長い夏 - 長い夏―最終回―

やがて、「佐々木」と刻まれた名前プレートのある家に辿り着いた。
さよ子は息を呑んだ。
けして広い家ではないが、玄関前に広がる庭には、自転車やフラフープ、ビニールプールなど、子供の遊び道具が置いてある。それぞれに、長い年月を過ぎた証である古い傷跡や、サビがついていて、それが何故か物悲しさを感じさせた。
「おねえちゃん、ここ知らない人の家でしょ?」
「う、うん。そうだけど・・・」
インターホンのボタンを押そうとしたとき、
「やめて!」
家の中から、女性のとてつもない悲鳴が聞こえた。
「な、なに!」
と、睦美がさよ子にしがみつく。
そのとき、携帯に電話が掛かった。
ナツミだった。
『さよちゃん!すぐに中へ入って!』
「で、でも・・・」
『ここは、ママの家なの!私もついていくから、早く中へ!』
直後、再び中から悲鳴が上がる。
状況がまったく分からなかった。
ナツミに言われるがままにやってきたが、本当にここに父が来るのだろうか。
(来る・・・?)
そうでないのかもしれない。
父は、この中にいるのだ。
この家に来るためだけに、この旅行を計画していたのだとしたら・・・。
「睦美、ここで待ってて」
「え?どうして?」
「いいから」
「おねえちゃん!」
さよ子は、さっさと庭へ入った。
玄関のドアには鍵がかかっていなかった。
中へ入り、リビングを覗く。
「お願い、待って!」
女性が両手を振りかざし、顔を蒼白にしている。
「だから、赤い靴を渡せば、娘は助けると言っているだろう!」
今度は、男の声だ。
さよ子の脳裏に、古い記憶が甦った。
あれは、今日のように、長い夏を感じさせる日のことだった。
さよ子は、帰国子女の、スカートが似合う女の子と仲良くしていた。
女の子は、携帯を持っていた。赤いリボンのストラップがついた携帯。
それから、イギリスにいるお母さんからもらった、赤い靴・・・
女の子は、男に誘拐された。
赤い靴を残して。
赤い靴は、さよ子が持っている。

赤い靴は。

「誰だ!」
リビングから顔を出した男は、さよ子を見て、言葉を失った。
さよ子自信、身体が石のように重くなった気がした。
「お父さん・・・?」
そこにいたのは、まさしく父だった。
ナツミは、このことを言っていた。
父の右手には、ナイフが握られている。
「なにしてるの?お父さん、説明してよ」
「おまえこそ、ここでなにをしてる」
「なっちゃんの家が側にあることを聞いていたから、彼女のお母さんに挨拶しようと思って。お父さんは何してたの?・・・ナイフなんか持って」
「どうして・・・」
女性が、さよ子を見つめた。
さよ子は、自ら父の元へ向かった。
向けたれたナイフに恐怖を感じながらも、さよ子には唯一それを見てみぬふりが出来る理由がある。
自分には、ナツミがいる。
ナツミは、この日のために、さよ子に電話を掛けたのかもしれない。
リビングへ入った。
そして、ナツミの母を見た。
「さよ子です。なっちゃんの一番の友達です」
「ナツミの・・・?」
ナツミの母は、涙を浮かべた目で、不安気にふたりを交互に見つめる。
「私は、サスペンスドラマの主役じゃないから、なっちゃんを誘拐した犯人が誰なのか、推理はできないけど、どうして父がここにいるのかは・・・父に聞くべきですよね」
さよ子は、父を見上げた。
「お父さんが、電話で誰かと言い争う様子を、私この旅行で見たわ」
「仕事関係の電話だ」
「じゃあ、どうして昨日帰らなかったの?それに、お父さんの口調は、まるで脅迫しているようだったわ。仕送りと、娘の命と、それから赤い靴」
「携帯は連絡を取り合う大切な手段なんだ。おまえだって、この数日間、ずっと電話ばかりしていただろう。今さら、父さんのことを言えるのか?」
「私が話していた相手が誰だか知らないでしょう?知ったらきっとびっくりすると思うわ」
「誰だ。言ってみなさい」
「ナツミちゃんよ」
「ナツミ・・・・」
父は言葉を失ったようだ。
「ナツミは、ナツミは生きてるの?」
ナツミの母が、さよ子にそっと近付く。
「ナツミは、ナツミはどこなの?生きてるのね!元気?ねえ、今どこにいるの?お願い、教えて!」
「あ、あの・・・」
「嘘をつくな!」
父が怒鳴った。
さよ子たちの動きが止まった。
そのときの父の形相を、さよ子は忘れられないと思った。
そこにいたのは、さよ子の知っている父ではない。
「ナツミは、俺が殺した!」
「!」
なにも言い出せなかった。
ショック以外の何があるだろうか。
ナツミの母は、その場にうずくまった。
さよ子の中で、バラバラだったパズルのピースが、ようやく組み合わさった。
「ナツミの父親とは、幼馴染の仲だった。だが、いつの間にか俺たちは別々の道を歩むようになっていた。あいつは、出世野郎で、俺はいつまでも惨めなサラリーマン。だから、始めはヤツとの絆を利用して、毎月俺の懐にある借金を埋めるために、仕送りをもらっていた。だが、その口実も段々と通じなくなって、俺はヤツに金を返すことも億劫になった。それで、ヤツを殺した。死体は、林に埋めた。そのとき、ナツミにその光景を見られたんだ。娘と一緒にいた、ナツミにな。だから、娘には分からないように変装して」
「なっちゃんを誘拐したのね」
さよ子は、父の前に立ちはばかった。
許せない。
怒りがこみ上げた。
背後では、ナツミの母が号泣していた。娘の生存を信じて、脅迫に依頼してきた悔しさは、きっと計り知れないことだろう。
「そこからの話は、私がすべて言ってあげるわ。小学六年生の女の子は、三日間飲まず食わずでトラックに監禁され、そして電波のとどかないどこか地下室に、彼女を閉じ込めたのね」
「なぜ、それを・・・」
瞬時、さよ子の携帯が着信音を響かせた。
さよ子は、電話に出た。
そして、
「なっちゃんが、お父さんに話したいことがあるって」
父に、携帯を差し出した。
画面に表示される文字に、父の目が戸惑いだす。
「でたらめだ。どうせ警察か誰かだろ。いいさ、警察に捕まるくらいなら、この場で死んでやる」
父は受話器を耳にした。
そして、その顔色が青ざめたのは、直後だ。


『死ぬ前に、殺してやる』


携帯が、鈍い音を立てて床に転がった。同時に、父がうなり声を上げた。
首を両手で掻きむしり、それはまるで、絞殺されている人間がもがき苦しむ図だ。
「ナツミ・・・!」
ナツミの母が、驚き余る目で、父の方を見ている。
さよ子は、後ずさった。
獣のような父のうなり声が部屋中に響く。
床に落ちた携帯電話が、ナツミの文字で受信を知らせた。
さよ子は携帯を拾い上げ、すぐに応答ボタンを押した。
「なっちゃん!もうやめて!お願い」
『嫌!嫌よ、嫌!』
ナツミの声は、憎しみと悲しみの色に染まっている。
『さよちゃんには、まだ分かってないことがあるわ。どうして、今日までママが脅迫され続けたか』
「え・・・?」
『赤い靴よ!あの靴には、莫大なお金に生まれ変わる価値があるの!さよちゃんが、四年前に警察の取調べで赤い靴のことを隠さず話していたら・・・』
「そんな!」
『あの地下鉄のトンネルで、私の身体は眠っているわ。四年前と変わらない姿で。赤いストラップの携帯を握り締めて・・・裸足でね』
そのとき、父が床に倒れた。
開いた目は白く、息の根は止まっている。
さよ子は携帯を手から落とした。
「お父さん・・・?」
目の前の光景に悲鳴を上げた。











秀介との初デートの日が来た。
さよ子は私服で初めてスカートを来た。白いロングスカートに、ピンクのハンドバッグ。
そして、携帯。
「どうしたんだ。なんだか、イメチェンした感じだ」
「じゃあ次回は、ジーパンとティーシャツで来るわ」
「そういう意味じゃないよ」
今日は秀介の家に行く予定だった。一駅違いの場所に行くために、さよ子はタクシーを使った。
今、このふた駅をつなげるトンネル内で工事をしていた。
地下鉄が開通する前は、地下倉庫だったという。それを壁の中へ埋め込んだままこのトンネルが出来た。
四年前から消息不明の少女は、壁の中の倉庫の中にいるといわれている。
さよ子の父は、一週間前の事故で死んだ。
死因は、窒息死。
だが、「絞殺」と断定できる証拠はなく、原因不明の死となった。
真実は、さよ子にもわからない。ただ、あの日を境に、ナツミからの連絡が途切れた。
ナツミの母は、さよ子から赤い靴を受け取り、イギリスへ移住したと聞いた。赤い靴は手放さないといった彼女のことを、さよ子は今でもよく覚えている。
「行こうぜ」
秀介に差し伸べられた手に、さよ子は手を合わせた。
握り合ったその手の温もりを、さよ子は喜んだ。

ナツミが、側でこの光景を見ているかもしれない。

もし、さよ子の幸せを、ナツミが感じることが出来たら、




今度殺されるのは、さよ子かもしれない。―――――


                      【おわり】

後書き

八月が終わる前に仕上がって良かった!
でも、最後は雑すぎましたよね・・・・(泣)
今回は多めに見てください。

最後まで読んでくださった方!
「感謝・感激・雨・?」です★

今度の投稿は冬かな(笑)

ということで、皆さん携帯は料金と着信履歴に注意して、安全に使用してください!

ありがとうございました。

                GOLDY

この小説について

タイトル 長い夏―最終回―
初版 2010年8月29日
改訂 2010年8月29日
小説ID 4032
閲覧数 779
合計★ 3

コメント (1)

★アクアビット 2010年9月1日 9時11分05秒
面白かったです!
ナツミとさよ子のやりとりを、もっと見ていたい感じです。
さよ子が幸せになりますように!!
なっちゃん、許してあげてね。
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