LostChildrenシリーズ - Case7 SIN〜後編〜

『こちらα02。目標の死亡を確認――これより帰還する』
 
 ガスマスクの内側に取り付けられていると思われる、無線機のイヤフォンに向けて、グレネードランチャーを携えた男が“事切れた『ワタシ』”を横目で確認しながら報告を行う。
 ――――あれから5分くらい叫び続けた『ワタシ』は、肉塊となった兄さんに寄り添うようにそのまま崩れ落ちた。
 
 叫び続ける途中で意識が無くなってしまったので、崩れ落ちた瞬間は全く憶えてないわけだが
 それでも、『ワタシ』の躰は消えゆく兄さんの温もりを克明に憶えている。
 この時、『ワタシ』は間違いなく死んでいたというのに……。
 
 
『……レーガン、任務終了だ。撤収するぞ』
『――――チッ』
 
 『ワタシ』に対する不満を露骨に態度へと表しながら、つい先程まで『ワタシ』を嬲っていた男――――レーガンは、
 もう一人の男に促される形で、渋々銃を腰のホルスターへと納め、くるりと踵を返してその場を立ち去ろうとする。
 
 
 と......
 
 
 ドウッ!!
 
 
 瞬間、思わず前のめりになりそうなほどの衝撃波と、血のように赤い閃光が3人の背後から襲いかかった。
 そのあまりの強烈な衝撃波に、そのまま倒れ込みそうになるも何とかこらえて踏みとどまり、倒れまいと自らの下半身により力を込める。
 突然の出来事に一体何が起きたのか状況を把握するのに若干時間を要したが、後ろを振り向いた瞬間“概ね”理解した。
 
 ……“概ね”となったのには2つ理由がある。
 
 一つは、先程の衝撃波と閃光は、自分達の後方で『何か』が大爆発を引き起こし、それによって生じた衝撃波でバランスを崩しかけたという、一連の原因の流れは理解できたという事。
 
 そしてもう一つ……確たる認識を“概ね”に貶めた要因。
 
 
 いや――――彼等の脳が“現状を理解する事を拒む”ようになった原因。
 
 
 
 得体の知れない感情によって染め上げられた彼等の視線の先には…………
 
 
 
 
 
 
 死んだハズの『ワタシ』が、全身に燃えさかる炎を身に纏いつつ、フワフワと……フワフワと宙に吊り下げられたマリオネットの様に浮かんでいた。
 
 
Lost Children
〜The opening of the end of the sorrow〜
 
Case7〜SIN(後編)〜
 
 『ワタシ』の声と共に、それとは全く別物の――――猛獣の様に酷く汚れた唸り声が混じり、そんな声がゆっくりと、まるで呼吸をするかの様に吐き出される。
 唸る声は次第に咆吼のそれに取って代わり、炎を巻き込んで呪文となり『ワタシ』の形を……『ワタシ』という存在を別の“何か”へと変貌させていく。
 
 
 まず最初に変化し始めたのは脚部からだった。
 『ワタシ』の本来の足を炎が包み、膝から足裏にかけて、二等辺三角形のように下へと下がるにつれて広がりを見せる幅広の足となり、そのつま先には3本の鋭い爪が生えた指が形成されていく。
 
 そんな脚部の肥大化に伴って重心が下がって安定したのか、腰が若干下がり気味の位置に来ると、併せて胴体や腕部も、脚部と同様の肥大化を遂げていき、その表面にはウロコが形作られていく。
 
 続いて、後方に吹き流す要領で燃えさかり、吹き上がっていた炎がその形状のまま固まっていき、一対の巨大な翼を形成する。
 その姿は、かつての神や天使が持つ様な神々しさとはほど遠い――――禍々しいオーラと恐ろしさをむざむざと見せつけているかの様な邪悪さそのものとも取れるモノ。
 
 最後に残った東部……短めに切っていた真紅の髪は炎を取り込んで3本の鋭利な角となり、内、中央の一本はその先端に矢尻の形をしたウロコが
 幾重にも連なる形で長い尾のようなものを形成し、その先端には特に鋭利な三角錐の形をした爪が完成する。
 そんな中、唯一『ワタシ』の顔だけは変化せずにそのままの形を残していたものの、瞳は全くの別物――――ハ虫類のそれに類似したモノへと置き換えられていた。
 
 
 こうして、“本当の姿”となった『ワタシ』の姿を認識するなり、目の前の男達の態度が、明らかに豹変したのがよく分かった。
 ガスマスクを身につけているので表情こそ読み取る事は叶わなかったが、皆一様にひるみ、怯え、体中から『恐怖』という感情を存分にさらけ出していた。
 
 
“――――咎人(とがびと)共よ”
 
 
 変身を遂げ終えた『ワタシ』は改めて彼等の方に向き直ると、静かに……吐き出す様に告げる。
 すると恐怖に耐えきれなくなった男の一人が手持ちの機関銃を構えて、狂気の矛先(銃口)を『ワタシ』に向けて鉛玉を目一杯打ち込んできた。
 さながらその様子は弾丸の津波。押し寄せる弾幕の一波が一斉に『ワタシ』へと襲いかかろうとする――――が、そんな男の精一杯の抵抗も徒労に終わり、圧倒的な熱量を持つ『ワタシ』のウロコに近付くにつれて融点へと達し、そして地面へと垂れ落ちていった。
 
 それでも男は射撃を停止しない。恐怖で完全にパニック状態に陥り、全身の筋肉が硬直を始めていたのだ。
 そんな男に構うことなく、『ワタシ』はゆっくりと…ゆっくりと歩を進め、徐々に男との距離を詰めていく。そして……
 
 
“逝(い)ね”
 
 
 静かに告げたのは判決の執行令(ジャッジメント・エクスキューション)。
 僅かに振りかぶった後に、『ワタシ』は頭の触手を巧みに操り、先程の男を捕獲し、触手でぐるぐる巻きにしてやる。
 強固なウロコを纏った触手によって締め上げられて男の骨がバキバキと音を立てて粉砕されていき、同時にウロコの鋭角部が肉にジワジワと、ゆっくりと傷口を広げていくかの様にめり込んでいく。
 
 
 響き渡る生々しい虐殺のサウンド。
 
 
 轟く男の断末魔。
 
 
 しばらくすると、絡め取られた触手の隙間から煙が立ちこめ…僅か数秒も経たないうちに炎が噴出。
 ウロコの熱量を一気に引き上げて男の躰を“焼き”に掛かった。
 それに伴って音量を増す男の悲鳴。懸命に助けを求めようと、拘束を免れた右手を振り続けるも次第にその勢いは衰えていき……
 最後にはその腕にまで炎が回り、最後には男の躰を構成していた物質は全て“燃やし尽く”され、それを確認した『ワタシ』が触手を元通りに引っ込めた時には男の姿形すら残されてはいなかった。 
 
『な、何モンだコイツはっ!!』
 
 あまりにも異様とも言える光景を目の当たりにし、先程兄さんごと『ワタシ』を撃った男――――レーガンは驚きの声を上げ、思わず一歩後ずさる形で『ワタシ』と距離を取る。
 だがそれでも、すぐにこの場を立ち去らない辺りは性格の所為か、はたまた任務への執着心か。
 どちらにしても『ワタシ』の力を目の当たりにして逃げ出さないとは、愚かしいにも程がある。
 
 
“今の―― 己等に語る言葉は無い”
 
『な、何っ?!』
 
“咎人よ……精算せよ。己が業を――我が主を煉獄へと貶めたその業を!”
 
『あ……主、だと?!』
 
 男の理解は元より待つ気はない。
 有無を言わさず『ワタシ』は残りの2人を屠るべく、再び頭部の触手に神経を通じて執行命令を下達する。
 その動きをいち早く察知した、グレネードランチャーを携えた男がもう一人……レーガンを突き飛ばしたかと思えば、続けざまに『ワタシ』へ向けて銃を構え――――
 
 
 ドガゴォォォンッ!!
 
 
 放たれたのは榴弾。鉛弾と違い、爆発する機構を持つこの武器ならあるいは……
 そう思っての一撃だったのだろう。僅かに判断が遅れた『ワタシ』は回避もままならず、そのまま40mmの爆風と破片達の餌食となる――――
 
 
 ドシュッ!
 
 
 ……事はなかった。
 爆風や破片すらも全て自らの熱量によって無効化した『ワタシ』は“気配だけ”を頼りに男の位置を掴み、その朱き鼓動の元を刺し貫いてやった。
 重武装のセラミックスアーマーをもいとも簡単に貫き、『ワタシ』の触手は完全に男の心臓を体外へと抉り出す形で貫通。
 三角錐の形をした爪の先端には、未だ鼓動に震え、鮮血を撒き散らす男の心臓が刺さっており、その鼓動が停止した直後
 
 
 ゴウッ!!
 
 
 先程の男と同様に、傷口から炎が瞬く間に全身へと燃え広がり、あっという間に男の躰をどんどん焼き尽くしていく。
 一瞬のうちに体中の血液が沸騰し、眼球は沸騰して破裂。辺りに肉の焼けていく臭いが充満していく中、レーガンは次第に追い詰められていった。
 
(何でだ、何でなんだチクショウ! 俺達の方が“狩っていた”側だったのに……いつの間にか俺達が“狩られる”側になってやがる!!)
 
 何をどこでどう間違ったのか。
 その原因を徹底的に究明しようと思考を巡らせるレーガンをよそに、『ワタシ』は2人目の刑執行を完了し終え、残った炭酸カルシウムの固まりをレーガンの側に放り投げた。
 つい先程まで共に『ワタシ』を追い詰めていった仲間の白骨を目の当たりにし、レーガンは……
 
 
『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
 
 ダダダダダダダダダッ!!
 
 
 絶叫とも取れる声を上げて、彼は『ワタシ』に対して機関銃を撃ちまくってきた。
 が、その弾幕においても、先程の1人目の男の時と同様に弾は着弾する前に融解―――するも、構うことなく彼はありったけの弾を『ワタシ』に浴びせようと、銃の引き金を引き続ける。
 
 次から次へと、鉛弾を放ち終えた空薬莢が、銃のイジェクトポートから発射の反動によって排出、続けざまにマガジン内の次弾薬がスプリングの復元力によって薬室の中へと再装填され、それを再び最初から繰り返す……
 
 無駄だと知りつつもレーガンは、足掻き続ける。
 
 2人目もやられた。
 
 残るのは自分一人。
 
 
 最後に殺られるのは、間違いなく自分。
 
 
 押し寄せる恐怖と絶望を否定したくて、徹底的に撃ちまくる! だが――――
 
 
 ガキンッ!
 
 
 空薬莢が排出ミスを起こし、スライドとイジェクトポートの隙間に引っかかってしまった。さらに悪い事に、マガジン内の弾も0(ゼロ)。
 焦ったレーガンは詰まった空薬莢の排除と新しいマガジンの交換にもたつき、焦りの色を濃くしていく。
 そんな彼の姿を見て、足掻きが終了した事を確認した『ワタシ』は、背後の翼を一気に斜め後方へと展開。コウモリの様に刺々しい鋭利な翼を広げた後に、『ワタシ』は一気に跳躍し――――レーガンの首を掴み上げた。
 捕まれた直後、うめき声の様な一声を出したと思ったら、すぐにその状況を脱しようと必死に抵抗する。
 
『何で……何でなんだ! 何で俺がこんな目に――遭わなきゃ、いけねぇんだ……!』
 
 この期に及んでも自分が何をしでかしたのか、この男は全く理解していなかった。
 罪深き咎人へと『ワタシ』は静かに告げる。
 
“己は……数多くのものを奪った”
 
『な、何だと?!』
 
“主から……そして、主以外の者達からも、数多くのものを奪った。にも関わらず己はそれを楽しんでいた。心の底からな―――拠って断罪されねばならぬ”
 
『さ、裁判官気取りかよ……化け物のくせに、えらく高尚なヤツだな!!』
 
“……我は高尚などと呼べる様な、そんな神々しい存在ではない。
ましてや、死神の様に慈悲深き存在でもない。我は……我が名は……”
 
 名乗り上げと同時に、『ワタシ』はコイツの首を掴んでいる腕に『力』を流し込む。 
 流し込まれた炎の鼓動はすぐさま形となり、目の前の“咎人”に着火―――セラミックスアーマーを着込んでいようが関係ない。
 その罪、穢れ、その他諸々の『負』を肉体ごと焼き尽くさん勢いで燃え上がる炎の中、レーガンは悲鳴にも似た断末魔を上げる。
 
『ぎゃあぁぁぁぁっ! 熱ちいぃぃぃぅえぁぁぁぁぁぁっ!!』
 
 レーガンは必死に叫びながら手足をジタバタとばたつかせてその苦痛を体現する。
 
 だがまだ足りない……
 
 まだ終わらない………
 
 “この男が奪った者達の苦しみ”の、千分……いや、万分でも同等の絶望と苦痛、恐怖を………
 
 
 この『断罪の炎』の名に懸けて味あわせるために――――
 
 
 
“我が名は―――『煉獄の極王・ラドベアリス』。我が炎は、遥か地の底より出で来たる地獄の業火と知れ!”
 
 
 
『ちっくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………
 
 
 絶望と責念に満ちた叫びを上げ、それが掠れて消え去る頃にはレーガンの肉体は完全に消失していた。
 
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
 私が再び意識を取り戻した時には、“事”は既に終わっていた。
 
 辺り一面に立ちこめる肉や血が焼け焦げる臭いと銃器の硝煙の臭い……
 そして、ボロボロに焼け崩れ、今にも崩壊しそうな廃工場“だった”建物………
 静まりかえった建物の中は、少し動くだけでも大きくその音を増幅させ、エコーを掛ける。
 まるで、最初から自分一人だけがこの場所にいたかの様に……。
 
 だが、現実は如実に語りかけている。
 
 先程まで自分を襲い、兄さんと私に手を掛けた男達はもういない。
 何よりも決定的だったのは、学園祭のために用意した新品の制服がボロボロに焼け焦げて、“致命傷だったはずの傷”が完全に塞がっていた事。
 
「……夢じゃ、ない?」
 
 自分自身に確認するかの様に、私は私に問いかける。
 ……が、返答が帰ってくるはずもなく、ただ単に沈黙の時が流れていくだけだった。
 
 と―――
 
 
 ドクンッ!
 
 
 瞬間、一挙に頭の中に流れ込んでくる“惨劇”。
 聞こえてくる断末魔の数々―――
 伝わってくる、肉が焼け焦げ、血液が沸騰する感触――――――
 
 
「っ! う、うえぇぇぇっ!!」
 
 突如脳内に再生された“受け入れがたい現実”と、周囲の異臭の相乗効果によって、私は慌てて近くの物陰に隠れて嘔吐した。
 何故こんな事になってしまったのか、自分でも未だに判らない。ただはっきりしている事は……
 
 私はこの日を境に“人である事”を止め――――
 
 
 彼等と同じ“咎人”として生きる事を余儀なくされた。
 
 
〜半年後 six month later...〜
 
 別れというのは、いつも唐突にやってくるものだ。
 
 私が例の一件から逃げる様に自宅に帰ってきてすぐ、祐の“本当の”両親が見つかって、彼を引き取りに来たのだ。
 当然、祐にとってすれば見知らぬ男女がいきなり現れて『私達があなたの本当のパパとママよ。さあ、一緒におウチに帰りましょ。お世話になったお姉ちゃんに挨拶して、ね?』
 ……といってる様なものなのだから祐は勿論、私だってすぐに納得できた訳じゃなかった。
 
 でも……私は知ってしまった。私がどういう存在なのかを――――
 
 
もし、彼の目の前で“あの姿”になってしまったら……
もし、祐までもが“そんな私”を『化け物』と言ったら………
もし、私自身の手で、“そんな祐”を焼き殺してしまったら…………
 
 
 
きっと私は、耐える事が出来ないだろう
 
 それを思うと、祐を私の側に置いておく事がたまらなく怖くなった。
 
 
 決断は、割とすぐに出来た。
 泣きじゃくる祐を私は無理矢理にでも引きはがし、ご両親の元へと託そうとする。
 それでも私の元へと戻ってこようとする彼を……私は思いっきり平手打ちした。
 
 嫌われてもいい……いや、いっそここで嫌われた方が、後々どれだけ楽なんだろうとも思った。
 
 泣き叫びながら、懸命に私の事を呼び続ける祐を私は振り払うかの様に家の中へと戻り……
 
 
 自分の家と……心の扉に、厳重な鍵を掛けた。
 
 
 
 広すぎた。
 
 この家は一人で暮らすには、あまりにも虚しい空間が多すぎる。
 
 いるだけで心が締め付けられる様な想いに駆られる。
 
(ジェス兄さん………お父さん、お母さん…………)
 
 愛すべき人は、もうこの家には誰もいない。
 久しく忘れていた『孤独』という名の悪夢が私の精神を支配していく。そして――――
 
(みんな……私を守るために居なくなったんだね)
 
 8年前の事件では、“私が近くにいたから”両親は炉の暴走を食い止めるために犠牲となり……
 そして今回では、8年前の事件が原因で兄さんが……
 
 考えると、身近な人の死にはすべて“私”が絡んでいた。
 望んでも居ないのに自分という存在が知らず知らずの内に死を引き寄せていた事に愕然とする。
 
 嫌だ……
 
 一人になるのはもう嫌だ。
 
 でも、私のせいで誰かが居なくなるのはもっと嫌だ!
 
 でも……でも…………!!
 
 
 
 孤独を恐れた私は、気がつくと『彼』に連絡を入れていた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
 事の全てはさすがに話せなかったが、祐が本当の両親の元に帰ったことで、
 ちょっとナーバスになっているとだけ伝えて……
 
 一(はじめ)君を、私は自宅へと招き入れた。
 
 何で彼を自宅に呼び出したのかは、その時はよく分からなかった。
 ただ、一君はクラスの中でも一際責任感が強く、誰にでも隔てなく接する優しさから、数少ない男の子友達の中では、結構印象は良かったからだと思う。
 実際、お茶を出して暫くしないうちに、彼は察してくれていろいろな話題を私に振ってきてくれた。 おかげで、呼び出した当初に比べると幾分か気分は落ち着いてきた……
 でも……
 
 目を閉じれば、今や鮮明に蘇ってしまうあの日の記憶。
 あの時……見ていたのは私ではなく『ワタシ』だったはずなのに、まるで自分が見たかの様に記憶が混入していた。
 どうにも拭えない罪の記憶……私も、彼等と同じ“咎人”になったあの時の記憶……
 
 押し寄せる恐怖や絶望に、突然訳も分からず叫びだし、のたうち回る私の姿を見るなり、さすがの一君も驚きを隠せない。
 それでも、力の限り暴れ回る私をそっと抱き寄せ……ずっと寄り添い続けてくれた。
 
 暖かかった……とても………
 同時に、思い出す―――あの時、消えていった兄さんの温もり――――
 そして、あの時も事件の前に兄さんが私の事を抱きしめてくれていたという事も――――
 
「一君は……」
「えっ?」
「一君は、居なくなったりしない? みんなや私の前から突然姿を消して……もう二度と、逢えなくなるって事は、ないよね?」
 
 怖かった……
 兄さんと同じように、一君も同じようにどこか遠くへ行ってしまうのではないかと思ってしまうくらい、怖くて堪らなかった。
 
 ……どうして、一君だとそう思ってしまうのか。
 ……何故彼にそんな事を尋ねたのか。
 私自身、その時はよく分からなかったけど―――
 
 
 好きだったんだと思う。
 
 
 中学生になって、思春期を迎え、初めて感じた淡い想い。
 特にカッコイイって訳じゃなかったけど、優しくて、差し伸べられる手がすごく温かい男の子。
 
 入学してから、学校生活に戸惑う私を真っ直ぐな目で私を導いてくれた。
 色々あって、剛君ともめていた時も真っ先に駆けだしてきて私達のケンカを止めてくれた。
 そして、この前私が狙撃された時も、本気で私の安否を気に懸けてくれていた。
  
 今もこうして、理由を問いただす事もなく、“この私”に温かい手を差し伸べてくれている。
 
 ……私は、一君の事が“好き”?
 
 ……私は、一君の事が“好き”。
 
 ……私は、一君の事が“好き”!
 
 
 気がつくと、優しく抱き寄せていた一君の背中に手を回し、私はより強い力で彼を引き寄せる。
 きっかけはホントに些細な事だったけど、一端自分の想いに気付いてしまうと身体が自然と相手を求めようと動く。
 
 一君の温もりが……
 
 一君の心臓の鼓動が…………
 
 一君の優しい匂いが………………
 
 私の五感を通して、私自身の気持ちを満たしていく。
 私の突然のハグにも、一君は動じることなく抱き返してきてくれた。
 
「ありがとう、一君……そして――――」
「……?」
「あなたの事が………………好きです」
 
 言った。言ってしまった!
 瞬間、私の顔がまるで瞬間湯沸かし器の様に朱く熱くヒートアップする。
 それと同時に、得体の知れない恐怖が私を襲ってきた。
 
 ……断られたらどうしよう。
   拒絶されたらどうしよう……
 ……嫌われたらどうしよう。
 
 期待と不安が入り交じった状態でハグをし続ける私。
 彼からの返事を待つ間に、私の心臓の鼓動が次第に大きく、早く加速していく。
 きっと、胸越しに私の胸の鼓動が、彼にも伝わっている事だろう――――と
 
「……ありがとう」
「!!」
 
 待ち望んだ返事と共に、一君の顔が急接近し、同時に私の口が何かによって塞がれる。
 それが何を意味するのか……そのことを理解するのに指して時間は掛からなかった。
 
 
(……キス、されてる)
 
 
 頭がクラクラする。
 決して酸欠などから来るものではなく、躰と躰が触れあう事での刺激によって、頭の奥が痺れてくる感覚。
 あまりの気持ちよさに、思わず瞼がトローンと降りていき……暫くお互いに目を瞑ったまま、お互いの感触を確かめ合うかの様に唇を重ね続けた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
 掴みかけた幸せ。
 
 
 でもそれは、少しつつけば脆くも崩れ去ってしまう様な……
 
 
 儚い、夢幻(ゆめまぼろし)に過ぎないモノだったと……
 
 
 
 私は、改めて思い知る事になる。
 
 
 
〜数日後、クリスマスイブ前日 Somedays later. Before day of X'mas Eve〜
 
 一君の励ましもあって、私は何とかナーバスな状態から脱する事ができ、
 剛君、一君、そして私といつものメンバーで再び学校に登校できるようにまで回復できた。
 
 だが、いくら私が元気になろうとも、私が通う学校に刻まれた傷跡は今なお生々しく残されている。
 男達が残していった傷跡には、立ち入り禁止を告げるテープが張り巡らされ、その傍らには、犠牲となった生徒や一般人への献花が添えられていた。
 
 ここで犠牲になった人達も……“私がこの学校に通って”いたから―――― 
 そう思うと、やりきれない気持ちで心が一杯になる。と……
 
「どうしたんだい、リナ?」
「えっ……っと――――あの事故現場を見てたら、なんだか遣りきれなくなっちゃって」
「うん、本当に……災難だったよね」
 
 隣を同じ歩で進む一君も私の意見に同意してくれた。それ以上は何も言わなかったし、聞き返すつもりもなかった。
 だが――――
 
 明らかに事故現場とは別の理由による人集りが、校舎の玄関前に集まっているのが見えて、さすがに私達も歩を止めた。
 遠目で観察してみると、なにやら教師や幾人かの大人達が口論一歩手前の口調で討論を繰り広げている様だが……それでも何を話しているのかまでは聞き取れなかったため
 私達3人はゆっくりとその集団に近付いていった。
 すると、その中の一人の男性が私達の存在に気付き、視線を向けてくる。
 
「あ……あ、あの娘だ」
 
 男性は私の姿を確認するなり、いきなり人差し指で私を指差し、まるで猛獣でも現れたかの様な怯えようで呟いた。
 いきなり指を指されて化け物扱いなど、失礼極まりな――……
 
 
 
 
 …………まさか?!
 
「あ、あの娘が、爆発した廃工場で化け物になったんだ!!
そんで、3人の武装した男達を全員焼き殺しやがったんだよ! 間違いない!!」
「あ……!」
 
 男性の叫び声に呼応し、周囲の大人達の視線が一斉に私の方へと集中した……いや、それよりも………
 いつ、どこで、どうして見られた?!
 廃工場には確かあの3人と、私と兄さんしか居なかったはずなのに!?
 
「……本当なのか、園部?」
「あ……の…………その――――」
 
 やめて……
 
 そんな目で見ないで………!
 
 私は何も知らない………
 
 私じゃない『ワタシ』が勝手にやったのに!!
 
 自然と後ずさりする私を、じわじわと追い詰めるように歩を進める大人達。
 このままここにいてはいけない……本能がそう告げると同時に、私は回れ右をして一君達を残してその場を逃げ出した。
 
 後ろなんて振り向いている暇なんて無い。
 大の大人達の脚力に対してこっちは普通の女の子。気を抜けばすぐに追いつかれるのは目に見えていた。
 必死になって腕を振り、脚を振り上げ、懸命になって走り続ける。
 走る……
 
 走る
 
 走る!!
 
 とにかく走りまくった。道中、幾人かの通行人にぶつかったり道路のでこぼこに躓いても構うことなく走り続けた。
 と――――
 
《主よ……何を逃げる必要がある?》
「っ!!」
 
 不意に頭の中に流れ込んできたのはあの時の“声”。
 全力で走り続けてる最中だったので、まともな返事すら返す余裕すらなく、瞼を大きく見開く形で私は驚きを表現した。
 なぜなら――――
 
《我は罪深き者達を裁いたに過ぎぬ。主が貶められる謂われはないのだ》
「ふ…ふざけ……ない、でっ!!」
 
 走りながらも頭に響いてくる“声”に対して私は怒りを露わにする。
 誰のせいで……こんな………
 
「私は、っ……人殺しなん……てっ! 望んで、なかっ…た、のにっ!!」
《……………………本当か?》
「えっ!?」
《主は……、あの咎人達を――人を殺めるという事を望んでいなかったのか?
心の底から、本当に望んでいなかったのか?》
 
 “声”に諭されるように言われ、さすがに私も走るのを止めて考え出した。
 荒げた呼吸を何度も腹式呼吸で整えるように吸ったり吐いたりを繰り返し、脳への酸素の供給量を増大させる。
 
 
 あの時は――――お父さんとお母さんが事故に巻き込まれた理由(わけ)……
 私が幾年も求めて止まなかった真実が、私の命を狙う男達から語られて……
 私の命を助けるために、お父さんとお母さん、そして兄さんまでもが――――
 
 いろんな感情が交錯して、私は全てを受け入れる事ができずに『壊れ』てしまい……
 その時に初めて“声”の囁きに耳を傾けた。
 
 壊れかけた私の心に優しく触れるように語りかけてきた“声”に、妙な安心感を抱き――――
 
 
 
 
 
 “私の心は本性を現した。”
 
 
 憎い……憎い、憎い!!
 
 私のお父さんとお母さんだけでは飽きたらず、さらには兄さんまでも手にかけて、あまつさえそんな光景を楽しんでいたなんて!!
 あの事件のせいで私はもちろん、一体どれだけの人たちが苦しんだと思ってるの!?
 許せない――――絶対に、絶対に絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
 
 私を……みんなを壊す奴らは………
 
 
 
 
 
 “みんな、みんな全部壊してやる!!!”
 
 
 
 ……気がつけば私の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
 望んでいないはずだったのに、あの時あの瞬間だけは私は“それ”を望んでいたのだ。
 背負った業は至極当然の結果――――なって当然の結末。
 
《気に留める事はない……》
「え?」
《人ならば大切なものを奪われたのならそう思うのが当然だからだ。
理不尽な欲望が蔓延るならば、その理不尽を滅し、正せ。主には……その為の力がある》
「私は、力なんて欲しくない!! 私はただ……ただ…………」
 
 力一杯叫ぶ。
 そう、両親が先立った時からずっと願い続けていた事……。
 時間なんて戻らなくてもいい。死んだ人が帰ってこなくてもいい。だけど……
 
 
 
 私は……
 
 
 私は!!
 
 
「私は! ……私は、普通の生活に戻りたい!!
“あなた”の声なんて聞こえなくてもいい! 強い力もいらない!! ただ私は、普通の女の子として生きていきたいのっ!!!」
 
 誰もいない場所で、私は力の限り叫んだ。
 直前の全力疾走の疲労もあってか、叫んだあとしばらく肩を上下させながら呼吸を整える。
 だが、呼吸が落ち着いてしばらくしても“声”の主は一向に返事を返してこなかった……
 
 いや、返してこなかったのではなく――――
 
 
 私の躰は、再び『ワタシ』……つまり“声”の主の支配下に置かれていた故に、“聞く事ができなかった”のだ。
 
“我が主はまだ未熟故、己等の気配を察知する事は叶わぬのでな――――
人の言葉を使わせて貰うならば――――『正当防衛』として、そなた等を屠ってくれよう”
 
 ゆっくりと……判決文を読み上げる様に『ワタシ』は周囲を見回し、そして呟く。
 
 『私』が懸命に走り抜けたが如何せん周囲は住宅街。
 『ワタシ』としても無益な殺生はしたくないし、何より今となっては『私』がそれを望んでいない。
  個人的には“本来の姿”の方がエネルギー効率が良いのでそちらの方に戻りたかったが……まあいい。
 こんな連中――――“戻る”までもない。
 
 『ワタシ』が両手に力を収束させ始めると同時、住居の塀や物陰のあちこちから、先日と同様の格好をした男達が姿を現してきた。
 ……さすがに前回は少しやり過ぎた故か、彼等もそれなりに装備を整えて来るという念の入れ様だったが、それでも『ワタシ』を相手にするには全く足りない。
 
“咎人達よ――――その黒き業、己等の御魂に我が炎を以て焼き付けてくれる!”
 
 咆哮し、左右に向けて放った『ワタシ』の炎は両側から攻め込んで来ていた敵を一瞬の内に焼き尽くした。
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 結局、『ワタシ』を襲撃してきた連中はいとも簡単に焼き崩れた。
 数にしておよそ50……半死半生の連中を見下ろしながら『ワタシ』は呟くが、以前『ワタシ』達を襲撃してきた男3人に比べると統率された戦力な為、
 実力ではあの3人を遥かに超えているだろうが、『ワタシ』にとっては大した事ではない。
 それよりも、『ワタシ』の心を支配したのは“人という種への虚無感”だ。
 
 ……無論全ての人がそうであるとは言い切れないが、それでも、『ワタシ』という存在と力を求め、その代償としてこれだけの命を支払うというのは正直理解に苦しむ。
 まあ元より、咎人達の心境を理解してやろうという気はさらさら無い訳だが。
 そんな中、『ワタシ』が『私』に出会い、そしてこうして魂を分かち合う存在としてここに在(あ)るというのも、何かしらの運命を感じずにはいられないわけだが……。と――――
 
 
「“非魔人化(アン・デモナイズ)”状態での暴走か……。フン、味な事をする」
 
 不意に現れた気配に気付き、『ワタシ』が振り向いた先には……一人の少年が立ちつくしていた。
 いや……ただの少年ではない。柔らかい顔つきに似合わず、鍛え抜かれた身体と真っ直ぐな瞳。
 何より、漂わせていた“雰囲気”が、彼と『ワタシ』が同種の存在であるという事に気付かせた。
 
“童(わっぱ)よ、主も我が主と同じという事か?”
「……個人的には全否定したいところだが、そういうことらしい。
口調から察するに、さぞ高名な魔人と見受けるが――――これ以上の暴虐は無意味だ。直ちにその女に『返せ』」
 
 静かに、そして真っ直ぐな目で少年は告げる。
 勿論『ワタシ』がどういう存在か、また、実力差というのもはっきりと理解した上での宣告だろう。
 
“……愚かなり”
「――――っ!」
 
 『ワタシ』が静かに告げると同時に、目の前の少年は瞬時に表情を強ばらせ、地を強く蹴って後退する……
 それと同時につい先程まで少年が位置していた場所に紅く燃え上がる炎が突如出現し、メラメラと空中で勢いよく燃えだした。
 『念動発火(パイロキネシス)』――――小手調べにはちょうど良い代物だったが、それでもあっさりと躱すとは思わなかったため、さすがの『ワタシ』も驚いた。
 
“――――どうやら、本当にただの童では無さそうだな”
「言ったはずだ、俺はあんたの暴虐を止めるためにここに来たと。
でなければ……その身体の持ち主が再び『戻った』時に絶望に打ちひしがれる事になるだろうしな」
 
 言いつつ少年は半身の体勢を取り、ゆっくりと抜刀の姿勢へと流れる様に構える。
 すると彼は最小限の言霊(ブリングワード)を唱えて自らの相棒を創り出し、その懐に携える。
 
 なるほど……空気中の水分を凍結しない程度に魔力で圧縮・凝固させて創った刀身か――――
 それならあの少年が『宿す』モノが何なのか……少し判った気がする。 
 
“修羅か……はたまた戦鬼か……どちらにしても並々ならぬ覚悟で戦場(いくさば)を駆ける、か”
「当然だ。俺は……俺以外の誰かが同じような境遇で泣く事になるのだけは我慢ならん。
だからこそ――――繰り返すがあんたにはもう眠ってもらわなければならない!」
 
 それが、今まさにあんたが尽くそうとしている宿主の為だと付け加え、少年は一気に地を蹴る!
 前傾の姿勢で発生する前方へ倒れ込む力を加速のそれへとそっくり変え、そのままの姿勢で一気に『ワタシ』へと斬りかかってきた!!
 
“――――っ!”
 
 鍛え、磨かれた一閃。
 それは文字通り紙一重で、躱した『ワタシ』の鼻先を掠った……が、この程度で『ワタシ』が姿勢を崩すわけがない。
 だが少年はさらに地を蹴り、2度、3度と連続して斬撃を放つ!
 躱せない動きではないが、一撃一撃が重く鋭いものであるのと同時に、“一瞬で距離を詰められている”事で『ワタシ』も反撃の糸口を見出せないでいたのだ。
 
 “戻れ”ば幾らかは手段もあったろうが、主の肉体を残したままである今の状態では『ワタシ』は炎を一から創り出さねばならなかった。
 炎を一から創り出すという事は、炎を生み出し、放つまでに絶対的なタイムラグが生じる――――その為にどうしても『ワタシ』は距離を取ろうとするのだが、恐らく少年はそれを直感的に悟っているのだろう。徹底して『ワタシ』に間合いを取らせようとしない。
 
 元の姿であったならばそういう面倒な課程を省略して炎を放つ事ができるのだが……今更、先に決めた事を後悔しても仕方がない。
 ならば……
 
“ふんっ!!”
「な?! う、うおぉっ!!」
 
 少年の斬撃の動作に合わせ“刀身を受け止めれば”いい。
 本来、攻撃に回すための魔力を指先の強度と筋力強化の方に回し、比較的大振りとなった所で……刃を、挟む!!
 
 掴んでしまえばこちらのもの。抵抗する少年をよそに『ワタシ』は微笑を浮かべる。
 あとはこの太刀を文字通り『蒸発』させれば――――
 
「そうは……いくかっ!!」
“――――っ!!”
 
 恐らくこれもまた、直感による動作なのだろう。
 本能的に自分の武具を破壊されると悟った少年は、自身の太刀を軸に身体を捻ったかと思えば、『ワタシ』の顔面に強烈な蹴りを打ち込んできた。
 予想だにしなかった抵抗に思わず『ワタシ』はよろめき、少年の刀を放してしまう。
 
「……さすがに、何度でも錬成できるとはいえ、この刀だけはそうそう簡単に折られる訳にはいかないんだ」
 
 言って少年は武具の損傷具合を素早く確認すると、力を再び込めて損傷箇所を修復。
 欠けた刃先や亀裂の生じた刀身がすっかり元通りになるのと同時に、少年は再び抜刀の姿勢へと戻る。
 気のせいかその瞳には……怒りの感情が入り交じっていた。
 
“己が正義を貫くために剣を振るうか……果たして、我を『正義』の元に止められるか?”
「それを成す為に、俺は今こうして戦ってるんだっ!!」
 
 もはや言葉は不要といった事らしい。
 『ワタシ』も少年も同時にそう悟り、お互いに絶対の自信を持つ間合いを開ける。
 そして……互いの緊張が最高潮に達し、同時に地を蹴り出そうとした……その時――――
 
 
 ダァンッダァンッ!!
 
 
 背後から突如として鳴り響いた銃声。
 どうやら2発立て続けに放たれたらしく、一発目は『ワタシ』の胸に……2発目は少年の脇腹を捉え、ものの見事に貫通していた。
 いきなり虚を突かれた攻撃に、『ワタシ』達はそのままの勢いで地面にスライディングをする形で崩れ落ちたが、『ワタシ』にとっては大した傷では無かったので何の問題もなく立ち上がる事ができた。
 だが、少年の方は全身を駆け巡る激痛で、起き上がろうとするのも難しい様子。
 
 一体どこから撃ってきたのかと一瞬思ったが、襲撃者の姿は割と早く発見する事ができた。
 ……先程、『ワタシ』が半死半生にした襲撃者の内の2人が、朦朧とする意識の中で銃を手に取って――――という流れらしい。
 幸か不幸か、その一撃が最期となったのか、2人の男は揃ってその場で絶命していた。
 いや、この場合は幸運と言うべきだろうか……『ワタシ』の炎で焼かれずに済んだのだから。
 
 念の為に確認して回るが、先程の2人とは違って他の面々は棺桶に両足をほぼ突っ込んでいるのに等しい状態で、いつ死んでもおかしくない状態。
 そんな中、かろうじて生きていた2人も『ワタシ』と少年を撃って息絶え……今こうして生きているのは『ワタシ』と少年だけである。
 
 ……この少年自身には罪というものは無いだろう。
 だが――――けじめはきちんと取って貰う。そう……
 
“贖罪(しょくざい)の言葉があれば、聞き入れるが?”
「……自分の裁きが全て正しいとでも思ってるのか、あんたは!」
“それを決めるのは我ではない――――”
 
 必死に激痛に耐えながら立ち上がろうとする少年だが、上半身を起こすのがやっとらしく、中々立ち上がれないでいる。
 そんな彼に構うことなく、『ワタシ』は自らの右手に“力”を注ぎ込み――――
 
“我と我が主に仇なし、命を汚す者……それが咎人だ”
 
 少年に判決を言い渡すと、その腹部目掛けて右手を突き出した!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「止めるんだ、リナっ!!!」
 
 
 ドシュッ!!
 
 
 少年が全ての言葉を言い終える前に、『ワタシ』の一撃は彼の身体を完全に貫いた。
 傷口から滴る鮮血が腕を伝い、肘付近からポタポタと落下して血溜まりを形作っていく……。
 
 が、刺し貫かれたのは先程まで死闘を繰り広げていた少年ではなく…………
 
 漆黒のショートカットヘアーに澄んだ瑠璃色の瞳……
 
 汚れを知らぬ柔い表情……
 
 『ワタシ』が初めて好いた異性の人…間……
 
 
 
 
 
「……は、はじめ………く、ん?」
 
 『ワタシ』から身体の主導権をやっとの事で取り戻した私は、絞り出す様に相手の男の子の名前を呟く。
 “戻って”きた私の目の前に飛び込んできた映像は、とても信じられるものとは言い難く……
 人の身体を貫くには細すぎる私の右腕が深々と彼の鳩尾下辺りに突き刺さり、今もなおポタポタと血が……血が滴り落ちていて
 そんな私達の近くには、同じように苦痛に顔を歪めて蹲る見知らぬ男の子……さらには周囲に力なく倒れ、ピクリとも動かない男の人達の亡骸……
 
 全てが、私の理解の範疇を超えていた。
 いや、私の脳が現実を受け入れる事を拒否してきたのだ。
 受け入れがたい視覚情報が私の感覚を麻痺させ、呼吸や瞬きすらも一瞬停止。
 
 
「……はっ!!? わ、わわ私っ――何て…事を!!」
 
 取り返しの付かないなんてものじゃない。
 『ワタシ』によって身体の自由が奪われていたとはいえ、よりにもよって一番傷付けたくない人に何て事を……
 どうしようもない後悔と責念の感情で心がいっぱいになるが、だからといって今の自分にそこから先の台詞を言う資格はない。
 そして当然、今の自分には命の灯火が消えかかっている自分の恋人を救う事すらできない。
 
 せめて、痛々しいこの腕だけでも彼の身体から抜き取るか、もしくは今ここで私が腕を切り落とすなりして、一君の苦痛を少しでも取り除いてあげたかった。
 でも、そんな私の思いとは裏腹に、見る見る内に一君の身体の色が蒼白のそれへと染まっていく。
 
 
「どうやら……僕は、守れたみたい……だね」
「……えっ?」
「君の命と……そこの彼の命……さ」
 
 想像も絶する様な激痛に耐えながら、一君は私と側にいた男の子に視線を向けた。
 同時に、満足げな表情を浮かべると、目を瞑ったまま私にもたれ掛かり、空いている左手をぎゅっと握りしめてきた。
 
「君の……本当の姿や………本心は僕には分からない……。でも………」
 
 お願い! もうそれ以上喋らないで!!
 今すぐに助けを呼ぶから……助けて……貰うから!!
 
「それでも……見ず知らずだけど大切な命を………何より――――愛しい子の命を、この手で守る事ができて……ぼ……く………は――――」
 
 
 全てを告げる前に、彼の私の左手を握る力がふっと弱まった。
 彼の肌は蒼白を通り越して土気色へ変わっていて、右腕へ微かに伝わっていた心臓の鼓動も次第に弱くなっていき………止まった。
 
 タチの悪い冗談だったらどれほど気が楽だったろう。
 無論それは冗談でも何でもなく、現実に目の前で起こっている事なのだ。
 私は……ただただ、命の鼓動が止まった彼の名を呼び続けた。
 
 
「ねぇ、一君……どうしたの……? 何を、言いかけたの………?
――――話してよ。私、ちゃんと聞くからさ………イジワルしないで…………」
 
 軽く彼の身体を揺すってみるも、反応はない。彼の瞳は依然閉じたままだ。
 それどころか虚脱した感じで全く力が感じられない。
 
「何で……どうして…………
どうしてなのよっ!! 私っ、こんな事したくてした訳じゃないのにっ!!
何で周りの人達は私がいるだけでどんどん死んじゃうのよ?!! 私っ、わたしっ…………」
 
 もう止まらない。今まで抑え込んでいた感情が堰を切った様にあふれ返す。
 胸の奥で弾けた感情は唖咽となって吐き出され、思考する事すら嘆かわしくなってくる。
 私の大切な人達は皆、直接・間接的原因を問わず全て私が原因で命を落とした。
 罪人だとかそんなのも関係ない――――あらゆる命が“私”によって失われた。
 
「――――くそぉっ!!」
 
 誰に向けられた怒りなのか、男の子は握り拳を大きく振り上げて地面に叩き付ける。
 しかしその表情は……多分私と同じ感情で染まっていた。
 何もできなかった自分の不甲斐なさと無力感……そして後悔。
 
 あぁ、そうか………この人も、私と同じなんだ。
 だからこそ……私は決意する。
 
「……お願いが、あるんです」
「何だ?」
「私を………殺してください。
――――これだけ人を殺した私なら、誰に殺されたって文句は言えまs
 
 パァンッ!!
 
 言いかけた所で私は、話しかけていた男の子に思いっきりぶたれた。
 見れば彼自身も何かを必死に押し留めているようで、虚ろな私をギッと睨み付けていた。
 
「殺してくれだと……ふざけるな!
今さっき、命を賭してお前の命と心を守ろうとしたそいつの心意気を踏み躙るつもりかっ!! いや、そいつだけの話じゃない! お前は今、お前の為に死んでいった者達の意志や想いも全て否定するつもりか!!」
「でも……私………もう嫌だ!! 私のせいで誰かが傷ついたり、死んでいく姿なんてもう見たくもない!!
これからも……こんな悲しみがずっと続くのなら、いっその事全部終わらせたいの!」
「だからといって、守ってくれたヤツの気持ちまで無下にするな! ……もしここでお前が死んだら、コイツや他の奴らは、一体何の為に死んだんだ」
 
 彼はあくまでも生きて償えと諭す。
 でも私は……もう…………何の為に生き続けるべきか、判らなくなっていた。
 そんな私の態度に埒があかないと思ったのか、彼はいきなり私の胸ぐらを掴むとそのまま近くの壁に押し当てた。
 
「生きる意味が判らないなら、自分で探して見つければいい。
精一杯生きて、生き抜いて、コイツ等の分まで生き抜いてから死ねばいい! ……それからでも、遅くはないはずだ!」
 
 その言葉はとてつもなく重くて……あれだけ躊躇っていた私でも何故か反論できなくなっていた。
 項垂れる様に彼の言葉に同意すると、彼は私の胸ぐらを掴んでいた手を離し、回れ右をしてその場を立ち去ろうとする。
 
「……あ、あのっ」
「……次に会う時までには、答えを用意しておけよ」
 
 せめてお礼だけでも、と思い、呼び止めようとするが、男の子は短く告げると再び歩き出した。
 ……結局、何も言えず終いで彼を見送る形となってしまった訳だが、それでも“次にまた会う”事はできるみたいだ。
 
 でも……
 
 あの男の子は“戻って”来れても、私が奪った人達は『戻って』来れない。
 
 その事だけは、紛れもない事実の様で――――
 
 
 悲しみがぶり返したのか、私は再び喉が張り裂けそうなほど泣き続け――――
 
 
 
 
 
 悲しみによって再び安定を欠いた“力”が爆発――――周辺を文字通り蒸発させた。


to be continued...
 
 
−The next previous notice−
 
 自らの手が血に染まり過ぎている事を納得している様に見えて、実は救いの手を欲している……。
 少なくとも彼にはそういう風に思えた。

 そして彼女は至る。
 一人の少女の運命を大きく変えた物語の闇に。
 
 次回、Lost Children 〜The opening of the end of the sorrow〜
 Case8〜疑惑、そして願い〜
 
 唱える時、世界は暗転し……この世は朱に染まる。

後書き

…………言い訳はしません。

ホントごめんなさいorz

ダークなテンションをずっと引きずった挙げ句、現実逃避にいろんなゲームなどにうつつを抜かした結果こんな長いのになってしまいました(涙)

今回も前話同様、リナ(とラドベアリス)視点で物語を書き進めました。
そしたらまー人物の呼び方が面倒臭いこと面倒臭いこと(^^;
後半に登場した男の子(少年)は実の事だったのですが、当時のリナは実の事を知らなかっただろうということでああいう感じに落ち着いたんですが……

当初のプロットでは一君は実にバッサリ斬られて死んでいくっていう設定だったのですが、それだとリナへの罪の意識が薄れるな〜ということで今回の流れになりました。
ホント、酷い作者です。←マテ

最後に……重ね重ね、掲載がほぼ1年開いてしまった事に深くお詫び申し上げます。

この小説について

タイトル Case7 SIN〜後編〜
初版 2010年11月28日
改訂 2010年11月28日
小説ID 4130
閲覧数 739
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takkuりばーすの写真
ぬし
作家名 ★takkuりばーす
作家ID 194
投稿数 12
★の数 54
活動度 2247
ぬるぬる更新となっていますが生暖かく見守ってください(謝)

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