にゃめんなよ! - <第一部>序章〜第一章「猫男と憂鬱な朝」

序章
 桜も咲く、四月の朝。環境の変化が目まぐるしい時期だ。この時期、せわしなく環境の変化を受け入れなければならないこの季節、巣立つのは雛燕だけだと思いたい。
「春眠暁を覚えず」とも言うが、春は眠い。春の人間共には、この環境順応していく力と、睡眠欲を制する理性があり、つくづく強い生き物だと考えさせられる。

 そんな忙しない時期、朝のビル街の路地裏に季節外れの一匹狼が迷い込んだ。身の丈百八十センチ、ざんばら髪をワックスで撥ね上げたような髪型、剃刀のように切れて、爛々とした眼つき。見るからに威嚇し、噛み付いて来そうな物の怪や珍獣の類を思わせるようないかつさ。制服を着用しているその様から、中高生だろう。
 袋小路で煙草を吸っている、その男の様は、見るからに恐ろしいオーラを漂わせ、周囲の物を退けていた。
 「おっ。」
 男はふと、下を見下ろす。三毛猫だった。三毛猫はゆっくりと伸びをすると、ゴミ箱からこぼれたウインナーの屑を漁り始める。
 そして、それと同時に男は中腰になり、猫の傍に寄っていく。
 「おーい、こいこい。」

 そして、大通りの人達は、路地の中の異様な男のオーラに引き寄せられるように、少しずつ集まって行った。
 「おい、何かヤバくね?」
 「ほっとけよ。行こうぜ。」

 誰かをボカスカと殴り、簀巻きにした上でごみ箱に押し込むか、それとも何かしら路地裏で「野蛮な行為」なる物が、この場で繰り広げられるのか。その期待が少しずつ少しずつ、積雪のように積もって行った。
 誰も彼も生唾を飲み込み、気迫漂う男の背中を見つめるばかり。近づく事もせず、素通りしていく人も多く、若干の緊迫した空気が周囲に広がって行った。

 「くそっ、このやろ。」
 男はちょいちょいと指先を振るが、見向きもしない。そして、猫を撫でようとスッとの伸ばした手の甲には傷跡が出来ていた。男は傷口を見るや否や、
「手強いな。」
 と言った。

 「誰と喧嘩してるんだ?」
 「おいおい、俺にも見せろよ。」
 「影武者かしら。」
 外野は決して、彼が猫を愛でているとは思わなかった。むしろ、何かしらの幻影と闘っているんだと解釈した人もいる。それだけ彼は猫に不釣り合いであり、それ以上に戦士を思わせる体つきだったから。悪魔や吸血鬼や悪霊が路地裏に居ると思えば、解釈も容易く日本にそれだけの存在が知ら占められているからだ。少なくともこの場はそう片付けられる。

 「チッチッチッチッ……。」
 男は更に低姿勢になって、舌打ちを始めた。その珍妙な光景に、見ている者を更なる恐怖に貶める。周囲は生唾を飲み、男の出方を窺った。

 「何かしらの宗教かしら?」
 「いや、あれはヤンキー特融の舌打ちじゃ……。」

 「にゃ、にゃ、んなー、に?」
 猫語?猫撫で声ならぬ、猫語を話した。この男、珍獣の名は廃れていないと、狼ならぬ虎の類では無いかと周囲に居る誰もが思った。
 周囲は緊迫した空気に包まれる。

 次の瞬間だ。
 「えーい、来いっ!」
 男は軽く手を広げて前のめりに猫に飛びついた。すると猫は恐れをなしたのか、竹輪の破片を加えて、屋根から屋根へと逃げて行ってしまった。大きな隙を作った男の頬に三本の爪跡を残して。
 男は立ち上がって、来ていた学ランの埃を払って路地から出ようとする。そこに集まっていた黒山の人だかりに少し驚いた。しかし、それ以上に周囲は、持ち前の剃刀眼つきと相俟った頬傷に空気に刺激が走る。
もの数分経たぬうち、一人、また一人と後退りしながら逃げて行った。本来の行き場所を思い出すように。
 「え?俺なんかしたか?」
 男はとぼけながら、傷に疼く頬を擦った。そして、黒山の人だかりを掻き分けて一人の男が現れる。
 「おはようございます!龍崎センパイ!!……その傷どうしたんスか?」
 「あー、いや、ちょっとな。」
 男は照れながら路地裏を親指で指した。その仕草に後輩は少し青ざめて、大きめの声で言ってしまった。
 「また、『龍崎我狼伝』刻まれたんですか?新学期早々、登校初日からお疲れ様っス。」
 「いや、ちがっ……。」
 「言わなくても分かります。謙遜するセンパイが余計男らしく見えますって。」
 後輩は目を輝かせ、上目遣い、拳を握って男をじっと見た。「頑なにこの男の補佐は譲らない!俺が兄貴についてくんだ!」と言う懇願の意思も含んだ尊敬の眼差しだった。
 「だからさー、俺は路地裏で煙草吸ってただけなんだって。」
 「まーたそんな事言って。そこのゴミ箱に憎き野郎が突っ込まれてるんでしょ。謙遜しないで下さいよ。」
 男は困った表情で周囲に弁解を求める。しかし、周囲の態度は冷たく、それ以上に世間は忙しかった。その中で、真正面を通過した女の子の肩を鷲掴みにするようにして呼び止めた。
 「……すまないが、俺の一部始終見てたんなら、俺の無実証明してくれないか?」
 「何言ってんの?馬鹿じゃないの?」
 女の子は連れの手を引っ張って、毅然とした態度で行ってしまった。小馬鹿にされた男には憤りの感情さえ起こらず、ただ失望に暮れ、小さく溜め息を吐いた。
 「何なんだ、この世の中は。」
取り留めのない状況を取り繕う術も、男には持ち合わせておらず、憎らしい程の青い空を見上げ、男はまた一つ溜め息を吐いた。

第一部「竜虎、交える。」
第一章「猫男と憂鬱な朝」

 精神論を語らせて貰おう。私はジェンダーが嫌いだ。そして、自分にも嫌いな節がある。
 女に生まれたこの世の中、「男女平等」とか世間では言っているものの、容易く「男尊女卑」の考えは無くならない。力関係か、それとも優位差で必ず秀でるのは男性。必ずしもとは言えないものの、何か悔しい。
 絶対的権力。そして、周囲が見入るような人望。私自身の魅力が欲しいのだ。

 桜の咲く四月。憂鬱さの残る春の早朝。時刻は五時。私こと「浅葱ひの」の記念すべき新学期一日目が始まった。私の家庭環境を特筆するならば、権力や金銭面では不自由しない、裏社会一派に生まれた。家庭環境は、いわゆる「お墨付きのワル」であり、「日本式マフィア」でもある。

 「ひの、朝稽古終わったの?」
 やや狡賢そうな顔立ち、清涼な和風美人。黒地に白狐の着物が映えるその人は、「女狐」とも謳われた私の母だ。
 若くして私を産み、十九歳に籍を入れた。顔立ちに似合わず、度量と二枚舌を持ち合わせる恐ろしい女(ひと)だ。

 「いや、まだあと五百回。」
 私は木製の薙刀を横に払うようにして素振りをし、千回、空斬りをしていた。何が憎い訳でもなく、母の教えに従い、私も物心付いた頃からこの三尺足らずの薙刀を持たされていた。母曰く「武将、常に妻持たずして手柄成らず。」即ち、どんな裏ボスにも陰で支えるのは妻であり、母であり、それが女としての務めらしい。私はそんな影役者な生き方はご免こうむりたいが、この場で口答えしたものなら母から意識を蹴落とされるのも目に見えている為、嫌々ながら薙刀を持っている。

 「お嬢、精が出ますね。」
 「黙れ!お前が変わりにやるか?」
 「いえ、俺には後世を担うお嬢の大切なお稽古事を奪う訳にはいかないので。」
 頬傷、あごひげの男は、そそくさと何処かへ消えてしまった。
 「所詮、どいつもこいつも腰抜けばっか。」
 私は庭にあった大きな松の木の幹を薙刀でぶん殴る。そして千回をカウントし、朝餉を食べる事にした。

 早朝五時から動いていたせいか、私の胃は活発で、朝餉に出された塩鮭二切れをおかずに五杯もご飯を平らげてしまった。
 「お嬢は朝っから元気っすねー。」
 「そうだなー。十三代目お頭の面影をそっくりそのまま受け継いだような肩幅とか、男らしさ。女にしとくのが勿体無い。」
 食卓に向かう、男性陣は皆が皆、私の顔をじっと見て、品定めをするようにこそこそと話し始める。女っ気が無いだの、「お前の女々しさを半分、お嬢に注入やりたい」だの、言いたい放題だった。
 そして、耳をそばだてていた我が母が、止めの殺し文句を言った。
 「まぁ、私の娘だしねー。仕方ないよ。旦那は出掛けてばっかで、父の存在の代わりにお前らが居ると言っても過言では無いね。」
 そして母は、金色のキセルを吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。
 「うるさいなー。私が男だろうが、女だろうが関係ないでしょうが。私は私。ここ最近ずっと顔ばっか見てて気持ちが悪いったらありゃしないよ。」
 私は反吐を吐き捨てるような言い口で、机を叩きながら言った。
 「お嬢に睨まれても……ねぇ。」
 「むしろ、そんな綺麗な出で立ちなのに、男勝り。女にしとくのが勿体無い。」
 「お嬢も年頃なんだから、化粧の一つや二つ学んでもおかしくないんじゃないっすか?」
連中は私を見て、互いに顔を見合わせ、頷きながら言いたい事を言って退ける。最近この流れに疲れつつある。
 「あはは。化粧なら私が教えてやるよ。」
 母は艶のある緑の長い髪をさらりと手でどけ、流し眼で私を見た。
 三人三者が私を馬鹿にしているような気がし、立ち所に腹の虫が悪くなった。
 「うるさいうるさい!!私は男に生まれたかったの!!いいだろ、女であろうが別に。」
 私はさっさと食器を片付けて、二階の自室へ駆け込んで行った。

 「あんな娘でも色を知れば変わるんだけどねー。」
 母はにんまりと笑い、「青い青い」と嘲笑してまたキセルを吸った。

******
 そして、少し不貞腐れてみれば、時刻は七時を回っていた。
 ドアをノックし、ヤクザ下っ端の一人が私の部屋の前に佇む。
 「お嬢、ご友人です。」
 「なに?行かせてあげればいいじゃん。私は忙しいの!」
 若干強めの口調で言い、そのままそいつは無視する事にした。引き出しから双眼鏡を取り出すと、玄関口に誰が来ているのかを覗き込んで確認してみる。
軽装な女の子と母が楽しそうに話していた。あの会話の何割かに、私の雪辱や皮肉が交じってるんだろうなーって思ったら若干寒気が襲った。
 「お嬢!朝の事は水に流して下さいよ!」
 ドアをノックする音が増す。どうしてまぁ、この一派は揃いに揃って馬鹿ばかりなのか。私は双眼鏡を見るのを続け、暫くドア越しの出方を窺う事にした。

******
 「遅いなー、ひのっち。」
 浅葱邸、楼雀(ロウザク)組の古風庭園に佇む、文系少女「桐原友子(ゆうこ)」。ひのからの愛称は「ともちゃん」。ヤクザで堅気のひのの数少ない友人。少々垢抜けない少女だ。
 「全く。ちょっと待ってねー。」
 母は艶のある声を上げ、少々冷気を含んだ笑みを浮かべながら、階段を上がって行った。その姿を見た友子は後ろ姿に微笑ましく手を振った。

 そして、数分後。
 「ミギャー!!」
 何かの生き物の鳴き声が邸宅に響き、ひのは駆け足で階段を降りて来た。ヤクザの兄さん達は後ろでにやにやと笑いを堪えながら、ひのの背中を見守っている。
 「ほら、さっさと靴履く!!そしたら『ともちゃん』と一緒に学校に行きなさい!十四代目の名が廃るよ。」
 母が冷酷な目でひのを睨みつけ、そしてキセルの灰をひのの頭頂部に落とした。
 「あっつ!!殺される!!」
 「あーっ!待ってよ、ひのっち!!」
 ひのは身の危険を感じたのか走り去る様に家を出て行った。それを追う友子。

 「全く、あれがうちの顔だと思うと先が思いやられるね。」
 母は溜め息交じりに見送っていた。
 「まぁ、そう言わずに。まだ高校生なんですし。」
 ひのの肩を持つヤクザ。普段、血を見ている彼らにも少し酷に見えたようだ。

******
 「ったく、お母さんは私の頭に十円ハゲ作るつもりかよ!」
 私はゆっくりとした朝をヤクザ一派と母に奪われた。普通の家に生まれてればなーってそんな事思っても見るけれど、簡単に叶う訳も無い。

 「ひのっち、頭大丈夫?」
 「それはどっちの意味で?」
 「んー、どっちもかなー。」
 ともちゃんは満面の笑みで笑いかけた。くっ、これが男だったら何回殺してた事か。
腹でそんな気持ちを押し殺し、今日やる授業内容が何かをともちゃんと話しながら、ビル街の大通りに出る。
 人混みの中で、私は普通の女子高生で居られる。それが嬉しかった。
 古本屋と居酒屋の間の路地裏。それを覆う黒山の人だかり。内部に恐らく居るであろう人の、一挙一動を見ながら人だかりが退いたり、硬直したりと見るからに滑稽な光景が目前に広がっていた。
 「邪魔だなー。」
 私はともちゃんの手を引っ張り、人混みを掻き分けながら進んで行った。すると、右方向から泥だらけの学ランを着た、いかつい眼つきの頬傷が現れ、現れたもう一人の男と親しげに話している。
 私はさっさとその場を去ろうと試みるが、男から呼び止められた。鬱陶しいなー。
 「……すまないが、俺の一部始終見てたんなら、俺の無実証明してくれないか?」
 「何言ってんの?馬鹿じゃないの?」
 私は捨て台詞を口汚く吐き、その場を去って行った。殴られたら対処しようかなーと思ってたけれど、案外男は、優男だったみたいで、何にもして来なかった。
 ともちゃんは、男に少し恐れていたみたいだが、私は毅然とした態度で、見向きもせず、その場を後にした。

 ******
 学校が終了し、放課後。私はともちゃんと帰宅していた。いつも忙しなく何か事が起こる私の日常にしては、本日は気持ちが悪いほど閑静とし、平穏だった。それと同時に、私は何か嫌な事が起こるのでは無いかと胸の中で予期していた。
 私が良く読む格闘漫画や、世界で活躍する武道家の皆さんは「第六感」を持ち合わせているとか。私はこのざわざわとした胸騒ぎが何か分かればどんなにいいかと。そもそも第六感ってどんな感じ?
 そんな事をボーっと考えていると、ともちゃんが横から覗き込むように見て来た。
 「ひのっち、目が曇ってるよ。どうしたの?考え事?」
 「いや、ちょっとね。」
 私が分からないものを他人が知ってる訳無いか。いや、待てよ、ともちゃんは付き合い長いから分かるかも知れない。普段抜けてるともちゃんだからこそ第六感働くかも。
私は心配していたともちゃんに聞いてみた。するとともちゃんもともちゃんだ。その場にそぐわない想定外の答えを返してくれる。
 ともちゃんは少し考え込んだ後、ニパッと笑って言った。
 「あそこのスーパーのチョコレート特売日だったよね。ひのっちについ最近お菓子作りの約束してなかったっけ?今日でも良いよ。」

 あー、この子はこの子だ。女の子してるなぁ。私は少し溜め息を吐いた後、深く考え込まない事にした。これがアイツとの出会いを予期している伏線だとは誰も思うまい。

 「じゃあ、ひのっち、また明日ねー。」
 「うん。」

<第一部>
第二章「虎の威を借る狐」に続く。

この小説について

タイトル <第一部>序章〜第一章「猫男と憂鬱な朝」
初版 2010年2月23日
改訂 2010年2月24日
小説ID 3812
閲覧数 1221
合計★ 9

コメント (6)

★ぴのこ@ 2010年2月24日 5時03分45秒

凄くその光景が思い浮かぶようでした。


それぞれの視点から描かれていて、私もこんな文かけたらなぁ〜って思いました←図々しい


私が好きになったのはやくざの一派です!!!


続きが楽しみです@
★際限なき戯言の女史 コメントのみ 2010年2月24日 21時26分30秒
>ぴのこ@さん

有難うございますw
頑張って更新するので期待してて下さいw
★takkuりばーす 2010年2月24日 21時39分54秒
ひのっちは典型的なツンデレキャラだ!!
何てことをふと思ったtakkuりばーすです。

まだ物語の始まりということで何ともいえませんが、
ぴのこ@さんと被りますが、その場の情景が想像しやすい、とても読みやすい文でした。

とりあえずまだ序盤ということで★3といたします。
これからも頑張ってくかだい
★際限なき戯言の女史 コメントのみ 2010年2月24日 21時50分06秒
>takkuりばーすさん

前作『蒼白の月夜』は読んでて疲れる文章だったんで、
ラノベ少し読みこんで工夫してみましたw

有難うございますw
恋愛描写頑張って鍛えますねww
siki コメントのみ 2013年4月5日 14時32分57秒
文章内容が若干[とらドラ!]に似ていた気がしたのですが、気のせいでしょうか???
siki 2013年4月9日 19時25分31秒
わりかし読みやすい文体でした。
ぼくはこの文体は好きです。
次を楽しみにしよう···と思っていたらもうでているので
★3つとさせて頂きます。ついでに、
上記の質問の返答も早めに書いてくれるととても嬉しいです。
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。