長い夏 - 長い夏―4―

夏休みを迎えてすぐ、さよ子は家族で函館に旅行をする予定を控えていた。
試験終了直後の夏休みだったため、疲れていた。しかし、出発を明日に控え、どうしても今日中に荷物をまとめなくてはならない。
その間、さよ子の携帯は休み無く着信音を響かせていた。もちろん、ナツミからである。
三度目の電話に、さよ子はようやく電話に出た。
すぐ側にいることは分かっていた。
「もしもし・・・」
『さよちゃん、行っちゃダメ!』
ナツミの声は、今日ははっきりしていた。というより、身分を明かして以来、ナツミは以前よりしつこく付きまとう。それが、ナツミの精一杯の寂しさ表現であることをさよ子は分かっていた。その原因が自分にもあることを承知していたため、けして彼女を突き放すようなことはできなかった。
「なっちゃん。なっちゃんの気持ちは分かるけど・・・」
『じゃあ、行かないで!』
子供と話しているようだ。
それは感覚ではなく事実だった。
ナツミの時間は、止まっている。
「なっちゃん・・・ごめん」
『さよちゃん・・・!』
電話を切った。
さよ子は荷物鞄の口を閉め、部屋を出ようとした。
が、ドアが開かない。
さよ子は携帯を開き、ナツミに電話をした。
「なっちゃん、いい加減にして!」
『でも・・・!』
ナツミの声が泣き声に移り変わっていくのが分かる。
さよ子は頭を抱えた。
「じゃあ、なっちゃんも来ればいいじゃない!」
『・・・え?』
驚いたのはナツミの方だった。
さよ子は変な気持ちになった。いつから幽霊と極普通に過ごす生活に変わってしまったのだろう。
「おいで、なっちゃん」
『でも、飛行機でしょう?』
「言い方は悪いけれど、あなたは無料でしょう?」
『う、うん・・・!』
ナツミの声が明るくなる。
『支度しなくちゃね!』
(なにを持っていくつもりかしら)
電話を切ると、ドアは自動的に開いた。
さよ子はリビングに向かった。


「お姉ちゃん、早くしてよ!」
妹の睦美が、窓の外からさよ子を呼んだ。
さよ子は、まだ部屋にいた。
ドアが開かないのだ。
「なっちゃん!」
さよ子は真剣に怒っていた。
「一緒に行くって行ったじゃない!」
瞬時に携帯にメールが入る。

―――怖い。

「なにが怖いのよ!」
再び携帯にメールが届く。

―――飛行機。

「なっちゃん、イギリスから来たんでしょう?飛行機乗ったことあるじゃない」
「おねえちぇん!」
そのとき、睦美がドアを開けた。
嘘のように、睦美の手には、重かったドアノブが軽々しく握られている。
「お母さんたちも待ってるよ!」
「う、うん」
さよ子は一瞬ためらった。が、すぐに部屋を出た。
家を出て、待っていたタクシーに乗り込む。
羽田空港に到着して、すぐに荷物を預けた。
出発ロビーへ入る前の持ち物検査と、身体検査用のバーを通るとき、さよ子のときにだけブザーが鳴った。
「光物を身に着けてませんか?」
「はい」
検察者に服をチェックされ、それでもなにも出ては来ない。当たり前だが、ほっとした。
これが後に、ナツミがさよ子の背中にいたことが原因だったということに気付いたのは、まだ先のことだ。
「さよ子、携帯の電源切りなさいよ」
母に言われ、さよ子は携帯を開く。
「おねえちゃん、携帯持ってていいな。睦美も欲しい」
「携帯なんて、なんにもならないわよ」
どこかで聞いた台詞である。
さよ子は電源を切った。

「函館に行ったら、五稜郭だな」
「函館山で夜景もいいじゃない」
背後の席で両親が話すのを聞きながら、さよ子は睦美と二人席で座っていた。
「おねえちゃん、すごいよ!雲が見える!」
睦美は小学六年生。飛行機に乗ったのは今回が初めてだった。
さよ子は妹を無視して、俯いた。
ナツミも側で、きっと睦美のように窓の外を眺めて喜んでいるに違いない。
そのときだ。
突然、手元のバッグから携帯の着信音が鳴った。
(ナツミだ!)
周囲の目が、さよ子を怪しい目で見ている。
「も、もしもし・・・」
やがて、急いだように、制服の客室乗務員が駆けて来た。
「お客様、周りのお客様にご迷惑なので、通話は・・・」
直後、客室乗務員は驚いた顔で凍りついた。
さよ子は、あっ、と携帯を閉じた。
(圏外だ)
他の客も、自分の目を疑ったような顔をしている。
「ご、ごめんなさい。これ、おもちゃです。妹が暇つぶしに持っていたもので・・・」
「ええ?睦美、そんなおもちゃ持ってないよ!」
睦美の口を押さえ、さよ子は何とかごまかした。
「お静かにお願いいたします」
客室乗務員は、弱々しい両足で、奥のカーテンの中へ帰った。
「さよ子、なにしたのよ」
後ろから母が覗く。
「おねえちゃん、携帯の電源いつ入れたの?」
「え・・・」
「まあ、携帯?」
母に携帯を取られた。
さよ子は、携帯の画面が暗くなっていることに安堵した。どうやら電源は切れたようだ。
それから一時間ほどで、函館空港に着陸した。
さよ子はトイレに行くふりをし、個室でナツミに電話を入れた。
「もしもし、なっちゃん」
『さよちゃん、北海道にきたのね!』
「飛行機の中で電話しないでよ」
『だって、雲が綺麗だったんだもん』
さよ子は電話を切った。
母たちのもとに戻り、預けた荷物を取る。
「先にホテルに行くか?」
「レンタカー予約してるじゃない。このまま、車に乗りましょ」
両親の赴くままに歩を進める。
「おねえちゃん、携帯貸して」
「あっ・・・!」
さよ子の手から、睦美がすばやく携帯を取り上げる。
「だめ!」
なぜか、以前よりも必死に携帯を取り返そうとする自分がいることに、さよ子はそのとき気付いた。
携帯は、死んだナツミと連絡を取る唯一の手段である。
(睦美になんて渡したら、なにされるか分からない)
すぐに携帯を取り返し、さよ子はバッグにそれを仕舞った。
「なにさ、おねえちゃんのケチ!」
「うるさい、馬鹿」
レンタカーに乗り込むと、さよ子と睦美は二人で後部座席に座らされた。
「まずは、五稜郭だな」
この旅行に一番精を出している父の言うことを、母も反対はしなかった。
さよ子は、携帯の背画面を気にしながら、側にいるナツミの気配を何気なく感じ取っていた。
五稜郭タワーの駐車場にレンタカーを止め、はしゃぐ睦美を先頭に、家族四人がタワーのチケットを買う。
エレベーターで最上階の展望台に上がると、そこからは函館ならではの景色を見ることが出来た。
五稜郭を真上から眺める。これは函館観光の一番のメリットだと言えるだろう。
「おねえちゃん、こっちきて!土方歳三の銅像があるよ!」
「さよ子、こっちへ来い」
父と妹に呼ばれ、さよ子は二人の元へ向かう。
「歴史の勉強になるな」
「・・・?」
父が感心に浸るその銅像の台座には、「土方歳三」と記されている。両膝に手を乗せ、凛々しく座る男の姿は、一体なにをモチーフにしているのだろうか。羅紗地と云われる黒い制服と、腰には日本刀がはさまれている。
さよ子は、土方歳三をよく知らない。だが、なんて迫力のある面影だろう。
携帯が着信音を鳴らした。
背画面には、「ナツミ」と表示されている。
「さよ子、最近携帯使いすぎじゃないか?」
父に言われ、電話に出るのをためらった。
「料金、いくらかかるかわからないぞ」
「ごめんなさい」
「一体、誰と電話してるんだ」
「学校の友達。今度の文化祭で、一緒に仕事するんだ」
話している間に着信音が切れた。さよ子たちの言い合う姿を、ナツミは見ていたのかもしれない。
さよ子は父から離れた場所で、ナツミに電話した。
「もしもし」
『さよちゃん・・・』
なぜだかナツミの声は低く、重たい。
「どうしたの?」
『さよちゃん・・・だめ。逃げて!今すぐ東京に帰って!』
「なっちゃん?」
ナツミはやけに興奮気味である。
「なっちゃん、どうしたの?」
『さよちゃん・・・あの男の人・・・』
「男の人・・・?」
さよ子は辺りを見渡した。
カップルや、さよ子たちと同じような家族連れの人。
「誰?誰のことを言ってるの?」
「さよ子」
そのとき、父がやってきた。
直後に電話は切れた。
「そろそろ降りるぞ」
「う、うん」
さよ子は、一度振り返った。
ナツミの言っていた人物とは、一体だれのことだったのだろうか。



この小説について

タイトル 長い夏―4―
初版 2010年8月27日
改訂 2010年8月27日
小説ID 4029
閲覧数 776
合計★ 4

コメント (1)

★アクアビット 2010年9月1日 8時58分14秒
ドキドキの展開ですね!
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