ハッピーエンドは傍にいる

 
 
女は汚い。女は醜い。
可愛い服を着て顔を塗りたくって、甘い匂いをさせて、甘い声でかわいこぶりながら喋る。だから嫌いだ。
 
 
 
 
 
「悠くん好きな人できた?」

震えた声でおらんと答えると、少しだけ苦しくなる胸に違和感を覚える。こんな馬鹿馬鹿しい話を振ってきた馬鹿になんやねんと聞くとううん、と笑った。新曲の大事な打ち合わせ中なのに目の前に座っている馬鹿――川村はこっちをにやにやしながら見ているので、きもいねんお前と言ってやった。

「最近悠くんが書く曲、片思いみたいな感じがするんやもん。『針が心臓を刺した 脳に電気が走る 狂いそうだわ 私を壊す貴方…』」

こんな歌詞を恋の歌だと感じる川村のセンスに俺は惚れこんで、7年前、一緒に組もうと言ったのだ。少しがさついた汚い声は、歌声になるとそのハスキーボイスが頭から離れなくなり、そして掠れた部分が心を揺さぶる。その歌声を何百年に一度の素晴らしい人材だと事務所の社長が川村の手をとった。
最初こそは小さな仕事ばかりだったが、それでも真面目に取り組んだ。歌が歌えなくても、川村は文句も言わず営業に走り回った。念願のCDデビューの日、CDショップで『期待の新人』と書かれたPOPにニヤけた顔でお互い見つめあった。『歌詞の言葉ひとつひとつが心を揺さぶりその歌詞を歌う声に涙が零れる』と初めて出たテレビで紹介されたとき、手の震えがとまらなかった。緊張して川村は歌詞を間違えたし、俺もギターのコードを間違えた。その後司会者に話を振られたときに二人でいつものクセでお前間違えたやろ、いや悠くんやって、と言い合ったのが、視聴者に受けて、そして一気に名前を知られた。

「これ、好きやわ。『ハッピーエンドは傍にいる』ってタイトルがほんまよぉおうてる。」
「そんな歌詞、誰でも思いつきそうやんけ」

俺のギターと作詞はうまくない。基本的には作詞と作曲は俺が担当しているが、たまにプロの作詞家と作曲家が作った曲を川村が歌うこともある。実際、そっちの方が受けが良い。…俺は曲を書くのをどんどん減らしていった。

「なぁ川村、大事な話があるんやけど」
「そうかなぁ〜、悠くんの歌詞けっこう独特と思うんやけどな〜。」

川村の悪いところは人の話をあまり聞かないところだ。マネージャーが言った4割は覚えるが残りの6割は雰囲気でしか聞いていない。
たとえば「明日は他のゲストさんがメインなので目立ちすぎないように。派手な格好はさけましょう。大御所の方がいらっしゃるので話してる最中に話題はもっていかないように。」とマネージャーが伝えたとする。すると川村はその日、目立ちすぎないように大人しくしていたものの趣味の悪いがらがら模様の服を着てきたし、大御所の芸能人が喋っている話を「あーっ私も知ってますソレ!ああでこうでこうですよねー」とにこにこ笑顔で話の内容を言いやがった。

「おい聞いてんのか? …次の新曲で解散したいんや。辞めたいねん。俺なんか、おっても…おらんくてもええやろ。いい曲作ってくれる人もおるし、…せやから」

この新曲を最後に、俺は芸能界を辞めようと思っていた。川村は俺がいなくてもこのままやっていけるだろう。むしろ、俺がいても何も変わらない。
夢見た世界は、本物の才能と努力に溢れた場所だった。どちらか一つが欠けてはいけない。才能のない俺はいくら努力しても追いつかない。
俺には才能もない、この世界に両足を立たせるほどの実力がない。先ほどよりかなり震えた声で吐き出すと、川村はすぅっと息を吸い込んだ。
真っ直ぐな眼差しが俺の心臓を刺す。

「でも、うちら悠くんの作る曲でデビューしたんやで。」

女は汚い。女は醜い。
可愛い服を着て顔を塗りたくって、甘い匂いをさせて、甘い声でかわいこぶりながら喋る。だから嫌いだ。
川村は普通の地味な服を着て、不細工なのに顔になにも塗りたくらず、香りはシャンプーだけで、汚い掠れた声で馬鹿丸出しで喋る。
だから、俺は。 ぐにゃ、と視界が揺れた。

「悠くんのあほ。泣くぐらいなら言い出しなや。辞めたいなんて思ってへんくせに。」
「あほ…ってゆうたほうが…ゴリラじゃボケ…」
「あっまたゴリラって!やめてやゴリラって言うん!!」

溢れ出した涙を見られたくないのに、打ち合わせに使っている部屋は隠れるような場所も、距離を保てるほどの広さもなくて。
川村の変な趣味の気持ち悪いキャラクターがプリントされたハンドタオルが顔に押し当てられて、結局俺は川村の目の前で声を押し殺して泣いた。
 
 
 
「いよいよこれでライブツアー2011、最終日のラスト曲です! みなさんはこの人生、生きてきていろいろ悩んだり、嫌なことがあったりすると思います。でも、人生の終わりはハッピーエンドが待ってます。物語やドラマのお話はめっちゃくちゃ波乱万丈あったりするやないですか。でも、それって最後のハッピーエンドを盛り上げるための演出なんです。うちもいっぱいいろんなことありました。そら、嫌がらせも受けたし、手紙とかで『ヘタクソ、歌やめろ』って書かれたり、悠くんに呼ばれるとき『おい、ゴリラ』って言われたり…。 もしも今、生きる意味が分からんくて悩んでる人や、苦しんでる人、虚無感でいっぱいの人がいたら、ひとつ、あげたい言葉があります。『人はなんのために生きるのか、それは人生最後の日に分かる。』…です。これ、ほんまにすごい言葉やとうちは思ってる。人は何のために生きるんか、その答えを知るために、うちは精一杯、人生最後の日まで歌い続けようと思ってます。悠くんとみんなにずっとずっと声を届けていきたいです。…今日はありがとうございました。 では聞いてください、『ハッピーエンドは傍にいる』」
 
 
会場に歌声が響く。力強くて、歌詞の言葉ひとつひとつが脳みそを刺激し、涙腺を緩ませる。
新曲はそれなりに売れた。それなりにファンからの反応も良かった。ライブツアーもチケット完売したし、グッズもありがたいことにツアー中に売り切れた。
となりで汗を滲ませながら全力で歌う川村がラストサビで俺と目を合わせる。タイミングを掴む。空気を、川村の息を感じ取る。歌い終わった川村と同時に頭を下げた。拍手が疲れを洗い流すシャワーのように心地良かった。
 
 
 
 
 
女は汚い。女は醜い。
だから可愛い服を着て、顔を塗りたくって、匂いをつけて、甘い声を必死に出して、かわいこぶるのだ。
川村は相変わらずかわいこぶらないし、流行の服も着ず、シャンプーとたまに汗くさい匂いをさせ、不細工な顔をさらけ出したまま俺の隣で今日もカメラに向かって馬鹿丸出しで喋っている。
俺はそんな世界で1番可愛い女をずっと隣で見ていたくて、芸能界にもう少しだけしがみつくことにした。


後書き

久々に書きました。相変わらず腕は落ちてますが、けっこう満足しています。
ただちょっとくどいかな。とも思ってます。
みなさんの厳しい評価・優しい感想待ってます。

この小説について

タイトル ハッピーエンドは傍にいる
初版 2011年3月1日
改訂 2011年3月1日
小説ID 4222
閲覧数 1249
合計★ 11
佐藤みつるの写真
ぬし
作家名 ★佐藤みつる
作家ID 510
投稿数 36
★の数 195
活動度 4935
だらだら社会人やってます。
本(漫画・小説)の量が半端なさすぎて本棚がぎちぎちになってます。

コメント (3)

★せんべい 2011年3月1日 12時58分03秒
お久しぶりんこ☆←

珍しくブラックな内容じゃなかったので、まずそこに驚きました。
いや、失礼ですね。
全体的に均整が整っていて読みやすく、好きな雰囲気でした。
ただ、関西弁を普段からしゃべらへん人には、ちょっと読みにくかったりするのかなー、とか個人差があるかもしれませんね。

あと、終盤の長いセリフですけども、あそこは物語の中で重要なウェイトを占めている感じなのに、ちょっとくどく続けすぎかなーと感じました。
途中で切って、間に表現など、説明を突っ込んだら良かったと思います。
ボウリングに行く前の短い時間に書いたコメントですので、誤字等あるかもしれませんが、お許し願いたいです。

では、また次回作にも期待しています。
有梨亜 2011年3月1日 21時19分23秒
初めまして、佐藤みつるさん。有梨亜と申します。

お話を読んで、微笑ましい気持ちになりました。こういうお話、好きです。
良いお話なのに「ゴリラ」という単語が出て来る度、吹き出してしまって。
仮にも好きな女の子に向かってゴリラって…挙句の果てには不細工ッ!? 悠くん、ひどッ!!(でも、爆笑)

「女は汚い〜」が繰り返し出て来ますが、私は特にくどく感じませんでした。テンポ良く効果的に使えていたと思います。ラストの〆も心地良いです。
川村さん――ゴリラ顔で不細工なのに可愛く思えてしまうのは、佐藤さんの表現が上手いからだと。真逆の印象を与えるのは、なかなか出来る事じゃないですよ!!

中盤、悠くんが芸能界を引退しようと悩む姿には「甘えるな」と思う一方、「何だか分かるなぁ〜」と、妙に納得してしまいました。
惜しむらくは、ライブシーンの川村さんのMCです。彼女にまだ人生語るほど深みがないので、どうしても言葉が上滑りしてます。

それ以外は、特に問題なく楽しく読ませて頂きました。では。
★那由他 2011年3月1日 22時52分42秒
はじめまして。那由他と申します。

御作を拝読いたしました。拙いコメントになりますが、感じたことを書いておきます。

清涼感にあふれた作品ですね。コメディタッチな筆致もあいまって爽快な読後感を残します。関西弁というあたりが作品の底流にあるコミカルな雰囲気を底上げしていると思います。標準語でも雰囲気は出ていたと思いますが、やはり関西弁の方がつかみはいいですね。

川村さんのセリフの最後は句点(。)で終わっているところもこだわりがあっておもしろかったです。「女は汚い」から始まるリフレインもくどいとは感じませんでしたが、しいて言うならば真ん中は要らないかな、という程度でしょうか。短いながらもふたりの関係をパノラマ的に構築していくエピソードを随所に散りばめ、時間的にも空間的にもギュッと凝縮された内容でありながら、しかも圧縮度を感じさせない筆運びは感服いたしました。

他の方の感想とかぶってしまいますが、川村さんのMCが長すぎるように感じたのは私も同様です。途中でライブの描写があってもよかったかな、と。あと、主人公が抱く川村さんへの気持ちとは裏腹に、どうして彼女は「川村」という名字なのだろう、と思いました。下の名前の方が親近感も一層、にじみ出ると思うのですが。実際、川村さんの主人公に対する呼びかけは「悠くん」ですし。あるいは名字で表記することであえて親近感に距離を置き、「女は汚い」というリフレインとのバランスを取ろうとされたのかもしれませんが、私の読解力ではそこまで分析できませんでした。

コメントは以上です。いろいろと書いてしまってすみません。的外れなコメントのようでしたら、平にご容赦ください。
次回の作品も期待しております。
それでは失礼いたします。
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