墓護り - 一章 壱ノ話

楼音
 大禍時がこの地に訪れる。草木を、人々を、天空を、茜色に染めていく太陽。恵みを与える光の神も、時が過ぎれば彼方に飲み込まれる。それを窓からぼんやり眺める少女がいた。陽光に彼女自身も鮮やかな朱に色づいていた。
 その少女、シュリは、大きく溜息をついた。窓のガラスが白く曇る。
「行きたくない。やりたくない。面倒だから」
誰に対してでもなく、なんとなく言ってみる。ゆっくりと透明に戻っていくガラスにうつしだされた顔は、憂鬱そのものだった。

 彼女の言葉の意味は三日前を知ればわかる。

 シュリはその日、成人の儀を執り行った。それは別にかまわないことだ。問題はそのあと。面倒な形だけの儀式を終えたシュリは、家に戻ってすぐに堅苦しい正装を脱ぎ捨て、自室でゆっくり休もうとしていた。ところが、それから半刻と経たないうちに長老からの使いがやってきた。近頃病に伏せる長老が直々に書いたという、書状を渡しに来たと使いの者は言った。一瞬脳裏の不安がよぎった。成人の儀の最中、何かしらの不手際が長に伝わったのだろうか。何分厳しい人柄の翁のため、どれだけ些細なことであろうとも、失態ならば事細かに指摘するのだ。寝込んでいようとも、その人柄が崩れることはない。そういう人なのだ。使いが書状を渡して家を出た途端、奥にいた母がシュリの方へ歩みよってきた。
「シュリ、貴女何か失敗したの?」
心配そうな声音が余計に心を曇らせる。あまりにも心配そうに言うものだから、こっちにまでその気が移ってきてしまう。
「大丈夫だよ。たぶん。」
陰気を追い払おうと明るめにいったはずなのだが、母の表情に変わりはない。どこか切迫感すら持った空気の中で書状を開く。
その紙に記されていた文字を認めたその瞬間、その空気は一転した。

「南の『墓守り』を命じる」

他にもつらつらと文が並んでいたが、要点でありその場の空気を変え、シュリの悩みはこの一文だったのだ。


 
 「はぁ・・・」
 もう一度息をはきだしてみる。驚いたというより愕然としたシュリに全く気付かず、母は歓喜に満ちた表情でシュリを抱きしめた。シュリがもし違う血筋に生まれていようとも、この言葉が記されたものが届けばどんな親だろうと褒め称えただろう。「墓守り」は、この村の住人にとっては誇り高き名誉ある任なのだ。
 しかし彼女はそうは思っていないのだ。その思いを誰かに言うこともできない。胸中に抱いているのは間違いなく己のみの考え。にも関わらず、自分が選ばれたのだ。村の考えに否定的な自分が。
「嫌になる」
 溜息と同じくらい無意識なものだった。
 村の考え。ならわしとでも言おうか。
 この村、星宮村では祖先の霊を神と敬う。祖先らは皆、死後神となり子子孫孫を守護しているのだという。神に昇格した魂の抜け殻、つまり骸は村中で最も神に昇格した魂の抜け殻、つまり骸は村中で最も神聖と占じられた場所に埋葬されている。そこが墓地だ。そして、その墓地となっている土地の四方を一人ずつ、責務を負った者らが守る。
 その者らが「墓守り」。
 星宮村は山奥に位置する。故に、山賊なども付近に出没する。墓に供えられたもの、否、神に捧げたものを盗もうとし、さらにむやみに墓を荒らす賊もいるのだ。そのような不埒な輩から祖先を、神々を守ることが「墓守り」に課せられた使命だ。神々の護衛といえば聞こえがいいものかもしれない。実際村人のほぼ全員はそう思っているのだから。しかしシュリから見れば、ただの死体の用心棒だった。第一、自分が死んだら神になるだなんておもいたくもない。

「シュリ!いつまで家にいるの!?今日は初の御役目でしょう!」
突如階下から飛び込んできた馴染みの声にハッとする。気付けば日はほぼ沈みかけている。本来ならば、村の掟として、「墓守り」は日が山と触れる頃には家を出ていなければならない。母はきっとシュリを信頼して何も言わなかったのだろうが、流石に痺れを切らしたらしい。
「聞こえてるの、シュリ!!」
「聞こえてる!!」
うるさいなという言葉は喉でぎりぎり止め、昨日届いたばかりの短槍を手にとった。「墓守り」の装いの一つだ。服自体は既に着替えていたのだが心はどうしても乗り気にならず、家でぐずぐずしていたというわけだ。しかし、やはりそういうわけにもいかない。
 トタトタと階段を下りると玄関で母が待っていた。その表情は穏やかで、先ほどの怒りを含んだ声音とは大違いだった。
「何?」
不承不承行くため、思わず口調がきつくなった。確かに嫌でしょうがないのだが、決して誰かに当たるつもりはなかったので、失敗に心のなかで舌打ちする。それでも母は優しく微笑んでいた。
「シュリなら、長老様からの守護がなくても大丈夫よね」
「……さぁね」
ひょいと肩をすくめてみせる。
 通常、新しく「墓守り」の任に就く者は、前日に長老から呪を施される。<神守の呪>と呼ばれ、祖先の力を、否、神の力をその身に下ろし、自らの気を高めるものだ。だが、その長老は病の真っただ中だ。病の穢れが移らぬようにと、呪をかける儀式は中止された。だったら、長老が回復するまで待っていればいいじゃないか、というのもその通りなのだがそうはいかない。シュリの前の「墓守り」は昨日を以って任期を終えた。少しくらいなら代わりにやってくれてもいいじゃないかと思うシュリだったのだが、やはりこれもそうはいかない。その昨日までという任期は、占いによってでたものだからだ。占いにより示された結果は、神からの啓示。神の意志に背くことなどあってはならない…らしい。よってシュリが行くことは絶対なのだ。サボりという手もあるにはあるのだが、見つかった時がどう考えても面倒だ。きっと、「神を守る任を放棄して遊び呆けるとはどういうことだ!」とか、「おまえにこの任の重さはわかっているのか」とか、とにかくしつこく説教されるに違いない。

あぁ、どうでもいい。

 脳内を過った極めて単純な、でも確かな本音を打ち消す。幾ら嫌がろうとも断ることは不可能なのだから、考えるだけ無意味なことだ。
「ほら、そんな顔しないの。代わりとしてはなんだけど、これ着けて!」
どんな顔してんだろう?…と思うより前に首にヒヤリとした何かが触れた。
身体全体に寒気が駆け抜けて、反射的に身を強張らせる。いったい何なんだと思ってその原因を確かめる。首からは白磁の鉱石がさがった首飾りがあった。父の形見の。
「え、ちょっと母さん、いいのこれ」
 シュリの父は、彼女がこの世に生をうけてから、季節が一巡りするより早く天へ召された。シュリが父についてはっきり知っているのは、死因が病だということ、常にこの首飾りを着けていたということだけだ。正確には、父の血族に代々引き継がれているもの、らしいが。何の思い出もない父は、シュリにとって他人ように遠い存在だった。そのため特別知ろうとも思わなかった。知ったところでどうしようもない。本当に知るべきことがあれば、母がいつか話すはずだ。
「いいのって、何が?」
「これよこれ!っていうか、今の流れで首飾り以外の話はないでしょ!いっつも大事にしてたじゃない」
「なのに着けて行ってもいいのか…って?いいに決まってるじゃない。貴女が受け継ぐ物なんだから」
「いやいや良くないでしょ……。失くすと困るしさ」
 なんていうのは建前に他ならない。本当は呪の代わりに着けるという事象が嫌なだけだ。着けて行く分には全くかまわない。「呪とか占術とかしんじられるか!」それがシュリの持論だ。首飾りをとろうと紐に手をかける。が、紐に触れるより早く、ぺちっという音とともに手に痛みが走った。
「痛ッ!?え、なんではたくかな?」
予想外の行動にふくれっ面をして言うと、呆れたような表情で言い返された。
「シュリ、貴女もう成人でしょう?そんな台詞はもっと小さい子の言うことだし、そもそも貴女って物を失くしたことないでしょう。ほらっ、もう行きなさい!最初だから、頼み込めば目をつむってくれるわよ」
いや、それはない、と言おうとしたが、追い出されるように外へ出されたため、そんなことをいう気も失せた。ばれないように溜息をついて、短槍をもちなおす。
「んじゃ、行ってきまぁす…」
渋面をつくりつつも、仕方なく足を進める。
 
 目指すのは、守護者が守りし墓地。
 民が神と敬う先祖の墓地。
 星宮村の小さな墓地。

 異形が彷徨う、不穏な墓地。

後書き

どうしてwiiはこんなに投稿しづらいんでしょう…
ストーリーの流れを書いた紙を探しながらかいたもののため、確認はしましたがどこかおかしい気がしてなりません。
次はもう少し早く投稿できると思います…多分…。

この小説について

タイトル 一章 壱ノ話
初版 2010年5月3日
改訂 2010年5月3日
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