K氏シリーズ - ●poem shot「K氏の伝言・アキラ」

私の記憶で印象深い出会いのひとりはアキラだ。
そう、あれは京の五山送り火の夜のこと。
人間界の祭事は単純だが、
単純ゆえの趣が人々の心を捉えるようだ。
アキラもそのひとりで、こころが憔悴しきっていた。
たしか二十二歳の青年であったが、
それを裏付けることが出来るのは見掛けだけ。
こころは朽ちていた。

今どきどこにでもいる青年であったが、
鴨川の畔で佇んで、大文字の明かりを瞳に映していたときの、
そう、その寂しさは尋常ではなく、しかも美しかった。
「君の寂しさは、目にあまる。その由縁を教えてくれないか」
私が闇から問いかけると、
アキラは夜空を焦がす焔から視線を外さずに、
「ほっといてくれ! かってだろ、俺の」
「君のその言い分はよく分かる。だが私の疑問は複雑だ」
「…………知るかえ、そんなこと」
「そう、そうだね、もっともだ。しかし私には義務がある」
そう言うと、やっとアキラは一瞥を闇に返してくれた。
ほんの一瞬。

アキラに私の姿を捉えることが出来たのであろうか? 
定かではない。
「その眼の先の焔はすぐに消える。
 だが君の寂しさは消えることがない」
この言葉はアキラに届いたようだ。
彼の背中が硬直するのが分かった。
やがて東山の切ない夜のショウは終わり、
周辺で息を潜めていた人々が浮き上がる。
それはウンカのごとく湧き上がり、
汚物をのこして去っていく、男女。
「君のカノジョに逢わせてあげようか? どうだい、ん?」
アキラはゆっくりと振り返り、私を探った。
「そう、君には私が見えているはず。輪郭を持った影として」
「どういう意味だ、おっさん」
「ふふっ、だから君にカノジョを逢わせてあげようかと、
 そう言ってるだろう」
「バカな、ありえないそんなこと。だって……」
「カノジョは死んだと言いたいのだろ。去年の今日に」
「ああ、なんで知ってるんだ、おっさん」
「ははっ、おっさんはないだろう顔も見えないのに、
 決め付けて」
「………おっさん死神か? そのかっこう」
アキラには燕尾服を着た男の人型に見えているはずである、
きっと。
「そう、死神に見えるわけだ君には、だったらそうだろう」
「………おっさん、俺を怒らせたいのか、
 それとも俺はすでに死んでいるのか?」
アキラは気色ばんで数歩私に近づこうとしたが、
当然私を掴むことは出来っこない。
「はははっ、まあ落ち着きなさいアキラ君。
 そのベンチにでも座りなさい」
私は近くのベンチをステッキで指して示した。

アキラはベンチに座り、たばこに火を燈した。
遠くで打ち上げ花火の音が時々聞こえてくる。
「人の死は誰が決めているのだ、おっさん」
「……そう、辛かっただろうねアキラ君。……突然だものね。
 私に分かっていることは、
 そう……選択肢は自分で選んでいるということ。
 いや、選ぶと言う言葉よりも、日々の積み重ねと言う言葉が
 適当かもしれない。
 その積み重ねが、縮合もしくは宿業として、
 その人の人生に顕在化するのです」
「カノジョのなにが悪くて、癌になったと言うのだ! 
 なにが!」
アキラは怒りを搾り出すように唸った。
それを見て私は、彼に核心を語ることを決意したのです。

「最初にことわっておくが、
 私は預言者でもなければ神様でもない。
 ただ、人間界にいるときには『解らなかった事実』を、
 少々心得ています。
 まず、何の目的で君に逢いに来たのかといいますと、
 カノジョの力です。
 カノジョの伝言を頼まれたのです。
 これは大変デリケートな伝言です。
 ……いいですか? ……それでは始めます」
言葉では無いことばが、無言でアキラに語り始める。
アキラはすでに瞳を濡らしているようだった。
「わたしの愛するアキラ、わたしは今、歓喜に溢れています!
 なぜなら、最後までアキラの愛に包まれていたからです。
 言葉ではなく、アキラはこころから私の回復を、
 祈ってくれました。
 その祈りで、わたしは漆黒の恐怖に打ち勝つことが
 できました。
 そのアキラの祈りで、最後の瞬間に、
 宿業の鎖を断ち切ることができたのです!
 この歓びを、この幸せをアキラに届けたい。
 ありがとうアキラ。永遠に愛しています。きっとまた逢える!
 だからアキラ、あなたは次のひとと必ず幸せになって下さい。
 今度は私が祈っています。私の愛したアキラ」

それからしばらく沈黙が続き、
私はそっと、アキラのもとを去りました。
あなたは、 
五山の送り火よりも、永遠に輝く夜空の星を、
見たことがありますか?

この小説について

タイトル ●poem shot「K氏の伝言・アキラ」
初版 2010年8月17日
改訂 2012年11月16日
小説ID 4016
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そら てんごの写真
ぬし
作家名 ★そら てんご
作家ID 675
投稿数 25
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コメント (2)

★アクアビット 2010年9月1日 9時18分44秒
京都の雅な景色が目に浮かびます。
夏に見る炎は、どうしてあんなに切ないんでしょうね。
素敵な物語をありがとうございました。
★そら てんご コメントのみ 2010年9月1日 12時09分56秒
いつもありがとう。アクアビットさん
人の命の行く先は定かではありませんが、
生きている瞬間、瞬間にこそ行き先を決める選択肢が、ひそんでいるのではないかと、思うこの頃です。
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