エメラルド -  5.−一筋の光−

   

 「じゃあな、奏。がんばれよ!」
 「あぁ。」


 ――――――――――――――――――――。


 という昨日の会話を思い出した。昨日、『明日は休みなんだから、病院へ行って見てもらえ』と葵に念を押された。

 「そんなに言わなくても。」

 分かっている。と、言おうとしたや否や、『いつ気が変わるか分からないから』と思いっきり否定された。まぁ、俺だったらあり得ると自分で言ったのも事実なのだが。


 葵に従うわけではないが、今、最寄りの整形外科病院へ足を進めている。


 まぁ実際、何ともないだろうから心配はしていない。俺の知りたいことは、『これからバスケができるかどうか』ということだけだ。たとえ、やめたほうが良いと言われても、今回は引き下がらないと決めている。


 病院の門をくぐると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。前に足をけがした時にもこの匂いを嗅いだから、妙に懐かしく思える。だが、同時に不安が襲ってくる。前のように未来を見据えられないようなことを言われたら、諦めろと言われたら・・・・・。

 ここからは、自分のマインドでの根比べだ。残酷な運命を告げるやも知れないヤツとの。


 受付に行き、名前を言うと、『こちらです』と直ぐに案内される。いつもなら少し待っていてくれと言われる筈なのだが。それに、前を歩く女の人の顔はすごく困惑した表情だ。こめかみには薄らと汗が浮かんでいる。

 あぁ、これはマズイかも知れない。そう悟らせるかのように、次の急展開。


 「どうぞ。瀬戸先生、よろしくお願いします。」

 
 そう通された部屋には、母親と来た時に俺の脚を診断した同じ医者が、懐かしい眼差しを俺に向けていた。こうも偶然なことが起こると、最悪の事態を考えることにどうしても頭が向いてしまうのも無理はないと、分かってくれる人が居ることを願う。


 「よく来たね。」

 開口一番、こんな言葉か。しかもこの人も冷や汗のような物を流しているのは、俺の気のせいだと思いたい。だが、ここで怯んではいけない。そう思った俺は、まず一番先に知りたい事実の答えを促すことにした。


 「先生、俺やっぱり・・・・・バスケがやりたいです。」


 『言ってしまえばどうって事ない』誰かがそんなことを言っているのを思い出したが、今、その言葉に同感することができる。医者の顔はますます青白くなっていくのだが、そんなことは気にならない。これだけは、事実だから。あの時とは違う。そんな俺の様子を見て、医者も口を開く。


 「最近、走った?」

 「いえ。走ってないです。」

 「・・・・・そうか、じゃあ・・・・・走っちゃおうか。」

 「―――――――――――――――・・・・・は?」


 『もしもーし、どうしたんですかー大丈夫ですかー。』道端で泥酔するおっさんに、警察官がよく言うセリフだ。テレビなんかでよく見るアレ。まさにこの言葉を俺が発したくなるのに同感してくれる人が居るだろうか。いや、きっと居る。

 「走って・・・・・大丈夫なんですか?」
 「んー・・・・・分かんない。走ってみなくちゃね?」

 
 この籔医者めが。思わず殴ってやりたくなった。


 前に診察を受けたときは、バスケができなくなるということだけで、医者がどんな感じのヤツだったかは見ていなかった。今考えてみれば、とんだ厄介者に診てもらったものだと、後悔の念さえ覚える。

 連れて来られた先は病院の中庭。結構広く、学校の200mトラックに引けをとらない広さ程度のものだ。見てみれば、ちゃんと白線が引いてある。


 「まずは、アップとして50mを3本。その後に100mダッシュのタイム計るから。」

 と、籔医者が軽ーくそんなことを言っている。だが、そんなことを考えている余裕もなく、ポーイと何かが投げ渡された。

 「それ、いきなりすんごい早いスピードで走られると困っちゃうからさ、錘付いてっからね。お前、足早いんだもん。それ履いて、適当に自分のペースで走ってみて。」


 確かに、現役でやっていた頃は50mを軽く走って6秒ちょっと、本気で走れば6秒きって5秒半ちょっとぐらいの速さだった。陸上部にも引け目をとらないと、その当時はすごく評価されていた。

 渡されたシューズは、確かに少し重かった。履いてみると、サイズがピッタリなことに疑問を感じたが、そこは目を瞑ることにした。


 50mトラックのスタートラインに立ち、軽く準備体操をする。そして、深呼吸を1つおき、構えの姿勢をとった。

 「いいー?」
ゴールラインに居るらしい籔医者が、間抜けな声を上げて返事を促す。

 「いいっすよ。」
 そういいながら、片手を挙げて合図を送る。

 「んじゃいくよー・・・・・位置について、よーい。」


  ピーーーーーーーーーーーー!!!!!

 やる気のない言葉に似つかない笛の音で、思いっきり地面を蹴った。瞬間、腕も同時に振り抜く。


 正直言って、走っている間恐怖心に駆られた。以前走った時は、走ることが楽しくて、感じる風が気持ちよかった。だが今は、温い風に走っているという事実を突きつけられる。そんな気がしてならない。

 ゴールした瞬間、久しぶりに走った所為か、息が荒くなる。同時にわき腹も痛くなり、思わず手で押さえた。

 「っ・・・はぁ・・・・・」
 「お疲れー。」


 どこまで緩いんだコイツは。そんな疑念の眼差しを送っているのにも関わらず、籔医者は、淡々と言葉を並べる。

 「やっぱ速いねー、半年以上走ってないくせして7秒きって6秒後半だよ。」
 「遅っ!!」

 思わず声を上げた。まぁ、半年以上走ってないのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが・・・・・。

 「しゃあないでしょ。でも、こんだけ走れるならもう100m走っちゃおうか♪」
 「走っちゃおうかって・・・・・」

 しかもなんで語尾に“♪”が付くんだよ・・・・・

 その後、結局100mをダッシュで走らされたのは言うまでもない。だが、こちらも先ほどの50mタイムを2倍にした程度のものだった。


 「まぁ、こんなもんだって。ちょいと休憩しようか。」


 やはり何だかやる気のない籔医者に付いて行くと、ベンチに腰を下ろした。それに続いて、俺も隣に腰を下ろす。

 すると、ほいっとペットボトルを渡された。中身は、普通の水だ。

 「お前、今『普通の水じゃねーか』って思ったろ?」
 「当然でしょう。」
 「おいおい・・・・・少しは目上の人に対しての態度って言うものをだな・・・・・」
 「普通の水じゃないんですか?」

 籔医者の言おうとした言葉を遮り、疑問の答えを早く教えろと促した。

 「・・・・・あぁ、最近スポーツドリンクより、普通の水の方が体にいいって科学的に証明されてきたんだよ。だから、熱中症予防に砂糖と塩が入ってる水が良い訳。」

 「へー・・・・・」

 疑問を解決できた所で、早速飲んでみると、普通の水だった。まぁ、甘かったりしょっぱかったりしたら、逆にイヤだから普通で結構だ。

 すると、隣に座る到底医者には見えない籔医者が、言葉を発する。

 「お前、強くなったな。」
 「はい?」

 いきなり何なんだよと、怪訝な顔をしていると、頭をくしゃくしゃとかき混ぜるように撫でられた。

 「あの時、治るのに別にいいやって思ってたろ?」
 「まぁ・・・・・あの時は。」

 「だから、あの時俺も何も言わなかった。」
 「・・・・・・・。」

 そうか、俺は自分で自身の可能性を潰していたのだ。やっと他人の心情を窺えるようになった今、俺はそんなことを思った。

 「お前の脚は、ジャンパー膝という膝の皿の上下が痛くなるのと、オスグッド・シュラッター病っちゅう、10代のスポーツやってる子に多いヤツね。オスグッドの方は、結構休んだから、今は痛くないかもしんないけどね。本格的やり始めたら、また痛くなるかもしれない。」

 まぁ、この医者は何とも唐突に言葉を発するのだと、このとき確信した。いきなり脚の話かよと、少し驚いた。

 「そうですか。俺、アホだったんですね。」
 「うん、すっごい時間無駄にしたよね(笑)」

 見事ですよ、先生。その満面の笑み。うん、本当に。・・・・・まぁ、できれば否定して欲しかったですけど、別にいいですよ。変な期待を持った俺がアホでした。


 「今までできていたことも、1日やらなかっただけで、できなくなるんだ。やらなかった分の倍はやらないと、元には戻らない。特に、バスケの場合はね。」

 「マジっすか。」

 考えるより先に、そんな言葉が出てきてしまう。それも仕方がないだろう、半年やってなかったということは、1年程度の練習が必要だってことだ。考えるだけで気が重い。

 「まぁ、俺もそこそこはできるし。練習には付き合うよ。」

 「先生もバスケやってたんですか?」

 「いや、俺はずっとサッカーやってたよ。まぁ、運動神経万能なんで♪大体のスポーツは人並み以上にできるよ。」

 「うわっ、ナルシスト。チョームカつく。」

 「ははっ、冗談だよ。冗談。」

 それが冗談に聞こえないから不思議ですよねぇ。そう嘲笑うと、この減らず口が!と言って腹を付かれた。


 「でも、お前とこんなに打ち解けられて良かったよ。」

 「ちょっと緊張してたっしょ?」

 「お前、馬鹿にしてるな?」

 「気のせいじゃないすか?」


 悪態をついた俺に、またもや『お前は〜!』と頭を引っ掻き回した。

 だが、不思議とこの人と居ると素の自分が出てしまう。葵とはまた違う親近感を持つことができるのは、俺の気のせいだろうか。・・・・・気のせいじゃなんだろうな。自分で考えてるぐらいなんだから。


 こういう人と出会うのが、一番幸せかもしれない。と思った俺に同感してくれる人も居るんじゃないかと思うが、それが難しいからやる気をなくすのだ。


 「で、親御さんとは?まだ上手くいってないのか?」

 「今は、いわいる別居中です。」


 こちらはウケをとろうとするわけなど無く、真剣に答えたつもりだったが、先生は『夫婦かよっ』と言って、腹を抱えて笑っていた。


 「あぁー、可笑しかった。」

 「酷いじゃないっすか。こっちは真剣に答えたのに。」

 「わりぃわりぃ。でさ、これからどうする?」

 「どうするって言われても・・・・・1年かかるんでしょう?3年になった時に部活に復帰するつもりですよ。つもりっつーか・・・・・絶対しますよ。」


 言った後に、少し自分で驚いた。こんなにも強い決心だったのかと、本人である俺が驚くほどだ。


 「なぁ、何でそんなに変わったの?・・・・・もしかして。」

 「もしかして・・・・・?」

 「――――――――――――っ?」



 ――――――――――。

 受付に行き、会計を済ませた俺は、先生と今後のことについて話し合っていた。


 「お前、暇な日っていつ?」


 先生のその問いに、俺は『別に、普段は特別な用事はありませんけど。』と、そっけなく答えた。

 「ん〜、じゃあ毎日来るって言う事にしておいて・・・・・」
 「毎日っすか!?」


 先生の言葉を最後まで聞かずに、『毎日』という単語に反応してしまった俺に、『人の話は最後まで聞け』と先生は呆れた表情を浮かべた。

 「要するに、毎日来るということにしておいて、その日その日で『今日は行かない』とかって連絡してくれれば良いんだよ。分かる?」

 「そういうことですか。ところで・・・・・」


 「さっきのか?彼女でもできたとしか思えなくてさぁ、まぁ気にすんな!」

 そう。さっきの『もしかして・・・・・・っ?』というのは、彼女でもできたのか?という事だったのだ。だが、残念な事にそういう人ができたわけではない。ただ・・・・・


 「ある人に背中は押してもらいましたよ。」

 「そっか。」


 お互いに疑問を解決した所で、あることに気が付いた。

 「先生、ここの病院って無駄にでかくないっすか?整形外科だけにしてはでかすぎでしょう。」

 「あぁ、ここは総合医療センターだからな。何も整形外科病棟だけじゃないさ。外科だって、内科だって、脳外科だって揃っている。結構画期的さ。まぁ、そん中でも俺はチョー暇人だけどね(笑)」


 そういうことか。妙に設備が揃っているのも頷ける。にしても、この先生は自由すぎるような気がするが。


 「あぁ、ケータイのアドレス交換してくれるか?」
 「はい。・・・・・・先生、道具とかって持ってきたほうが良いですか?」

 「そうだな・・・・・まぁ、明日持ってきて♪」
 「了解でーす。んじゃ、失礼します。」
 「おうっ」


 こうして、先生と別れた。


 家路を歩きながら、ふと気が付いた。


 「バスケの道具、家に置きっぱなしじゃん・・・・・・」


 やべぇ。長いため息がこぼれる。という事は、家に取りに帰らなくてはならないということだ。

 いや、宅急便で送ってもらえばいい。・・・・・いやダメだ。そうすると、バスケをまた始める事がバレてしまう。

 1つ解決したと思ったら、また1つ・・・・・。でも、仕方が無い。全て自分で蒔いた種なのだ。




 だが、光が射した。俺の暗い人生に。



 俺の心に流れた潮風は、そんな想いまで掻っ攫っていった。







この小説について

タイトル  5.−一筋の光−
初版 2010年11月16日
改訂 2010年11月16日
小説ID 4119
閲覧数 654
合計★ 5
水無月 澪の写真
常連
作家名 ★水無月 澪
作家ID 691
投稿数 6
★の数 11
活動度 670

コメント (2)

いちご 2010年11月27日 20時03分46秒
リア友だお((
いちごですん(^p^)

文才ありすぎだ((
その10分の1でいいから
わけてくれ((www

続き楽しみにしてるよ!!

頑張れ(^^)

by 身長が小さい いちご((
★水無月 澪 コメントのみ 2010年11月27日 20時29分13秒

いちごだぁ♪コメありがとうっ

ここの方たちにはまだまだ追いつけません(汗


頑張ります☆
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