にゃめんなよ! - <第一部>第五章「弱点と欠点」・中編

 ******
 「さて、清々しい天気だな。みんなは身体、動かしてるか?」
 「いや、全然。最近、運動不足ですし。」
 「私もダイエット以外動かした事無いなー。」
 口々に運動不足を言うクラスメイト。しかし、私は威勢よく手を挙げ、宣言した。
 「はい!早朝四時に毎朝起床して、薙刀五百回素振りしてます!!」
 「そうか、浅葱は偉いなー。」
 先生は感心し、頭を撫でてくれた。私は照れ臭く笑う。
 この先生は体育教師「大沼十和子」年齢は二十代後半らしく、絶賛婚活中の女性教師だ。生徒と真っ向からぶつかり合い、時代背景に関わらず、時に生徒を張り倒し、校正までする骨の髄まで熱血な先生だ。先生と生徒の壁を越えたその指導は小狡い母様対極に位置し、非常に気持ちがいい。
 「さて、今日は、女子は棒高跳び、男子はランニングだ。もうすぐ始まる登山合宿に向けてはいい体力作りになるだろう。」
 先生は親指を立て、「健闘を祈る!」と言った。私は体育が好きだが、相方の「桐原友子」こと、「ともちゃん」は早速腰が抜け、私にしがみ付いているみたいだ。
  「ひのっちー、棒高跳びだって。私、身体硬いから駄目かも知んない。」
 私は呆れてしまった。高校生と言う青春の真っただ中、この女の子は健全な肉体を持て余しているのだから(悪い意味で無く)。
 「ともちゃん、この前のバレーボールの時、なんて言い訳したと思う?」
 「んと……ジャンプ力が無いから出来ないと。」
 「バドミントンの時は?」
 「筋肉痛が酷くて腕が上がらないから、出来ないと。」
 私は溜め息を吐いた。世の中にこんな虚弱な人間が居て、しかもそれが友人だと言うのだから笑ってしまう。
 「だめだぞ桐原!何なら、私が誠心誠意、血肉を振り絞って付き合ってやろうか?」
 「ひええ!頑張ります!」
 ともちゃんはズルいなぁ。運動出来ないから大沼先生にこんなに付きっきりで見て貰えるんだから。
 そう話している最中、背中に悪寒が走った。後ろを振り返っても誰も居なかったのだが、確かに撫でるような気持ちの悪い視線を感じた。

 「浅葱って中間的ボーダーラインが魅力的だよな。身長も高すぎず低すぎずって感じだし、性悪な性格を除けば、絶対クラスの中で上位ランクに入るって。」
  「そうかぁ?俺はトロそうな桐原さんの方がタイプだったりするんだがな。草食系の感じに癒される。」
 「こぉら!お前ら、走って無いじゃないか。男子は1500メートルの記録測るって言っただろうが!」
 「マズいっ!」
 「私の体育をサボるって事は、それ相応、相当な理由があるんだろうなぁ……話して貰おうか。さぁ。」
 「えーっと……あのー……。」
 「十和子さん」の逆鱗に触れてしまった男子二人組。人間、即興で言い訳が作れれば容易いもので、窮地的な状況で考えれば考えるほど頭が真っ白になるのは目に見えている。スケベ傍観者に走っていた二人組もそんな罠に嵌まってしまった。
 「よし、お前らは(私の愛の)特別コースだ!昼休み返上で校庭を走って、クラスベストタイムを出して貰おうか!無論、私も参加するぞ。むさ苦しい校庭に紅一点と言うのも悪くなかろう。」
 大沼先生は頷きながら勝手に話を進めている。
 「なぁ、俺ら、マズい事しちゃったな。」
 「女の身体は代償が高いって事だよ。」
 二人は避けられない自然の摂理(弱肉強食)に打ちひしがれていた。

 ******
 そして、予鈴が鳴り、体育の授業が終了を告げる。
 「あれ、大沼先生は?」
 「いつもの個別指導だよ。」
 私が男子に聞くと、男子はそっけなくさっさと行ってしまった。
 「ま、仕方ないよね。ひのっち、行こうよ。」
 「……うん。」
 大沼先生にお別れ言いたかったなぁ。
 「やっぱり昼前の体育は辛いよ。食前、食後の運動は身体に良くない!お医者様でも呼んで誰か証明してくれないかなぁ。」
 ともちゃんは疲れ交じりに拳を握って言った。まぁ、この子にとって昼前は「登校時から」食後は「放課後」まで。理不尽な事情だが、彼女自身運動は敵なのだ。その割に太らない華奢な体系が羨ましい。私は皮肉たっぷりに言ってみた。
 「ともちゃんは根っからの文系だよね!部活も美術部だし、英語、歴史、国語の成績はいいけど、数理系はダメダメ。」
 「うるさいなー。『万年留年危機少女』には言われたくないよ。ひのっち、赤点ばっかじゃん!大沼先生のお目お付けが無かったら確実に取り柄無しだよ。」
 コイツ……心に刺さる事を。男だったら百回ぶん殴って、気絶したとこを簀巻きにして瀬戸内海に放流してやるのに。親友でよかったな。命の保証はあるぞ。
 「うるさいなー。ともちゃんなんかこうしてやる!!」
 私はともちゃんの両頬を摘むと目一杯引き伸ばした。
 「ひてて、ひたひよ、ひのっひ!」
 涙を混じらせながら訴えるともちゃん。相変わらずいじり甲斐があるなぁ。
 「んー?何?なんて言ってるか分かんないなぁ。」
 私はわざとらしく意地悪を続行してみた。しかし、ともちゃんは何かに気付いたのか、頬を引っ張られながらグラウンド方向に指を指した。
 「はれひて!(あれ見て!)」
 「んー?どうしたの?」

 グラウンドの方向を見ると、大沼先生に追い立てられて走る男子生徒二人の雄姿があった。青春だなぁ。
 「しかし、お前らは全然体力無いんだな!出来るのは覗きと妄想だけかぁ?」
 「し、失礼なっ!」
 「言ったなぁ!分かった。もしこの周回で六分切らなかったら、もう一周走って貰うからな。」
 「ひー!姉さんには逆らえません!」
 「死ぬー!」
 地獄を垣間見るかの如く、男子どもは今まで以上のペースで爆走していた。しかし、流石は大沼先生だ。呼び名も「先生」から「姉さん」に変わってるし。
 「死ぬと言って死んだ奴はいないぞ!これも私の愛だ!」
 熱血且つスパルタ。大沼先生と生徒にしか見えていない世界がそこにはあるんだろうなぁ。

 「カッコいい……。」
 私は目を輝かせ、大沼先生の姿に見惚れていた。
 「はのは、はなひてくれはひかは?(あのさ、離してくれないかな?)」

 そして、数分後。
 「せんせー、そろそろ次の授業の準備始めてくれませんか?」
 「うるさい!私はこの二人を完璧なるアスリートに育て上げるまでは死ねないんだ!何ならお前も加わるか?」
 「ヒッ!」
 大沼先生に声を掛けた女子生徒は「どこかの熱血野球漫画ばり」の大沼先生の気迫に押しやられ、声にならない悲鳴を上げた。
 「俺……もうだめだ。」
 「おい、しっかりしろ!このままじゃ姉さんに顔向けできないぞ!クラスベストを俺らで出すんだ!」
 一人が膝から崩れ落ち、もう一人の男子が必死に声を掛けている。
 「お……まえ……だけでも……たの……む。」
 そう言って一人が力尽き、もう一人が号泣している。傍観者の女子生徒は蒸し暑い光景に呆気に取られ、笑う事も叶わず立ち尽くしていた。
 「そうかそうか、私の愛があまりにも強大で受け止めきれなかったんだな!」
 大沼先生はほぼ屍状態の男子生徒二人を肩から抱きしめ、二人の背中をポンポンと叩いていた。男子は涙を流しながら先生の愛情を受け止めている。
 「よし!お前らよく頑張った!ジュースを奢ってやるからついて来い!!」
 「うっす!」×2
 「あのー……授業……。」
 飴と鞭を使い分けるこのカリスマ性の高さ、先生、生徒間を越えた大きな愛。私は大沼先生の偉大さに頷いていた。気付けばこちらももらい泣きしている。
 「うんうん。世界を救うのは『愛』だよ。大沼先生にとって、生徒は皆、姉弟なんだろうねー。」
 「あのさ、ひのっち、国語始まるよ。」
 私は男子どもを見届けようと無意識にグラウンドまで足を踏み入れていた。
 「ひのっち、行かなきゃ遅れちゃうよ!」
 「ああ、大沼先生、お別れは言わないよ……。」
 「はいはい。」
 私はともちゃんに襟首を掴まれ、名残惜しきグラウンドから引き摺られながら姿を消した。


続きます。

この小説について

タイトル <第一部>第五章「弱点と欠点」・中編
初版 2010年4月29日
改訂 2010年5月8日
小説ID 3913
閲覧数 982
合計★ 0

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。