Dメール - No.19 to:創立際の道化師(4)

 拳銃を持った男はたじろぎながら自らの主人へと指示を仰ぐために耳にかかるインカムに手を当てる。その隙を逃さず、夜一は犯人に向かって飛び掛り、もみ合いながらも左腕を捻り上げて、男の持っていたダイナマイトのスイッチを床に落とした。
 それを皮切りに、恐怖から解き放たれた生徒達が待ってましたとばかりに、夜一と格闘していた男を取り押さえる。
 男は、喚きながら夜一を睨んだ。
「くそッ、何でだ! 何で『雪代渚』が三人も……」
 まだ現状を把握できていない男に対して、夜一は説明した。
「居るわけないだろ、同一人物が三人も。お前がこの教室をジャックして興奮してる隙に、俺はある作戦を立てた。身代金の調達と言って他の生徒を外に出すと見せかけて廊下で待機してもらって、俺が何とかスイッチを取り上げたらお前を取り押さえてくれって」
「何だと……?」
「でも、俺は頭が良くないからな。すぐに俺の計画は狂った。お前は、生徒の半分を教室に残すと言い出した。……でも、その分け方が俺に考えをくれた」
 訳が分からないらしい男は、未だに怒り狂った表情のままだ。夜一は話を続ける。
「身代金を持ってくる、といった秋月さんを教室に残し、彼女を止めていた筈の京極さんを外に出した。二人が決定的に違うのはその意見だけじゃない。……『髪の色』だ」
 夜一の言葉に、男は分かりやすく動揺した。声が震えて目が泳ぎ、態度も萎縮する。
「お前は雪代渚の事をこう聞いていたんじゃないか? 『黒い髪ではない女だ』って。だから、資金調達の時、『パーシヴァル』に分かり易いように仕分けをしたんだ。黒髪と、それ以外のグループに」
 男は何も言い返せなかった。自らが考えて起こしてきた行動が、全て見透かされている。そんな気さえしてきたからだ。
 唐突にその場の雰囲気を壊したのはトランシーバからの『パーシヴァル』の声だった。
『……モウイイヨ、オジサン。君ハモウ、用済ミダ。捕マルナリ、好キニシナヨ』
「!」
 男は大きく目を見開いた。『パーシヴァル』は、既に全ての事に興味が失せたとでも言うようにその場から消えていた。その行動が何を意味するのか知っているのか、男は急に勝ち誇ったような顔になる。
 しかし、夜一も全く揺るがなかった。それどころか、夜一もつられて笑みを零しそうになった。あれ程危機的状況だったのが、嘘の様に自分が主導権を握っているという事に。
 それを悟られないように夜一は冷静に推理を語り続ける。
「普通、拳銃で脅すんなら撃鉄くらい降ろす筈だが、あの男はそうしなかった。いや、出来なかったんじゃないか? ダイナマイトという『恐怖』があったから」
 夜一は男から奪い取ったダイナマイトのスイッチを高く掲げた。最早トランシーバーからは何の反応も無い。夜一は話を続ける。
「だから俺はもう一つの作戦を実行した。『雪代渚』の顔を知らない、という弱点を突いた作戦をな。まず、一人目。電話越しにこの男が話したのは俺の知り合いだ。声帯模写、ってやつさ」
 男は何の反応も示さない。
 夜一は自らの携帯電話を取り出した。
「二人目も偽者さ。本物がメールを俺に送ってただけだ。ここに居る……三人目が本物の『雪代渚』だ」
 夜一が本物の渚を見て言う。
 しかし突きつけた真実は目の前の男にとって何の効力もなしてはいなかった。男は二人を盛大に笑い飛ばす。
「ワハッ、ハハハハハハ! そうさ、俺は捨て駒だ! あの野郎、俺が裏切ると思ったのか、本物の銃は渡したが弾は込めちゃいなかった。わざわざ、俺を気絶させていた内にこんなもん保険でつけやがってよお」
 夜一は納得した。最初から『パーシヴァル』はこの男を利用する為、気絶させて何処かに隠し、男が気がついた時にC組で使われた拳銃を渡し、計画に誘ったのだ。
笑いながらも、男は忌々しそうに自らの胸に巻き付いたダイナマイトを睨みつける。
「だが、どうせもう終いだ。……少女の哀れな『死』でな!」
 男はこれが言いたくて仕方が無かった、とでも言うように声を張り上げた。
 それとは正反対に、教室の中は静まり返った。無音、静寂。何かに押さえつけられたような虚無感。それに耐え切れなくなった男が声を荒げる。
「な、何で何も言わない! あいつ、もう一人のターゲットを殺しに行ったんだぞ!」
 勿論、大半の生徒は驚きから何も言う事が出来なかったのだが、男が激昂したのには、訳があった。
 目を泳がせたり困惑の表情を浮かべている生徒達の中で、夜一と渚だけが笑みを浮かべていたからだ。
 強気で不敵な、嫌味とも取れる笑みを。
「……本当だな、終わったよ。全部」
「ああ。『パーシヴァル』も馬鹿な事をしたものだ。私さえ殺しておけば、まだ未練も無かったろうに」
「だから、何の事だ!」
 まだ事実を把握していない男に対して、夜一は半ば飽きれた様に彼の目の前に座り込んで言った。
「もう、対策はしてあるんだよ」



 一方、公衆電話前の廊下では、なかなか身代金の交渉が進んでいなかった。当然の事だが、クラスメイトの皆は震えて声が出せなかったり、電話のボタンを押せなかったりで、刻々と時間が過ぎているのが現状だった。
 その列の最後尾に並ぶ桜は内心焦っていた。教室に置いてきた優架を始めとするクラスメイトたちが心配だったし、お金の集まり次第では、自分達もどうなってしまうか分からない。
 だが、そんな雰囲気すら意に介さないように、口笛を吹きながら彼女の隣で笑っているのは相良だった。
 その表情に苛立ちを隠そうともせず、桜は相良に詰め寄る。
「ちょっと! 何でこんな非常事態に笑ってられるのよ。それに、貴方、もうこの事件とは関係ないんでしょ!? だったら何処へでも行けばいいじゃない!」
「おお、こわ。まあまあ。そないに怒らんといてや。俺にも『役目』っちゅうもんがあるさかい」
「何の役目よ! 大体、ここに居たって何も起こらないわよ」
「……どやろなあ」
 何か思わせぶりな発言をする相良を訝しみながらも、桜は段々と順番が迫ってくる公衆電話を見つめていた。すると、公衆電話の奥の曲がり角から、一人の男が走ってきた。警察官用の制服をきちんと着こなした、二十代後半くらいの人当たりのよさそうな男だ。
 桜はその男を見て、顔を輝かせて彼に近付いていった。
「助けに来てくれたんですね! まだ教室にクラスメイトが居るんです。案内しますから、一緒に来ていただけますか?」
 男は真面目な顔で頷いた。桜は安心し、男に背を向けて走り出そうとしたその時。おおよそ学校では聞こえる事のないであろう、甲高い金属音が響き渡った。それも、桜のすぐ耳元で。
 驚いて桜が男の方をもう一度振り返ると、善良な警察官であるはずの男の右手には尖ったナイフが光り、そしてそれは桜の喉元に向けられる形で止められていた。
 それよりも前に飛び出した、相良の左手に着けられた高級そうな銀の腕時計によって。いつの間にか、桜の目の前に相良が彼女を庇うように立っていたのだ。
 桜が目の前で咄嗟に起こった恐怖から何も言えないで居ると、相良は力を込めながら相手のナイフを弾き返して言った。
「いけないわね。こんな可愛い子に刃物突きつけるだなんて。『パーシヴァル』さん?」
 相良は、からかう様に冷笑を浮かべた。『パーシヴァル』と呼ばれた男は目の前の相手を最大限の凄みを利かせて睨んだ。
「あのガキと一緒に居た奴か。てっきり女だと思ってたよ」
「普段は、こんな感じで喋っとるけどな。声真似、似てるやろ?」
 相良の言葉にも耳を傾けず、『パーシヴァル』は二回目の攻撃に備えるために相良との距離をあける。そして、相手を油断させようと、あえて自身も笑みを浮かべて話しかける。
「何で、俺がこいつを狙っているって分かった?」
「いやあ、俺が考えたんやないんやけど。あんたの言う『ターゲット』っちゅうんに、あの先生は入ってないんやないかな、って。そしたら狙おう思うんは、警察関係の人間やろ?」
 相良の言葉に、桜は震えが体に走るのを感じた。最初から、自分と渚が狙われていたという信じがたい事を聞かされたからだ。相良は、言葉を続ける。
「あんたがあの先生をほんまに殺そう思たんなら、自分で行った方が早いやろ。けど、違った。あの先生は、あんた狙う人物の頭数には入ってなかったっちゅう事や」
「へえ。それは『雪代渚』の入れ知恵かい?」
 隙を窺うように発せられた『パーシヴァル』の一言に、相良は真剣な表情になって彼を見つめた。
「怖いんは『雪代渚』だけやあらへん。なめてたらえらい目に遭うで。……『アーサー』に、そう言うとけ」
 そう言い終えると、相良は勢いよく『パーシヴァル』へと突っ込んできた。丸腰の、無防備としか言えない格好で。
 殺れる。そう確信した『パーシヴァル』が相良の心臓に向かってナイフを振りかざす。距離が近すぎて、相良にはよける事が出来ない。
 だが、相良は避ける素振りは一切見せなかった。まさに彼の心臓にナイフが刺さろうとした瞬間、ナイフは真っすぐ切っ先を向けたまま停止した。相良が、ナイフを持つ『パーシヴァル』の右手首をまるで機械の如く正確に掴む事によって。そして相良は軽々と掴んでいた手首を捻り上げ、ナイフを奪った後にっこりと笑った。
「ナイフの弱点って知っとる? ……素人が扱うと、軌道が読めるっちゅう事や」
 顔を歪ませた『パーシヴァル』は、そのまま空中を舞った。そして、彼が一本背負いをされたと理解し終えないうちに、相良は思い切り彼の体を床に叩き付けた。
 目の前で繰り広げられた出来事の全てを把握するよりも、混乱と恐怖が勝ってしまった桜は、その場に座り込む。全身を小刻みに震わせ自らの身に起こったことに慄いている少女に、相良は暫く考え込んだ後、桜の前に座り込んで、彼女の肩に手を置いて言った。
「怖い思いさせてもうたなあ。ご免な? もう、大丈夫やから」
 桜は、消え入りそうな声で、それでもしっかりと呟いた。
「渚も、優架も。……春日夜一も無事なの?」
「そや。せやから言うたやろ、『役目』があるって。やっくんから言われてたんや、君を守る様にな」
 その言葉に、桜は顔を俯けた。その意味を察した相良は立ち上がらずに、彼女を覆い隠すようにその場に座り続けた。
 何かにすがるように自らの手を握り締めて涙を流す、少女の姿を見つめながら。



 結局、『パーシヴァル』及びB組を占拠していた男、遠野道隆、それに鎌倉先生を撃ったC組の七飯と田布施は逮捕された。刺された鎌倉先生は病院で処置を受け、命に別状は無いとの事だった。
 それでも、警察からの事情聴取や長時間緊張状態にあった所為か、体の不調を訴える生徒も多数居て、暫く北蝶学園は騒然となった。
 そして、その事件の翌日。学校を休んだ雪代渚の家には、訪問者が居た。広間のソファーでくつろぐ金髪で精悍な顔つきをした青年に、渚は言った。
「……その後、学校に怪しい奴は?」
「おらへんなあ。大方、『雪代渚』は居らん、って考えが多数なやろ。あれだけ派手な事やらかした後やし、迂闊に動けんっちゅうのもあるかもやけど」
「そうか……」
「なあ、ナギちゃん」
「何だ?」
「そろそろ、腹括った方がええんちゃう? やっくんを巻き込みたくないんは分かるけど、今のままじゃきっと、身動き取れんようになるで」
 テーブルに置かれたチョコレートパフェを美味しそうに頬張りながら金髪の青年、相良は渚の反応を窺う。渚が黙り込んでいると、いきなり広間の扉が開く。
 廊下から、ダンボールを抱えた夜一が入ってくる。ダンボールからは、何やら白いものがはみ出している。
 渚は、ダンボールを降ろした夜一に尋ねた。
「夜一、これは……何だ?」
「B組の皆からの手紙とか、落書き。お前のアドレス知ってる奴居ないから、わざわざ書いたらしいんだ。全部、お前宛だから」
 夜一はダンボールの中からいくつかの封筒を取り出して渚に手渡した。
 そこには、渚が学校を休んだ事を心配し、早く元気になってほしい、皆待っている、などの温かなメッセージが書かれていた。一人ひとりの名前を確かめながら手紙を読む渚に、夜一が言った。
「……お前が何を隠してるのかは、別に言いたくないなら言わないでいい。けど、これだけは言っとくぞ」
「?」
「俺とお前で一人なんだ。今更文句なんて言わねーし、操り人形にでも何でもなってやるから、俺に遠慮すんな」
 それだけを言い終えると、夜一はすぐに踵を返して広間を後にする。
 渚がその姿を目で追っていると、相良が笑った。
「ハハ。やっぱり、そうや」
「何がだ?」
「ナギちゃんには、やっくんしか居らへん。ナギちゃんの相棒は、やっくんや。例え真実を話しても、彼は絶対に裏切らんよ。きっと力になってくれる」
 その言葉に、渚は口元を緩めた。先程の沈んだ表情など無かったかのように。
 そして渚は静かに胸に手を当てた。全てを話す決意を、ゆっくりと固めて。


この小説について

タイトル No.19 to:創立際の道化師(4)
初版 2010年4月22日
改訂 2010年4月22日
小説ID 3904
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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