長い夏 - 長い夏―3―

再びナツミから電話がかかってきたのは、交差点事故から二ヶ月後のことだ。
さよ子が試験勉強をしているそのときに、着信は来た。
手元に置かれた携帯電話の背画面には、「ナツミ」と表示されている。電話帳登録をされていないその名前に、忘れかけていた恐怖が再生された。
さよ子は、断固として電話に出なかった。しかし、着信の回数は日を重ねるにつれて多くなるばかりだ。
最初の着信から一週間目。さよ子は漸く電話に出る決心をした。
考え直した末の決意だ。
さよ子は、けしてナツミになにをされたわけでもないのだ。それどころか、ナツミは交差点事故からさよ子を守ったのだ。
たしかにナツミに関わる出来事は、不思議としか言いようの無いことばかりである。しかし、さよ子は彼女を責める気持ちより、自分の罪深さに気付いた。
四年前の事件が起きたとき、何故目の前で連れ去られていく友人を見殺しにしてしまったのだろう。
「もしもし」
受話器を耳に当てると、
『さよちゃん』
ナツミの明るい声が聞こえた。瞬時に、それまでずっと張り詰めていた緊張が解ける。
「なっちゃん…」
さよ子は、ベッドへ横になった。ホラー映画の「突然」が現われそうな気がした。いつでも周りを見舞わせる場所にいたかった。
『さよちゃん。毎日電話をする約束だったのに、どうして電話に出てくれなかったの?』
「うん・・・ごめん」
『さよちゃん、最近おかしい』
「・・・なっちゃん」
さよ子は、布団を掛けた。
部屋は明るい。
一階からは、母がテレビを見ながら笑う声が聞こえる。
怖くない。
携帯を強く握り締め、
「なっちゃんは・・・死んだの?」
ずっと聞きたかったことだった。
体が震えた。
受話器の奥の音が途切れた。
(切れた・・・?)
息を潜め、音を聞く。
やがて、ナツミらしき泣き声が聞こえた。
『どうして、そんなこと聞くの?』
弱々しい声は、今にも消えてしまいそうだ。
「なっちゃん、ごめんね。でも・・・分からないの。どうして、なっちゃんが学校に来れたのかも、私に電話が出来るのかも。でも、これだけは信じて。なっちゃんが幽霊だったとしても、私は絶対になっちゃんのことを怖がったりしないわ。」
ナツミの泣き声が静まった。
二人の間に、しばし沈黙が続く。
やがて、ナツミが甲高い声で笑った。今までに聞いたことのなかった声の大きさに、さよ子は思わず悲鳴を上げる。
「な、なっちゃん。やめて、静かにして!お願い、怒ったのなら謝るから・・・」
『謝るの?私に?謝るくらいなら、初めから謝らなくちゃならないことなんか、しなければ良いのに・・・』
「・・・なっちゃん・・・?」
ナツミは、泣いていた。
声が、四年前から全く変わっていなかった。
『さよちゃん。携帯なんて、なんにもならないわ』
「・・・」
さよ子は黙るしかなかった。
ナツミは、泣き声を漏らし、さよ子に語り始める。
『四年前・・・トラックに乗せられたまま、三日間、私は、抑えきれないほどの恐怖に身を震わせ、なにも食べさせてはもらえないまま監禁された。それから、どこか暗い場所に無理やり入れられたの。私には、隠し持っていた携帯だけが頼りだった。でも、いつ電話をしようとしても、圏外の文字が消えないのよ。犯人は、電波の無い場所に私を置き去りにしたんだわ。携帯の電池は、何日目かで切れて・・・それから幾日もしないうちに私は・・・・でも、そのときから私はやっと自由になった。携帯を持って、どこへでも行けるようになったわ。でもね・・・なぜだか、誰も私に気付かないの。裸足の、白いスカートを履いた女の子の姿を見た人は、どこにもいないわ。そのとき、初めて分かった・・・私は生きてないんだってことを』
「――――・・・・」
さよ子の目から涙が溢れ出していた。
ナツミも、受話器の向こうの世界で泣いているのが分かる。
『さよちゃん。怖がらないって、さっき言ってくれたよね?これを聞いても、逃げないって約束してくれる?』
「逃げない・・・怖がらない」
『・・・さよちゃんの着てる服、可愛い』
「・・・!」
さよ子は飛び起きた。
いつか感じた「見られている」感覚が甦る。
「なっちゃん、いるの?」
部屋を見渡す。特に、変わった様子はない。
「どこ?どこなの、なっちゃん」
さよ子が焦るほど、ナツミの声が遠退く。
不意に、机の上で物音がした。
(・・・・・!)
シャープペンシルが、宙を舞っていた。
開かれていたノートに、なにかが駆け込まれる。

  ―――――723、345―――――

「なっちゃん・・・?」
さよ子はノートに書かれたその数字に、温もりを感じた。
小学生だったとき、ナツミが始めてさよ子に声を掛けたときに、この数字を差し出した。
ナツミとさよ子を表している数字であることは言うまでも無い。
「なっちゃん。私が見える?」
『うん』
さよ子は手を宙で泳がせた。
どこかで、ナツミが手を合わせてくれるような気がした。
姿も影も無い。唯一、この携帯電話を通じてだけ、彼女の声が聞ける。
『さよちゃん。だめなの。私がさよちゃんの身体に触れても、さよちゃんに気付いてもらえない。』
「なっちゃん・・・!」
さよ子はその場に座り込み、号泣した。
「ごめんね・・・本当に。ごめんね・・・全部、私が悪いの。謝ったって、今さら許してもらえるはずないのに・・・」
自分が許せなかった。
ナツミは、どんなに怖い思いをしたであろうか。
考えるだけで、胸がつぶれそうだった。
『おやすみ…さよちゃん』
ナツミはそれだけ言い残し、電話を切った。
さよ子は、ノートに書かれた数字を見つめ、ナツミを思った。

この小説について

タイトル 長い夏―3―
初版 2010年8月17日
改訂 2010年8月17日
小説ID 4017
閲覧数 871
合計★ 6

コメント (3)

★そら てんご コメントのみ 2010年8月21日 15時21分21秒
こんにちは、
いきなりー3−からお邪魔しました。
結果、他も読まして頂きます。
★そら てんご 2010年8月21日 15時55分24秒
再度、こんにちは、
バックナンバーを読ませて頂きました。
不思議と緊張感のある作品だと思いました。
ストーリーはこれまでにありそうな内容ですが、
この緊張感は、作者の持ち味だと思います。
この先、予想をどう裏切ってくれるか期待しています。
★アクアビット 2010年9月1日 8時54分26秒
おもしろいです!
登場人物が目に見えます。
すごいなぁ。
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