赤い月 - サイドストーリー


 静かに鳴り響いた目覚ましは、自作曲だ。ピアノの静かな旋律が流れ、心臓にも悪くない。いきなり大きな音が鳴り飛び起きるのは、体によくないと思うんだ。
 だからか、静かな曲になっていった。

 この曲は、たまたま思いついたんだ。
 その日はやはりたまたま音楽室の掃除当番で、同じ班員は先に帰ってしまったから一人ピアノに手を伸ばした。

 最初に弾いた音はファだった。それからドに指を置いて、同時に音を鳴らした。
 グランドピアノの心地よい音が胸の奥側に響き渡り、浮遊感を味わうことができた。不思議な体験だ。
 重力のある中での浮遊感、なんて貴重な体験なのだろう。

 そう思ったら、自然とこの曲が出来たんだ。
 不協和音さえ魅了し虜にした、不可思議な曲。

 曲作りなんて初めてしたし、音楽の才能なんてこれっぽっちもないけれど、この曲には自信が持てた。
 いつもなら美術の作品にこれほどまでの自信は抱かないのに、この曲は誰にも負けないという強い自信を持てた。誰か有名な作曲家にでも送りつけようかと思ったほどだ。


 「……やべっ、遅刻だ」


 音に惚れていると、時が進むのを忘れてしまう。この曲を作り、朝の目ざましにしてからいつもそうだ。
 早め早めにセットしているはずなのに、気がつけば遅刻ギリギリを走って学校へ向かう。そんな日々が続いていた。

 何故か、音と自分だけになってしまうんだ。
 何故か、音が自分を必要としてくれているように思うんだ。

 時が進むのなんて邪魔なだけで、本当ならずっと音と向こう側に行きたい、行ってみたい。だけどそれを時が邪魔して、現実世界へと引き戻していくんだ。
 見事なまでの浮遊感。浮遊感に違いない。

 そう強く思い込んでいた。


 「ギリギリ……着いた?」

 「はぁ……仕方ないな、今日だけだからな篠田」


 教室の扉を開けるとすでに先生が教壇に立っていて、クラスメイトたちは当然ながらみな席についていた。
 一人扉横で仁王立ちの自分は、顔に集まる熱を無視して席へと急いだ。

 カタンと席につけば、後ろから言葉が飛んできた。


 「お前最近遅刻ばっかじゃん」

 「……うん」


 何で?
 そう聞いてくる友人に、なんて答えればいいのか。たいそうな答えなどない自分は、ただ寝坊だよとしか言えなかった。
 そうして軽く笑い1時間目の授業の準備をした。



 放課後になり、友人たちと語らいながら外靴に履き替えた。朝とは違った空気が学校を取り囲んでいる。
 ああ、朝はチャイムが鳴った後だったからか人がいなかったんだ。だから静かだったんだ。
 そう思い一人苦笑をもらした。


 「あ、そーいや聖司」

 「え、何?」


 肩に手が乗った。その方向を向けば友人がすぐそばまで寄っていて、小声で話しかけてきた。
 何だろう、そう思い耳を傾けた。


 「1年美術担当の浅山ってやつが、殺されたんだってさ」


 何も言葉が出てこなかった。前に進もうとしていた足が止まった。


 「超機密事項」


 口の前に人差し指を立てて笑った友人に、寒気がした。そして相変わらず出てこない言葉に、友人がおーい、と。
 顔を覗き込まれて、はっと我に返った。


 「え、どこでそんな情ほ」

 「だぁから、超機密事項だってば」


 どうして“機密”なんて言葉を…? ただの深読みなのかもしれない。違うかもしれない。


 「……ガセじゃないの?」

 「失礼な! ちゃんとした情報網から得たものだし、現に今日、浅山って奴来てないらしいぜ?」


 本当ならば怖い話だけど、こいつの言うことが本当だった試しは……五分と五分だ。信じるにはあまりにも確率が悪い。
 だけどどうしても信じてしまう自分がそこにはいた。

 何か嫌な胸騒ぎがして、途方もない恐怖がある。それが何かはまだわからないけど、なんか、怖い。


 「帰ろうぜ〜、聖司」

 「ぇ…あ、あぁ、そうだな」


 夕焼けに染まる空一帯が、この社会全体を呑みこみそうなほど赤に染まっていた。



 帰り道の途中で、ふと友人が一方を見つめ立ち止った。一緒に帰っていた他の友人らとはすでに別れていて、今は二人きり。彼が止まれば自然と自分も止まることになり、彼の見つめる方へと自分も目を向けた。
 その先にいたのは一人の女の子で、友人の妹だった。肩につくかつかないかくらいの髪の毛を揺らして、数人の男子高校生を相手に喧嘩しているようだ。

 今年入って来たばかりの彼女は、入って早々有名人になっていた。友人の妹ということでも有名になっていたし(友人は友人で暴れん坊だから)、それ以上に彼女の行動が名を大きくしていったのだ。


 「あいつ、まぁたやってるよ」


 友人はそう言うも、自分からしてみればとても楽しそうにしか見えない。口角をわずかにだがあげていて、嗚呼、こいつもあの喧嘩に交じりたいんだなと思えてくる。
 友人も、彼女も。誰にも負けないくらい血気盛んだ。盛んすぎる。

 元来自分とは程遠い存在のはずなのに何故か仲良くなってしまっている今、友人の考えていることなど手に取る様にわかってしまう。


 「ボクを巻き込まないでよ?」


 そう言うや否や、友人はすっ飛んで行った。それはもう目にもとまらぬ速さでだ。
 ちらりとそちらを見やれば、喧嘩の最中だというのに男たちを無視して言い争いを始める二人の姿が見えて、ふと笑ってしまった。

 なんて兄妹なんだと、笑ってしまった。




 朝の目覚ましを変えたおかげか、昔のように遅刻することなく学校に着こうとしていた。少しの寂しさはあるも、学校は大切だから遅刻ばかりもしていられない。今の時代は内申点も必要だ。

 そんな時、前方に立っていた友人の背中が見えた。妹と二人並んで歩いていて、時折じゃれ合っている。


 「おはよう、暴れん坊兄妹」


 そう声をかけると、友人は笑って乗っかってきた。自分は必死に重たいと喚き、その傍らでは妹がざまあみろといった顔で自分を見ていた。
 一体自分が何をしたんだろう、という疑問が浮かんでは沈み、そしてただ友人の重たさに膝をついてしまった。


 「お前もっと鍛えろ! そんなんじゃ女一人抱えらんねぇヘタレになっぞ!!」

 「……柳と違ってインドア派なの、ほっといてよ」


 ついた膝を持ち上げて再び歩き出す。学校へと行くために。
 友人の隣についた時、友人が声を出した。また昨日のように、小声でそっと。

 一瞬だけ身が震えた。
 綺麗に聞こえていたはず不協和音が、魅力を失いただの雑音になったみたいだ。


 「隣町の警察のオネーサン知ってる? スタイル抜群の美人さん」

 「ぇ? …噂でなら聞いたことはあるけど」

 「そのオネーサン……死んだ」


 また聞かされた、誰かが死んだという情報。身の毛もよだつとはこのことかと、ひしひしと感じてしまう。
 それ以前に、何故友人はそんな情報をいち早く知っているのかが不思議でしょうがない。機密なのは聞いたけど、気になるものは気になる。

 聞いてみたい。
 きっと聞いてもすぐにはぐらかされるか、内緒と言って何も教えてはくれないんだろう。
 やっぱり聞くのはやめた。
 どう考えても怪しい友人に、これ以上深くかかわらない方がいいだろうと判断した。


 「……今日は何も言わないんだ。相変わらず、賢いな〜聖司は」

 「それはどうも」

 「でも気にはなってんだろ?」


 ニヤついたその顔は、まさに極悪人の顔といったもので。じりじりと迫られれば逃げ腰になってしまうのは当然のことだ。
 背中に壁が迫る前に、友人の隣から走って逃げた。
 背後では豪快に笑う友人の声が聞こえていた―――……



 今日も一日が終わりを告げるかのように太陽は沈んでいき、かわりに太陽の鏡のような月が顔を出した。
 明りをつけていない部屋に月明かりが入り込み、幻想的な部屋になっている中で音を鳴らした。

 自分で作った、あの曲を。

 携帯から流れ出るその音は、やはり心地よいもので安堵を与えてくれる。同時に襲い来る浮遊感も、今ではもう慣れたもので。
 漂う体を投げ捨てて、そのまま深い眠りに落ちていった。


 翌朝テレビのニュースを見れば、友人の言っていた隣町の警察の人が死んだと言っているのを聞いた。自分の通う学校の、浅山と言う教師が死んだというニュースも一緒に流れた。
 自殺か他殺かは不明らしいが、それを知っていた友人が怖い。

 何故社会に出回る前の情報を手に入れていたのか。やはり気になるのはそこだった。
 やっぱり聞いてみよう、そう決心するのに時間はさほどかからなかった。



 「あ、柳!」


 朝の通り道でいつも出会う友人に、またいつも通り声をかけた。
 少しだけした覚悟と、なけなしの勇気を振り絞って話題を提供しようとしたが、先に口を開いたのは友人だった。


 「今日さ、学校終わっても外出るなよ」

 「……え? でも帰らないと…」

 「それでも、だめだからな。てか、帰さないから」


 神妙な顔つきになった友人は、始めてみた。初めての顔を、自分に晒した。
 怯えているのか、視線だけは絶対に合わせずに一人歩いて行った。

 追いかけないとと思うも、足はなかなか思うように動いてはくれず。どんどん先を行く友人に追いつくことは出来なかった。
 つい先日感じた嫌な不協和音が、取り戻した魅力をまた亡くしてしまったようだ。

 下からどんどん崩れていく変な感覚だ。漂う体に力を入れても動いてはくれずに、迫りくる崩壊から逃げることができない。
 そんな怖い感覚だ。


 「何なの…?」


 疑問ばかりが頭上を飛び交い、ただ途方に暮れるばかり。一日中をそんな不快な気分で過ごすのかと思うと、更に嫌になってしまう。
 それ以前に、もっと話をしたかったのに呆気にとられて話せなかった自分が不甲斐ない。

 そんなことを思いながら、とぼとぼと学校へ向かった。小さな覚悟をまた決めながら。



 「ねぇ、柳。話あるんだけど、逸らさないでね」

 「……、あぁ」


 今度は逸らさずに前を向いてくれた友人が、何だか別人に見えてしまった。真面目な顔なんて、見慣れていないからかもしれない。
 だけど臆することなく、口にした。抱いていた疑問を。


 「お袋がさ、ある組織に入ってんだよ。国が後援してて、でも表社会には一切公表されていない組織。まぁ信じる信じないは聖司の自由だけど、聞くだけ聞けよ? お前が聞いてきたんだからな。聞いた後のことはお前に任せる」


 教室にいるはずなのに、どこか別の世界に行ってしまったみたいな気分になった。
 音を聞いているときのような安堵のある世界ではなく、緊張に溢れた世界だ。同じように漂っているはずなのに、体が強張って、落ちそうで怖い。


 「その組織ってのと、今回オレがお前に教えた死んだ奴ってのは関係があるらしいんだ。だから知ってた。……終わり!」

 「今日何で帰っちゃダメなの?」

 「それは、今日またある人が殺されるから。……お前の帰り道で……」


 やっぱり聞いてはいけなかったことなんだろうか。
 そう強く思うも、ここまで聞いてしまった以上引き返すことなんてできやしないから、ただその現実と、友人の言う事実を信じ受け入れるしかない。

 本当は、誰にも言ってはいけないことなんだ。 友人の目を見ていてそう感じる。
 前に言っていた、“超機密事項”と。“機密”とは、政治・軍事上きわめて重要な事柄についての秘密のことを指す言葉だ。もしかしたら本当にただの深読みなのかもしれないって思っていたけど、けどそれは違うんだ。

 本当に“機密事項”なんだ。


 「まだ、……あるよね」

 「っ…あぁ、けこれ以上はマジでマズイから、さ。あ、沙奈には言うなよ? マジで何も知らないから……もし言ったらてめぇ殴り飛ばしてひきこもりにしてやる」

 「え゛…それはマジっぽいからヤメテ」


 少しだけ見えた友人の本当の顔と、聞いてはいけないことを聞いてしまった罪悪感。
 その二つが織りなした音は、また不可思議な不協和音を導いてきてくれた。
 

後書き

『赤い月』のサイドストーリー……です。(一応

唐突に、心を亡くしていく前の兄貴が書きたくなったので書いてみました。
書いていて、どんどん世界が膨らむのだけどそれをどう繋げていこうかと悩むばかり。苦笑

悩むことは悪いとは言わないけれど、この不安定さには慣れません。

(それよりも『赤い月・続』を終わらせてからの方がよかったのか…)

この小説について

タイトル サイドストーリー
初版 2010年3月18日
改訂 2010年3月23日
小説ID 3854
閲覧数 659
合計★ 3

コメント (2)

★青嵐 2010年3月21日 11時22分21秒

読ませていただきました。
青嵐ですww

後書きでもおっしゃっているように、やっばり本編である程度世界観をしっかり書いてからの方がよかったんじゃないかなーと思いました;;

でもこれはこれとして、別のものとしても読める感じなので、サイドストーリーとして書きたかったならそうしたほうがよかったかもです。

只野さんのお話、というか雰囲気のような感じのものが、いい意味で独特で自分にはとてもこんな雰囲気を醸し出すようには書けないなと思いました。
でもそういうの好きなのでとても憧れますww
ほんと描写がうまいです。

その他でいえば誤字脱字があったくらいです。

ではこのへんで=3
★只野 紅覇 コメントのみ 2010年3月23日 10時13分42秒
毎度ありがとうございます、青嵐さん´。`*

やっぱりそうですよね〜……最後まで悩んだのだけど、着眼点が沙奈じゃないし、いいかな?という誘惑に負けました。苦笑

独特、ですか
それは自分では気づけない部分ですね。嬉しいです。
ツレとかにもよく「お前なんか妙だ」とか言われるのも、独特な何かを知らずに発しているんでしょうかね?笑

私は自分の文章がとても冷たく感じているんですね。
青嵐さんの書く詩はとても暖かくなるというか……いや恋する乙女だな〜って思って羨ましいです。(青嵐さんって可愛いな〜とかも思ったり)
私にはきっと恋とかそーいった類のものはなかなか……難しい^^;

誤字脱字は、直しておきますねー、ー;
本当、毎度コメントありがとうございますね
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。