長い夏 - 長い夏―プロローグ―

夏休みが始まり、一週間が過ぎた。やりたいことは最初の三日間で済ませてしまい、もう毎日が暇で仕方がない。
とは、いいつつも、実は机の上には、終わりの見えない大量の宿題が乗っかっている。
さよ子は、小学六年生の少女である。身長145センチとやや低め。髪型は、一言で言えば「おかっぱ頭」。スカートなど、はいたことが無く、おしゃれにも興味を示さない。
そんなさよ子の通う小学校に、夏休み前、珍しい女の子が転校してきた。
帰国子女で、名前は「ナツミ」。ピンクのワンピースの似合う可愛らしい子で、ナツミはすぐに人気者になった。
そのうち、ナツミは何故だか、さよ子に近付くようになった。さよ子も特に抵抗はなく、だんだんとナツミになれるようになった。
そんなナツミから、夏休みに入ってすぐ電話があった。
八月に、二人で遊ぼう。
ナツミは、嬉しそうにさよ子に話した。
その約束の日が明日だった。
さよ子は、着ていく服に困っていた。
あのナツミのことだ。きっと、お姫様のような格好をしてくるのだろう。
たんすの引き出しを開け、持っている限りの服を掘り出した。
「汚れた服しかないなあ」
三日に一度着ている、常連服ばかりだ。
二番目の引き出しを開けると、奥から白いスカートが出てきた。以前、母が買って来たものなのだが、一度も着たことがない。
これしかないと思い、試しに着てみた。
洗面所の鏡の前に立ち、自分のスカート姿を見てみる。
ナツミとは天と地の差だ―――。やはり着る自身は無かった。
翌日。
結局さよ子は普段着で出かけた。
待ち合わせの場所で立ち尽くし、二十分。
ナツミは遅刻して、ようやくさよ子の元に現われた。
「バスが遅れて・・・ごめんね」
ナツミの言い訳に、さよ子は自分の立場を感じた。ナツミの家からも、さよ子の家からも、この場所までは同じ距離だ。しかし、さよ子はここまで徒歩でやってきたのである。
さよ子は改めてナツミを見た。
そしてすぐに、彼女の服に目を疑った。
昨日、さよ子が着るか迷っていたあの白いスカートである。
(着て来なくて良かった)
自分の判断に間違いがなかったことに安堵した。
白いスカートは、まるでナツミのために作られたかのように、彼女にぴったりである。
「暑いね。喫茶店に行かない?」
ナツミの言葉に、またさよ子はまた肝を潰される感覚を覚えた。
「私、お金持ってこなかった」
「そう…それじゃあ仕方ないわ」
「…ごめん」
謝っている自分に疑問を抱きながらも、さよ子はナツミの後を追った。
ナツミは、公園の林の中へ入った。
「ここなら涼しいよ」
散歩道が通る林の中に、小さなベンチがある。ナツミはそこに腰を下ろし、足を組んだ。さよ子も一緒にそこへ座る。
「さよちゃん、携帯持ってる?」
「携帯?そんなの、持ってないよ。だって大人が持つものでしょ?」
「そう?私持ってるよ」
ナツミは、そう言って、ポケットから携帯を出した。赤いリボンのストラップがついた小さな携帯である。
「アドレス教えてあげる」
いつも持ち歩いているのか、今度は手帳がポケットから出た。すらすらと書かれていくローマ字に、さよ子は思わず真剣に見つめる。
  ―――――nathu.hutari@×××△△×――――
ナツミは手帳からページを破り、さよ子に手渡した。
「あっ…」
メモが風で足元に落ちる。
さよ子は体制を下げ、落ちたメモに手を伸ばした。
触れた足元の土は、少し湿り気がある。昨夜に降った雨が乾いていないのであろう。
さよ子は、先程から気になっていたナツミの赤い靴を見た。靴は、ここに着くまでに随分と汚れてしまっている。
「なっちゃん、靴が」
さよ子が言うと、ナツミは靴を見て、慌ててハンカチでそれを拭う。
「どうしよう」
泣き出しそうになるナツミを見て、
「お気に入り?」
さよ子が聞くと、ナツミは頷いた。
「イギリスにいるお母さんがくれたの」
「お母さん、日本に来なかったの?」
「うん。なんか…もう一緒に暮らせないんだって。お父さんが言ってた」
「ふうん」
さよ子には、よく分からない。
ナツミは、両足から靴を脱ぎ、両手で靴をハンカチで磨いていた。
そのとき、道の先から誰かがやってきた。
真夏だというのに、黒い帽子と厚いジャンパーを着て、サングラスをしている。無精髭から、すぐに男だということが分かった。
男は、ナツミたちの前で足を止め、
「勝手に座るな!ここは俺の場所だ!」
太い怒鳴り声が、ナツミとさよ子の耳に響く。
「どけっつってんだろーが!」
男は、ナツミの髪を掴んだ。瞬時にナツミの泣き叫ぶ声が林に広がる。だが、ここは人がほとんど来ない場所だ。ナツミの声が無残に響いた。
「なっちゃん!」
「さよちゃん、助けて!」
ナツミは、地面に叩きつけられ、裸足だった足も、真っ白なスカートも土の色に染まった。
さよ子は、何もすることが出来なかった。ナツミに近付けば、今度は自分が男に襲われることが分かっていたからである。
「来い!」
男は、ナツミの腕を掴んだ。
抵抗するナツミの顔を何度も殴り、もと来た道を戻っていく。
「さよちゃん!」
さよ子は、ベンチに置き去りにされたナツミの赤い靴を抱え、男の後を追いかける。
男は、公園から出ると、路上に停めてあるトラックにナツミを乗せた。
「なっちゃん!」
トラックはすぐにエンジンをかけ、走り去ってしまった。
さよ子の顔が蒼白に染まった。
震える両足で家に走り帰り、母に出来事を話した。
すぐに警察がナツミを探し始め、唯一の目撃者であるさよ子も協力を強いられた。
しかし―――。
捜査は半年で中断された。
手がかりが少なすぎた。
ナツミは、見つからなかった。


さよ子は、自分がナツミの赤い靴を持っていることを、誰にも話していなかった。




この小説について

タイトル 長い夏―プロローグ―
初版 2010年7月30日
改訂 2010年7月30日
小説ID 3991
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