Dメール - No.20 狙われし王妃(1)

「何すか、この傷」
 斯波は目の前にあるものを見て、率直な感想を述べた。
 そこには横たわる女性の裸体があった。否、白い蛍光灯の下に照らし出されたそれはまさしく死体と呼ぶべきものだった。今現在司法解剖を受けている女性の体には、見ているのが悍ましくなる程の切り傷が在った。十字に刻まれた何十、何百、それ以上かもしれない傷痕を見て、彼女を検視していた検視官、尼子由利がうっすらと口を開いた。
「この十字の傷痕に、胸の紅い斑点……間違いないわ、あいつよ」
「あいつ?」
 斯波が投げかけた疑問に、彼の隣に居た細身の中年男性が答えた。
「そうか、斯波は知らないのか」
「指名手配犯ですか、そいつ」
「指名手配どころじゃなくて国際手配よ。『セイント・リッパー』って本当に知らない?」
 具体的な名前を聞いても、斯波にはどんな奴なのか見当もつかなかった。
「俺の家、テレビ無いんすよ」
 斯波の言葉に呆れながらも、尼子は彼に捜査資料を渡した。斯波が束になった資料の中に赤く印刷された文字を見つけると、尼子は静かに言った。
「『セイント・リッパー』……日本では聖なる殺人鬼とも言われてる。十数年ほど前から突然世界各地で猟奇的な殺人を繰り返し始めたんだけど、その手口がね、異常なのよ」
「この遺体と、同じ感じって事すか?」
「ええ。この赤い斑点は針みたいに細くて長い凶器で開けられたものなの。それが致命傷」
「じゃあ、この切り傷全部……」
「死後刻まれたものね。被害者は凶器で肺を貫かれ、それによる呼吸困難で死亡後に全部で百二カ所以上切り付けられてる。ちょっと、奴にしては形が歪な気もするけど……」
 尼子は淡々と言った後、解剖所見を斯波と彼の上司、春日燈夜に手渡した。
「とにかく、これ以上犯人を野放しにしないで頂戴。マスコミが騒ぎ立てると厄介よ」
 斯波は、再び遺体に目を向けた。横たわる白い素肌を埋めつくす赤い十字傷。その何とも言えぬ悲惨さに一瞬拳を握り締め、すぐに目を逸らしてその場を立ち去った。



 創立祭から一週間。未だあの時の恐怖が完全には癒えぬ中、生徒達はそれでも日常を取り戻そうとしていた。
「北蝶イレギュラーズ?」
 目の前に居る学級委員長が発したフレーズを、夜一は疑問形で繰り返した。夜一の机には渚を始め、クラスメイトの立花 龍二、秋月優架、尾道和夫、そして話を持ち出した張本人の京極桜が居た。桜は夜一の机を思い切り叩いて言った。
「そーよ、北蝶イレギュラーズ!」
「何だよその草野球チームみたいな名前」
 夜一は、思った事をそのまま口にした。すると、桜は飽きれた様にため息をついた後、夜一を睨んだ。
「探偵のくせに知らないの? 『イレギュラーズ』って言うのはシャーロックホームズの小説に出てくる探偵団の事よ。あの事件以来、考えたの。あんたは探偵って言ってもぎこちないし、私たちが手伝ってあげるべきだってね。だから、私達もで探偵団を結成しましょう!」
 北蝶学園高等部一年B組の学級委員長である京極桜は、夜一を見て自信を持って言い切った。警視庁長官の一人娘である彼女の正義感と気迫が、誰も止められるものではないと悟った和夫と龍二が真っ先に賛成した。
「俺は賛成。委員長は何言っても止まらないからな」
「科学的にも、賛成。委員長はこうなったら引かない……」
 しかし、桜の身を案じた優架がおどおどとした調子で小声を発した。
「で、でも危ないんじゃないかな。桜ちゃん、この間も狙われたわけだし……」
「そうだ、委員長、忘れたのか? 俺はお前らを守ってやれるほど凄腕じゃないし、寧ろ無能の類に入るんだ」
 夜一は自分で言っていて虚しい感じがしたが、クラスメイトを巻き込むわけにはいかないと、強い口調で桜に言った。桜が言葉を返そうとすると、夜一の後ろに座っていた渚がにっこりと笑った。
「いいんじゃないかな。お兄ちゃん、頼りないし。私も協力するよ」
「おい、渚!」
 結局、渚の言葉が決定打となり、『北蝶イレギュラーズ』は桜、優架、和夫、龍二、夜一、そして渚の六人で結成される事となった。
 桜は得意げに、夜一に向かって今日の新聞の見出しを突きつけてきた。
「何だよ」
「いいから、読んでみなさい」
 夜一が新聞に目を通すと、そこには『伝説の殺人凶のセイント・リッパー、南蝶高校に現る!?』との大きな見出しがあった。その下にはナイフのようなもので十字架を刻まれ、ブルーシートに覆われた女性の遺体の一部である足の写真が生々しく掲載されていた。
 それを見て、夜一は記事を見て唾を飲み込んだ。『セイント・リッパー』は十数年前から世界の各地で殺人を行ってきた殺人凶で、日本で初めて殺人を行ったのがほんの数年前。細く長い凶器で肺に穴を開け窒息死させた後、遺体の全身に、まるで神に祈るかのようにナイフで赤い十字架を刻む。その猟奇的な殺人方法に、日本中が震撼し、『セイント・リッパー』は死を招く象徴として恐れられた。
 その時警察も無論『セイント・リッパー』を捕まえようとした。しかし、姿だけでなく性別、出身地や年齢すら不明である殺人凶を逮捕するどころか、証拠の一片を掴む事も難しかったのだ。当時はそんな殺人凶を崇拝する者たちまで現れたので、結局、警察は殺人凶を逮捕することなく、そして本人も、何故か三年前を境に、全世界で行ってきた殺人をピタリと止め、日本からも霧のように突如として姿を消した。
 最近では、既に死亡したのではないかとまで噂されていたのだ。そんな名前がいきなり新聞に登場し、桜以外の全員が目を見張った。
「『セイント・リッパー』が、南蝶高校に……!?」
 しかし、和夫だけは記事を見た後冷静な口調で桜に問うた。
「いや、三年も雲隠れしてたのに、出てくるなんて可笑しいじゃないか。奴の崇拝者の間違いじゃないか?」
「確かにね。でも、別に奴を逮捕しようなんて思っちゃ居ないわ。そんなのは警察の仕事。実は南蝶高校の友達から、頼まれたの。怖くて帰りが心配だから護衛してほしいって」



 その日の放課後、夜一達は桜と共に南蝶高校を目指す事となった。桜の友人は、南蝶高校の校門前で待っているらしく、桜は夜一達が同行しなくても一人で行こうとしていたらしい。
 夜一は、皆に気が付かれないように渚にメールを送った。
『どういうつもりだよ、俺はともかく、他の奴らを巻き込むなんて』
 渚の真意が知りたくて、夜一は携帯を開いたり閉じたりしながら歩いていた。すると、渚からの返事が返ってくる。
『お前を心から信じると決めたからだ』
 自分の文章以上の真剣で端的な文章に、夜一は眉を顰めた。
『桜達は、雪代の名にかけて必ず守る。今は、一人でも多くの協力者が欲しい。くだらない因縁を終わらせるために』
『因縁? それってこの間のパーシヴァルとかと何か関係があるのか?』
 夜一が答えを知ろうと急いでメールを打って返信すると、目の前を歩いていた渚が突然立ち止まり、夜一と歩幅を合わせて歩き始めた。そして、薄く口を開いた。
「……雪代家には『本家』と『分家』がある。雪代当主の血を継ぐ者が本家、そうでない一族が分家だ。私は本家の血を継ぐ者として、英才教育を受けていたんだ」
「当然の事じゃねえか」
「だが、七年前を境に、本家は呪われた一族になってしまった」
「?」
「七年前、私の母を始めとする雪代家の者の遺体が私の父親であり、お前の父、春日燈夜と『D』を名乗っていた雪代海淵(ゆきしろ かいえん)の部屋から次々と見つかった」
「何だって?」
 夜一は言った後、すぐに口を塞いだ。前を歩く桜達は、何も気が付かずに道路沿いの歩道を歩いていく。その後を追いかけながら夜一は渚が再び話し出すのを待った。
 渚は沈みゆく夕日を見つめながら、話を続ける。
「勿論、誰もが最初は父の無実を信じていた。しかし、一週間後……私の兄、雪代湊(ゆきしろ みなと)が雪代家の敷地全体に火を放った。その時、兄は言った。『殺人者を野放しにする無能な組織に用は無い。新たな自由、新たな秩序が欲しくは無いか?』と」
「……!」
「分家は勿論、あろうことか数名の本家の人間が、兄に付き従い、雪代に反旗を翻した。巨大な財力とネットワークの一部を奪い、兄は雪代から離反した。その力を使って兄はある組織を設立した」
「組織?」
「『聖杯(カリス)』。……それが、組織の名だ。そしてその長である兄は『アーサー』と名乗り始めた」
「アーサー王の聖杯伝説……! じゃあ、『パーシヴァル』っていうのは……」
「『アーサー』に仕える十二人の円卓の騎士の一人だ。おそらく、私の通っている学校を独自に突き止め、私と、警察庁長官の娘である桜を消そうとしたんだろう。……お前の機転のおかげで、奴らは情報が偽物だと勘違いしてくれたようだがな」
「でも、それと今回の事と何の関係があるんだよ」
「『斑鳩』が掴んだ情報によると、奴らは南蝶高校に居るという奴らにとって重要な人物を迎えに来るらしい」
 渚の唐突な言葉に、夜一は躓きそうになって踏みとどまった。渚の言おうとしていることは簡潔だった。彼女の兄が創り出した組織、『聖杯(カリス)』のメンバーの一人が、夜一達と同じ高校生だと言うのだ。
「ほ、本当かよ? まさか、俺達と同じ高校生が……犯罪集団のメンバーだっていうのか?」
「詳細は掴めなかった。しかし、現に南蝶高校で被害が出ている。調べてみる価値はある」



 宮殿を思わせる豪華な装飾品で埋め尽くされたホテルの最高級スイートルームの一角。その中央に佇む円卓に、十一人の男女が座っていた。
 髪色から皮膚の色、背丈や体つきまで違う様々な人物達を見渡し、円卓の中心に座っている褐色の髪の男が口を開いた。
「久しぶりの日本だな……ここに『ギネヴィア』が居るんだろう?」
  彼の言葉に、右隣でひたすら計算問題を解き続けていた銀縁眼鏡の若い男が、鉛筆を手から離し、目にかかるほど長く伸びた藍色の髪をくるくると指で弄りながら質問に答える。
「らしいね。『ランスロット』が迎えにいっているから、すぐに来るでしょ」
「しかし、『マーリン』。彼女はまだほんの子供だと聞く。そう簡単にこちら側に来るとも思えんが……警察も張っているとの情報もある。大丈夫なのか?」
 話題に上っている人物の事を、一人の人物が心配そうに言うと、男女たちの中に、疑念という名の水滴が落とされ、輪のように広がっていく。
「まあまあ。『アーサー』が選んだんだから。彼女は必ず来る。彼女自身が、そう選択するよ」
 伝説の魔道士の名前を授けられた男は、そういって計算を終わらせた。難しそうな数字が羅列されている数式の右端には、その更に数倍複雑な数式が書かれていた。
 『アーサー』と呼ばれた男は、薄く笑った。まるで、全てを見透かしたように。そして、自らの進んでいく道が既に見えているかのように。

後書き

えーっと、分かっている方もいるとは思いますが、『聖杯(カリス)』とは『アーサー王の聖杯伝説』にちなんでつけたものです。
本来ならアーサーは英雄の類に入るのですが、まあ、今回は悪の英雄って事で(←

スローペースですが読んでくださる方がいると思うと泣けてきます。すいません、更新速度が亀よりも遅くて。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします!

この小説について

タイトル No.20 狙われし王妃(1)
初版 2010年6月6日
改訂 2012年2月20日
小説ID 3937
閲覧数 1294
合計★ 5
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
★の数 232
活動度 10590

コメント (2)

★takkuりばーす 2010年6月7日 12時46分38秒
アーサー王と聞いてまず最初に“某・腹ぺこ騎士”を思い浮かべた私は絶対に終わってると思うorz

どうもおはこんばんちあ。チャットでたびたびお世話になっておりますtakkuです。
昨日の晩から携帯でちょこちょこと読み始め、先ほどこの20話まで読み終わったので20話分まとめてコメントさせて頂きます。

まず最初に一言……

ひとりさん、弟子にしてください(懇願)←腰低

自分の場合アクションやギャグならそこそこ書けるのですが、
こういう推理ものになってくると辻褄を合わせるのに四苦八苦して結局未完のまま終わるというパターンが多いのです。
ですからそんなジャンルでここまで書き続けられた一人さんを素直に尊敬します。

人物やトリックなどの設定も申し分なし。←個人的には
渚ちゃんや桜ちゃんがツンデレなのもヨシ!←個人的偏見
見ていて非常に続きの気になる構成でした。

というわけで、これからの期待やこれまでの作業の労いも込めて、星5つ判定とさせて頂きました。
お互い学業などで忙しいですが、執筆の方、頑張ってください。
僕も頑張りますorz←切実
★ひとり雨 コメントのみ 2010年6月7日 21時08分30秒
>takkuさん

こんばんはです。こちらこそお世話になっております。
さ、昨晩から二十話一気に読んでくださるなんて……! それも自分が読みにくいのではないかと思案していた携帯の方から!

それだけでも感謝感激だというのに……

五つ星&で、弟子……うええ!!?(大混乱


いやいや! とんでもないですよ、takkuさんや他のぱろしょの作者様達も個々の文章を磨くために小説を書くんですから。特徴も長さも人それぞれです!
小説は完結が大事だと言う方も居られますが、私も未完で終わって、読んでくれる読者を裏切っているんじゃないかとも思いましたが、例えそうだとしても、そこまで書いてきた自分の小さな努力は、無駄ではないと自負しております。

それに、私の場合は書きなぐるように話を完結させてから、誤字脱字、間違い直しに奔走する悲惨な有様ですゆえ;;

確かに、探偵モノ(私のは微妙ですが)はファンタジーなどと違ってあまり突拍子も無い事出来ませんし……(まあ、技量というのもありますが;;)

だからなんですかね。設定を変り種にしたくなるのは。ツンデレとか、まー可愛いですよね!

人物やトリックが申し分ない……そう思っていただけるだけでも、十分すぎです。ありがとうございます。
これからも頑張っていきます、takkuさんも頑張ってください!
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。