キズモノ - 変貌ナド容易イ。ソノ後形状ヲ変エナイコトコソガ真ノ難敵

「ああ、カンザキさんですか、こんな朝からどうしま――」

 菊川が言い終えるのを待たずして、僕は戸口にいる彼を前に押しのけ、強引に家に入った。下っ端のヤクザ、いやパーキンソン病患者のように肩や腰をブンブン揺らしながらどたっと絨毯にふんぞり返った。

 上体を反らしていたから見えにくかったが、菊川のパソコンのディスプレイには容器の中に溜まった血の画像が映っている。こいつもなかなか悪趣味だ。

「それで、ご用件はなんですか?」

 特に嫌がる風もなく、菊川がティーカップを出した。相変わらず仏のように爽やかすぎる笑顔だ。あの時僕の傷に向けた怒りは、消えてないはずだが。









「少年の人形…ですか」

「ああ」僕はぶっきらぼうに呟いた。何故か自分がゴスメイクをしているような気分になっていた。

「別に球体何ちゃらじゃなくたっていい」

 困りましたね…菊川が頭を掻いた。昨日よりも物腰が柔らかくなったように見える。

「来栖さんは僕の知り合いでしたから、簡単に人形を入手できましたけど…少年の人形を作ってる作家さんは知らないですねえ…。この実験が人形やその作家の方々を冒涜していることは百も承知ですから、知り合いがいないと厳しいんですよね――」

「うるせえよ」



……………。


……………。



音が消えた。



僕と菊川の目が合う。瞳の奥には何も見えない。



菊川の口が、動いている。



そして止まっている。



音がない。



………………。



何かが、変わった。



世界か、僕か、どっちもか。



ピボピボドミドミ、が何なのか、が見えてきた。



…………………………………





「これを見ろ」先にアクションを起こしたのは僕だった。僕が見せたのは、まくった腕の注射痕。昨日ずさんな処理をしたせいで、青痣になって腫れていた。それを見て、菊川は頷いた。

「なるほど、僕の実験はまだ何も進まなかったというわけだ」

「あんなんじゃ足りないんだよ」僕は低く呻いた。

「確かにあの女の作った人形はすげえエロくて、思わずレイプしてバラバラにしちまった。だけど、何か足りないんだ。もっとこう、体の奥底から燃えあがらせて、口や耳からずっと噴き出続ける何かが。結局こんなのを犯ったって、虚しさと疲れしか残んねえ、オナニーとどこも変わんないんだよ。それで考えた。きっと女じゃダメなんだ。同性の方が、俺がメチャクチャにしてやるのに適してると思うんだ。別に俺がホモだとか、そういうんじゃない。でも何かが変わると思うんだ、野郎の身体をズタズタにするってのは」

 菊川は腕を組み、黙って話を聞いていた。僕の言ったことは本当に伝わっているのだろうか。突然、寝てんじゃねえよ、と凄みながら菊川の顔を蹴り飛ばす自分を想像した。それだけで顔が紅潮して、変な気分になった。

「分かりました」

「手に入るのか?」

「そういうのを売っている店で普通に買ってきます。本当ですよ。まさかキューピーを買ってきたりはしませんし」

 菊川は立ち上がり、僕にも立つよう促した。今から買いに行くらしい。玄関に向かう途中、またパソコンのディスプレイの、血の溜まった画像が目に入った。見慣れているから変な感じはしないのに、何かが胸につかえた。

「ただ――」靴を履き終えると、菊川が口を開いた。

「もし、少年の人形でダメだった場合は、どうするつもりですか?」

 僕は菊川の顔を見つめた。傷のない、純粋な肌。しみやそばかす一つない、女が嫉妬するであろう、完全な肉体。

「どうなん、だろうな」

 僕はお茶を濁した。本当はこの時、少年の人形をレイプしても意味がないことがもう分かっていたのかもしれない。

























 菊川から電話があったのは、人形を渡した次の日の夕方だった。

「来栖さん。一応、実験の経過をお知らせします」

「必要ないわ」私はきっぱりと言った。「大体分かるもの」

 もちろん嘘だ。

 菊川はしばらく何も言わなかったが、軽い深呼吸をしてから再び話し始めた。

「では、来栖さん、いえ、もう大岩さんと呼んだ方がいいのかもしれません」

 どういうことか分からない。本名で呼ばれる方が違和感がある。

「あなたの協力はこれで終わりました。後々報酬をお支払いいたしますので、その時にご連絡いたします」

「え?」声が上ずった。「どういうこと」

「カンザキさんの方から依頼があったんです。以後の実験は少年の人形の方が良いと」

 ただ呆然とするしかなかった。一瞬は喜んだが、実験による精神的な私の苦しみが無くなるということは、今度は菊川の経済的な支援を失い、生活ができなくなるということだ――。

「菊川、そしたら私――」

「心配要りませんよ」言うことを見越していたかのように素早かった。

「あなたへの援助は続けます。賠償のこともありますし」

「賠償ですって?」怒りがこみ上げてきた。

「そんな同情なんていらないわ!悪いと思ってたなら最初からやらないで!子供じみてるわ」

「いえ」相変わらずの無機質な声だ。

「自分のしたことが悪いとは思ってませんよ…あなたと会う前から、そして今も」

 この男、真性の鬼畜だ。まさかここまで腐っていたなんて。

「単なる形式です。それには金が一番適してるんです、ただそれだけですよ。あなたがそういうのを嫌っているということは知ってます。でも何だかんだであなたも金を使ってます。何故だと思いますか?それが一番簡単な手段だって知っているからですよ。謝罪がカタチをもつには最も手っ取り早い方法なんです。いわゆる心からの謝罪っていう、深く深くお辞儀をする、いかにも礼儀正しいやり方、あっちの方がよっぽど信用ならないと思いますよ。だって、金があればあなたは絶対いいことがあるじゃないですか。誠意だけでいいことなんてそう簡単に起きませんよ」

 鬼畜なりの素晴らしい意見だ。しかしどうにも納得できなかった。

「別にあなたがどう思おうといいです。いつも通り、勝手にこちらが口座にお送りします。僕は、あなたを離したくないので」

――俺は、お前を離したくない。

 鴻池に言われたセリフを思い出す。これほど信用ならない、汚い言葉はない。だが、わずかでも惹かれる自分がいる。これが、菊川天馬の恐ろしさだ。どんな腐った泥水でも、甘いジュースに変えてしまう。少しだけ、ホスト狂いの原点を見た気分だ。

「ところで、来栖…さん。そちらにカンザキさんはいらっしゃいませんか?」

 間抜けな質問だ。

「いるわけないじゃない。あの男は私の住所なんて知らないはずよ、気持ち悪いこと言わないで」

「そうですよね…なら良かったですね」

「何が?」

「きっと彼、近いうちにどちらかの家にやって来ますよ…。まあ彼は僕の家しか知らないわけですが――」

電話口から鼻で笑う声が聞こえた。

「もし彼に、僕があなたの家の住所を教えたらどうなるでしょうね」

…!

「あんた、ふざけないで――」

「きっと面白い結果が得られるはずだ」明らかに面白がっている口調だ。

「さあ、どっちに転がり込むかな…」

 そこで電話が切れた。


 私はいつの間にか立っていたが、骨が無くなったように床にへたり込んだ。

 窓のない部屋を囲むマリナたちも、私を救えそうにない。

 いっそのこと、あのカンザキという男に殺された方がましかもしれない。

後書き

御感想&アドバイスをぜひ。

この小説について

タイトル 変貌ナド容易イ。ソノ後形状ヲ変エナイコトコソガ真ノ難敵
初版 2010年10月2日
改訂 2010年10月2日
小説ID 4066
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作家名 ★レッド・サイコパス
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