にゃめんなよ! - <第一部>第四章「憤る女児」

第四章「憤る女児」

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 もう時刻は八時か。明日も早いし、私は風呂に入って、もう寝てしまおうかと立ちあがった。
 親父は数人の部下相手に顔を赤らめ、上機嫌に自慢話なんかしてるみたいだが、私が予測するにこの人は数時間後、悪酔いして、庭木に居合斬りをするであろうと予測した。親父ほどタチの悪い酔いどれは居ないんだよねー。
 親父の手元には、アルコール度数が半端無いウイスキーが置いてあり、コップにはロックで注がれたそれと指二本分の大きな氷がガツンと浮いていた。それを容易に飲み干して、親父は臭い息を吐いている。
 「あーめんどくさいからさっさと退却するかな。」

 私はそそくさと部屋から撤退しようとしたが嫌なタイミングで母に呼び止められる。
 「あれ、ひのはもう寝るのかい?付き合い悪いじゃないか。」
 「明日早いしねー。おやすみー。」
 私は首筋に嫌な汗を掻きながら、母から逃げる術を考える。しかし……。

 「お父さんには少しお酌したのかい?久し振りの帰国なのに、悲しいじゃないか。」
 あー、この後、酔ってぐでぐでの男共の吐瀉物と寝床の世話をする羽目になるのか。もう相当睡魔が近いのに。
 私は溜め息を吐いた。擬似的に表現するならば、灰色に曇った鉛のように重い吐息。私だってたまにはロマンチストになりたい時もある。

 親父は高々と、人の気も知らずに笑い、私の肩を引き寄せて晩酌をさせる。
 「ひの、随分浮かない顔じゃないか。何かあったのか?パパに話してごらん?」
 「いや、親父さ、酔いすぎ!普段『パパ』とか使わないのに気が狂ってんの?似合わない事は止めた方がいいよ。」
 「酷い!俺、泣きそうだ。娘にこの歳になって怒られた。」
 親父、寝るならさっさと寝てくんないかなー。手元に睡眠薬でも持ち合わせてれば……。

 「親父、酒弱くなったよねー。もう酒弱いしさー。」
 「そうか?これでも年老いたつもりは無いのだが。」
 親父は意地を張るように酒をぐびぐびと飲み始めた。しめしめ。さっさと潰れて寝てくれ。
 私はそんな悪だくみをしながら、腹で笑いつつ、親父の空になったグラスに燃料を補充するように酒を注いだ。
 「そういえばさ、親父、うちの組って堅気だよね。脅し上げとか部下に教え込んだ?」
 「それは無いぞ。義理と人情を資本に立ち上がったうちの組で、そんな非常な野郎が居るならば追放してやるさ。」
やっぱりかぁ。私は側近にあるヤクザ二人に睨みを利かせた。二人は私の威圧にたじろぎ数センチ程退ける。

 そして、私。最も聞きたかったと言うか気になっていた核心を、酔いどれて素性を隠していない親父に聞いてみる事にした。
 「親父、私って脆弱な奴に見える?」
 親父は数分俯いて黙った後、癪に障る一言を吐き出した。
 「お前は、少なくとも幼子にしか見えないぞ。いつまで経ってもガキはガキだ。」
 親父は、少しシリアスな顔付きで酒を口に含んだ。まー、親父は親父だしね。仕方ないか。
 私は視点を母に移し、同じ質問をしてみる。
 「お母さん、お母さんから見て私は弱く見える?」
 「弱い。頭も悪いし、料理も出来ない。薙刀も何一つとして成長しない。」
 「あー、そうですか。」
 私は母のその連なる人格否定の言葉を流したが、何故か殺しきれず、静かに燃えるような殺気を胸の中に灯していた。しかし、癇に障る両親だな。

 親父はその後、笑いながら私に質問を投げかけて来た。
 「しかし、ひのよ、どうしてそんな事聞いて来たんだよ。お前がそんな事悩んでも仕方無いじゃないか。」
母も同様。しかも笑っているし。
 「うちの『箱入り』がまさか、こんな事聞いてくるとはねー。世間様のお役に立とうと思ったのかねー。」
 全否定かよ。私は両親に背中を向けて拳を握りしめた。
 「まぁ、裏を返せば親心って奴。まだ手の内に居るうちが一番可愛いって事。」
 「そうそう、悪魔でも娘だからな。」
 親父、お袋共々、酔った勢いか何か分からないが、本音をぶちまけて頷く。そして、日々の愚痴に始まり、幹部や私達の世話に至るまで日々のストレスを話し合うと、エスカレートして、収拾が付けられない状況に至ってしまった。
私は複雑な感情を胸に秘めたまま風呂場に向かう事にした。

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 「あの原始人どもめー!!」
 私は旧世の日本を垣間見たような気分の悪さにうなされ、頭まで浴槽に潜って泡を立てていた。朝っぱらから来る胸くその悪さに胃薬をがぶ飲みしてしまおうかという衝動に駆られるくらい気分が悪かったのだが、今はそんな荒療治、通用する訳でもない。健康の為にも心頭滅却するしかないのだ。
 しかし、親父やお袋はどうして私をガキ扱いするんだろう。私だって高校生だ。もう一端の大人まで三年足らずなんだから。
 私はむすーっと頬を膨らませ、顔をお湯で洗う。
 ボーっと身体をもたげながら考えてみると、朝からイライラさせられたヤツの顔が浮かんでは消え浮かんでは消え、腹が立って来た。
 喧嘩だって負けたくない!何よりの取り柄の自己主張の強さまでぶんどられて、私の出る幕は無くなってしまった。ヤツとサシで勝負したい!いや、圧倒的な勝ちを……ん、待てよ?
 私は身体の中に流れる半分の女狐の血が騒ぐのを感じた。少しうっとうしいなーと思いつつも湧き上がってくる一つの策略、劣悪な思考。その答えは晴れない気分に一筋の光を照らしてくれた。
 「四六時中、アイツを観察して弱みを掴んでやろうかなー。」
私は立ち上がって拳を握った。しかし、場違いにも水を差す「その人」が現れた。

 「おーい!お父さんも入っていいかぁ?」
 「この酔いどれ!死んどけ!」
 私は手元にあった風呂桶を剛速球で親父の顔面に投げつけた。親父の顔には一世代の恥として傷が残っていくだろう……。


<第一部>第五章「弱点と欠点」に続きます。

この小説について

タイトル <第一部>第四章「憤る女児」
初版 2010年4月25日
改訂 2010年4月29日
小説ID 3905
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