不思議な町で - ―始まった物語―

ぴのこ@




冷たい風に震える莉子は、お気に入りの赤いマフラーを鼻の上まで上げた。

大きな瞳を潤ませ、林檎みたいに赤くなった頬に手を当てた。

腰まで伸びているミルクティー色の髪の毛は、伸ばしっぱなしで手入れもしていない。それなのに周りからは「綺麗」とか「羨ましい」などの声が絶たない。はっきり言って、女子の褒め合いは嫌いだ。というか、苦手。

莉子は人見知りもなく、誰とでも仲良くなれるような性格をしていた。

見た目とは正反対に男みたいにサバサバした性格で、喧嘩も強い。そこら辺にいる男共よりは強いだろう。




どこからか聞こえてくる微かな金属と金属の擦れる音が、待ち望んでいた莉子に近くまで来ていると知らせる。

夏目莉子【ナツメ リコ】は、人気のない駅のプラットフォームにいた。

「遅すぎ…」


座っていたベンチから立ち上がり、近くにある自動販売機の前まで行き、徐にポケットから小銭を取り出し小銭の投入口に120円を入れた。

女なのにポケットからお金が出てくるのはどうかと言われるが、莉子はあまりそういうのを気にしない性格だ。「知ってるって!」友達は莉子の肩を軽く叩き笑う。分かっているんだったら、最初から言わないで欲しい。

莉子は空を見つめて軽く息を漏らした。


小銭独特のチャリンという軽い金属音をたてて底に落ちていくのが分かった。すぐにボタンがチカチカ光りだして、急かされている気分になる。


コーヒー。

莉子は缶コーヒーを押そうとしたが、一瞬躊躇ってその下にあるホットココアを押した。

ガタンと音がして、莉子は手を伸ばして湯気を発している缶を手に取った。


そのまま、赤い頬に当てると白い吐息を吐いた。


白い吐息が空に吸い込まれていったのとほぼ同時に背後でプシューと息の詰まるような音をたてて電車が止まった。


普通の電車とは異なった外見の電車は、茶色く所々錆びていて車両が1つしかなかった。

今にも音をたてて崩れそうな電車はゆっくりと、呼吸をするかの様にシューと蒸気を発していた。


莉子は電車の前まで歩いていき、白い蒸気を発している扉の向こうを見つめ、仄かに暖かさを感じさせる橙色の光に目を細めた。


ドアから出てくる熱気が莉子の林檎の様な頬を掠めた。

莉子はドアの前で立ち止まり、雪の積もった地面を見つめた。


「お客さん、乗らないんですか?」


なかなか乗ってこない莉子に痺れを切らした車掌さんらしき人は、運転席の窓から顔を出して莉子を見つめた。


莉子には迷いがあった。
もし、これに乗れば自分の人生は大きく変わるだろう。
でも、自分が乗ることで他の人の人生までも大きく変えてしまうのだ。

乗るか、乗らないか―――。

自分をとるか、他人をとるか―――。


人は、本当の危機に陥った時相手を蹴散らしてでも自分を守ると言う。自分は今、その場面に直面しているのだ。本当の危機、などと言った大げさなものではないが…。

昨日までは、もし自分がそんな大変な場面にあったとしても、自分を選ぶなんて最低な事はしない。そう、思ってた。
なのに今、私は他人を見捨てようとしている。<あの人>の餌食になるのを知っていて、何も出来ずにいる。

私はなんてちっぽけなんだろう―――。


莉子はカサカサに乾燥した分厚い唇を噛んだ。


その姿が、酷く滑稽に思えてきた。

何かを察した車掌さんは、

「乗ってみたらどうです?あなたは自分の道を進めばいいんですよ。」

車掌さんは莉子の心を見透かした様に、目を細めて笑った。


「…そうですね。乗ります。」

莉子は納得したように何度も首を縦に振り、ニッコリと笑った。


電車の中に入った莉子は、近くにあった赤いシートの椅子に腰を下ろした。


少し落ち着かない雰囲気に、莉子は居心地の悪さを感じていた。


乗客は莉子以外誰もいないらしく、静まり返っていた。


静かなのもいいな―――。


熱気で曇った窓を、制服の袖で拭いた。

そこから見える景色は、白一色で、宝石みたいに光っていた。


「お客さん、どちらまで?」

車掌さんは莉子の正面に座り、微笑んだ。

少し不健康そうな印象を受ける。
顔は蒼白で、手足は枝みたいに細く長い。



「あ……」

どこに行くか決めてなかった…
どうしよう―――。


とりあえず知っている駅を思い出そうと記憶を辿ったが、不運な事に莉子は電車に乗るという事が初めてだった。


「まさか、決めてないんですか?」

怪訝そうに莉子を見た。まぁ、乗客が行き先も決めずに乗ってきて、変に思わない方が可笑しいだろう。

「はい…。すいません…」

莉子は常識を知らないという事を恥じ、赤い頬を更に赤くした。


「いやいや、別に謝らなくてもいいですよ。たまにそういうお客さんも乗ってきますからね。」

車掌さんは慣れた風に軽く笑って莉子を見た。


「そうなんですか…?」

もっと酷い言葉が来ると思っていた莉子は、まったく怒る素振りを見せない車掌さんを驚きの眼差しで見た。


「はい。だから、行き先の決まっていない人達はある所に連れて行くんですよ。」

車掌さんが怪しく微笑んだ。


莉子は不安と好奇心の混じった様な表情を浮かべた。

「それで、ある所って…どこなんですか…?」

莉子は身を乗り出し車掌さんの言葉を待った。


「内緒です。行ってからのお楽しみですよ。…フフ」

口に人差し指をあてて、焦らすように含みのある笑顔を向けた。


「そろそろですかね。」

ふいに何処かを見てそう呟くと、莉子に軽く会釈して運転手の席に戻っていった。


今まで誰も運転してなかったのか―――。
大丈夫なのか―――?

莉子はこれから連れて行かれる<ある場所>が、どんな所なのか少し不安になりつつあった。



* * *


「え〜、次は名のない駅〜。名のない駅でございまぁす。下車なさる方はお気をつけてお降りになって下さい。」


車内に車掌さんの甲高い声が響いた。

名のない駅―――?

駅なのに名前が無いの?

莉子は首を少し傾げた。


いや、でもそういう駅もあるのかもしれない。
私が知らないだけで―――。


「――…さん、お客さん?どうなさったんですか?」

頭上から声がした。


どうやら自分の世界に入っていたみたいだ。

莉子は少し妄想癖があって、一度考え込むと周りが見えなくなる癖がある。


「あ、ごめんなさい…。ちょっと考え事してて。」

エヘヘとミルクティー色の髪の毛を軽く触った。

心配そうに莉子の顔を覗いていた車掌さんも、「そうなんですか…」とホッとした様に微笑んだ。


車掌さんは電車の扉を指差して、莉子を見た。

「お客さんには、ここで降りてもらいますよ。」


「へ?ここでって…。」

莉子は扉の向こう側を見た。

そこには、少し陰のある町並みがあった。


「ここは、名のない駅…ですよね?貴方の言ってた<ある所>ってここなんですか?」


眉間に力を込めて、眉をハの字にした。

「ん〜…、ここだ。と言えばここだし、ここじゃない。と言えばここではありませんね。」


――――?

正解なのか不正解なのか、はっきりしない言い方に莉子は眉を潜めた。


「どっちなんですか?」

莉子は少し苛々した風に車掌さんを見上げた。


「どっちとも。貴方がここだと思っているんだったらここなんでしょうね。」


なんとも歯痒い返答を、顔色1つ変えずに言った車掌さんは細い腕に巻きついている時計に視線を移した。

「そろそろ次の駅に向かいます。お降りにならないんでしたら、それも良いかと…。どうなさいます?」


降りるか、降りないか―――。

1、2時間前までは、乗るか乗らないかで迷っていたのに、降りるか降りないか。で悩んでいるなんて。

私は知らない間にこの電車の事が気に入っていたようだ―――。


「降ります―――。」


莉子は鞄を片手に立ち上がった。

数時間ぶりに歩くというのもあって、少しよろけたりしたが、しっかりとドアの前まで行った。


「困った時は、ここに訪ねてください。」

車掌さんは別れ際、莉子に白い紙を渡した。


電車を降りると、体中に冷たい風が吹き通った。

寒―――。


一瞬で鳥肌がたった莉子は、腕を擦りながら運転席に歩いていく車掌さんを一瞥して、歩き出した。




莉子の新しい物語を造るために―――









後書き

ぴのこ@でございます。

初めまして。

今回は不思議な町でシリーズを作ることにしました。
まぁ初めてなのですが。

次のお話辺りで莉子が何故あの駅にいたのか、という理由が分かります。
―――多分。

ヘタクソで、こんな駄文をここまで読んでくださった人々に感謝します。


もし、よかったらここが良かったとか、ここはこうした方が良いなど。

色々と感想お願いします←ダマレ


ぴのこ@

この小説について

タイトル ―始まった物語―
初版 2010年2月24日
改訂 2010年2月24日
小説ID 3813
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