Dメール - No.25 to:救えぬ医師(2)

 絡み合うように崩れ落ちてきた男女の遺体。生気のない濁った目が死んでいるという実感をより生々しく示している。誰もがその光景に驚き、戸惑っていた筈だった。
 自分が、その二人を殺した。この部屋の主である国東がそう言うまでは。
 彼の発言の意図が分からないのか、美桜は彼の目を真っ直ぐ見返して問うた。
「国東君が殺した? どういうことなの?」
「殺したんだ、彼らを。私が手を下したんだ……」
 泣き笑いの様な表情で彼は呟き続ける。渚にも、夜一でさえも分かった。彼の様子は何かが可笑しいと。
 しかし、美桜が国東に近寄ろうとしたその時、マンションの玄関のドアが勢い良く開き、中にコートを着た二人の男達が入り込んできた。
「国東孝は居るか! 大人しくしろ!」
「結城刑事、松永刑事!?」
「君達は……」
 夜一達を見て、二人の男の歩みが止まった。横たわる死体と、夜一達を交互に見やり、何を言うべきか迷っているようにも見える。奇妙すぎる巡り会わせに。そして、運命という悪戯に、その場の全員が戸惑うしかない。
 松永刑事と結城刑事は、夜一のクラスメイトである立花龍二が容疑者となった殺人事件を担当していた葦香署の刑事であり、夜一達にとってはちょっとした知り合いでもある。
 情緒が不安定になっている国東を居間とは別の部屋に移動させてから、松永が話し始めた内容は驚くべきものだった。
「三日前、国東が葦香署に駆け込んできてな。殺人集団に狙われてるだとか何だとか、妙なことばかり口走っていたから、結城に見張らせていたんだ」
「そうしたら、僕、見たんですよ。確か、今日の10時ごろだったかな……被害者の男女が国東さんの部屋に入っていくのが見えたんです。……勿論、彼らは今まで部屋から出てきていません」
 美桜が顔を強張らせるのが分かった。松永刑事と結城刑事の話が、明らかに示していたからだ。被害者の男女が国東の部屋へと招かれ、そこで何かが起こり、二人が殺された事を。
 青い服を着た鑑識の人達が、男女の遺体にブルーシートを被せる。現場写真を撮ったり、指紋を検出したり、段々と部屋が慌しくなってくる。そんな中、松永が睨むように夜一を見た。何故夜一達がこの場に居るのかが分からないかららしかった。夜一はため息をつき、自らの母親である美桜と国東の関係、そして医学に興味があるので国東の研究を見に来た事を告げた。
 本当は全て嘘偽り無く話すべきなのだが、夜一はそうしなかった。『聖杯(カリス)』を追っていることや、それに国東が関わっているかもしれないという事を話してしまえば、容赦なく警察の介入がある。『聖なる殺人者(セイント・リッパー)』の一件がある以上、警察が関わってくるのは避けたい、という夜一の思いからだった。
「被害者の身元は分かったんですか?」
「ああ。男の方が茅ヶ崎雅彦(ちがさき まさひこ)。女の方は平塚亜美(ひらつか あみ)。おそらく、二人は恋人同士って所だろう」
「何で分かるんですか?」
「結城が見てたんだ。国東の部屋に入るとき、二人で腕を組んでたんだとよ。あと、二人の薬指にペアリングが見えたらしい」
「ペアリング……」
 夜一は、松永が止めるのも聞かずに、ブルーシートの中の被害者の薬指を確認した。しかし、彼らの指には指輪らしき痕が残されてはいるものの、ペアリングは見当たらない。
『犯人が持ち去ったのかもしれないな』
 送られてきたメールには、そう書かれていた。渚は、行動どころか余計な口出しをする事など出来なかった。何故なら、松永達が居た事件では、探偵役として表に出ていたのは夜一のみ。松永や結城にとって渚は言わば『完全なる一般人』なのだ。彼らがいる限り、捜査に加わるなどの目立った行動は取れないのだ。
「松永刑事! キッチンから、血塗れの包丁が見つかりました。そして、国東容疑者の寝室から被害者の血痕も……!」
「!」
 松永と結城は鑑識の男が持ってきた凶器を見て、急ぎ足で歩いて行く。夜一達も事情を詳しく確認するため、すぐに彼らの後を追った。



 鑑識の人間が溢れかえる国東の寝室では、ベッドの脚の部分からフローリングの床にかけて、結構な両の血が残っている場所周りに人が集まっていた。報告によると、包丁についた血液及び寝室のベッド付近にこびりついていた血は被害者の二人のものと一致。おそらく、寝室にて二人ともこの出刃包丁で腹部を刺された事による失血死が死因との事だった。
 不意に、渚が自分の服を引っ張って何かを訴えかけてきた。が、夜一が理解できずに居ると、すぐに詠唱画面が光る。
『被害者の服はどうなったのか聞け!』
 語尾に強みがかかっているので、夜一は慌てて松永に尋ねた。
「松永さん、被害者の服は発見されたんですか?」
「いいや。だが、捜査員が部屋の周辺やらごみ収集場やら探し回ってる。じきに見つかるだろ」
 夜一は、渚に向かって横に首を振った。現時点で被害者の服が発見されていないという事は、被害者の二人は犯人に服を脱がされ、服は犯人によって処分されたと考えるのが妥当だった。
 となると、被害者の衣服には犯人にとって見つかって欲しくないものが付着してしまった可能性があった。
『被害者の血痕でも付いたから処分したのか?』
『血痕がついたから処分したのはそうかもしれないが……果たして、そこまでする必要があっただろうか』
『どういう意味だよ』
『リスクが大きすぎる。男女の衣服などどう隠しても目立ってしまうし、処分するにも手間が掛かる。どうしてそこまでしたのかが分からない』
 メールでのやり取りを一旦終えて、夜一は考え込んだ。
 確かに渚の言うとおり、被害者は腹部を刺されたのだから服には血液がついてしまうのは当然の事だ。服を処分するにしても、このマンションにはワンフロアだけでも監視カメラが四台もあり、人の出入りも少ないとは言いがたい。人目につかずに服を処分するのは犯人にとって証拠の隠滅を目撃される危険性を高める事になってしまうのだ。
 服などそのまま着せておいても問題ない筈なのに、そうしなかった。
 その意図が分からずに夜一が頭を捻っていると、美桜の大きな声が響いた。
「待って、国東君が殺人なんてするはずが無いわ!」
「しかし凶器からは国東の指紋のみが検出されている。被害者の衣服も、国東なら目立たずに処分できる。それに本人が殺したと自供している。奴が犯人でないなら、一体誰が怪しいって言うんだ?」
 松永の言葉に、美桜は押し黙るしかなかった。夜一も反論したかったが出来なかった。松永の言うとおり、現場から出てきている証拠の殆どは国東が犯人だと告げているのだ。被害者が国東さんの部屋に入ってから出てきていない以上、殺害現場もこの寝室以外に無い。
 国東を犯人扱いするのは尚早ではないかとは夜一も感じていたが、疑問を呈する余地がない。
「おわっ!?」
 不意に夜一は体勢を崩し、手に持っていた携帯を取り落とした。どうやら、隣に居た渚がいきなり体当たりしてきたらしい。慌てて拾いに行くと、液晶画面に文字が羅列しているのに気が付いた。
『馬鹿者、何を呆然としている? まだ聞くことが残っているだろう。国東の研究内容だ』
 渚の方を見返すと、彼女は夜一の母、美桜へと目配せした。意地でも聞けということらしい。
 夜一はこっそりと携帯を仕舞ってから美桜に聞いた。
「母さん。国東が研究していた内容の事、教えてくれないか」
「ええ? 今それどころじゃ……」
「頼むよ。今すぐじゃないと駄目なんだ」
 夜一の真剣な表情に美桜は何かを感じ取ったのか、頷いた。
「松永さん、もう少しだけ待ってくれませんか? まだ、分からないことがあるんです」
「……30分だ。それ以上は待てねえぞ」
「ありがとうございます」




 松永の了解を得て、美桜は寝室の一角にあるクローゼットを開けた。一見、スーツなどがかけられただけの簡素なクローゼットだったが、美桜が服にうずもれた所にある、クローゼットの骨組みである板を手で押すと、そこが回転してその奥に小さな空間が出来ていた。
 そこに押し込まれていた書類を取り出して、美桜は夜一に差し出した。
 その書面には、『整形外科手術における術後経過の考察』と書かれている。詳しく見ていくと、患者の術前と術後の顔面の写真や皮膚成形のプロセスの説明文などが事細かに記されていた。
「まさか、国東の研究って……」
「整形手術、特に顔面の整形の部門において、葦香病院で彼に敵う医者は居ないわ。抜糸したら手術の痕すら残らない、って言われてたぐらいの精密さだったのよ」
 美桜は、夜一にそう説明してくれた。夜一の中では色々な事が繋がり始めていた。国東と、彼を狙う『犯罪集団』の関係性。彼が類稀なる『整形技術』を持っているならば、犯罪者達にとってこれ程好都合な事はないだろう。彼を脅しつけて仲間にするなり言いなりにさせるなりすれば、彼らは好きな時に顔を変えるなり、体型を変えるなりが出来る事になる。
「あれ、この資料、何枚か足りてないけど?」
「え? そんな筈は……」
 夜一も再び確認してみるが、やはり勘違いなどではなかった。資料の隅に印字された数字は途切れてしまっている。
「どういう事?」
「誰かが、資料の一部を持ち去ったのかもしれない。国東が怯えてた、『殺人集団』の誰かが」
 夜一が言うと、その場の空気が一瞬で凍りついた。
 国東は警察に飛び込んできたほんの三日ほど前からボディーガードを雇っている。警察も、結城刑事を含め複数の警官に国東を見張らせていた。
 その死角をついて犯人は国東の部屋へ侵入し、資料を奪ったのだとしたら。
 疑いたくはないが、再び、警察への疑念が高まってくる。セキュリティーや国東の警戒心から考えると、この部屋に障害なく入れるのは警察の人間か、ボディーガードの誰かしか居ない。
「……とにかく、今度は国東本人の話を聞いてみよう」
 夜一には、それしか言えなかった。反論されるかと思ったが、その場の誰もが押し黙ってしまった。
 混迷を深める事件。そして疑惑という名の矛先は、今最も信じたいはずの警察へと向けられつつあった。


この小説について

タイトル No.25 to:救えぬ医師(2)
初版 2011年2月18日
改訂 2011年2月18日
小説ID 4211
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (1)

Apobebuv コメントのみ 2013年11月12日 23時21分01秒
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