A NEXT

A NEXT

小学5年生だった
あの頃のことはよく覚えている
確か テストで100点取った
次の早朝だった

両親について
僕の100点について喜んでくれた

今にして思えば
僕が100点なんてとる事なんてとても珍しかったから
だからポートアイランドの一番高級なレストランで父さんはハンバーグステーキを
御馳走してくれた。
母は夕食の支度をしなくていいわと なんかおかしなことを言っていた
でも喜んでくれた

まだ肌寒く
そんな早朝
僕たちの街を
大きな地震が襲った

6000人を超える被害者の中に
僕の父と母は含まれていた…

僕はその時から
その時のショックから言葉を失った

福井の親戚の家に引き取られても
僕はふさぎ込んだまま
何一つ言葉は発しなかった

僕は毎日膝を抱えて
頭を両足の隙間に向けたまま
何一つ物音立てずに
ただ一日中そうやって過ごした
中学にも
高校にも行かず

ぼくはいつしか
座敷牢として
親戚のおばさんちで
日の当らない暗い納戸部屋でただひっそりとしていた。

みんな僕に手を焼いていた
教育相談所から何度も訪問があった
たくさんの大人が
僕の心配をして家に尋ねてきてくれた


そのうち誰も来なくなった

僕には親しい人なんて誰ひとりとしていない
それを現実と感じていたし
また、よりその現実は実感のわくものとなった

僕はがりがりにやせて
一か月も二カ月も風呂に入らず
食事もほとんど取っていなかった

それでも生きて
生長していった。
心の成長は
外部に注意を向けることは 阪神を襲ったあの地震の日から止まっていた。

親戚のおばさんは
僕の将来を案じたのか
それとも厄介払いか
20の誕生日に
当面の生活費20万円と下着と当面の着替えをボストンバッグに詰め込んで
僕とそのボストンバックを家から無理やり追い出した


外の光は
太陽の光は
何年振りだろう

僕は異様に青白い顔を
周りを歩く人たちから奇妙な視点で見られているのを感じながら…
高いビルを探して歩いた
その屋上から飛び降りたら

僕は本当に、僕のどこかに置いてきてしまった
どこかにある
僕の 心 と同じところに行ける
そんな気がしたから…


僕は駅前のライオンズマンションの屋上に立った
財布から一万 二万と落して行った
お札がビラビラと宙を舞い 二十枚のお札はだれかのおこずかいになればと
びらびらと落ちて行った…

ボストンバッグを開けた
僕はオレンジのその高級そうなセーターをとりだして
気持ちが固まったまま
何も言えなくなった

母さんがよく着ていたセーターと全く一緒だった

こんな高級そうなシャツや高そうなジーンズ 綿パンが
普段おばさんが着ているようなものとは到底違うこんな高級なものばかりが
ぎっしりと詰まり
バックの底には 封筒があり もう100万円の入った僕名義の通帳があった。

僕は何も言えなくなった
僕はどれだけ周りの人たちの愛情をあざけてきたことか
僕はただ自分が孤独と感じて
父さん母さんの死んでしまったことを理由に
僕はとんでもない自分勝手に自分の進むべき道を遮っていたのだと

僕の人生は…僕だけのものじゃない
僕のことを案じてくれている人
僕の周りにいる人たち全ての人たちのものでもある
僕は自分一人で生きている風に考えても実際多くの人たちに支えられ
共存関係にある
僕の命の行く末は、僕だけの判断で決めつけてはいけない…


僕はひっそりとJRに乗り東京へと向かった…


いつしかおばさんに見られても恥ずかしくのない大人になるために

もう一度やり直そう





僕はあれから夜間中学に通い
夜間高校へと進学して
仕事と両立しながら頑張った
23歳の時結婚した
子供は二人
男と女
父さんと母さんの名前をつけた…
妻はそのことについて何も言わなかった
妻は聡明な人だ
僕の言うことに何一つ逆らわない
でも、その視点を向けられると
僕は自分が間違っているとき そのことに気づかせてくれる
だから、どちらに権限があるのか
少なくとも僕は本当は弱い立場だった
それでも幸福だった…

僕は既に二十代後半…
運送会社にて重要なポストにあった

その年は とても不吉な予感がしていた
正月早々そろって僕以外の家族の三人がインフルエンザにかかる
でも仕事に追われる中僕はなかなか気持ちに余裕が持てなかった

三月に入って東北地方中心の運送業務が立て続けに続いていた。
ぼくはなんだか疲れていた
凄く疲労が溜まっているのに眠れない
トラックの運転中に何度も睡魔に襲われる
そんなのを繰り返しながら
僕は長距離トラックを走らせた。

午後三時過ぎ… その日は金曜日だった…
僕のトラックは反対車線の自家用車と玉突き衝突を起こし
荷物の高級薬品の大半を無駄にしてしまった

とてつもない大損害…
そのすぐ後大きな揺れが地面を襲った
事態は僕の運転事故どころではなかった
携帯が使えない
何かとんでもないことが起こっている
そう直感した

とてつもなく大きな地震だ
東京の妻と子供が心配だ
その前にはっとした…
僕が少年時代過ごしたおばさんの街もここからそう遠くない…


福井の僕の一時期過ごした街は全壊だった
球難所らしき場所に探したどり着いた

僕はおばさんとおばさんの家族の名前を何回も何十回も声がかれるまで言い続けて
探し歩いた
救難所は、そこだけじゃないはずだ
隣町
その隣町
二日も三日も
命からがら探し回った

しかし安否は不明だった…
僕は途方に暮れ
とある半壊した学校の校舎の塀に腰掛けて沈み込んでいた…

余震は何度も続いた
とてつもなく大きな地震がこの辺りを襲った…

気がつくと一人の少年が
僕のすぐ横にしゃがみこんでいた
何だか とても気丈そうな目つきをした少年だ
あの時の僕を見ているかのようだ
いいや…それとは全然違うとても気丈そうで意志のしっかりしてそうな少年だ

僕はなんとなくその少年のことが気にかかった…

ぼうや 家族は…

みんな死んじゃった



… …
何も言えなかった

でも僕だけでもしっかり生きて行かなくっちゃ…
父さん母さん 芳子のためにも…


……
僕はその少年がまともに見れなかった
とてもきまづく 
そして居心地が悪いほど 煙たくて…
まともには見ていられなかった。


じゃあなぼうず…

僕はその場を立って歩き出した時
背後で少年は言った

おじさん…僕は十年後この辺りで社長として会社を経営していると思うから
もし…おじさんが…失業したら…僕が使ってあげるよ





僕は走りだしていた
何ともやりきれない気分だった。



僕は何とか東京へ帰った
東京も家族も何一つ被害は無かった

ただ僕は運送会社を辞めて
東北地方の地震から復興を助けるボランティアの業務についた
それ以外何一つ考えられなかったから

妻はそれによって収入が断たれたとしてもそれは素晴らしいと
本心から理解してくれていた…



あれから何年もたっても
あの時の少年のことは気が気でならない
いまどうしているだろうか


名前だけでも聞いておけばよかった

ただ ただ それだけが気がかりで…

後書き

僕なりに励ましのエールをコンセプトに表現しましたが

不快に感じられる方がいたら本当にすみません

この小説について

タイトル A NEXT
初版 2011年3月18日
改訂 2011年3月18日
小説ID 4237
閲覧数 731
合計★ 0
エーテルの写真
ぬし
作家名 ★エーテル
作家ID 179
投稿数 38
★の数 72
活動度 6746

コメント (1)

★那由他 コメントのみ 2011年3月19日 15時04分28秒
こんにちは。那由他と申します。

内容からしてコメントするのもどうかな、という気がしますので、「御作を拝読いたしました」とだけ申し上げておきます。

このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復興を心より祈念いたします。
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