Dメール - No.22 to:狙われし王妃(3)

 走って逃げようとする伊織の腕を、斯波は半ば強引に掴んだ。それでも彼女は、嫌がって抵抗し、斯波の腕からすり抜けていこうとする。しかし男の力強さには敵わず、諦めたように暴れていた体を鎮める。
「何で逃げるんだ。誓って言うが、君を送っていくだけだ。警察だから逮捕されるとか、そういう偏見があるのなら……」
「警察なんか大嫌いなの! もう放っておいてよ!」
「さっきも言っていたな。確か、自分が殺されればそれで終わる、とか。何の事なんだ?」
 斯波が問いかけると、伊織は若干訝しむような目線で言った。
「……警察のくせに、『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の事も知らないの?」
「刑事になり立てでね」
 斯波は何の感情も込めずに淡々と言い切った。例え、その殺人鬼の名を知っていても、変わる事がないとでも言うような、確固たる意思が宿る瞳。
 その横顔を見つめ、小さくため息をついた後、伊織は一枚の新聞記事を鞄から取り出し、斯波に差し出した。そこには、『聖なる殺人者、遂に四人目を殺害!』との見出しが大きく掲載されている。その下に羅列している文字を読み進めていくと、被害者の名前の欄に『由良幸助』という名前が斯波の目に映る。
微かに息を呑んだ斯波を見やり、伊織は言った。
「『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』が日本で殺した四人目の被害者……それが、私の父親」
「だからって、君が殺されるという理由にはならないだろう」
「本当に知らないの? 何故、私の父親が殺されたか。あんなに新聞やテレビで派手に取り上げていたのに」
 伊織の刺す様な視線に、斯波はもう一度新聞記事に目を通した。そして、自らの頭に駆け巡った事件を、ゆっくりと吐露する。
「まさか、『長門疑惑』の?」
  斯波が問うと、伊織は静かに頷いた。その反応で斯波はぼんやりとしていた記憶の全てを思い出した。
12年前、葦香市総合病院で医療ミスが発生した。外科手術が何故か次々と失敗して患者が死亡し、マスコミは治療費滞納をしている患者に限って死亡している事から、病院長の長門武明(ながと たけあき)氏が外科医に意図的に患者を殺すように命じ、その行為を医療ミスとして隠蔽したとマスコミが大々的に報じたのだ。
 勿論、長門院長は事実を否定した。しかし、それだけでは終わらなかった。警察による公式の捜査が始まった途端に悲劇が起こった。葦香市総合病院に勤めていた外科医二人が、何者かに殺害されたのだ。当初は長門院長が口封じの為にやったのだとまで言われたが、三番目の被害者として院長自身が殺された。その謎の殺人鬼が『セイント・リッパー』だったのだ。
 そして四番目の被害者として、今までの被害者を検視していた当時の検視官の一人である伊織の父、由良幸助が殺されたのだ。
警察も勿論『長門疑惑』と併せて捜査を行ったが、『聖なる殺人鬼(セイント・リッパー)』を示す手がかりは残されてはいなかった。
結局は迷宮入りとなった二つの事件。それが今回の連続殺人事件と密接に関わっているという事実に、斯波は言葉を失った。
「最近、お父さんの遺品を整理していたら、日記が出てきたの。最後のページには……自分が検視した『長門疑惑』の検視結果が何者かに改竄されている、って書いてあった」
「まさか……!」
「警察の人間が、お父さんが提出した検視結果を書き換えたんだわ。お父さんは『聖なる殺人鬼(セイント・リッパー)』の殺害方法について、何かを掴んでいたから殺されたのよ!」
「だが、改竄の証拠はあるのか?」
「今まで『聖なる殺人鬼(セイント・リッパー)』の事件は捜査はされても進展はしなかった。明確な証拠が無かったから。でも、その明確な証拠がうやむやな人物像じゃなくて、『殺害方法』そのものにあったとしたら? その証拠や改竄の事を突き止めてしまったお父さんが、邪魔になったとしたら?」
「……だから、お父さんの死の真相を知ろうとする君も目障りになる、か……」
 世間を騒がす殺人鬼と、かつて巷に懐疑の念を抱かせた医師達の闇。その二つが今になって、由良伊織という少女によって一つに繋がっている。そして、その二つの事件に大きく関わっているかもしれない、警察という組織。
 その組織の一員である斯波にとって、伊織が話している内容を認めるわけにはいかなかった。警察が殺人を犯してまで不正を隠そうとしているなど、それが真実だとしたら許し難い行為であり、警察の権威を地へと失墜させるに相応しいものだったからだ。
 斯波は伊織の顔を真っ直ぐに見つめた。迷いも、躊躇いも許されない。夕日に照らされた背広姿の影が、ゆっくりと揺れ動いた。





 一方、尼子由利の車にて帰路に着いていた夜一、渚、そして龍二の三人は、彼女の車に揺られながら暫く外の景色を眺めていたが、いきなり車が急停止したので今まで取っていた体勢を思い切り崩してしまった。
 体重の軽い渚はシートベルトをしていたのだが、急な横揺れに耐え切れずに横に居た人物、夜一に向かって倒れこんだ。華奢な彼女の体を咄嗟に受け止めてから、夜一はすぐに焦ったように手を離した。
「わ、悪い!」
「ああ……」
 しかし、渚の方はこれといって気にする風でもなく、車が止まった目的地を仰ぎ見ていた。
「さー、降りた降りた。まさか捜査を諦めるなんて言わないわよね? 夜はまだまだ長いわよ」
 そう言った尼子さんの口元は、まるで好物を見つけたとでも言わんばかりに至極嬉しそうに緩んでいた。
 白を基調とした落ち着きのある一戸建ての家がそこにはあった。楕円形の特徴的な形をしており、派手な赤色の車が映えないほどに実にシンプルな外観の家だった。
 尼子さんは詳しい説明も無いままに夜一達をその家へと通した。すると、仁王立ちをした女性が尼子さんに向かって声を発した。
「先生! いきなり『聖なる殺人鬼(セイント・リッパー)』絡みの解剖結果かき集めろなんて……警察に協力してもらってやっと……」
「……幸乃さん?」
 瞬きしながら女性の名を呟いたのは、龍二だった。
「龍二君! ああ、それにあの時の探偵君も!」
 その女性、大友幸乃は顔色を明るくして言った。龍二が容疑者にされた事件で、彼の兄、立花龍一の婚約者だった彼女が、何故か尼子さんの家と思しき建物にいる。その事を皆が疑問に感じていると、いつの間にか白衣を脱いだ尼子さんが資料を読みながら言った。
「ユキちゃんはね、私の個人的な助手なのよ。住み込みで働いてくれるし、有能だし助かっちゃってるわ」
「人使いがかなり荒いですけどね。……龍二君に負けないように、私も頑張ってみたいと思ったから」
「良いと思います。……科学的に」
 大友さんが微笑むと、龍二も嬉しそうに彼女を見つめ返した。
 一方の尼子さんは、珍しく真剣な面持ちで大友さんから受け取った資料を読んでいた。暫くして資料を読み終わったらしい尼子さんが言った。
「やっぱりねえ。今回の事件と、12年前の『聖なる殺人鬼(セイントリッパー)』は同一人物の犯行じゃないようね」
「どうして分かるんですか?」
 夜一が問うと、尼子さんはコピーした資料を夜一達に渡した。資料と一緒に貼り付けられた写真には赤いペンで『ガラス?』と記してある。一連の事件の被害者の体には、ガラスの破片が付着していたというのだ。
「え? 科学的に、十二年前の事件では遺体の全身に刃物による『切り傷』があるはずじゃ……」
 龍二の疑問に、尼子さんは深く頷いた。
「そうなの。今回の事件と、十二年前の事件。考えてみれば二つの事件を比べればこの違いは明らかだった。でも、ハル君にも斯波君にも十二年前の資料は渡っていなかった。『聖なる殺人鬼(セイント・リッパー)』という名が出てきただけで、二つの事件に何らかの関連性があるのは明白なのに」
「警察が伏せてた資料を、どうやって手に入れたんですか?」
 夜一がごく自然な事を聞くと、尼子さんは嬉しそうに言った。
「知りたい?」
「え、ええ、まあ」
「本当、雪代家っていうのは便利よね。警察のコンピュータに忍び込んじゃう精鋭が居るんだから」
 夜一は薄ら笑いを浮かべるしかなかった。夜一達が車に揺られている間に、渚と尼子さんの間にはお互いに協力するという『契約』が成り立っていたらしい。雪代家一の情報屋、斑鳩に警察のデータベースを調べさせて資料を持ち出したのだろう。
 そんな事も気に留めずにいる渚は、尼子に言った。
「だが、この資料によると二つの事件は殺害方法も違っているのだろう?」
「ふふ、流石は雪代の人間ね。おそらく今回南蝶高校に現れた『セイント・リッパー』は偽物。所詮は殺人鬼の真似事よ。だけど……それだけじゃないわね、きっと」
 尼子さんがそう言い終えると、渚は携帯電話を取り出してどこかへ電話し始めた。
数分後、尼子さんの自宅にやってきたのは渚の助手、西園寺響子さんだった。黒いミディアムヘアに蒼紫色のスーツ。何時もと変わらない冷静な口調で彼女は渚に言った。
「渚様。お呼びでしょうか」
「ああ。これから私と夜一は南蝶高校に向かう。我々の護衛を任せても大丈夫か?」
「かしこまりました。では、車にてお待ちしております」
 余りにもあっさりとした二人のやり取り、及びその内容にすぐさま夜一がつっ込む。
「おい、こんな夜にどうして南蝶高校に戻らなきゃいけないんだよ」
「決まっている。犯行の手口を調べるためだ」
「それにしたって、護衛は要らないんじゃないか?」
「……夜一。尼子さんの話をきちんと聞いていたか?」
 逆に渚は夜一に問い返してくる。彼女の言いたい事は夜一にも分かっていた。十二年前の資料を、何故か今回の事件と結びつけない警察。その沈黙には、何か理由がある。だからこそ、警察を安易に信用するのは余り得策ではないのだ。
 もし、十二年前の事件に警察が暗躍していたとしたら、今回の事件を嗅ぎつける者に容赦するなどという根拠はどこにもない。
 夜一は観念したように渚に向かって頷いた。夜一も渚も怖くないといったらまるっきり嘘になる。それでも、真実を捜し求める事を諦める渚では無く、そんな彼女だからこそ夜一は今までついてきたのだ。
 渚は龍二や大友さん、そして尼子さんに十二年前の事を出来るだけ調べて欲しいと頼み、夜一と共に西園寺さんの車に乗り込んだ。


後書き

ううーお久しぶりです。
かなり久々になってしまいました;;
今回は、十二年前をキーワードにしました。過去と現在、絡み合う時間。推理に深く関わってきます。

間を空けずに書きたい、ですが……10月は自分でもどうなるか分からないくらいに補講や集中講義のオンパレードでして……。

グダグダなものですが、読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。これからも頑張ります。


>takkuりばーすさん

毎度お返事ありがとうございます。お返事が遅くなってしまい申し訳ないです;;

いやいや。全ては妄想に基づき、それを最低限意味のあるものにすべく頑張っているだけです。「ロスチル」のドキドキハラハラの設定も十分素晴らしいですよ!

そうですねえ。折角謎が深まってきているので、ここいらでもうちょっと謎を深めてみてもいいかなと思っております。
これからも是非見守ってやって下さい。

この小説について

タイトル No.22 to:狙われし王妃(3)
初版 2010年10月10日
改訂 2011年1月4日
小説ID 4075
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (1)

★takkuりばーす 2010年11月28日 7時53分11秒
いつの時代・世界でも警察ってそういった腐敗の象徴になってしまうものなんですね。

どうもおはこんばんちわ。自分ももはや締め切りなどというものがほぼ形骸化してしまった気がするtakkuです。

Dメール最新話、読ませていただきましたよ。
相変わらずこういった事件のネタがどこから得られるのか是非とも教えてほしい位、秀逸に練られてますね。

警察がいろんな意味で役立たず(←酷)な状況では、夜一君と渚ちゃんの働きに期待したいところですが……
相手もなりふり構わない感がある分、余計にタチが悪いわけで……

こりゃ“真の意味で”事件が解決するのはまだまだ先になりそうです(楽しみにしてますが)
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