キズモノ - 忘却

 菊川の家を出てから、一五分後にはもう自宅に戻っていた。例のごとく親がやってくる前に素早く部屋に入って鍵を閉めた。
部屋には昨日シャケに使った駆血帯が転がっている。丸まった管の形が来栖と呼ばれた女の唇に似ていたので、僕は思わすオナニーをしたい衝動に駆られたが、とりあえず我慢し、名残惜しくなる前にさっさと机の引き出しの中に片付けた。もう使うことはないかもしれない。

 布団の上に古いミシンケースのような木製の箱をそっと置いた。中にはあの人形と、菊川がくれたナイフがある。そういえば、この人形に名前をつけていない。かといって、別につける気にもならない。とりあえず、早く始めよう。

 いや、ふと思い出した。あの来栖と呼ばれた女は一回だけ、この少女をマリナと呼んでいた。それをそのまま使ってみたら面白いかもしれない。俺の理想をいとも簡単に体現した、憎らしいまでに美しく、崇拝すべき女。あいつがわざわざ名前をつけてまで大切にしていた少女を僕がナイフで凌辱する、吐き気がするほどピュアな青色をした瞳をくり抜き、腹の中をバラバラに引き裂いて、腕を口と女性器に押しこみ、全裸に引っぺがして女の前に差し出してやる、全身を精液まみれにしてやってもいい、来栖覚悟しろ、てめえの大事なものを俺が奪ってやる――。

 怖い。僕の頭から声がする。何が怖い?すべてが。変わっていく自分が。それでいい。学校。同級生。教師。親。他人。思春期。欲求。社会。ネット。金。能力。血。肉。心臓。嘘。言葉。汚物。多数派。美麗。醜悪。菊川。来栖。俺の過去。それらに対する小さな反抗。それを実行する時がやってきた。くだらない、実にくだらないことだが、目には目を、歯には歯を、くだらないものにはくだらないものだ。どうせこれからの人生、くだらないことしかないのだから、それらを全部受け入れて僕の存在価値にしていたい。そうすればくだらない人間の中で最もくだらない人間になれる。それでいい。さあ覚悟しろ。そう、いつかこの時が来るのを待ちわびていたのかもしれない。だから、さあ、早く、僕のこの手の震えを止めてくれ!

 僕はマリナを布団の上に寝かせ、ナイフを振り上げた。外が子供の声で騒がしい。ギッという、汚く甲高い奇声とともに顔の真ん中にぶっ刺した――はずが、切っ先は頬をわずかに掠っただけだった。僕の腕力が弱いのもあるが、それでも人間より固い感触だ。マリナは表情を変えない。わずかに笑ったままだ。何だかとても愛おしくなってきたので、僕は傷口に舌を這わせた。長いことそうしてるうちに、僕は服を脱ぎ、いつしか全裸になっていた。何故そうしたのかは分からない。マリナの両脇を手で挟み込み、僕は顔中を舐めまわし始めた。土のように苦い味がする。土でできているのかもしれない。もうナイフは手から落ちていた。今度はマリナの青いシルクのドレスを乱暴に脱がした。乱暴っていう響きがいい。

 ドレスの下からは、未発達の平たい胸が出てきた。女性器までが精巧に作られているのにはさすがに驚いた。丸い関節がなかったら、ほとんどラブドールだ。僕は勃起した。
顔を舐めるのを止める。塗料が剥がれ、妖怪のように無様な顔になっていた。ザマアミロ。腕の力がどんどん強まっていく。もはや自分でも止められない。腹の真ん中が疼いて吐き気がする。何かが上がってくる。自分も知らない自分の何かが。僕は固そうな平たい胸に思いっきり咬みついた。三回咬んだところで、乳首の部分だけが引きちぎれた。そのまま錠剤を飲むように飲み込んだ。急に笑いがこみ上げてくる。腹から上がってきた何かが暴走寸前だ。片手で首根を掴んで立ち上がり、思いっきり振り回す。見事に胴体がスポーンと気持ちよく飛んでいき、壁にぶつかった。衝撃で関節がもげ、手足がバラバラに飛散した。何なんだこの感じは。もう本能しか残ってないような自分の動きは。愉しい。

 僕は自分のペニスを握った状態で、今度は唇に咬みついた。味わえよ。自分の口の動きとともにオナニーも激しくなっていく。唇の中を削っていき、穴ができていく。口にマンコが誕生ってか、ああはははははははははは。最後の瞬間、僕はマリナの顔を股間に埋め、削った穴の中に射精した。

 ふう。一息つくと、僕はマリナの顔を放り投げた。布団の上に寝っ転がる。下にナイフの冷たい感触があったが気にならなかった。外の子供の声が聞こえなくなった。そうだ、もう聞こえない、聞こえないんだ。僕は無上の喜びを感じ、数年ぶりに大きな声を出して笑った。窓の向こうの夕焼けが、僕だけを照らしているように見えた。





 どのくらい経っただろう。一しきり笑った後で、急に激しい虚しさに襲われた。バラバラに転がっているマリナを見ても、言い知れぬ寂しさと悲しさしか湧いてこない。体に重い何かがのしかかっている。またいつもの激鬱状態に戻ってしまった。メロメロブレブレミソミソロイロイノバノバベボベボドザドザミケミケヌカヌカモベモベしてきた。結局こうなるのか。何が悪かったんだ。もう生きられない生きられない生きられない生きられない生きられないどうしようもない――。

 無意識のうちに、僕の手は駆血帯と注射器が入っている引き出しに伸びていた。救われる方法は、これしか思いつかなかった。
















「ああ、カンザキさんですか、こんな朝からどうしま――」

 菊川が言い終えるのを待たずして、僕は戸口にいる彼を前に押しのけ、強引に家に入った。下っ端のヤクザ、いやパーキンソン病患者のように肩や腰をブンブン揺らしながらどたっと絨毯にふんぞり返った。

 上体を反らしていたから見えにくかったが、菊川のパソコンのディスプレイには容器の中に溜まった血の画像が映っている。こいつもなかなか悪趣味だ。

「それで、ご用件はなんですか?」

後書き

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この小説について

タイトル 忘却
初版 2010年9月26日
改訂 2010年9月26日
小説ID 4064
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レッド・サイコパスの写真
熟練
作家名 ★レッド・サイコパス
作家ID 488
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活動度 1984

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