ねぇ

「ねぇ、絶頂に達する直前の、君の顔が好きだよ」
 教会を一歩出た途端、彼女は出し抜けにそんなことを言った。
「だから私は君にご奉仕している訳ではなくて、自己満足でしているの」
 完璧な弧を描く彼女の唇。僕は瞬間的に頬が熱くなるのを感じた。
「何なの、突然。こんなところでそういうことを言うなよ」
 僕が文句を言うのを、彼女はひときわ楽しそうににこにこと眺めている。その理不尽さについ、言葉じりが弱くなる。
「ミサが終わったら、真っ先に背徳的なことを言ってやろうと思ってたの」
 歌うように彼女が言うそれは、まるで「朝食が終わったら、コーヒーを飲もうと思ってたの」と言うのと同じくらいの軽さと自然さがあった。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
 並んで歩く僕らを、教会の鐘の音が追いかける。
 どんよりした灰色の空は、僕らの足音を乾かして吸い込む。
「一体、なぜ?」
「赤い靴を、履いてきたからね」
 彼女が軽くステップするように、僕の前へ進み出てくるりと振り返る。――教会の守衛が声をかけると、靴はひとりでに踊り出します――
 それが僕の問いかけへの答えとして用意されたものなのか、もともと彼女自身の中に秩序としてあったものなのか、僕には判別がつかなかった。
 彼女の真意がつかめないまま、僕らは歩みを進める。

「ねぇ、カーレンはなぜ、教会に赤い靴を履いて行ったんだと思う?」
「さぁ、僕にはわからない」
 僕が心の中に連想したものを読み取られたようで、一瞬どきりとした。でも、『赤い靴』の主人公の名前がカーレンだったか、確かめる術もない。それ以上に、先ほどの彼女の発言とアンデルセン童話にどのようなつながりがあるのか、さっぱりわからなかった。
 僕の怪訝な顔に満足したのか、彼女は問いかけを回収することなく鼻歌まじりに歩いていく。
 いつの間にか降り出した粉雪が、彼女の長い栗色の髪に絡まってにわかに水玉模様を作り出す。しかしそれは一瞬のうちに、融けて消えてしまった。
 きっと、さっきの答えは永遠に得られないのだ。

「ねぇ」
 突然、彼女が振り返る。
 淡く微笑んだ瞳で。
 ねぇ、と吐き出した白い息が、空中にふわりと浮かび上がって消えた。
「あの角を曲がったら、結婚しよう」
 僕はがくりと肩を落とす。脈絡がないにもほどがある。
「一体、それは何なんだ」
「君を拘束するのに、神様への誓いが必要?」
 僕のついたため息は、重力に負けて見えなくなった。
「今ミサに出たばかりだよ」
「いつもそうやってはぐらかすのね」
 彼女は三歩ほど後ろ向きに歩いた後、またくるりと前を向いた。トレンチコートの裾が、ひらりと雪を掻きまわす。
 粉雪が地面に作り出した水玉模様は、今度は消えずにしみを拡げていく。
 はぐらかす? 僕が?
 彼女の基準は、いつも僕にはわからない。

「ねぇ」
 彼女は、今度は振り返らなかった。
 ヒールがぽくぽくと、ゆったりしたリズムを刻む。
「君は」
 ぽく、ぽく、ぽく。
「私を置いて行かないでね」
 ぽく。

 彼女は僕に背を向けたまま、わずかにうつむいた。
 ――首切り役人に切られた脚は、赤い靴を履いたまま、踊りながらどこかへ行ってしまいました――
 僕と彼女の間を、白い雪が横切っていく。
 彼女が空中に放った声は、小さいながらも僕の心臓に突き刺さったが、それでもやはり空に吸い込まれて行ってしまった。
 消えるものと、消えないものと。

 僕は大股で歩を進め、彼女を抜き去る。
「あなたと一緒にいるのに、誓いが必要かな?」
 振り返って見た彼女の瞳は、迷わず僕をとらえていた。唇からかすかに息がもれ、言葉ではない回答をつむぐ。僕と彼女の間を、相変わらず白い雪が横切っていく。

「ねぇ」
 彼女の唇が、再び完璧な弧を描く。
 彼女の瞳が、哀しい色に染まる。
 僕はその表情に、一瞬はっとする。
「このままどこかへ、行っちゃおうか」
 聖者になれない彼女が、透明な微笑みで発したそれは、いとも簡単に、そして鮮やかに、僕の心を絡め取った。
 僕は無言で彼女の手を取り、ポケットに入れた。



後書き

人恋しさにもいろいろありますが、純粋な愛情と性的な愛情は、どうやって折り合えばいいのでしょうか。
それはさりとて、性的な発言をさらりとする女子が好きです。
ところで一般的に男性って、どの程度童話の中身を知っているもんなんだろう……(汗)

何か衝動に駆られてだだっと書いてしまった文章なので……アドバイス等いただけますと幸いです。

この小説について

タイトル ねぇ
初版 2010年12月23日
改訂 2011年1月3日
小説ID 4157
閲覧数 898
合計★ 13
すずひめの写真
常連
作家名 ★すずひめ
作家ID 705
投稿数 4
★の数 44
活動度 811
スイーツOL(笑)の皮をかぶった妄想ヲタク女子です。趣味は妄想です。特技は妄想です。

コメント (6)

弓射り 2010年12月29日 20時03分55秒
この作品の舞台はどこなんでしょう? イメージの中ではヨーロッパですが。日本には恋人と二人でミサに行くのは珍しい気がしますので。勝手な想像が膨らみます。

どこもかしこも意味深すぎて、この作品自体が『問いかけを回収することのない』彼女で、読者は翻弄される男、まさにそのままの縮図ではないかと思いました。うーん、味わい深くて良いです。

表現も音と言葉に関するものに統一されてる感がありますね、どれも綺麗な表現でステキです。ただ、最後の『狂う』だけ、ちょっと陳腐かな、と思いました。
全体的に好きな作品です。久々に良い物読ませていただきました。感謝。
また投稿してください、読みに来ます。
すずひめ コメントのみ 2011年1月1日 22時13分28秒
>弓射りさん
拙作を読んでくださり、ありがとうございます。
あまりに短くて意味不明の文章なので不安でしたが、コメントをいただけて大変うれしいです。

意味もオチもない文章ですので、ご指摘の通り「とことん何も解決しない話」にすることで、一遍の文章としてどうにかまとめました。
表現に関してのお褒めの言葉とご指摘、ありがとうございます。最後の彼女のセリフは少し悩みました。もっと効果的な言葉を探したいと思います。

この作品の舞台は、実ははっきり決めていません。ただぼんやり、彼女の方が年上という設定だけあります。別に信者でもないのに、彼女の気まぐれでミサに行くことになったのかもしれません(笑)

身に余るほどのコメントを、本当にありがとうございました。
また何か投稿したいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
2011年1月2日 17時50分19秒
初コメします
携帯からなので、いくらか誤字があるかと思いますがご容赦を
のっけからいきなり吹きました
いや、まあ、作者さんもそれを狙ってのこととは思いますが
ミサの後だと背徳的ですねやはり
残念ながら、童話に関しては月光条例くらいの知識しかないので「赤い靴」がどういうお話なのかは勝手に想像するしかありませんでしたが
作中の彼女はメルヘンチックなわりにミステリアスな女性ですね
一歩間違えば電波女ですが、なかなかにいいキャラクターだと思います
彼に関してはあまり我が強すぎず、かといって無個性ではないので、彼女といると良い案配ですね
最後の彼女の言葉はぼくも引っかかったんですが、弓射りさんが指摘されているので、良い表現が見つかったら改稿されると良いかと
正月早々、楽しい気分にさせていただいたので、星5つ付けさせてもらいました
ではでは
★すずひめ コメントのみ 2011年1月3日 19時49分49秒
>鷹さん
拙作を読んでくださり、ありがとうございます。
そして星を5つも付けていただき、大変恐縮です。

ここは若い方が多そうなので、冒頭の一文はちょっとした掛けでした(汗)
やはり男性は女性に比べ、童話はあまり詳しくないですよね。男性目線で文を書くにあたり、それに類するリアリティに気をつけないといけませんね。

人物は、彼目線で見ると彼女の思考がなかなか掴めないのですが、彼女目線で見るとまた違うのかな、と思います。
噛み合うような噛み合わないような二人が並んで歩く雰囲気を、楽しんでいただけたなら幸いです。

彼女の最後のセリフ、変えてみました。
ちょっと奥行きが出たかな、と思います。
しかし何か、一気に不倫のような感じに……(汗)

ではでは、コメントありがとうございました。
★那由他 2011年1月14日 22時11分22秒
こんばんは。那由他と申します。
拙作にコメントをお寄せいただき、ありがとうございました。

御作を拝読いたしました。
初心者のくせに上から目線で生意気なコメントになりますが、ご容赦ください。

彼女のどこかミステリアスな雰囲気がいいですね。文章も効果的な描写が散りばめられていて、イメージしやすいです。擬音も普通は安っぽくなってしまう傾向がありますが、文体から醸成される雰囲気にうまく溶けこんでいて、初心者の私としてはぜひとも見習いたいところです。
ストーリーを追うよりも雰囲気を楽しむ作品だと感じました。夢を見たような気持ちが残る、そんな読後感でした。

コメントらしいコメントはあまりないのですが、すみません、一点だけ。
冒頭のインパクトがあるセリフから始まって、途中まではミステリアスな雰囲気が濃厚でしたが、「あの角を曲がったら、結婚しよう」のセリフのあとから急に現実世界にストンと落ちてきたような印象がありました。ここの落差がちょっと気になりました。

コメントは以上です。たいして参考にならないかもしれません。初心者が書いているものですので、平にお許しください。
次回の作品もがんばってください。
それでは失礼いたします。
★すずひめ コメントのみ 2011年1月15日 19時22分37秒
>那由他さん
拙作を読んでくださり、ありがとうございます。

描写に関するお褒めの言葉をいただき、光栄です。
人間の五感と心情をリンクさせるような描写を目指しています。それで今回は擬音を敢えて多用してみたのですが、上手く文章に溶けこんでいると感じていただけたなら嬉しいです。

那由他さんがご指摘されている点ですが、実はその辺りからが彼女が本音を言っている部分になります。ですのである意味、そのご指摘は正しいかもしれません。
ただ、表現としてそれが違和感となってしまっては元も子もありませんので、もっと適切な描写を研究したいと思います。

丁寧なコメントをありがとうございました。
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