にゃめんなよ! - <第一部>第五章「弱点と欠点」・後編

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 「あー、お腹空いたぁ!」
 私は先生の一件に見惚れ、それから昼食を抜いていた事に遅かれながら気付いた。腹の虫をのさばらせつつ受けた昼食までの数時間。噛み殺してやりたくなる腹の音に、苛立ちながらやっと放課後を迎える事が出来た。

 放課後はいつも独り。時々ともちゃんや他の友人が来るものの、今回は予定が入っていたらしい。部活の為だろうか。
 商店街を目指して少しばかり歩くと、電気屋のショウウインドウに大きな液晶テレビが展示されており、艶かしい昼メロが再放送されていた。いつもは気にも留めないそのドラマに、私は目を奪われてしまう。

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 〜タイ焼き活劇〜 餡子と粒男の恋物語
 第十回、今川焼に浮気。

 ……そして私は購入した今川焼に手を差し伸べる。しかし、分厚い小麦粉の皮が私を拒絶した。
 「タイ焼き……タイ焼きじゃなきゃ駄目なのッ!」
 今川焼に浮気をした私は涙が止まらなかった……。

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 アホ臭っ!私はテレビの液晶画面を冷め切ったジト目で見ていた。何故見入ってしまったのか。その時間も無駄に思わせるようなドラマは、何故か餡子が入っているアレが美味しそうに見えたのだった。

 「タイ焼きかぁ……そうだ、タイ焼きだよっ!」
 確かここいらに美味しいタイ焼き屋があったハズ。私は空腹を機動力に走り出し、その場から消え去った。

 「粒男さん!」
 「餡子さんっ……。」
 寒々しいそのドラマを残して……。

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 「おじさーん、タイ焼きちょうだいっ!」
 「お、ひのちゃんじゃないか。親父さんは元気かい?」
 「うん。元気だよ。お腹空いたからまた来ちゃってさ。」
 ここのおじさんは親父のよしみで顔見知りだ。知り合いだけあって負けてくれるんだよね。その割に結構美味しいから私のお気に入りでもある。

 私はタイ焼きを五個注文した。おじさんは小麦粉のペーストを素早く型に流し込むと、熱して数分。それから、綺麗に型から外し、紙袋に詰めてくれた。
 「ほらよ、一個八十円に負けとこうか。」
 「ありがとう!おじさんっ!」
 私はおじさんに四百円を渡すと、タイ焼きを受け取ってホクホク顔で家に帰る事にした。しかし、溢れんばかり、紙袋を通過して匂って来るその甘い匂いについ、一個くらい食べてしまおうかと言う衝動が起こり始める。
 「待ちきれない!一個食べちゃおっかなぁ。」

 がさっと紙袋を開け、顔を覗かせたタイ焼き。その中で目が合った一つを手に取って口を大きく開け、口元まで持って行った。その瞬間だった!
背筋にゾクッとした嫌な悪寒が走り、目の前に黒い毛むくじゃらの物体が通過。そして、手元を見ると、持っていたタイ焼きが跡形もなく消えていた。
 「あー!私のタイ焼き!!」
 横を見ると、挑発するように見て来る黄色い「それ」に奪われていた。否、口に咥えていた。「それ」は私を挑発するようにこちらを見ると、そのまま逃げて行ってしまった。
 「それ」が苦手な私なので、普段なら逃がしてやる所だが、今回は空腹と苛立ちが相俟って、私の闘争心を駆り立てた。そして、血眼になってそのまま追う事に。
 「あのやろ、待て!!」

 「それ」は塀を飛び越え、屋根を器用に飛んで、水たまりを泥だらけになりながら通過し、逃げて行く。タイ焼きはもうドロドロになって食べられない状態だったが、諦めたくなくて、私は執念で追いかけて行った。
 そして、「それ」はそのまま先日の路地裏に入って行く。

 「え、ここはこの前の……?」

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 私がそこで見たものは、アイツだった。ポリ製のごみバケツに座って煙草を吹かし、膝には二匹の「それ」を乗せて、今にも溶けてしまいそうな表情で恍惚感に浸っていた。そして、さっき追いかけてた「それ」もアイツの脛に寄り、すりすりと頭を擦りつけている。

 「…………。」
 学校一番のヤンキーが「それ」を愛でる珍妙な光景。それを見た私はギャップに吹き出しそうになってしまう。生憎、アイツは私の存在に気付いていないようだが。

 「みゃんこちゃん、今日は大人しいじゃないかぁ。どうしたよー。」
 「ナー。」
 「それ」はあご下を撫でられて気持ちよさそうにしている。アイツもアイツで自分の世界に入ってしまってるし。私はこの光景を携帯のカメラに収めてしまった。そして、私は冷や汗を滴らせながら、「それ」にたじろぎながら、ゆっくりとアイツの元に一歩一歩近づき、アイツの肩に手を掛けてこう言った。
 「猫好きなんて意外にも可愛いとこあんじゃん!」
 「お、お前はあの時の!?」
 「そう、アンタが私に商店街であしらうような事したから、ムカついて来たわけ。学校一のヤンキーが『かわいい〜』猫好きだって知ったら学校の皆さんはガックリするだろうなぁ。」
私はにんまりと笑みを浮かべて言った。
 「べ、別に良いじゃないか。俺が猫好きであろうが、犬が好きだろうが。」
 「じゃあさ、大の男がファンシーな趣味持ってたらアンタはどう思うかな?」
 「そ、それは……。」
 「それと同じだよ。って事で、これ公開するから!」
 私はわざと去るふりをして、龍崎に背中を向ける。
 「な、何が目的なんだ?」
 「うーん、強いて言うなら、アンタのその権力を『ちょこっと』お借りして、学校のいい奴から悪い奴まで支配してやろっかなって思ってるんだ。」
 「バッ……。」
 「何?なんか文句あるのかな?」
 「お前、俺が悪評立って、またおかしい事になるじゃねーか。俺は平穏無事に暮らしたいだけだ!」
 「分かった。」

 私はおもむろにタイ焼きを取り出すと、龍崎の鼻先まで近づける。放課後の男子高校生の心理を生かし、殺人的行為に動じてみた。甘ったるい匂いは龍崎の心に手招きしている。
 「はい、ほかほかだよ。お腹空いてるでしょ。」
 「毒でも盛ってあるのか?」
 「いや、大丈夫だよ。そこの足元のトラも食べてるから。」
 私はクスリと笑うと龍崎にほらほらと言わんばかりに甘い匂い漂うタイ焼きを差し出す。最初は意地を張っていた龍崎だったが、食欲に負けてタイ焼きを私の手から毟り取って一口かじった。
 「う、うめぇ。」
 龍崎はタイ焼きの温かさと甘さに感嘆し、動きを止めてしまう。私はその様子を見て、これ見よがしに言ってやった。

 「はい、これで私に一つ借りが出来たね!龍崎、アンタは私の為に働いて貰うからね。」
 「き、きたねーぞ!!」
 龍崎がそう言ったのはタイ焼きを半分かじった後の事だった。一口で負かされるのが悔しかったんだろう。

 「食べちゃったもんは仕方ないよね。美味しいタイ焼きの代償は大きいよー。じゃ、また明日。」
 私はそう言ってタイ焼きが冷めぬうちにうちに帰ったのだった。
 龍崎の無念の咆哮を背にしながら。




第六章「悪の共同線・序」
に続きます。

この小説について

タイトル <第一部>第五章「弱点と欠点」・後編
初版 2010年5月8日
改訂 2010年5月8日
小説ID 3920
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