キズモノ - 現実ハ多クノ事ニ天使ノ両翼ガ要ル、崩壊ト再生…ソシテ進化ニモ

 朝にシャケッたばかりだが、どうやらまたしないといけないみたいだ。粛々と入ってきた女を見て、かなり真剣にそう思った。
主な理由は、女がゴスファッションだったこと。俺が無念にも手に入れられないと悟った姿が、目の前に存在しているなんて…せこいぞ…!

「菊川、遅れて御免なさいね」

 高そうなサングラスを取りながら女が言った。妙にぶっきらぼうな言い方だ。歌舞伎役者のような白塗りに黒く囲まれた目。こんなコテコテのゴス嬢が日本にいるなんて思いもしなかった。

「初めまして、来栖舞夜と申します。本名ではありませんけど」

「…カンザキです」

 来栖と名乗った女の黒い口元がぴくっと動いた。だがあまりに化粧が濃いので、それがプラスの感情表現かマイナスのそれなのか読み取れなかったが、僕はプラスであることを願った。女が本名を名乗らなかったことで、勝手に親近感を持ったからだ。

「では来栖さん、早速ですが、あれをお出しください」

「…分かったわ」

 女の声は虫の羽音のように掠れていて、どこか寂しげだった。
 




 出てきたのは人形だった。

 それも、さっき僕が欲情した、奇妙な形の人形、銀髪の少女の人形!

 年齢は一〇歳くらいだろうか。取り出したばかりで、髪が乱れている。服は群青のロリータ系のようなドレスだった。

「マリナです」

「え?」

 菊川が驚いた声を上げた。

「あ…ごめんなさい。名前はお好きなように決めてください」

 来栖と名乗った女はそのまま押し黙ってしまった。自分の左下に視線をちらちらさせている。

「では、実験の説明に入りましょう」

 女の分のコップを出しながら、菊川が言った。

「カンザキさんは、球体関節人形をご存知ですか?」

「いや…知りません」

「その名の通り、球体を関節にした人形のことです。来栖さんはその作家をやってらっしゃるんですよ」

「まだまったくの無名ですけれど」

 来栖と名乗った女は丁重にお辞儀をした。

 菊川が紅茶を注いだ。もうこの男の無駄のない動きに驚かなくなっていた。

 菊川の対応は僕の時よりもいくらか紳士的に見えた。この男は来栖と名乗った女とどんな関係なのだろうか。女の態度を見る限りでは恋人には見えない。どのくらい話をしているのだろう、どんな話をしているのだろう。すぐに思いついたのは、菊川が女を奴隷のように扱い、フェラチオを強要しているイメージ。案外、滑稽かもしれない。

「この人形に出会ったのは」菊川が続ける。

「一年前、身体論の授業でした。その教室でとあるビデオを放映して、そこに出てきました。前から知ってはいたんですが、現物を映像で観て、僕は感動しましたね。何というか、全身からエロスが滲み出ている感じがして。その点では原型である人間を超えてますね。よく言われていることですから受け売りみたいな意見なのが嫌ですが。」

「あら、知らなかったわ。あなたは大学生じゃないと思ってた」

 女が目を丸くした。アイラインが濃すぎて、殺意が湧いているのかと勘違いしかねない。そうですか?と菊川が受け流し、話を続けた。

「まあ僕のことはどうでもいいんです。実験の内容を簡潔にお話ししましょう」

 そう言うと、彼は右手で人形を差した。

「これからカンザキさんに、この人形をお渡しします。もちろんお金は取りません。そしてあなたにやって頂きたいことが…」

 菊川はズボンのポケットをまさぐった。そして――ズドン。

「この人形に傷をつけていって貰いたいんです。実験の大筋はたったこれだけです」

 言いながら、高そうな絨毯に刺したナイフを引き抜いた。来栖と名乗った女が引きつった口で笑う。

「そんな実験でも、さぞや報酬は弾むんでしょうね」

「ええまあ、大体一日一〇〇万程度お支払いしますよ」

 簡単に言える金額じゃない。

「但し、一つだけ条件があります。実験の期間中は、瀉血は一切禁止にしてください。この条件を呑みこんでいただけないと実験の意味がありません。分かって頂けますか」

 呆然とした。僕の癒しが失われる代わりに、多額の報酬を得る。果たして、この人形を傷つけるだけで癒されるだろうか。この男は単に、僕を苦しめたいだけか?きっとそうだ。腹の底ではケラケラ笑ってやがるに違いない…あの高校時代のジョック共みたいに。

 しかし、と僕は思い直した。菊川の画集で人形を初めて見たときの、今までにない高揚感。あの時のサディスティックな感情に賭けてみるのも面白いじゃないか…。

「いいですよ、シャケはしません。実験に参加します」

 はっきりと言い放った。菊川が微笑む。

 すぐに、来栖と呼ばれた女がバッグから黒い櫛を取り出した。

「じゃあ、髪のお手入れをしなくっちゃ。こんなボサボサだとお客さんの家なんかに住ませられないわ」

 人形の口元が、わずかに笑ったように見えた。

後書き

御感想&アドバイスお待ちしています。
では。

この小説について

タイトル 現実ハ多クノ事ニ天使ノ両翼ガ要ル、崩壊ト再生…ソシテ進化ニモ
初版 2010年9月15日
改訂 2010年9月15日
小説ID 4051
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レッド・サイコパスの写真
熟練
作家名 ★レッド・サイコパス
作家ID 488
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