キズモノ - 現実ガ虚ロナ人間ハソノ曖昧サ故ニ、虚ロナ幻想ヲモ現実ト見間違フ

 少し前に見た夢がある。

 僕はその夢で肉体を持たず、お化けのようにふわふわした存在だった。場所はどこかの病室。4人部屋の一番奥に、患者が一人だけいた。短髪だったが死人のように力なく俯いていたため、顔ははっきり見えなかった。体格から察するに、中学生くらいの少年だっただろう。どこか一点を見つめているようだ。彼の視線の先には、透明の液体が入ったビーカー。また、彼は二人の人間に囲まれている。一人はベッドの正面で身体を少し屈めている痩せた女性。少年の母かもしれない。もう一人は縦も横も常人より一回り大きい大男で、毛深い腕を組みながらしきりに少年に話しかけていた。父親にしては若すぎるので、親戚か、はたまた警察か何かかもしれない。少年は大男の話を馬耳東風し、突然、布団の中から一本の白い棒を取り出した。棒の先にはバチバチと火花が飛び散っている。僕は戦慄した。少年の周りを黒いオーラが覆っている。アニメやゲームによく出てくる、邪悪な力を有するように見せるための、あのエフェクトのように。何かを憎んでいる。直感的にそう考えていた。少年は変わらず俯いたまま、手に握った棒をゆっくり動かしていく。先端の行き先は、あのビーカーだった。何をしようとしてるのか分かった途端、僕の肉体が視界に映るようになった。

――危ない!

 叫びながら二人の元に駆け寄る。しかし母親と思われる女性は魂が抜けたようにひたすら黙りこくり、大男はずっと少年に言葉を発しているだけで、僕以外に異変に気づく者はいなかった。それでもいいから二人を連れだそうとした、その時。ビーカーから太い轟音とともに大きな爆発が起こった。二人は跡形もなく消滅し、僕は無傷のまま焼け野原に取り残される――筈だった。しかしいつの間にか僕はどこかの高級マンションの前にワープされていて、何気ない退屈な会話を駄々漏れさせる一般ピープルの中で遠くに立ち上っている細長い煙を一瞥する…。




 僕にはこの夢が忘れられない。以後毎日のようにこの続きが見たい、この続きが見たいと思いながら眠りに就くようになっている。加えて一、二時間ほど睡眠時間が長くなった。
言い訳と言えば言い訳だ。夢には現実の価値はない。そんなものに執着して現実を閉じることは単なる逃げ。臆病者の選択だ。ただでさえ一〇時間以上も寝て過ごしているのだから、過度のオナニーと同じく、余計に疲れるだけだ。頭では分かっている。分かっている筈だが、どこかのふざけたヤツが唄ったように「分かっちゃいるけどやめられない」…。――僕はふざけてるわけじゃなく、真剣に、切実にそう思っている。すでに現実に僕の居場所も、希望も存在しないのだから。

 僕はごく普通の家庭で生まれた。少しは変わったところもあったかもしれないが、一般人のモノサシ(だと僕が思っているもの)で測ると、「普通」の域を出ない家庭だ。しかし、そのあまりの「普通」さに神様がイタズラしたくなったのか、何らかの遺伝子異常で「僕」という人間を作ってしまった。

 よく、自分のことを「変人」だとか思うヤツがいる。そいつらは大体草をむしり取って食ったり、その辺の野良ネコの背後で腰を振ってみたりと、オジー・オズボーンのような目に見える「奇行」を繰り返しているようなヤツらだ。僕に言わせれば、そんなのは単なる目立ちたがり屋に過ぎない。誰もやらないことをやってみたって、皆が同じことをやるようになれば、そいつは即座に「凡人」に成り下がる。変人になりたがっている連中にはさぞかし屈辱的なことだろう。変化する倫理の上での少数派なんて、本当の意味での「変人」ではない。

 僕には「抵抗」という能力がほとんど備わっていなかった。何もかもを信用し、受け入れていく。しかし、それでアメーバのようにグニャグニャ形を変えていくわけではない。限られたケースの中だけで育つ、箱入り娘の状態に対する抵抗すらしなかったのだ。
 学生という身分にとって一番必要であると位置付けられているものとは何だろうか。言うまでもなく勉強、学問だ。それは正しい。だが、僕はとんでもなく愚昧な解釈をしていた――勉強以外ハゴミクズダカラミンナ捨テチマエ、と。

 僕のいた中学校はこれまた吐き気がするほど普通の公立中学で、進学実績なんて誰一人気にしない、ただ義務教育だから通っている程度のところだった。同じ小学校から来た人が多いので、ある程度友人はいたが、彼らの多くはスポーツに熱中するようになっていって、年中教室に引きこもっている僕とは話す機会がなくなっていった。周りが昼休みにバスケやサッカーに熱中している中、僕は何をしていたか。教室で一人ノートや教科書を読んでいたのだ。古い曲で、友人がいない少年がノートに絵を描くという一節があったが、そんな少しのユーモアさえない、灰色の生活だった。一度保護者会の日に、とある親同士のヒソヒソ話を聞いたことがある。「こんな学校で勉強したって、結局ムダな抵抗にすぎないじゃないの」「いい大学に行けるわけでもないのにねえ」…あの時何も考えずに通り過ぎた自分を殺したいぐらいに憎んだのは、大学に入ってからだった。

 高校は中学よりは数段いいところに入ることが出来た。まあ、まかり間違ってヤンキー高校にでも入ることになった方が、もう少し面白い人生だったかもしれない。

 年はとっても、やることはあまり変わっていなかった。しかし、格段に勉強時間は減っていた。今度はその時間を、睡眠に費やすようになっていったのだ。いくら能天気でも、勉強ばかりでは人生つまらないと気づいていた。しかし、何かほかの趣味を見つけようとしなかったことが、僕という人間のキャパシティの限界だった。

 結局、何かしなければ何も始まらない。でも睡眠などという現実逃避には何の価値もない。だから高二の時に一度だけ、自分の状況を変えようとしたことがあった。
体育の時間、いつものように校庭の端の水道に寄りかかり、出れる筈もないフットサルの試合をぼんやりと眺めていたら、さっきまでピッチで脚光を浴びていた、汗だくの運動部のクラスメイトに声をかけられたのだ。

――カンザキ、代わってくれ。

 言われていることがよく分からなかった。しかし内心嬉しかった。ちょうど自分を変えようとしていたときに君は本当に…と、脳内では彼に抱きついてすらいた。どうやら僕以外のもう一人のチームメイトは欠席しているらしい。僕は口元の緩みを抑えながらピッチに向かった。俺はここで変わる。今までの閉鎖的生活を打破してやるぞ――。いつも鬱陶しがってた日光が、今日は僕に歓迎の微笑みを浮かべているように見えた。

 二分後、それは嘲笑に変わった。




 手遅れだった。高校生になって変わろうとしたって、そこにはもう大きな差が開いている。誰もピッチ上でパスをくれない。僕に与えられたのは、ドリブルであっさりと抜き去られるだけの咬ませ犬の役。所詮雑兵だった。いなくても代わりはいくらでもいるクローンの一体。案の定、僕と交代した運動部のクラスメイトは僕とタッチすることもなく、一言「交代」と小さく言っただけで、僕はピッチから追い出された。意地の悪そうなヤツの「ぷっ(笑)」という侮蔑を確かに耳にした。
その時、今までは見えなかったクラスの別の形が見えた。ピラミッドだ。運動のできるヤツ、明るいヤツはピラミッドの頂上で悠々と過ごしている。反対に運動音痴なヤツ、暗いヤツはピラミッドの下で日々悶々と学校生活を送らねばならない。アメリカでいうジョックスとナーズの日本バージョン。これが僕を苦しめ、自分を変えなければいけないという強迫観念を生んでいたのだ。本当は体育なんかで活躍したって徒労に終わるのだ。マンガにしても寒いストーリーだ。高校の門をくぐった瞬間から、僕はすでにカースト制の最下層にいたのだ。その束縛から逃れることは…もうできない。

 それからというもの、僕はこんなピラミッドをこの世に存在させている人間全員への憎悪と、頂上にいるヤツらへの嫉妬を糧にして学校に通い続けた。しかし、負の感情が生んだ心の迷いを振り切れないままで、大学受験を乗り切れるはずがなかった。
僕の入学した大学は、自宅の最寄り駅から二駅しか距離のない、地元の人間が半数を占める小さな大学だ。それしかなかったからこそ勉強に明け暮れた高校時代までの自分の人生は、見事に報われないまま幕を閉じた。それこそ、大声で笑ってやりたくなるほどに。


 もう分かるだろう。僕は変人だ。変化しうるモノサシによって測られる変人ではなく、人間としての能力が極度に低いという、普遍的な意味での。

後書き

ご感想などあれば是非。。。

この小説について

タイトル 現実ガ虚ロナ人間ハソノ曖昧サ故ニ、虚ロナ幻想ヲモ現実ト見間違フ
初版 2010年9月8日
改訂 2010年9月8日
小説ID 4041
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レッド・サイコパスの写真
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作家名 ★レッド・サイコパス
作家ID 488
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コメント (1)

ming1111 vcvcb コメントのみ 2018年8月14日 19時07分06秒
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