンプルに書けばもっとちゃんと伝わると思いますよ。
>>周りの木々が桜に染まっていたころに
染まるなら桜「色」。まぁ、アリな表現かもしれませんけど、個人的にひっかかるものがいくつか。赤に近い桜は、赤みがかった、なんてすれば良いかな、とか(これは完全な蛇足
あとコメントも「これを『機』に」だし(笑

以上、揚げ足取りの糞、弓でした。
関係ないけど、こういう猫視点の小説って、ルドルフとイッパイアッテナが先駆けな気がします。友人から借りパクって、表紙がぼろぼろになるまで読んでから返した名作です。みなさんは読んだこと・・・ありますよね?
春燕 コメントのみ 2010年2月12日 21時21分49秒
弓射りさん、コメントありがとうございます。
もっとわかりにくくするための文の書き方を考えたいと思います。が、どうにも上手くいかないものです…
台詞に関して、いろいろと考えていたのですが、指摘をいくつかもらい大まかですがわかった気がします。
字の重複について、かなり疎かったようでした…かなり読みにくいぐらい重なっていましたね(汗 添削時に注意したいと思います。
日本語的におかしな部分が多かったとのことでした、たしかに文を書いているときに「大丈夫か?」と思う節があったので、日本語の基礎ができてないということを痛感しました…
描写についてですが、そんな表現もあった…と、いう感じでボキャブラリないな…と、いう感じです…

いろいろとすいません。ありがとうございました。
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