むりやり解釈百人一首 - 7.阿倍仲麻呂

7.阿倍仲麻呂

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
Amanohara,Furisake mireba,Kasuga naru,Mikasa no yama ni,Ideshin tsuki kamo.


「どうだい仲麻呂、具合のほうは」
 私が秋の夜長になかなか寝付けず退屈していると、ふすまの向こうから鈴虫の鳴き声と共に唐突に声が聞こえた。少し背筋を震わせたが、「入っていいぞ」とすぐに返事をした。
 静かにふすまが開き、白いひげをたたえた老人が姿を見せた。私の友―――李白である。
 李白は中国ではとても有名な歌人である。私が思うに、間違いなく後世に名を残すであろう男だ。
 そんな李白とただの老いぼれである私が友であるかというと、私が日本から中国への留学生であるからだ。
 17歳で日本を発ち、中国の高級官僚という、重要な役割を担わせてもらった。そして36年後に日本に帰ろうとしたが、嵐で船が難破して中国へ帰還せざるをえなくなった。
 そして私は今年で70歳。病気を患い寝たきりになり、日本に帰ることは、もうほぼ叶わなくなってしまった。
「………どうしたんだい仲麻呂、また考え事かい?」
 李白がいつものように優しい口調で質問してきた。
 この質問は、李白が私の見舞いに来るたび繰り返される。しかし、私はその質問に答えたことはなかった。答えたところで、私の想いが遂げられることはない。
「今日も答えてくれないんだね」
 その言葉が途切れた後、また鈴虫の鳴き声がただ終わりなく聞こえるだけであった。
「僕は何となく想像できるけどね。きっと望郷の思いで君の胸はいっぱいなんだろう」
「よくわかったね」
「そりゃ、いつも能天気だった君がそんなに怪訝そうな表情をする考え事があるとしたら、それしか思いつかないよ」
「さすがだね」
 そのたった5文字に、私の李白に対する全ての信頼が込められていることに、李白は気付くはずもない。

 彼と出会ったのは中国に留学してきて、最も難しい役人の試験と言われている「科挙」に合格した時だった。
 彼も同じく科挙に合格し、その場で私に話しかけてくれ、杯を交わし、一気に仲良くなった。
 すでにそのころから、彼は詩人としての才能を開花させており、中国全土で彼の名前を知らない者はいなかった。李白は、私の憧れだった―――。

 そう、まさに信頼、というか憧れなのだ。
 科挙も、李白が主席合格だったし、役人の仕事も常に彼が実績を挙げ、国からの株を上げていった。
 常に私の一歩先を行かれる。常に彼の背中ばかり追いかけていた。私も相当な努力を積み重ねていたが、彼はそれ以上の努力をしていたのだろう。それも見えないところで。
 生まれながらにして彼は、歌の才能と、努力の才能を持ち合わせていたのだろう。
 ぽっと出の日本人には、異国で働くということに限界があったのかもしれない。
 それでも私は、彼に何か1つでも勝てるものが欲しかった―――。
「仲麻呂、君はすごいよ」
 私の雑念に割り込むように、李白の言葉が入ってきた。「え?」と、反射的に答える。
「私には異国の地で、それも故郷でもない国のために身を粉にして働く覚悟ができないよ。なのに君はもう半世紀以上も僕たち中国のために。尊敬するよ」
 この言葉を聞いた瞬間、私は気付いた―――友とは何なのかということに。
 私は追い抜くべき目標として李白を友として尊敬していた。そしてまた李白も、私を友として尊敬していたのかもしれない。
 自分で言うのもあれなのだが、異国の地で何かにひたすら打ち込むというのはそうたやすいことではないと思う。私はそれを覚悟して、留学生に立候補した。
 時が来れば日本にも帰るつもりでいたが、船が難破したことによって、私は友とは何なのかという大事なことに気付けた。
 もちろん日本にも友はいる。もう長い間会っていないし、彼らは私の顔を忘れたかもしれない。
「仲麻呂、こんなことを言うと失礼かもしれないが、君が日本に帰らなくて本当によかったと僕は思っている」
「あぁ、僕も中国で生涯を終えれて良かったな、って今自分を納得させたところだよ」
 小さな笑い声が狭い部屋に響いた。
 外にかかる大きな月も、私の故郷である三笠の山に続いている。月は同じなのに、どうして私はこんなに遠い場所にいるのだろうかと葛藤したこともあった。なんで留学なんてしたのだろうと後悔したことばかりだった。
 死に際になってやっと思う。後悔することなんて微塵もない。
 だってこんなにも、お互いをわかりあえる友がいるのだから。

後書き

阿倍仲麻呂さんは、70年の生涯を中国で閉じることになってしまいましたが、友人に李白がいたというのは史実ですし、そんなすごい人が友人だったなら、意外と充実した生涯だったのかもしれませんね。

この小説について

タイトル 7.阿倍仲麻呂
初版 2010年6月22日
改訂 2010年6月22日
小説ID 3945
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作家名 ★せんべい
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卓球とみたらし団子とピアノが大好きな変態です

コメント (1)

★けめこ 2010年6月24日 22時36分35秒
お久しぶりです、けめこです。
高校入学以来、目の回るような日々が続いています。

今回の話を読み終わった瞬間、目から鱗が落ちました。
というのは、今まで私が競技用に覚えた解釈だと、仲麻呂は帰りたくて帰りたくてしかたがなくて、この歌を作ったという設定なんです。
でも、李白という友によって充実した生涯を終えた、というのはすごく新しい見方で、なるほどなぁと思いました。
なんだかんだ言って、遠くの親類より近くの他人(=友人)ってのは的を射ていますよね。

今、学校の文学部では、万葉集を題材に小説を3編書けと言われています。せんべいさんのこのシリーズを参考にしつつ頑張りたいと思います。

まだまだあと93回これをやるわけですがw
頑張ってください!
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