メイワクな贈り物 - 3話『迷惑な家族』

見慣れない光景。
学生の日課、話し声が飛び交う朝の登校風景。
まるで間違えて乗車した電車にいるような気分だった。
他の生徒と同じ道を歩き、同じ校門をくぐるだけのその時間がものすごく長く感じた。
上履きに履き替える時の違和感、不思議なものを見るよう周りからの視線。
問題児の置田浩二が朝から登校している。
当たり前のことを当たり前だと思われないこの存在。

やはり普通にはなれないな、と改めて実感する。

「珍しいな置田、お前がこんな時間から来るなんてよぉ」

上履きに履きかえ歩き出そうとしたとき、二人組みの男が彼の進行を妨げる。
金色のメッシュを入れた髪にピアスだらけの耳、自分に話しかけてくる奴がいるとすればこういった間違えた存在だけ。

「上級生に挨拶はよ?」
浩二「お、は、ざーす」
全く目を見ず、避けて横を通り過ぎようとしたら胸倉を掴まれる。
これが置田の、彼らしい日常。

「お前調子に乗ん…ぶふっ」

壁に少しヒビが入るほどの強さで相手の顔面を叩き付ける。
愉快な表情で気を失う男をその友人が必死で身体を揺さぶるが反応する気配はない。

浩二「どこのチームに依頼された?」
「…ひっ!」
もう一人の男は恐怖で肩が震え、今にも消えてしまいそうなほど唇が青くなっていた。

浩二「まぁいい、俺を潰すように言ったチームの頭に伝えろ」
そう、ほとんどこちらに向かってくるのはお使いの連中ばかり。

浩二「くどいことしてないで、全員連れて来いってよ」
「……は、はい…」
置田浩二という人間はこうやって恐れられていく、見渡せば本当に敵だらけの世界。

汚いものを見ているかのような視線を浴びながら、彼は表情一つ変えず教室へと歩いていた。
―――――汚いもの、あってるんだよそれで。
自分は腐った泥水の中に足を入れてるんだから。
2−Dと書かれた教室の後方の扉をゆっくりと開けるといつも通り冷めた視線が…
浩二「はぶしっ!」

鋭い棒のようなものが勢いよく飛んできて、見事に先っぽが眉間にヒットする。
冗談抜きで痛い。
何が飛んできたのかよりも、誰が飛ばしたのかが最優先だ。

正志「よう、おはようさん」
浩二「正志、お前朝っぱらから何飛ばしてんだよ」
正志「黒板消し叩きだ」
浩二「黒板消し類好きなお前」

足元に転げ落ちる棒を蹴り飛ばし自分の席に座る正志のもとへ。

正志「俺、生徒指導室呼ばれたよ」
浩二「それは素敵な場所へとご案内されたもんだ」
正志「教師に、アイドルで誰が一番好きか聞かれた」
浩二「は?何言ってんだお前」
正志「俺の生い立ちにアイドルおっかけ団に入るって書いたのお前でしょうがっ」

どうでもよかったため、すっかり忘れていた。
そういえばこの教室(すでに片付いている)の黒板に書かれた正志の生い立ちに付け加えで愉快なことを記入しておいたんだった。


浩二「違うんだ正志、聞いてくれ」
正志「謝っても許さん」
浩二「…あれは……そう…わざとなんだ」
正志「承知しておりますがっ」

いつも通りの何の目的もない会話にチャイムが邪魔をする。
正志をからかうのはおもしろいのだが実はこの男、世間では置田浩二よりも性質の悪い顔を持っている。
暴力チーム<JET STREAM>の頭、坂本正志。
ここいらの悪たちで、こいつの名前を知らない者はいない。

浩二「つーか授業が始まる前に教室帰れ、邪魔だアイドルオタクめ」
正志「もうボロカスだなっ」
同じクラスではない彼はこちらに背を向けて渋々と帰っていく。
その背中は一つのチームをまとめる大きな存在には全く見えなかった。

浩二「正志」
正志「あ?」
扉を開けて立ち止まる正志、さすがに今回はやりすぎたかもしれない。
とりあえず一言言っておくのが筋ってもんだろうか。

浩二「……俺にもアイドル写真くれよな」
正志「道に迷って死ねっ!」
勢いよく扉が閉まる音に一同びっくりしてしまう。
あんなのが本当にチームの頭なのか、と思ってしまう時がたまにある。
人間ってのはわからないものだ。


チャイムが鳴ると同時に机の中からマイ枕を取り出して顔を伏す。
置田が朝から教室にいる、などと話し声が耳に入ってくるがどうでもよかった。
このまま終わりがくるまで安らかに眠りにつくのだ。


『おおおぉぉぉおぉおおっ!』
眠気が遅ってきた瞬間、隣の教室2−Cからものすごい歓声がこの教室まで鳴り響いた。

――――うるせ…。
朝のHRで何がそんなに叫ぶようなことがあるのだろうか。
担任が休み?
いや、その程度なら「そ〜なんだ」で済むことだ。

「早く俺も転校生見にいきてぇ!」
「かなり可愛いらしいぞ」
近くで話すクラスの男、それだけで何が原因かはすぐに理解できた。

転校生、鏡 真夜、まぁあれだけの見た目をしていたら普通の男子はテンション上がりっぱなしでもおかしくはない。
でもそれが再び現実へと呼び戻される開始の合図でもあった。
――――昨日のあれは夢じゃなかったんだ。
わかっていた、わかっていたのだがなんとなく残念な気持ちでいっぱいになる。
授業が始まるまで飢えた男子共の歓声は鳴り止まなかった。


暖かい日差しが気分を和らげてくれる。
午前中の授業を終えた教室では皆それぞれの場所へと移動する。
食堂へ行く者、教室で友達と机をくっ付けて食事の準備をする者、予定よりも早く起きてしまった自分はその場から動くことなくただ窓の外の何もない空を見上げていた。

――――腹減ったな。

動く気はないが望みだけはあるめんどくさがり屋。
その時、落ち着きだした教室に一人の生徒が2−Dの扉を開ける。

食事を取ろうとしていた連中は手を止めて、驚きを隠せない表情でその存在を眺めていた。
隣のクラスに転校してきた美少女がそこに立っている。
髪はロングストレート、髪の隙間から一瞬だけ見えた左耳のピアス。
間違いなく鏡 真夜だ。

―――あいつ何しに来た。

キョロキョロと道に迷った子供のように何かを探す彼女。
嫌な予感全開の自分、一つ一つの教室を見学していっているようには全く見えない。
大丈夫、目を合わせなければいいのだ。
ここまで空気と一体化しているんだから、見つかるはずがない。

真夜「あっ!」
――――すぐに見つかった。
心の中で、寄ってくるなと何度も何度も叫んだ。

走り寄る彼女の姿はとても嬉しそうだった。
自分にはもったいなくて罪悪感すら覚えるその表情には全くの迷いが感じれなかった。

真夜「浩二さん!お昼ご飯食べましょう!」
浩二「……。」
間違いなく天然だ。
見ろ、クラスメイトたちが生暖かい視線をこちらに向けているじゃないか。
久しぶりにテンパる自分、どう回避するべきかと必死で考えた。

真夜「浩二さん?」
浩二「ワタシ コウジ チガウ、キミ ハ ダレデスカ?」
真夜「浩二…さん?」
浩二「オゥ アイ キャント スピーク…」
真夜「…?」
浩二「スピーク……」
真夜「………?」
浩二「ニホンゴ」
真夜「やっぱり浩二さんです」
浩二「やっぱりとか言うな!」
前回受けさせられた英語の追試では2点だったことを思い出した。

嘘偽りのない笑顔、恋人・友達・知人、どれをとっても自分にはもったいなすぎる存在。
全てにおいて別世界の彼女。

真夜「昨日バタバタしてたのでお昼の用意できてないんです」
浩二「……。」
真夜「案内も兼ねて連れて行ってもらえませんか?」
浩二「……。」

溜息しか出てこなかった。
昨夜、あれだけ念を押したというのに全無視をしてここに来る彼女に少し苛立ちを感じた。

浩二「クソが、俺には関わるなっつったろうが」
目つきを変える、わざと殺気を撒き散らして彼女を睨むが怯む様子はない。
浩二「お前のためだ、さっさと消えろ」
本気で相手に伝わるように声のトーンを少しずつ下げていく。

浩二「聞こえなかったか、さっさと消」
真夜「私のためだ、と言うのなら行きましょう」
浩二「ほぇ?」
絶対うまくいくと確信していた自分だったが思いもよらない言葉が返ってきたことに驚いて声を張り上げてしまう。

真夜「私のため、それを決めるのは私自身、でしょ?」

忘れていた。
こいつは天然のくせに意外と頑固っぽいところがあるのだった。

「(おい、あの置田が女に押されてるぞ)」
「(マジかよ…)」
「(あの睨みで怯みもしなかった…)」
耳に入ってくるクラスの連中の小声が鬱陶しく感じる。
それもそうだろう、いつもなら不良が乱入してきてもすぐに退場していくのだから。

浩二「うるせぇクソ外野!テメェらは黙ってろ!!」
机を蹴り、一喝を入れて黙らせる。
真夜「だめですよっ」
真夜は倒れた机を元に戻して、子供を叱るときのような表情をこちらに向ける。

真夜「皆さんクラスのお友達じゃないですか」
―――なんだね、そのメルヘンな言葉は。
浩二「俺も、こいつらも友達だなんて思っちゃ」
真夜「お友達です」
浩二「思っちゃ……」
真夜「さぁ、行きましょう」
浩二「…もうどうでもいいっちゃ」

腕を引っ張られて拒むことも面倒になった自分は、流されるまま彼女に連れて行かれるのだった。


本当にいいことなんてない。
朝早く起きても降りかかるのはめんどうばかり。
羨ましそうな視線を向ける男たち、望んでもいないのに妬まれる状況。

真夜「あは、おいしそう、いただきます♪」
浩二「ごちそうさま、よし行こう」
真夜「え、もうっ!?」

逃げ出したい、この思いが食べる速度も速めてしまう。
食堂で空いていたのは誰かの陰謀なのか、ど真ん中の席しかなかった。
突き刺さる視線に耐えながらも好物のカツ丼を一気に腹に叩き込んだ。

真夜「ごめんなさい、遅くて」
席を立とうとした時だった。
謝られる筋合いなんてないのに、彼女は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

浩二「くそ…」
再び席に座り、肘を付いて彼女が食べ終わるのを待つことにする。
真夜「急いで食べますね」
浩二「ばか、ゆっくり食え」
真夜「…でも」
浩二「ちゃんと校内案内してやるから、ゆっくり食え」
真夜「あ……はいっ!」
こんな無感情な言葉で本当に嬉しそうに彼女が頼んだカレーライスを口に運び出す。
何度も、何度も昨夜のことを後悔しながら食べ終わるのを待った。

「置田ぁ、テメェが女連れとはなぁ」
一日に何回絡まれたら気が済むのだ…、でもやはり普通の生徒の視線よりもこんな反れた生徒たちから向けられる視線の方が数倍楽である。

浩二「鬱陶しい、消えてくれ」
「オイこら!ちょっと有名だからってナメたこと言ってんじゃ…」
真夜「あの!」
いつも通りここで乱闘騒ぎが起きていたはずなのだが、立ち上がろうとした寸前でスプーンを置いた真夜が彼らに向かって言葉を放つ。

真夜「今、食事中なんです、すみません」
丁寧に頭を下げる。
彼女は全く何もしていないというのに、どうしてここまでできてしまうのだろうか。

「な…んだ、この女…」
浩二「おまっ…」
真夜「ゆっくりさせていただけませんか?」
「え…、あ…、お…おい置田…」
情けなくも押される不良共は敵意よりも助けを求めるような雰囲気になっていた。
そりゃ、こんなにも可愛くて汚れなんて知らなそうな女に頭を下げられたら胸が痛くなるのも当然だ。

浩二「今日は…下がれ…」
「く……」
こちらも頭を抱えている、そんな視線を彼らに向けるとそれを察した連中は何も言わずにその場を去っていった。
彼女は一言だけお礼を言って再び席に座り食事を取り始める。

真夜「ん〜♪」
浩二「……おいしいか?」
真夜「はい♪」
浩二「……それは何よりだ」


ここまで整っているのだから、いくらでも誘いはあっただろうに。
こいつならちゃんとした<友達>を作ることなんて簡単なことなのに。
他人、迷惑としか思われていないとわかっていながらも。



その内、自分が間違っていたと気が付く時が必ず来るだろう。

――――自分はそれほどまで、クソだ。



浩二「ここで、最後だ」
ある程度校内を案内し終え、2年の教室が並ぶ校舎内の2階へと戻ってきた。
ほぼ学校に来ないため大半が曖昧で、ある程度というのは本当にその言葉の通りである。

真夜「ありがとうございます、浩二さん」
浩二「昨日も言ったが、名前で呼ぶな」
真夜「あ…そうでしたね」
会ったばかりというのもあるが、いろんな意味を込めて名前で呼ぶのは遠慮してほしい。
真夜「それじゃあ、私も名前で呼んでください」
浩二「それじゃあ、の意味がわからん!」

本当にこいつといると自分が自分ではない気がしてならない。
人の感情を狂わす力でもあるというのか。

真夜「そうそう、今日の放課後空いてますか?」
浩二「あ?」
真夜「会いたがってましたよ、月…」
浩二「あぁ月が綺麗だね!!よし来い!!」
真夜「え?……え??」
今度はこっちが強く引っ張って生徒誰一人いない場所へと連れ出す。

浩二「おいコラ、あのガキのことは秘密にしとけっ」
真夜「ど、どうしてですか?」
浩二「あのガキの存在をよく考えてみろ」

口に手を当ててしばし黙る真夜、こののほほんとした表情が考えていると言えるのだろうか。
突然の光で現れた少女、空飛ぶ少女、自分たちのことを親と信じきっている少女。
真夜「確かに…」
さすがの真夜も理解したようだ。

浩二「俺も面倒見ると言ったんだ、ある程度は付き合う」
真夜「ほぇ?」
浩二「いいか、親っぽいのが現れたらすぐさま返すからな」
真夜「……そうですね…」
残念そうにしていたが、それが現実なのだ。
二人は所詮、偶然であの少女を見つけてしまったにすぎない、他人なんだ。

真夜「そうそう、月夜昨日たくさん手伝ってくれたんですよ」
浩二「あ?」
表情を変えて楽しそうに月夜のことを話し出す真夜。
あのガキに手伝ってもらうようなことなんてあるのだろうか。

真夜「だから、浩二さんっ、いっぱい月夜のこと褒めてあげてくださいね」
浩二「あ?ん、あぁ…」
理解できないままめんどくさかったので適当に話を合わせておく。

真夜「そろそろ時間ですね、教室に戻りましょう」
携帯を開いて時刻を確かめると、5時間目の授業を始めるチャイムが鳴る寸前だった。

正志「おい浩二」
浩二「あっちに行ったぞ」
正志「そうか、ご親切にありがとう」

次の授業の科目すら把握できていないわけだが、ずっと寝ている自分にとって授業内容なんて無意味なもの。
もし体育ならすでに教室には誰もいないだろうけど、自分は関係なく教室で寝るのだ。

真夜「あの…浩二さん」
浩二「なんだ」
真夜「先ほどの人はお知り合いですか?」
浩二「知らん、全くの他人だ」
正志「コラァアアアア!!!」

その全くの他人がものすごい剣幕でこちらに向かって走ってくる。
浩二「どうしたバカ」
正志「普通に向こうまで探しに行ったわ!」
浩二「だから、向こうで見かけたぞ」
正志「そうですか、ご親切に、ってコルァ!」

よりにもよって面倒な奴に見つかってしまったようだ。
真夜「浩二さんのお友達の方ですね」
浩二「違う」
正志「少しくらいは考えてくれ」
真夜「私、鏡 真夜といいます」

違うという言葉を無視して自己紹介を始める真夜。
見た目からして不良間違いなし、なのだが恐らく他の者との接し方が違うため<友達>と判断したのだろう。

正志「例の美少女転校生か」
浩二「気持ち悪いからお前がその台詞を吐かないでくれ」
正志「アホぬかせ。
俺は不良学生だが、お前と違って知人が多くてミーハーなんだよ」
浩二「アイドル大好き、を忘れてるぞ」
正志「俺は不良学生だが、お前と違って知人が多くてミーハーなアイドル大好きっ子だ」
浩二「素敵すぎるぜお前」
正志「ありがとう、涙が出るよ」
真夜「ふふ」

そんなくだらないやりとりを見て微笑む真夜。
正志「俺は坂本 正志、こいつの唯一の連れだ」
自信満々な表情で連れなどと言い張らないでいただきたいものだ、寒気がする。

真夜「えぇ、お二人の噂は聞いてます」
それがいい噂ではないことは間違いない。

そこで授業を開始する合図のチャイムが鳴り響く。
浩二「お前は先に戻れ、俺らはトイレ行ってから戻る」
一度正志と目を合わせて彼女に先に帰るように指示を出す。
正志「そそ、悪いね」
真夜「わかりました、二人とも遅れないように急いでくださいね」

はいはい、と手を挙げて走り出す彼女を見送る。
見えなくなって、やっと待ちに待った解放の時が再び訪れる。


正志「会ったのは?」
浩二「昨夜、お前のせいで携帯学校に落として取りに来た時だ」
正志「ま、それだけじゃないだろうが、その内わかるだろ」
何かを感じ取った正志は、昨日の出来事を問いただしてくることはなかった。

浩二「間違ってんだよな、アイツ」
正志「そうか?」
浩二「間違い以外何がある」
正志「転校してきた朝の休み時間、質問攻めにされてたぞ彼女」
よくある光景、といえるのだろうか。
転校生は何故か異様に注目を浴びる、しかもあれだけ整った見た目をしていれば放っておく生徒などいないだろう。

正志「置田浩二さんってどんな方ですか?って質問してたな」
――――だから俺のいる教室がわかったのか…。

その質問の答えは思ったとおり簡単なものだった。
成大高校の二年、置田と坂本はこの地域の不良の中でもトップに入る名前の知れたろくでなし。
とくに置田は誰とも接しようとしない孤独の不良生徒。

正志「とわかっていながらも、お前のとこに来たんだな」
浩二「天然すぎるのもほどがある」
正志「っは、そうじゃねぇとは思うが」
浩二「あ?」
正志「何でもいい、5時間目どっかで暇潰すか」
浩二「あぁ、とりあえずタバコ吸いたい」

否定できる箇所なんてない。
あいつの母親が乗っていた車を見て気づいたが、アイツは間違いなくお金持ちのお嬢様だ。
ちゃんとした礼儀、育ち、家庭。
そんなもの自分には微塵もない言葉、送ってきたのは全く正反対の人生。
今更校正することなど不可能なのだ。




    「アンタはどうしたい?」

答えなど出せるはずのない質問。
父親はもういない、目の下を黒くした母親は実家に帰ると言っている。
自分の目も涙を大量に流してきたためすでに枯れていた。
何も感じない。
寂しい、つらい、そんな言葉はどこかに置いてきてしまった。

――――オレはここにいる。

それが、置田浩二の孤独の理由だった。



――――私もここにいますよ。


浩二「…え?」
勢いよく身体を起こすと、そこは自分のよく知る誰もいない教室だった。
夕焼けの空、思ったよりも遅くまで寝てしまっていたようだ。
しかし寝起きだというのに意識ははっきりしている、夢の中で聞こえた<その声>が原因だろうか。

浩二「全く、なんちゅー夢だ」
真夜「どんな夢だったんですか?」
浩二「いつも見る夢だったんだが、知らない女の声が」
真夜「?」
浩二「知らない女の…」
真夜「ほぇ?」
浩二「………お前いつからいた」

すでに皆帰ってしまっていたと思い込んでいた。
声が聞こえた方へと顔を向けると、隣の席で真夜が幸せそうな表情を浮かべてこちらを眺めていた。

真夜「30分ほど前ですね」
浩二「…その30分何してた」
真夜「浩二さん、寝てるときの顔は子供みたいですねっ」
そんなこと言われたのは生まれて初めてだった。
生徒がどんどん帰っていく中、こいつはずっと自分の顔を眺めていたというのか。
相手が正志なら、間違いなくこの窓から叩き落としているだろう。

浩二「つーか起こしゃいいだろうが」
枕を机の中に入れ、背筋を大きく伸ばして立ち上がる。

真夜「ごめんなさい、本当に気持ちよさそうに寝てたので…」
少し名残惜しそうに机に置いてあった鞄を持つ真夜。
真夜「あ、そうだ」
浩二「あ?」

歩き出そうとした時、何かを思い出した彼女は黒板の上に掛けられた時計を確認する。
4時をちょっと過ぎたあたりで針は止まっていた。
真夜「そういえばお母さんが迎えに来てく…」

キィイイイイ!!っと耳を塞ぎたくなるほどの音が校門の方から聞こえてくる。
今のは車かバイクのブレーキ音。
何事か、と窓を開けて確認する。

――――どこかが正志か俺目的に襲撃にでも来たか…?

真っ黒の車が視界に入る、外を走っていた運動部も驚いて足を止めていた。
ゆっくり扉が開かれて、この騒ぎの主が車から姿を現した。

真夜「あ、お母さんだ」
浩二「…クレイジー」
そういえば昨夜も同じようなことがあったのを忘れていた。
本日もスーツ姿、若くて美しいその女性は高校生の子を持つ母親には見えない。
まさにできる女、パーフェクトウーマン。
スラリとした長い脚を動かした瞬間、目の前に立つポストに激突して痛そうに額を摩っている。
次はものすごい勢いでポストに頭を下げだした。

浩二「…期待を全力で裏切る母親だな」
真夜「お母さん…天然なんだから」
―――お前がそれを言っちゃいますか。

さすがにこれ以上自分の母親の天然を披露したくないのか、急いで教室を出て校門へと走り出す。
真夜の母親、鏡 亜夜は校門から少し入ったあたりでキョロキョロと娘を探していた。
どんどん集まり出す生徒たちに普通なら気づくだろうが、彼女の母親だからこの状況はおそらく騒ぎだとは感じていないだろう。

真夜「お母さんっ!」
亜夜「あらぁ真夜、やっと見つけたわ」
美しい親子に驚く一同、腰を抜かす馬鹿者もいた。

真夜「急ブレーキはだめだって言ったでしょ〜」
亜夜「ごめんなさいね、そういえば浩二さんは?」
真夜「こっちに向かってきてるよ、あ、ほらあそこ」
野次馬の後方に指をさした先には下駄箱からゆっくりと歩いて校門へと向かう彼の姿があった。
母親に続いて、集団と化した生徒たちも同じく振り返ってこちらの存在を確かめた。

――――散れ、くそボケ共。

殺気を撒き散らしながら歩いてくる悪魔。
それを確認した生徒たちは慌てて何事もなかったかのように部活動を再開し始める。

亜夜「こんにちは、浩二さん」
浩二「ああ」
普通なら今のように逃げ出すはずなのだがこの親子には通用しない、もうそれも昨夜の出来事で理解している。

亜夜「転校初日の話は車の中で聞くわ、二人ともさぁ行きましょう」
真夜「はい」
浩二「はい?」
さぁ行きましょうの意味がいまいちわからない。
何故関係のない自分も誘導されているのだろうか。

亜夜「家まで送っていくわ」
浩二「あぁそれは助かる」
めんどくさがりの自分からすると、苦労なく帰宅できるのはとても嬉しいことだ。
後部席に誘導され、お言葉に甘えて乗り込むことにした。

真夜「失礼しまーす」
浩二「いや……前乗れよ」
本当に失礼なことに助手席ではなく逆側のドアを開けて自分の隣に座りだす真夜。
亜夜「まぁまぁいいじゃない」

エンジンをかけ、シートベルトをしっかりと締めサングラスをかける亜夜。
浩二「はぁ…、この車禁煙か?」
亜夜「真ん中に灰皿があるわ」
高校生がする質問でもなければ、灰皿の場所を教える母親も母親だ。

窓を開け、緑色のブレザーのポケットからタバコを取り出す。
真夜「浩二さん、控えめにね」
浩二「へいへい」
やめろとは決して言わないのが少し楽に感じた。
この学校の教師にも始めはやめろだの何だのと言われ続けてきたが、最近は諦めたのか注意してくる者はいなくなった。

車の中では親子でワイワイと会話が弾み、気だるそうにタバコを吸う自分は相槌のみ打つような形になっていた。
歩けば2,30分のところを、車だとものすごく近く感じる。

亜夜「はい、とうちゃ〜く」
サングラスをかけてその頼りなさそうな口調はやめてほしい。
浩二「悪いな」
タバコの火を消して車からおりると夕焼けの空が異様に眩しく感じた。

浩二「助かった、んじゃあな」
真夜「お母さん、またね」
亜夜「二人ともまたね」

あとは家に入るだけだというのに、几帳面に車からおりて手を振る亜夜。
母親に見守られながら自分と真夜は我が家へ、


浩二「さて、今日は何食べ……ちょっと待てやコラ」
真夜「?」
亜夜「?」
親子で同じ顔をしないでもらいたい。
その前に何故こうして真夜が自分と一緒にマンションに入ろうとしているのか。
何故母親がそれを見ながら手を振っているのか。

浩二「ここ、俺が住んでいるマンションな」
真夜「はい」
浩二「お前、あっち側な」
真夜「はい?」
手を挙げたまま首をかしげている亜夜の方へ指をさす。

亜夜「真夜、あなた浩二さんに説明してないの?」
真夜「あれ…?」
浩二「……あぁ?」
もう嫌な予感しか感じなかった。

亜夜「今日から真夜は浩二さんの家でお世話になります」

頭の中の部品がいろいろ飛んでいったような気がした。
言われてみれば今日真夜が言った台詞で、
<昨日はバタバタしてた>
<月夜に手伝ってもらったんですよ>
言葉の意味がやっと繋がった。

真夜「引越しは全部終わってますよ」
浩二「いや、そうではなく」
亜夜「部屋も片付けました」
浩二「うん、そうじゃなく」
真夜「ごめんなさい、一つだけ部屋もらいました」
浩二「あぁ、そうでもなく」
亜夜「ベッドの下にあったエロ本はちゃんと本棚へ直しましたよ」
浩二「そこはそのままにしとけ」

昨夜会ったばかりのこの女と同居するという話になっているようだ。
孤独愛好会会長の置田浩二からすれば冗談ではない。

浩二「そこまでしなくてもいいだろ…」
真夜「そこまでしないとあの子がかわいそうですから」
意地でも曲げない彼女、面倒は見ると言ったが一緒に暮らすとは一言も言っていない。
が、どうやら真夜はそう取ってしまったようだ。

亜夜「お金のことなら大丈夫よ、ちゃんと口座に毎月入れておくから」
とスーツのポケットから通帳とカードを取り出す亜夜。
浩二「あ?」
亜夜「あなたたち専用の通帳を作っておいたわ」
浩二「いや、ちょっと待て」
亜夜「とりあえず、一か月分だけ入れておいたから足りなかったら言ってね」
受け取って開いてみると貧乏高校生には目にすることの無い数字が表示されていた。

浩二「いや……これ1年遊んで暮らせますが」
普通の家庭なら問題なく1年やっていける額を亜夜は1ヶ月と言った、住む世界が違いすぎると改めて実感する。
亜夜「あら?そう言われると思って、少し控えめにしといたんだけど…」
浩二「世間一般を調べてこい…」
亜夜「わかったわ、もっと勉強して振り込むわね」
浩二「頼むぜホント」

そう言って車に乗り込む亜夜、一度外したサングラスを再びかけて運転席の窓を開ける。
真夜「お母さん、また電話するね」
亜夜「ええ、それじゃあね二人とも、またその内会いに来るわ」
浩二「ああ」
低いエンジン音を撒き散らして走り出す高級車。
手を挙げて見送る二人。

浩二「さ、帰るか」
真夜「はい♪」
マンションに入り、自分の部屋がある二階へと向かう。



浩二「毎日この階段の上り下りが大変……ちょっと待てやコラ」
真夜「?」
階段を上がったあたりでおかしいことに気が付いた。

浩二「お前の母親、話の流れを変える力でもあるのか…」
真夜「ほぇ?」
一緒に暮らすのがおかしいという話だったはずなのに、気が付けばお金の話になって当初の目的が流れていた。
自然に会話が終わり、自然に家に入るところだった。

浩二「未成年の高校生の男女が同棲だぞ?何とも思わねぇのかよ…」
真夜「いいえ、普通なら思うと思います」
はっきりとそう言い放つ真夜。
真夜「お母さん言っていました」
浩二「あ?」
真夜「浩二さんだから預けても大丈夫だ、って」

――――アンタら親子とは昨夜会ったばかりです。
生徒たちが逃げるほどの問題児で、しかも堂々とタバコを吸う高校生のどこを大丈夫というのだろうか。
浩二「お前のオカンの目は間違いなく節穴な」
真夜「ほぇ?」
浩二「いや、親子二人ともか…」

ここまできたら中に入れないわけにもいかない、溜息を付いてポケットから鍵を取り出す。
どうにでもなれ、24時間以内に何回この言葉がよぎったであろうか。

浩二「すげぇ散らかってるからな」
真夜「♪」
鍵を開け、ドアのノブを回すと朝見たはずの部屋ではなかった。
一度ドアを閉めて部屋番号を確認する、間違いなく自分の家だ。

浩二「なんだこの家っぽい家は」
真夜「わぁ、きれいじゃないですか」
殺風景の部屋が家庭の部屋へと変わっていた。
なかったはずの靴箱や花瓶、家の電話が通路の中央に置かれている。
すぐ手前にあるのが自分の部屋、向かい側が空き部屋、通路の奥が居間。
急いで靴を脱いで自分の部屋の扉を開け放つ。

もともと何もない部屋だったのだが…。
浩二「床が光ってるじゃねぇか…」
清掃会社に依頼しないとここまで綺麗にはならないだろう。

真夜「あ、ここが私の部屋ですね」
そんなものない!と言おうとしたが、向かい側の部屋の扉には<真夜>と書かれたピンク色の札が掛けてある。
もう完全に自分の家ではなくなっていた。

月夜「パパ!ママ!」
居間の方から大きな声を張り上げて走ってくる小さな子供。
真夜「月夜、ただい…」
ガシッと両手を広げて抱きついてこようとする月夜の顔面を掴んで阻止する。

月夜「パ…」
浩二「あ?」
月夜「…コージ」
浩二「よし」
手を離して月夜を解放する。
本気で掴んでいたわけではないが月夜は頭を摩りながら嬉しそうに笑顔を向ける。

月夜「おかりなさい!」
真夜「月夜おしいっ、おかえりなさい、ですよ」
月夜「おか、えりなさい!」
真夜「よくできました、ただいま月夜」
月夜「コージ!おかえりなさい!」
浩二「うるせぇよ」
無言でその小さな存在を見る、置田辞書にはもうそんな言葉などないのだ。

真夜「浩二さん、ただいま、ですよ」
浩二「うるせぇよ、そんな言葉知らねぇんだよ」

真夜「浩二さん、ただいまというのはですね、
   いってらっしゃいがあっておかえりなさいが存在するんです。
   だから、おかえりなさいがあるからこそ、ただいまという言葉が」
浩二「はいっただいまっ!」
とてつもなくめんどくさい気持ちになったので素直に言っておくことにした。

真夜「はい、おかえりなさい浩二さん」
月夜「おかえりなさい!コージ!」

不思議と無理やり吐いたはずの言葉が少し懐かしく思えた。
10年近く言ってこなかった言葉、言われなかった台詞。
正志しか入れたことのないこの家には昨夜出会ったばかりの真夜と月夜がいる。
楽しそうに二人ではしゃいでいるその姿を潰すことなどできなかった。

浩二「自分の…部屋もちゃんとあるし、まぁいいか」
諦めというのは本当に怖いものだ。

腹をくくってしばらくは諦めよう、と。
月夜の親が現れるまでの辛抱だ、と。

真夜「月夜、晩御飯何が食べたいですか?」
月夜「ん、と、ん〜っと」
真夜「浩二さんは何が食べたいですか?」
なんていきなり家庭っぽいことを言うのだ。

浩二「あ?お前料理できるのか」
真夜「できません」
浩二「できねぇのかよっ!」
胸張って言われても困るのだが、いいとこ育ちのお嬢様なのだからしかたないと思うようにしておこう。

浩二「はぁ…、しゃーねーな、買い物が必要だな」
月夜「しゃーねーなっ」
真夜「ですねっ、もしかして浩二さんお料理はできるんですか?」
浩二「お前よかできるとは思う」
真夜「むむ、頑張って覚えますっ」
月夜「ママがんばれー!」
真夜「ママ頑張るよぉ!」


若くてまだまだ不器用だが、間違いなく家族の光景だった。

近場のスーパーや、食材の選び方、調味料の使い分け方などを教える不良。
真剣な眼で話を聞く真夜、お菓子を持って走り回る月夜。


彼女とは昨夜出会い、
たまたま似ているビー玉のようなものを持っていただけで子供が現れて、
次の日には一緒に住んでいる、なんて考えられない話。

ただ言えることが一つだけある。

――――長くはない。
本当に推測だが、これから過ごしていくこの日常には終わりが必ずやってくると。
孤独だけを望んでいる自分は、その日を待つしかないのだ。

この小説について

タイトル 3話『迷惑な家族』
初版 2010年12月4日
改訂 2010年12月4日
小説ID 4137
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合計★ 8
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ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 36
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活動度 4305

コメント (4)

★水無月 澪 2010年12月4日 20時36分38秒
えぇー・・・初めましてっ!水無月 澪と申します!!

はい。私のことなんか知らないですよね。いきなりのコメントで、本当に申し訳ありませんっ

ついこの間投稿し始めた新人です。思いっきり素人でございます。


『メイワクな贈り物』タイトルに惹かれ、1話から拝見させていただきました。

読んでいて、心が温かくなるような作品でした。浩二と正志の会話の所などでは、思わず『ぷっ!』と吹き出すこともしばしば・・・・・

素人なもので、文章の感想・批評などはできないのですが、どうしてもこの感動を伝えたく、素人ながらコメントを付けさせていただいた次第です・・・・・


長々とスイマセンでした!次回も楽しみにしております。

駄文失礼いたしました!!
★HIRO コメントのみ 2010年12月5日 11時04分00秒
>水無月 澪さん
こんにちは、ご覧いただきましてありがとうございます。
自分も素人も素人、ど素人です(焦

色々な意味を込めたものにしたいと思い、このタイトルにしました。

浩二と正志はなんだかんだやってますが、結局は似てて仲のいい友人です(笑

是非是非、これからもいろいろご指導の方よろしくお願いいたします!
★takkuりばーす 2010年12月5日 22時22分28秒
……天文学的な幸運に恵まれてるぞ浩二!
つーかむしろオレと変われ!! そして真夜ちゃんはオレのよm(以下、撲殺)

というわけでこんばんわ。短い幸せだけに余計に儚く思えてしまうtakkuです。
3話、読ませて頂きました。……つか真夜ちゃんスゴ過ぎ(◦_◦;)
物怖じしない度胸の持ち主なのか、ただ単に鈍……ゲフンゲフン、天然なのか。
どっちにしても大物であるのは違いないです(まあそれ以前に彼女の母親も相当アレなわけですが)。

……個人的には前回以上にいぢられまくってる正志がツボでしたw
★HIRO コメントのみ 2010年12月6日 11時10分08秒
>takkuりばーすさん
幸運を不幸だと思ってしまうところが浩二らしいですね(笑
できることなら自分も変わっほs(略

こんにちは、読んでいただきありがとうございました。
あの親子は初期設定よりもどんどん天然さがアップしていってます(笑

正志は実はすごい奴なのにバカ、っていうのが彼のいいところだと思いますw
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