Dメール - No.24 to:救えぬ医師(1)

 真実を知る事が出来ない困惑とやり場のない怒り。それがあの事件から夜一達に残されたものだった。『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』事件から一週間、世間は警察が待ち構えるという厳戒態勢の中で現れ、そして姿を消した本物の『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』に釘付けだった。
 昼下がりの休日、渚の屋敷に夜一、そして彼女が雇っている情報屋の斑鳩が居た。
殺人鬼は何故この時期に現れたのか、何が目的なのか、どのようにして警察の網から逃れたのか。マスコミがはやし立てる内容を綴った新聞を一通り眺めた後、笑いながら斑鳩は新聞をたたむ事無くテーブルへ放った。
「ククッ。事件はものの見事に改竄されたようだ。偽物の殺人鬼の存在、その殺害方法、そして本物に連れ去られた少女……君らが見た事は全て幻扱いというわけだ」
 あの日の出来事が鮮明に浮かび上がってきて、夜一はソファーの上で苦々しそうに俯いていた。


『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の攻撃を受けた彼の名、そして犯行を真似ていた男は全身に刻まれた傷を自ら眺め、口を引きつらせて笑っていた。そして、甲高く叫び声をあげた後、自ら所持していたと思われるアイスピックを自らの心臓に突き刺して絶命した。
 渚の推理によると、彼は自ら目に付けた女子を窓際へと追い詰めて発砲し、ガラスを割って女生徒の体に傷を刻み、そのままアイスピックを刺した。『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の殺害方法とは異なっているのは肺に穴を空けて殺してから傷を刻むのではなく、傷を付けるのを最初にしたという事だった。殺害方法を行う順序、そしてそれを行う為の凶器が異なったため、傷の形状や数などが明らかに違うものになっていたのだ。
 由良伊織が連れ去られた後、夜一達は警察に身柄を拘束されて事情聴取を受けた。しかし、夜一達の聴取をした燈夜の表情はぎこちなく、何とも曖昧さを感じさせるものだった。由良伊織はどうなったのか、警察は何をしていたのか、警察は殺人鬼と結託していたのではないか。そう言いたいこちらの質問は一切受け付けず、ただ淡々と形式的に聴取を続けていくだけだった。
 取調室から出た直後、父親の部下である斯波の姿を見つけ、夜一は衝動的に彼の胸倉を掴んで怒りをぶちまけた。
「あんたは彼女を護送してた筈だろ……! 何で、その彼女が攫われたんだよ!」
「…………」
「俺みたいな餓鬼に、話す事なんか無いってか」
 斯波のワイシャツに皺を刻みながら、夜一は拳を強く握る。探偵気取りで居ても、所詮は子どもの遊び程度にしか思われていない、その苛立ちが胸を占めていく。警察が真実を隠蔽しようとしているのか、そう問いたい気持ちがあったのにそれを言葉にすることが出来なかった。
 斯波は俺の手を強引に押しのけて、左手に持っていた缶コーヒーを全て飲み干した後、すれ違いざまに言った。
「今は、何も話すことはない」




 その日から一週間。世間は『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の話題で持ちきりになってからというもの、夜一はまともに燈夜と話していなかった。家にも帰らず、毎日警視庁で寝泊りしているらしい。
「くそっ、何なんだよ……」
「ともかく、今は『聖杯(カリス)』を追うのが先決だ。奴らの居所さえ掴めれば、いずれ由良伊織と接触できる機会もあるだろう」
 渚はそういって、斑鳩の方を見やる。彼に膨れ上がった茶封筒を大雑把に投げ与えた。中身を確認した後、斑鳩は懐から一枚の写真を差し出した。痩せこけた一人の中年男性が映っている。
「国東孝(くにさき たかし)。元葦香病院の外科医師で、現在は市内で個人経営のクリニックをやっている」
「その男がどうした?」
「つい三日ほど前、警察にいきなり飛び込んできたらしい。『殺人集団が次に狙うのは自分だ』って喚いてね」
「!」
「ククッ、その殺人集団が君等が追い求める奴らかは保障しないがね」
「だが、問題はその国東という男とどうやって接触するかだな。警察を迂闊に頼るわけにもいかない我々では……」
 思案している渚の隣で斑鳩の差し出した写真を見つめていた夜一は、ふと思いついた。葦香病院という共通の単語で。最も巻き込みたくない、しかし、最も今頼りたい人物を。
「あのさ、俺、その男と知り合いかもしれない人の心当たりがあるんだけど」
 そう言って、俺は携帯を開いて電話をかけた。


「昔は良く夜一と買い物行ったわねえ。『おかあさん、どこー』って迷子になる度泣いちゃって、可愛かったわー」
「……あのさ」
 俺は、自らの隣を歩きながら明るく笑う女性に言った。
「母さんを呼んだのは、国東っていう男を知ってるって言うからだ。昔話なんかすんなよ、恥ずかしい……」
「あら、いいじゃない。昔話の一つや二つ。減るもんじゃないのに。ねえ、渚ちゃん」
「はい」
 そう言って微笑みあう母親と渚を見て、夜一は早速自らの行動を後悔した。
 夜一が電話で呼んだのは、彼の母親、春日美桜(かすが みお)。元葦香病院の精神科医で、斑鳩が見せた写真の男、国東孝とも同じ職場の同僚として面識があると言ったので、彼女を介して国東と接触しよう、というのが夜一の作戦だったのだ。
 しかし、今の美桜は完全なる専業主婦。幾ら元同僚とはいえ国東が会う事を了承してくれるかどうかは分からない。それに、本人のこの楽観振りには不安を覚えずにはいられない。
 渚は渚で、相変わらず猫を被ってにこやかな女子を演じている。俺はため息を吐いた。
 やがて、夜一達は見上げるほどの高さがある高層マンションの目の前に居た。黒光りする外観、敷地内の噴水や芝生の公園。はっきり言って、お金持ちが住むような豪華さが見た目から物凄く滲み出ていた。
「すげえ……こんな所に住んでるのか、国東って人」
 俺の驚きを他所に、美桜は軽々と玄関らしき自動ドアを潜ると、スーツ姿の二人の男で両側をかためた一人の男が夜一達を出迎えた。
「久しぶりね、国東君。少し痩せたんじゃない?」
「ああ。本当に何年ぶりだろうね……『精神治療者(メンタルヘルス)』の君に心配されるとは。僕も落ちぶれたものだ」
 国東は、差し出された美桜の手を弱弱しく握り返してから、ちらりと夜一達の方に目を向けた。
「彼らは……?」
「私の息子と、その彼女。二人とも医学に興味があるから、国東君の研究を見たら勉強になるんじゃないかと思って。迷惑だったかしら?」
「なっ!」
 夜一の驚きを視線で制し、美桜はにっこりと笑う。暫く押し黙ったままだった国東はやがて言った。
「……いや。ただ、今は色々忙しくて部屋は散らかっている。それでも良ければ、上がってくれ」
 国東は一枚のカードを取り出して機械にとおした。すると中へ通ずるドアが開く。どうやら、セキュリティは万全のようで、個人のカードキーが無いと中には入れない仕組みになっているらしかった。
 国東の案内でエレベーターに乗り込んだ夜一は美桜に小声で聞いた。
「さっきの『精神治療者(メンタルヘルス)』って何だよ。それに、渚のこと彼女って勝手に……」
「あれは葦香病院時代の呼び名よ。重度の精神疾患の患者ばかり受け持っていたから。渚ちゃんの事はそう解釈しちゃいけなかったかしら? 言い訳としては上等だと思ったのに」
 夜一は、何も言い返せなくて黙るしかなかった。昔から母親と口喧嘩や言い合いをして勝てた事など一度も無い。特に美桜は、会話から相手を分析するのが得意で、いつの間にか話の内容をすり返られていたり、話の主導権を握られていたりで、いつも夜一が後手に回るのだ。
 夜一は今度は渚に話し掛けた。
「あの国東ってやつ、本当に『聖杯(カリス)』と関係してるのか?」
「さあな。しかし、個人でボディーガードを雇ったり、高級マンションに住んでいたり、金銭面では困っていないようだ。奴が研究しているのが何なのかは分からないが……それがもしかしたら組織の役に立つものなのかもしれないな」
 そんな話をしていると、エレベーターは目的の階に到着したようで、夜一達は国東の先導の下、長い廊下を歩いていく。
 やがて『503』と彫られたドアの前で国東は立ち止まって鍵を開け始めた。
「さあ入ってくれ。と言っても、散らかっているけれどね」
 中は、一人暮らし特有の殺風景な部屋だった。モノクロ調の家具や壁、パソコン類。思い切り目を引くものと言えば、床に散らばっているおびただしい書類くらいだ。あとは、窓から見える壮大な景色。
 美桜は散らかった書類を適当に纏めながら呆れて言った。
「相変わらずねえ。研究に没頭すると他の事に手が回らなくなるの、悪い癖ね」
 そう言って、美桜がリビングから奥の寝室らしき部屋に入ろうとドアを開けたその瞬間。ドアにもたれかかっていたと思われる物体が、ごとん、と鉛が落ちたような低い音を立てながら彼女の足元へと落ちた。それは、二人の男女の遺体。裸で、血塗れの彼らは、床を真っ赤な血で染め上げながら人形の様に濁った目でこちらを映し出していた。
「こ、これは……」
 悲鳴こそ上げないものの、美桜も、渚も、夜一も絶句していた。突如目の前に現れた、不可思議且つ狂気的な状況。誰もが何も言えずにいたその時、不意に震えの含まれた声が発せられた。
「わ、私が……」
「国東君?」
「私が、殺したんだよ。彼らを……この手で」
 自らの手を見つめて国東は薄ら笑いを浮かべた。悲しみと絶望が入り混じった、複雑な表情で。
 狂気も悪意も終わらない。それを再認識させられる事件の始まりだった。


この小説について

タイトル No.24 to:救えぬ医師(1)
初版 2011年1月16日
改訂 2011年1月16日
小説ID 4177
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (1)

★takkuりばーす 2011年1月26日 21時56分04秒
いろいろと立て込んでましたが24話、読ませて頂きました。
どうもおはこんばんちわ。いつぞや話題に上がった『LostChildren』と『Dメール』のクロス話……なかなか手強いなぁと思うtakkuりばーすです。

夜一の母・美桜、惨状もとい参上な本作。
フリーダムというか強烈なキャラで、ヒロインであるはずの渚ちゃんを押しのけそうな勢いw
個人的には美桜さんの様なキャラは嫌いではないです。
だって、一人沈妙な面持ちの面子の中に投入すれば、それだけで場を引っかき回して弄べるじゃないですか(邪笑)←最低

ただ、事件の鍵を握る男を訪ねた先でさらなる波乱の予感?!
どんだけ状況をややこしくさせるのか、真剣に問いただしたい所ですが、近いうちにこの波乱に一時の終息をもたらしてくれる事を祈ってますw
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