Dメール - No.23 to:狙われし王妃(4)

 南蝶高校に向かう車の中でも、渚はひたすらに無言だった。夜一も、自然と言葉を発する事無く黙り込んでいた。急に浮上してきた警察と凶悪な殺人鬼『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』との関係性。それが本当だとしたら、今回南蝶高校で起こった殺人事件も、全く違う側面を見せてくるのだ。
 数分後に二人の目の前に現れた高校の校舎も夜の冷え冷えとした空気が相まってか、まさしく怪談話に出てきそうな雰囲気を漂わせていた。
 学校の校門は勿論閉まっていた。しかし、西園寺さんが何の躊躇いも、ましてや渚や夜一に対して何の断りも無く、校門の横手に伸びる石造りの囲いに登っていき、いとも簡単に校門の向こう側に入っていく。
 幸い校門の鍵は内側から開けられるタイプのもので、夜一と渚は西園寺さんが開けてくれた事により、何の苦労も無く学校内に入った。
 校舎に入ろうと歩き出すと、その行動を止める事無く、ただ淡々と渚は西園寺さんに告げた。
「誰かの足音が聞こえたら、すぐに知らせろ」
「はい」
 それだけの会話が、緊張感を更に加速させる。夜一は自然と歩みを速くした。『誰か』ということは、『警察』も例外ではないという事だ。夜一達が何も知らない一般人だったならば、真っ先に頼るべき寄る辺。それを今は、逆に一番に疑わなくてはならないのだ。それに夜一にとっては、人一倍複雑なものだった。警視庁の刑事である父、春日燈夜。彼の性格を知り尽くしている夜一にとっては父親を疑う余地などないのだが、知らず知らずの内に利用されているという事も考えられなくは無い。
 そんな考えを打ち消すように、夜一は尼子さんから受け取った資料に目を通していた。被害者は二人とも南蝶高校の女子生徒で、日高菜月と喜多方由美。それぞれ放課後、数学の勉強と部活で学校内に残っていた所を殺害されている。二人とも、これといって共通点は無いし、殺される順番にも今のところ規則性は見えてこない。
 頭を悩ませても、更に分からなくなる目の前の疑問に、夜一は思わず唸り声が出ていた。
「うーん……」
「どうした、夜一?」
「いや、お前がこの資料を見た時、何か気になるって言ってただろ。それが何なのか考えてたんだ。お前は何か気づいたのか?」
「……いや。特に親しい友人同士というわけでも無さそうだし、過去に因縁があるわけでもない。赤の他人といっても過言で無いくらいだ」
 確かに、この二人には『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の模倣犯に殺されたという点以外は見事なまでに共通点が無かった。
 必死に考え込んでいるうちに、夜一と渚、それに西園寺さんの三人は最初の被害者が殺された現場である自習室へとやってきた。文字通り自習をするための部屋であったのだが、血と脂の臭いでその空間は様変わりしており、目も当てられない状況と化していた。
「寒っ!」
 教室に入った瞬間、夜一は全身を撫でるような冷たい空気に思わず体を震わせた。幾ら夜とはいえ、こんなにも冷えているのは何だか変だった。
「窓が割れているな」
 渚が窓を指差していった。確かに、窓が不自然なほど大きく割れていて、窓の傍に落ちている破片にはべっとりと血がこびりついている。外はベランダになっていて、結構な広さがある。西園寺さんが何かを見つけたようで、渚に報告する。
「渚様、これは弾痕ではないでしょうか」
 西園寺さんが示した先は窓の左半面であり、そこにはくっきりと弾丸が貫通した痕が残っていた。すると、何かを思いついたらしい渚が、夜一から強引に捜査資料を横取りして読み耽り始める。
 そして、急に捜査資料を持ったまま自習室を飛び出していってしまう。何が何だか分からぬまま、夜一と西園寺さんは渚を追いかけて行った。




 渚を追いかけて、夜一達が辿り着いたのは二人目の被害者が殺された現場である第二音楽室だった。この部屋も勿論、凄惨な有様になっている。渚は、ここでも割れている窓の前に立っていた。そして、思いついた推理を話し始めた。
「やはりだ……ここにもベランダがある」
「どういう事なんだよ?」
「どうやら今回の犯人は、『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』に心酔しているようだな。ここまで面倒な手間を掛けてまで奴の犯行に似せようとするなど、奇行としか言いようが無い」
 渚は、窓ガラスの左側の一部分を指差した。夜一が近くで見てみると、それは紛れも無く弾痕だった。自習室の窓ガラスと同じような場所に、確かに銃弾の痕が残っていたのだ。
「まず、犯人は左利きだという事が分かる。左手で銃を持っていて、わざわざ右を撃つ意味が無いからな」
「じゃあ、左手に持った銃で、犯人は被害者を撃ち殺したのか?」
 夜一が言うと、渚は首を振った。
「いや、そうじゃない。第一、被害者は肺に小さな穴をあけられての窒息死、及び全身を『ガラスの破片』による切り傷で負傷している。その切り傷を作ったのが、この窓ガラスなんだ」
「え!?」
「犯人はおそらく、この窓際に被害者を追い詰め、威嚇と見せかけて何発か銃を発砲した。そして細い凶器を被害者の胸につき立てた。被害者はそれによって肺に穴が開いてしまい、窒息死したんだ」
「でも、何で窓に発砲する必要があったんだよ。目立つだろうし、証拠を残す事になるだけだろ?」
「それでも、そうしたい願望があったとしたらどうだ。『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』に心酔している犯人がどうしても殺す際に被害者の体に刻み付けなければならないものは何だった?」
 夜一は暫く考えた後、確かめるように慎重な口調で渚に問うた。
「まさか……『切り傷』をつける為に?」
「そうだ。十字とまではいかなくとも、細い凶器が胸につきたてられた時点で、発砲によりヒビが入っていた窓ガラスは、衝撃に耐え切れずに割れ、被害者の体に傷をつけたんだ」




 そこまで渚が言った瞬間、西園寺さんが急に身構えた。何者かの不気味な足音が少しずつではあるが確実に迫ってきていた。その足音が踏み込む直前に、夜一は咄嗟に渚を傍にあったロッカーの中に押し込んだ。
「なっ、やい……」
 バン、と大きい音と共に渚をロッカーに閉じ込めた途端、足音の主は第二音楽室へと踏み入ってきた。夜一が目にしたそれは、異常な光景。人々を守るはずの警察官が銃を突きつけて左腕で拘束していたのは、南蝶高校の女子生徒、由良伊織だった。赤茶けた髪を振り乱して彼女は抵抗するが、男性の力強さには勝てないのか、息を切らしながらその腕に収まったままで居る。
 そして、そんな彼女の頭に銃口を向けた警察官は、白い歯の並ぶ口を開け、にんまりと笑った。
「殊勝な事だねえ、警察が処理した事件を甲斐甲斐しく調べなおすとは」
 至極嬉しそうな声に、夜一はふつふつと怒りが浮かぶのを感じていた。人質を取られているので、西園寺さんといえども迂闊に動く事ができず、その場に立ち尽くすのみとなっている。
夜一は、自らの後ろに隠れている渚の存在、そして、今から自らが取ろうとしている行動を悟られまいとわざと大きな声で犯人に言った。
「何で、だよ。何でこんな残酷な事が出来るんだ! お前が『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』なのか!?」
 その隙に、夜一は携帯に指を走らせた。もう一人の探偵、もう一人の相棒に知恵を貰う為に。
「はッ。そうだ、と言いたいが違うんだなぁ。俺はあのお方を信望しているんだ。警察に、あのお方が現れるという情報が入った時には飛び上がるかと思った……それ程待ち望んだんだ、俺は……」
 恍惚とした表情で語る犯人を睨みつけながら、夜一は手元の携帯画面を覗き見ていた。先程の渚の推理で殺害方法の全貌は分かったが、それだけでは犯人を追い詰める事が出来ない。最初から順序だてて犯行を明らかにするしか、相手を怯ませる方法がないのだ。下手をすれば人質にとられた伊織の身にも危険が及ぶ。
 拘束され続けている彼女も疲労が溜まってきているのか、若干顔が青ざめているようにも見える。外に連絡を取ることも、この状況では難しい。いつ犯人が逃げるなどの行動を起こすか分からない今、夜一達に残された時間はほんの僅かなのだ。
 夜一の手元が明るく光った。すぐに携帯を確認すると、液晶画面に『Dメール』の文字が浮かぶ。
『その警察官が何故怪しいのか』
 その一文から、メールが構成されている。文面を読み取ってから、夜一は丁寧に話し始めた。
「あんたが怪しいと思ったのは、その右腕を見たときからだったんだよ」
 夜一は、警察官の腕を指差した。包帯が巻かれ、その包帯には赤く血が滲んでいる。
「右腕を抱えながら出てきた時、あんたは言ったよな、『第二音楽室に行こうとしたら後ろから襲われた』って。でも、あんたの警護範囲に第二音楽室は入っていない。この捜査資料が教えてくれたよ。あんたは左利きだ。大方、第二の被害者を殺した後、左手でナイフか何かを持って自分で右腕を傷つけたんだ」
 そして、次の文に書かれている、渚が先程言った事柄を、詳細に犯人に説明していく。『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の殺し方にこだわった異様な殺害方法を明らかにしていくごとに、その警察官の顔が笑みを大きくしていった。




全てを話し終えたところで、いつもと全く違う展開が起きていた。犯人が、狂ったように笑い続けているのだ。しかし、それは必然でもあった。いくら夜一達が犯人を追い詰めたところで、伊織を人質にとられていては、犯人を捕まえるための行動が取れないのだ。
「さあ、どうした……? 俺を逮捕しないのか?」
夜一は唇を噛んだ。目の前に居るこの男は、そこまで計算して伊織を人質にしたのだ。逮捕したくても警察を呼べない、人質を解放したくても犯人との距離が近すぎて隙を突けない。そんな夜一達の劣勢を、嘲笑うかのような犯人の言葉。
教室が膠着状態に陥ろうとしていた、まさにその時。
その場を駆け抜けたのは、空を切るような一瞬の風。飛ばされた何かはかなりの勢いがあり、窓を通り抜けて行ったが、それが何なのか判別する前に警察官の全身には傷が刻まれていた。
「ぐ、う、あああああッ!?」
 はち切れたような叫び声をあげた犯人は、伊織をその腕から離してしまう。そんな彼女は、ふらついて床に倒れこんだ。その彼女の後ろに、はっきりとした人影が在った。背の高い、男の影。それくらいしか分からなかった。黒衣を身に纏ったその姿は、夜一達の立場からすれば犯人以上に『異様』だった。
「『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』なのか……?」
 震えそうになる声を絞り出しながら、夜一は男に問うた。しかし、鋭い眼光を返したのみで、男は夜一の質問には答えない。答える必要も無いのかもしれなかった。こんなアブノーマルな人の傷つけ方を知っているのは、殺人者と恐れられる人物しか思いつかない。夜一は、そっと自らの後ろのロッカーを見やった。夜一が南蝶高校に行く上で最大の懸念としていたのは、渚と『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』が出会うことだった。
 世間で噂となっている殺人鬼が、渚の兄が創ったとされる組織、『聖杯(カリス)』に関係する人物を迎えに来る。その話を聞いたときから、殺人鬼自身も組織に関わる人間ではないか、というのが夜一の考えの一つだった。そうなると、渚の素性を、顔を知られる事は、組織を追う身である渚自身にとってとても痛いダメージとなる。
 見栄を張って彼女を守りたいというのも無かったわけではないが、夜一は、その事を危惧して彼女を咄嗟にロッカーの中に隠したのだ。
 そんな夜一の意図を解することなく、『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』はゆっくりと伊織に歩み寄っていく。
 伊織は、恐怖からなのか、はたまた困惑からなのか、一歩もその場から動こうとはしなかった。彼女の瞳に宿る意思を汲み取る事ができる者は、誰も居なかった。
「動くな、警察だ!」
「!?」
 夜一達を押しのけるように第二音楽室に雪崩れ込んできたのは、大量の警察官。一番前には、夜一の父、春日燈夜が居る。二度目の沈黙が破られたその刹那、大きく動いたのは『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』だった。石の様に動かない伊織を抱きかかえ、割れた窓ガラスから勢い良く飛び降りた。ここは三階だというのに、驚異的な身体能力を発揮させ、足を縺れさせる事も無く走り去っていく。
 その場に居た全ての人物が驚愕していた。勿論、渚と夜一も例外ではなかった。こんなにも、こんなにも『未解決』なままの事件は初めてだったからだ。
 だが、夜一達はまだ知る由も無かった。
 この未完成なる事件こそが、始まりだったのだという事に。


後書き

>takkuりばーすさん

ご感想ありがとうございます。
偽物さん、名乗らせてあげればよかったかなと思ってます(笑
『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』出現によって、大きく動き出しますよ。それに巻き込まれていく渚&夜一の活躍にも乞うご期待です。

また読みに来てやって下さい、お待ちしております。

この小説について

タイトル No.23 to:狙われし王妃(4)
初版 2010年12月16日
改訂 2011年1月4日
小説ID 4152
閲覧数 1078
合計★ 4
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
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活動度 10590

コメント (1)

takkuりばーす 2010年12月21日 22時08分57秒
23話執筆お疲れ様でした。
いつもの様に読ませて頂いた推理ネタを相変わらず構想できないtakkuです。

“偽物”は所詮“本物”には敵わないという事ですか……
名乗る暇すら与えられずに瞬殺されたニセモノさん、ご愁傷様です。
そしてそれに相対する“本物”はそれに相応しい実力の持ち主の様で。
未だに一連の殺人事件の全貌が見えない中、さらに混沌と化す現状に夜一や渚達がどう立ち向かうのか、今後が楽しみです。

……以上、Dメールと『Lost Children』のクロスオーバー小説っていうのもアリかなーとか思い始めてるtakkuでした。
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