メイワクな贈り物 - 第8話『メイワクな姉と過去』

またここにいる。
薄暗い灰に満ちた町。
自分が望んで立っているこの場所には何もない、存在すらもしていない場所。
前方に見える光り輝く世界には恐らく希望が待っているだろう。
だけどこの身体はそんな世界を望んではいなかった。

――――なのに。

振り返ると一人の女と小さな子供が立っていた。
その顔には見覚えがないわけではない。
薄暗いこの世界で、二人は何も言わずに自分の傍に立っていた。
すぐ目の前には光り輝く世界があるというのに。

彼女たちはただ、自分の傍で笑いかけていた。




目覚めは最悪だった。
何度か頭を振って意識をはっきりさせようとするが、なかなか脳が起床してくれない。
いつもと同じ夢で、いつもとは少し違う内容。
タバコを銜えて天井を見上げるとそこはやはり、何も無いいつも通りの自分の部屋だった。
この悪夢がいつから“いつも通り”と思い始めたのか。
ピアスを付けてゆっくりと立ち上がり、ドアのノブをゆっくりと回す。

居間に掛けられた時計に目をやると、短針は9に向いている。
休日の日に、いや普段からもそうだったが自分がこの時間帯に起きていることなんてほとんどなかった。
きっかけはそう、

真夜「おはようございます、浩二さん」
テーブルに置かれたコーヒー、砂糖もミルクも入っていない自分好みの色。
鏡真夜、同じ高校に通う超金持ちのご令嬢で校内でも美人で可愛いと言われるほどの有名人。

月夜「コージ!おっはよ〜!」
空を飛ぶことができる不思議な子供、鏡月夜。
普通に幼稚園に通っているが、実はある事件がきっかけで自分と真夜を親だと思い込んでしまった謎の少女。

浩二「…あぁ」
そして、不良たちの中でも恐れられている高校生、置田浩二。

こんなツッコミどころ満載な3人が同居しているなんて笑えない現実。
一般市民は羨ましくなるような光景だろうが、孤独愛好家からすれば地獄そのものだ。

真夜「浩二さん、今日は何の日か知っていますか?」
エプロンを付けた真夜が嬉しそうな表情でこちらに問いかける。

浩二「土曜日だ」
真夜「何の、土曜日か知っていますか?」
浩二「学校が休みの土曜日だ」
真夜「今日は何日ですか?」
浩二「あ〜24日だ」
真夜「12月24日といえば?」
浩二「冬だ」
真夜「……」
浩二「……」
なんだろうか、この沈黙は。

月夜「くっりすまっす、くりすまっす!」
―――――あぁ、クリスマスか。

真夜「ですよっ」
これまた嬉しそうにガッツポーズをする真夜。
おそらく月夜は幼稚園で覚えたのだろう。

浩二「だからなんだ、俺には何の変わりもないいつもと同じ…」
“ピンポーン”
真夜「あ、はーい」
浩二「……」
月夜「……」
浩二「何の変わりもな…」
月夜「くっりすまっす、くりすまっす!」
浩二「……誰か…」
孤独愛好家の意見など誰も耳を傾けてはくれなかった。


吸い終えたタバコの火を消して、真夜の入れたコーヒーを一気に流し込む。
もう一眠りしたいところだが、この様子じゃ1分も寝かせてくれそうにないだろう。

「あら、ここは置田さんの家ですよね?」
真夜「はい、置田ですっ」
ドア付近から聞こえる声。

真夜「あの、どちら様でしょうか?」
「私は置田浩美、ここの主の姉です」
浩二「だああああああああああああああ!!」
まさかの来客にコタツから飛び出して駆け出す。

そこにはやはり見覚えのある女性が立っていた。
浩二「はぁはぁ、ヒロミてめぇ…何しに来やがった」
ヒロミ「あら、浩二、久しぶりね♪」
月夜「くっりすまっす、くりすまっす!」

もう、死んでしまいたい状況だった。


孤独空間のはずだった居場所。
エプロンを付けたまま来客にお茶を出す真夜に、コタツに入ってにこやかに笑うヒロミ、ちょっとうたた寝しはじめている月夜がいた。

ヒロミ「なるほど、だから一緒に住んでいるのね」
真夜「ごめんなさい、ご挨拶が遅れてしまって…」
ヒロミ「いいのいいの、賑やかな家って好きだから♪」
浩二「……」
真夜「でもこんな非現実的な話、信じてくれるんですか?」
もっともな質問。
ある日学校に訪れた二人がたまたま月夜を拾って、一緒に住むことになってしまったなんてどこの誰が信じるというのか。

ヒロミ「そんな嘘、この子は付かないから」
理由もなしに女と同棲しているなんて弟がするわけがない、姉はそれを理解していた。

真夜「浩二さんにこんないいお姉さんがいたなんて」
ヒロミ「あら、ありがとう♪」
浩二「……おい」
ヒロミ「ん?どうしたの?」
先ほどから走る寒気に耐え切れず、自分は二人の会話に侵入する。

浩二「いい加減その口調やめろ」
ヒロミ「どういうこと、かな?」
浩二「演技せず、素を出せって言ってんだよ、くそアマが」

ヒロミ「誰がくそアマだコラ、ぶっ殺されたいかガキ」

これが本当の姉、置田浩美の正体である。
髪はショートヘアーで肌は色白、おしとやかそうに見えるが本性を出した時の目つきは鬼でも逃げ出してしまうほど。

ヒロミ「そういやテメェ、この前テストで何点取った?」
浩二「6点です」
ヒロミ「全教科合わせていくらだ」
浩二「6点です」
ヒロミ「毎度毎度、先公からこっちに電話がくんだよ!」
浩二「親がそっちにいるからな」
ヒロミ「そーじゃねぇよ、てめぇの為に何で頭下げなきゃいけねーんだって言ってんだよ」
浩二「鏡、こういう姉だ」
真夜「あは、あはは…」
月夜「すーすー」

23歳のヒロミは、高校を出たと同時に母親と田舎へと飛んでいった。
それまではこっちで過ごしていたため、友人に会うことを目的にこうしてこの町に帰ってくることがある。
といってもこの家に来ることなどほとんどなかったのだが…。



ヒロミ「へぇ、すごい、月夜は空飛べるのかっ」
月夜「見て!」
ヒロミ「すげぇ!」
すっかり馴染んでしまった月夜とヒロミ、真夜もあの性格には慣れてきたようだ。

ヒロミ「浩二」
浩二「あ?」
ヒロミ「正志は?」
浩二「あぁ、あいつは今頃チームの連中といるんじゃねぇか?」
ヒロミ「お前ら、相当有名らしいな」
自分と正志は幼い頃からの連れで、ヒロミとも面識がある。

ヒロミ「久しぶりに呼べ」
浩二「居酒屋で酔った勢いで人を呼びまくるオッサンかお前は」
ヒロミ「いいから呼べ」
浩二「…わぁったよ」

ポケットから携帯を取り出して、正志のメモリを選択し通話ボタンを押す。

正志『YOYOYO,お前の親友の俺だYO!!』
浩二「死んでくれないか」
正志『他にツッコむ台詞考えてっ』
浩二「お前、今暇か?」
正志『ああ暇でよ、今からお前んとこに行こうと思ってたんだよ』
浩二「そうか」
正志『お前が誘ってくるなんて珍しいな、何かいいことでもあったか?』
浩二「今、ヒロミが来てる」
正志『……』
浩二「……」
正志『おかけになった電話番号は、現在使いこなせていません』

“プー、プー、プー”

浩二「使いこなせていないそうだ」
ヒロミ「あの野郎…」
幼い頃、自分と正志はヒロミにいいようにこき使われていた。
逆らうともれなく飛んでくる鉄拳が今でも正志は忘れられず、たぶんヒロミは唯一奴が恐れる生き物なのかもしれない。

ヒロミ「さて、と」
真夜「あれ、もう帰っちゃうんですか?」
テーブルの上に置いた携帯をカバンに入れて立ち上がろうとする。

ヒロミ「今日はクリスマスだ、お前たちの邪魔はしないよ」
浩二「さっさと帰れ」
真夜「そんな、久しぶりに姉弟が会ったんですから!」
浩二「さっさと帰れ」
ヒロミ「いや…空気読んでるつもりなんだけど…」
月夜「ひろみも一緒にどっかいこー!」
浩二「さっさと帰れ」
ヒロミ「……そうだな、んじゃちょっとだけ一緒に行動させてもらおうかな」
浩二「………帰って…」
心が寒かった。


やっと解放されると思ったのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。
町中にあるここいらでは少し大きめのデパート、あまり興味がなかったため地元人間であるはずの自分は全く内装のことを理解していなかった。
前方では月夜が嬉しそうに玩具やら子供向けの商品を見ている。

ヒロミ「よーし、月夜、私がなんか買ってやる!」
月夜「ホント!?」
ヒロミ「あぁ、なんでも欲しいもん言え」
月夜「うんとね、うんとね」
浩二「マンション」
月夜「まんしょん!」
浩二「そうか、月夜はマンションが欲…」

姉の蹴りはまさに光の速度でした。

ヒロミ「てめぇ、ガキに何教えてんだよコラ」
浩二「これが俺の教育なんだよ、何か文句でもあんのか」
月夜「コージ、鼻血出てるよ?」
真夜「はい、浩二さん」
浩二「サンキュー」
ヒロミ「……」
真夜からティッシュを受け取って、鼻に詰め込む。

浩二「で、てめぇに俺の教育に文句を言う権」
ヒロミ「月夜〜、これなんてどう?」
月夜「わー、それカワイー!」
どうしてこの世には“シカト”なんて言葉があるんでしょうか。

浩二「ちくしょう」
真夜「浩二さん浩二さん!」
浩二「なんだちくしょう」
真夜「これ、可愛いです!月夜にサプライズでプレゼントしませんか!」
ウィンドウに飾られてあるものを嬉しそうに眺めている真夜。
そこには1m50僂呂△蠅修Δ淵マのぬいぐるみがあった。

浩二「サプライズも何も、買った瞬間にバレるサイズだな、これ」
真夜「うーん、でも絶対喜びそうなんですけどね…」
浩二「買うだけでも相当恥ずかしい商品だぞ…」
真夜「まぁ…そうですね」
浩二「つーかせっかく来たんだ、自分の欲しいもんも見てこいよ」
真夜「欲しいもの…」
浩二「まぁ金持ちのお嬢様だから、ブランドもんか何かだろ?」
真夜「私、ブランドもの好きじゃないんです」
浩二「食いもんみたいに言うな」
ブランドが好きとか嫌いとか自分には全くわからない話だった。

真夜「これ可愛いです!」
浩二「悩んでた割に早いなっ!」
店頭に飾られたフックから、手を伸ばして取ったものは自分でも買えそうなくらいの携帯ストラップだった。
本当に少しズレたお嬢様だと改めて感じた。

浩二「はぁ、さっさと行くぞ、ヒロミたちも買い物済んだみたいだ」
真夜「あ、はいっ」
そこで買ってやる、なんて言える人間ではないことを自分はわかっている。
恐らく彼女も理解している。

―――ズレているのは俺か。

不器用すぎる自分に呆れたりもするが、自分自身気を使わなくていい人間と思えば楽だと感じることもある。
自分には優しさや穏やかさなんて持ち合わせていないんだ。




どうして、こんな感じになってしまったんだろうか。
1, 2ヶ月前までは誰もいない、誰とも関わらない日々が続いていたというのに。
落ち着ける場所なんてどこにもない。

        “お前の居場所なんてどこにもねぇよ”

デパート内にある喫煙所で、タバコのフィルタを少し噛んで過去の言葉に耐えた。

ヒロミ「未成年が堂々とタバコ吸ってんじゃねぇよ」
タバコを銜えたヒロミが喫煙所の扉を開けて入ってくる。

浩二「てめぇも未成年の時吸ってただろうが」
ヒロミ「だからって吸っていいってことにはなんねぇだろうが」
浩二「ごちゃごちゃうっせぇな」
柄の悪そうな二人が小さな個室でタバコを吸っていた。
何も考えず、自分の吐く白い煙が空気清浄機に吸い込まれていくのを眺めているだけ。

ヒロミ「母さんが会いたがってたぞ」
浩二「しらねぇよ」
ヒロミ「また、会いに行ってやれ」
浩二「うるせぇな、自由にさせてくれ」
ヒロミ「それをわかってて、お前をここに残したんだろうが」

――――わかってる。
全てが嫌になった自分を置いていった理由。
無気力の自分に新しい場所、新しい環境なんて与えても逆効果になることを母親は感じ取っていたから残したんだ。

ヒロミ「でもまぁ、久しぶりにお前を見て安心した」
浩二「あ?」
ヒロミ「お前、変わったな」
そう言いながら吸いかけのタバコの火を消した。

ヒロミ「お前がサンキューなんて言うとはな」
浩二「あ?もっと大きい声で言え、聞こえねぇよ」
ヒロミ「うるせぇ、真夜と月夜のとこ戻ってる」
個室の扉を開けて出て行くヒロミを自分は首を傾げながら見届けた。
ちょっとした苛立ちが吸い足りない気持ちを引き起こし、再びもう一本タバコを銜えた。

――――なんなんだろうな。
携帯を開いて、リダイヤル履歴に残ったメモリに合わせ通話ボタンを押した。

浩二「よう、何も聞かずに俺の言うことを聞け」





ヒロミ「悪い、待たせたね」
真夜「いえ、もういいんですか?」
先に吸い終えたヒロミは浩二よりも先に真夜のもとへと戻っていた。
ヒロミにはどうしても一つだけ聞きたいことがあった。

ヒロミ「月夜」
月夜「あいっ」
手を挙げて元気よく返事をする月夜。

ヒロミ「お前は、浩二…好きか?」
月夜「え〜?どして〜?」
ヒロミ「いや、パパなんだろ?アイツ」
月夜「絶対パパって呼ばせてくれないけど…」
ヒロミ「…だろうな」
月夜「でも」
嘘偽りのない表情、嬉しそうな笑顔は何故かこっちまで嬉しくなり泣きそうになる。

月夜「コージもママも大好きだよっ!」
本当に涙が出そうな笑顔だった。

ヒロミ「そうか、それなら…良かった」
必死で堪えて、それに答えるようにこちらも満面な笑顔を少女に差し出した。
ろくでなしの最悪で、無愛想で、短気で、黒い人生しか持っていなかった彼を大好きといった少女を抱きしめたかった。

真夜「月夜、あれに乗って遊んで来ていいよ」
真夜が指差した先には子供が乗って遊ぶ電車のアトラクションがあった。
それを聞いた月夜は目を輝かせて駆け出した。

真夜「浩二さんは、やはり何か抱えてるんですね」
きっとこの子は天然だが勘がいい。
そういう話を月夜の前でするわけにはいかない、ヒロミも彼女が月夜をアトラクションに誘導した時には感じ取っていた。
簡単には言ってはいけない話。
穏やかで、のんびりとした真夜のその眼は驚くほど真剣だった。

ヒロミ「私たち姉弟の父親はクソだった」

―――真夜だから言えること。
バカな弟をここまで信じてくれている人なんて初めて見たから。

ヒロミ「浩二が物心付いたあたりは普通の家庭だったんだ」


―――そう、俺がこうなのはずっとってわけじゃないんだ。

いつからかははっきりとは覚えていないが、気が付けば親父は平日も休日も家にいるようになっていた。
自分たち姉弟が寝静まった頃にはいつも母親とケンカしていた。
俺はもう仕事はしない、と。
夜中に物を投げる音が聞こえていたけど自分たちはただ寝たフリをしているしかなかった。
それでも子供の為に必死で仕事を続ける母親を可哀想だと感じたんだろうな、俺は父親にこう言ったんだ。

「お父さん、働いて」って。

それからだった。
父親は俺を敵視するようになり、物を投げられ蹴られ、母親が帰ってくるまで家には入れてもらえず、豪雨の中玄関で座って待っていたこともあった。

“お前が産まれたのは間違いだ”
“殺しは嫌だから、せめて自分で死んでくれ”
“ここはお前の家じゃないのにどうしてここにいる”
“お前が女なら売れたのにな”

何度も泣いて、悔しくて、歯を食いしばりすぎて何回も唇から血が流れ落ちていた。
それでも俺は弱くて、ひたすら謝るしかなかった。

そんな日々が続いたある日。
雀荘に出かけていたはずの父親が大きい棺に入っていた。
飲酒運転で木に衝突して即死。
皆が黒い服を着て、人が死んだというのに誰一人として悲しい顔をしていなかった。

“虐待されてたんですって”
“哀れな子”
“死んで当然だったのかもね”

襲い掛かる同情。
自分は何もしていない、なのに何故周りとはこうも違う?
まるで自分が立っている場所と世間に境界線を引かれたような感覚。

つらくて、苦しくて、それでも泣けなくて。
悔しくて、憎くて、それでも復讐はできなくて。

それでも立ち上がらないといけない、ここで落ちたら父親の思う壺だと。
ゆっくりと下がった顔を上げて前を向いた。


そこには鏡に映った全く別人の自分の顔があった。







タバコの火を消し、携帯をポケットにしまって背筋を伸ばす。
少し長居しすぎたためヒロミの怒りが飛んでくるかもしれないが、慣れてしまっている自分にはどうでもいい話。

ヒロミ「おせぇよくそガキ、3回まわって死ね!」
浩二「んだとコラ!死んでから3回まわりやがれ!」
戻った瞬間からケンカを始める姉弟だった。

浩二「あれ、月夜はよ?」
真夜「ふふ、ほらあそこ」
月夜「コーーーーーーージーーーーーーー!!」
子供用の電車のアトラクションで楽しそうに月夜が遊んでいた。

浩二「ガキだな」
真夜「いいじゃないですか♪」
自動で動く電車を眼で追い、月夜が紐を引っ張ると鳴る汽笛が愉快さを感じさせた。

浩二「おもしろそうだな、オイ」
真夜「乗りましょう!」
浩二「ええええええぇえぇええ!」
ヒロミ「乗ってこいよ、私はこういうの苦手なんだ」
悪そうな笑みでこちらを見るヒロミ、苦手なんてきっと嘘だろう。

浩二「いや、年齢制限あるだろこれ、大人は乗れねぇよ…」
真夜「店員さんがOKくれました!」
浩二「くれちゃったのかよ!」
真夜「ほらほら、月夜が戻ってきますよ、早く乗る準備しましょう!」
ヒロミ「ははは、その間私は外で会社に電話してくるよ」
真夜「あ、はーい♪」
浩二「テメェこら!逃げ…いねぇ!」
真夜にどんどん背中を押されて白線の内側まで来てしまう。

真夜「ほらっ、戻ってきましたよっ」
浩二「…押すなって!」
不良高校生が……、沢山子供や奥様方が見ていらっしゃる中で…。





遠くで聞こえる汽笛の音。
楽しそうにはしゃぐ月夜と真夜、小さすぎる電車に落ちそうになっている弟を実は少し隠れて見ていた。
会社に電話をかける用事などない。
ただ、心配し続けている母親に言っておきたいのだ。

『あいつならちゃんと生きてる』って。
この、さっき隠れて撮った三人が写った写メと共に。



浩二「……はぁはぁ」
月夜「もーいっかい!」
浩二「やかましいわっ!」
人間恥ずかしくて死ねるというのなら、きっと今のタイミングだろう。
生温かい視線を浴びながらよくもまぁ5分も耐えれたもんである。

真夜「でも浩二さん、ちゃっかり汽笛鳴らしてましたよね」
浩二「あれは、目の前に“押すな”って書かれたボタンを押したくなるような感じだ」
真夜「?」
浩二「いや…なんでもねぇ」
言い訳もむなしく、休憩所のベンチで会社に電話すると言っていたヒロミを待った。

真夜「浩二さん」
浩二「あぁ?」
真夜「楽しいですね♪」
浩二「…どこがだよ」
真夜「私たち、迷惑ですか?」
浩二「ああ」
迷いもない返事、その気持ちには変わりはなかった。
幼い頃ずっと一人で、希望さえ抱いた事もある。
だけど大人たちは同情し、同年代の子供たちには怖がられていた。

浩二「俺はな、何もいらな…、…っ!」

突如鳴り響く爆発音。
少し揺れ、収まったあとは心なしか自分のいる場所が傾いているような気がした。

《火災発生、火災発生、直ちに外へ逃げてください!》
店内放送が周囲を慌てさせ、自分は逃げ惑う人々を眼で追っていた。

「火の原因は!?」
「わかりません!どこからの火なのか全く検討が付きません!」
「とりあえず、俺たちも逃げるんだ!これはやばい!」
警備員数人たちが市民を誘導しつつその場を離れていく。
非現実的な現象、今の爆発音でむしろ火災がどこからかわからないなんてそんな話あるわけが…。

――――いや…。

真夜「浩二さん…、これはっ」
浩二「……そんな気がするな」
恐怖でずっと自分のズボンを掴みっぱなしの月夜を見ながら呟いた。
少し前にも学校で似たような出来事があったのを思い出す。

天使と自分で名乗る奴がいて、学校中の人間が全て睡眠し異様な気配を感じた月夜が…。

――――!?

浩二「おい月夜」
月夜「…?」
浩二「何か異様に感じたりしねぇか?」
月夜「んと…んっと…」
真夜「ほら、この前の天使さんの時みたいな」
月夜「ん〜……、…あっ!!」
その視線の先、出口とは全くの逆方向だった。

月夜「あっちに…何か感じるよ!」
浩二「やっぱり…か」
嫌な予感は的中していたようだ。
月夜が現れてから起きだした非現実的な現象事件。

――――俺には関係ない。
浩二「俺たちもさっさと逃げるぞ」
真夜「え、ええ…」
「あ、あの!すみません!」
駆け出そうとした時、二十後半くらいの女性が眼に涙を溜めながら自分たちの足を止めさせる。

「…ピンクの帽子を被った女の子知りませんか!?」
真夜「いえ、見てませんけど…」
「どうしよう…どうしよう…」
しゃがみ込んで泣き出す母親。
子供と離れてしまったようで、この揉みくちゃになった状態で探し出すのは恐らく不可能だろう。

月夜「コージ」
浩二「あ?」
月夜「奥に、小さな子いる」
小声で伝える月夜。
奥に視線を向けると、煙がどんどんと湧き出てきていた。
商品は次々に燃え、建物自体が燃え出すのも時間の問題だろう。

――――めんどくさい。
子供がどうとか、知ったことではない。


「…あの子が…いないと私…っ!」
         “お前が産まれたのは間違いだ”

浩二「おい母親、アンタ外に出とけ」
「……え?」
浩二「もしかしたら他の誰かが連れて外にいるかもしれねぇだろ」
真夜「…浩二さん」
浩二「ちょっと俺もこの辺探してみるからよ、さっさと出ろ」
「見知らぬ人にそんな……」
浩二「大切なんだろうが、今はこっちの事じゃなくて子供の事考えな」
「……あり、ありがとう!!」
服で涙を拭って頭を下げ、全力を振り絞って走り出す母親。

―――何、生きようとしてんだ俺は。
必要とされている人間が死に、必要とされていない人間が生きようとするなんてそれこそ恥だろうが。

浩二「奥にいるんだな、お前らは先に出とけ」
真夜「お断りします」
月夜「つくよも探すー!!」
はっきりと返答されてら立場がない。

浩二「てめーら、奥で何が起きてるかわからないんだぞ」
真夜「ええ、でも浩二さんと一緒で私も見えます」
それは天使事件の時のことを言っているのだろう、天使と名乗る男はここにいる三人しか見えず、他の人間たちには全く視界には入っていなかった。

月夜「つくよ、どこにいるかわかるよ!」
変わった力だが、確かにいてくれた方が手っ取り早い。
少し考え、辺りを見渡して状況を確認し頷いた。

浩二「いいな、危ないと思ったらすぐ出ろ」
真夜「はいっ」
浩二「月夜!しんどくなったら言え!」
月夜「あいっ!」

危険なんてものは慣れている。
赤く染まる店内で高校生二人と子供一人、出口とは逆方向へ走り出した。

後書き

もう話は全部頭の中で出来上がっているのですが、それを書くとなると大変ですね…いやはや。

この小説について

タイトル 第8話『メイワクな姉と過去』
初版 2011年2月7日
改訂 2011年2月7日
小説ID 4202
閲覧数 988
合計★ 5
HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 35
★の数 52
活動度 4213

コメント (2)

★takkuりばーす 2011年2月7日 22時30分56秒
>正志『おかけになった電話番号は、現在使いこなせていません』
このお話で一番ツボにはまったのがこの台詞です(爆)

どうも、こんばんわ。夜勤疲れで9時半位からそのまま6時間爆睡こいて昼飯を食い損ねたtakkuりばーすです。←意味不明

というわけで、第8話執筆お疲れ様でした。
……いろんな事情込みとは言え、更新が滞ってた自分の小説の話数にあっさり追いつかれた事に軽く凹みましたがそれはさておき。

今回は浩二達一家の過去話を含めた新展開という感じでしたが……ヒロミ、あなた凄いな(驚)
スケバン(←死語)っぽいキャラかと思いきや、ちゃんと『お姉ちゃん』してる部分もあったりで。
多分“クソみたいな父親”の影から浩二が立ち直るのに一役買ってたんじゃないかと思います。
こういう場合、真っ先に被害というか虐待の標的になるのって力の弱い女の子ですし。加えて浩二もまだまだ幼かったってのもあるでしょうし。
『傷の舐め合い』と言えばそれまででしょうが、それでも必要な『助け合い』だったと思います。
だってそれがなかったら、本当の意味で浩二が“最低”になってたと思います。

……長くなりましたが、今回も楽しく読ませて頂きました。次回も期待しております!
…………自分も頑張らないとなぁorz
★HIRO コメントのみ 2011年2月8日 22時43分51秒
>takkuりばーすさん
このお話の中で一番悩んだ台詞ですw

こんばんわ、お仕事お疲れ様です><

仕事しつつ小説を書くというのはやはり大変ですよね。
自分のペースで無理をせずに…(焦

もうそろそろ過去を明らかにしてもいいのではないか、と思い姉に登場してもらいました。
姉がもし大人しい人だったら、真夜と被ってしまうのでは?と思いスケバン(死語)になってもらいましたw
ヒロミがびっくりしたのは、父親というのが嫌いな浩二が父親をしていたこと、でもありますね。
トラウマって一生残るものですからね…、最低で終わらなければいいのですが(焦

読んでいただきありがとうございました!
ご無理をせずに、お互い自分のペースで頑張りましょう!
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