Dメール - No.26 to:救えぬ医師(3)

 未だに残る警察への疑念を晴らす事が出来ないまま、夜一達は国東が居るリビングへと戻った。黒い革張りのソファーに国東が頭を抱えて座っていた。まるで何かに怯えきっているようで、両隣に座っている警官達には目もくれずに自らの世界に閉じこもってしまっている感じすらする。
「国東、お前に話が聞きたい。被害者がお前の部屋に入るのを俺の部下が見ている。被害者と面識があったのか?」
 松永の問いに国東は答えずに、俯いたままだ。痺れを切らした松永が国東の胸元を掴んで睨みつけるが、彼は自分がやったと小声で繰り返すばかりで、質問には答えない。
 夜一も国東を必死に説得するが、目を一瞬合わせただけで、すぐに視線を逸らされてしまう。
 国東が犯人だとする証拠は揃ってきているものの、消えた資料の行方やその内容、被害者との接点など、分からない事もまだ多い。特に、国東が整形外科として纏めた資料は、夜一達が探している『聖杯(カリス)』の犯罪者達が欲しているか、もう手にしているのかもしれない。
 どのような内容なのかを聞き出せなければ、国東は警察によって逮捕されてしまうだろう。そうなれば、おいそれと手出しできなくなってしまう。
 夜一の焦りを他所に、彼の後ろから前に進み出た美桜は冷静だった。何を考えているのか読めない、漆黒の光を眼に宿しながら。
「……私が国東君に話をするわ。警察の方も、外に出てくれないかしら。彼を逃がすような事はしないわ」
「!?」
 美桜は夜一にそれだけ言うと、国東の隣に座った。松永が食い下がろうとするが、美桜は鋭い眼光でそれを許さない。警察の人間を入り口に見張らせる事を条件に、夜一達は国東と美桜を残して部屋を出た。
 母親と事件の容疑者を二人きりにする事に少なからず不安を覚えているのか、夜一は先程から落ち着きが無い。一方渚は携帯の液晶画面を見つめてから、強気に笑って夜一の服の袖を引っ張り、国東の部屋の外に出た。
彼の存在を繋ぎ止める様に固く手を握り、じっと目を見つめる。最初は目を逸らしがちだった国東も、段々と落ち着いてきたのか、やがて揺らいでいた視線を真っ直ぐ美桜へと向けた。
 乱れかけていた呼吸を整える国東に対し、美桜は笑って言う。
「落ち着いた?」
「……すまない。君には、敵わないな。……!」
「伊達に『精神治療者(メンタルヘルス)』と呼ばれて無いわよ」
 何かに気がついた様子の国東を制して、美桜は自らの唇に人差し指を当てた。腰の後ろに隠しておいたノートとペンを取り出してそこに文字を書いていく。
 美桜が書いた文章を読み取った国東は黙ったまま頷いた。そして、そのままノートに書き込んでいく。
「そういえば、国東君がそんなに取り乱したのって、病院で看護師さんたちに迫られた時以来じゃない? 国東君、結構顔は良いから」
「あれは僕の研究が成功した時の報酬に釣られてだよ。別に他意は、ないだろう……」
 国東は、平静を装いながら言葉を発し、そして同時にノートに文字を書いていく。
 美桜も他愛の無い話を続けながらノートを見やっては、後ろ手に持っている携帯を弄る。そうして、二人は会話を続けていった。



 一方、渚と夜一は松永刑事達と離れ、一階の管理人室へと来ていた。ここは警備員室と共同となっており、マンションに設置されている監視カメラの映像が見られるモニターがとても印象的となっていた。実際に入ってみると管理人室はガラス張りになっているので入り口から入ってくる人は勿論、各部屋から出てくる人もしっかりと確認出来るようになっていた。
 管理人さんに聞いてみると、警備員さんと交代でいつも見張っている上に監視カメラもあるので、誰かが姿を隠してマンションを行き来する事は無理との事だった。
「じゃあ、犯人が被害者の服やペアリングを処分するのは不可能なのか?」
「…………」
 夜一が考え込んでいると、渚は不意に彼の手首を掴んできた。いきなりの事で焦った夜一は顔を赤くして手を引いた。夜一の手首は、渚の手をすり抜けるようにして移動し、その時、一瞬だが夜一の指の関節部分が渚に触れた。
 その様子をじっと観察していた渚は何かに気がついたようで、黙って携帯を触り始めた。
 彼女の意図が分からず夜一が困惑していると、ズボンのポケットが振動する。携帯を開くと、渚からのメールだった。
『声を出すな。今は、ここの警察に知られる訳にはいかない』
「……!」
『今から言う事を、管理人に聞け。そうすれば、今回の事件の犯人が分かる』
『聞くだけなのか? じゃあ、犯人はペアリングや被害者の服をどう処分したんだよ?』
 夜一の問いに、渚から帰ってきた答えは至極単純なものだった。
『決まっている。処分なんかしていないんだよ』
『はあ!?』
 夜一は目を見開いて渚を見るが、彼女は素知らぬ顔で俯くだけだった。確かに、管理人室の監視体制は凄いものだ。例え住人であっても、死角をついて行動するのは難しい。
 しかし、ペアリングと被害者の服を処理していないとなると、その二つは今何処にあるのか。
 それに、二つを現場から持ち去った理由も分からないままだ。
 夜一は渋々ながらも管理人室へと入り、管理人さんや警備会社の人達に、渚から言われた事を聞いた。そして、その答えを知った時、驚きから言葉を失った。
「次に何を捜すべきか分かっただろう? 行くぞ、夜一」
「……ああ!」
 夜一は、先に歩き出した渚の下へと駆け寄っていった。




 一時間後、夜一は事件関係者を現場である国東の部屋へと集めた。松永刑事、結城刑事、国東、美桜、そして国東のボディーガード達。まさに全員が勢揃いした後、夜一はそっと服の袖口に隠し持っている携帯の液晶画面を見つめた。そこには、この事件を解決する『Dメール』が送られてきていた。
 犯人が『聖杯(カリス)』のメンバーである可能性も考慮して、いつもどおりもう一人の相棒は身を隠している。
「夜一、分かったの? 犯人が……」
 美桜の言葉に、夜一は静かに頷いた。確かに、夜一自身もまだ疑っている部分もある。しかし、探偵として『D』が導き出した答えに、いつだって間違いは無かった。今はただそれを信じて言葉を紡ぐだけだ。
「結論から言うと、二人を殺したのは国東さんじゃありません」
「!」
 その場の空気が一変するのが分かった。皆、夜一が何を言い出すのかと驚きの表情を浮かべている。
 松永刑事がやれやれと首を振ってから言った。
「あのな。忘れたのか? 凶器には国東の指紋もついているし、被害者も実際に奴の部屋から見つかっている。国東以外の誰が犯人だって言うんだ?」
「じゃあ、事件を最初から振り返ってみましょうよ。国東さんが犯人なら、それ以外の人の行動には何の疑いも無い筈ですから」
 夜一がきっぱりとそう言い切ると、松永刑事は小さく舌打ちをした後で大人しくなった。夜一はメール通りに事件の振り返りを始めた。
「まず、国東さんが命を狙われていると警察に逃げ込んだのが三日前。国東さんの言動を怪しんだ警察は、結城刑事に彼を見張らせていた。そうですよね」
「ああ、そうだが?」
「そして、結城刑事は被害者達が国東さんの部屋に入ったのを見ている……」
「そうらしいな」
「じゃあ結城刑事はマンションに入ったんですよね」
「だから何だ! 何も可笑しい事なんてないだろう!」
 夜一の言葉に痺れを切らして松永刑事は語気を強める。しかし、息子の言葉に美桜が答えた。
「可笑しい……そうだわ、マンションのカードキーね!」
「カードキーだと?」
 美桜の言葉に夜一は頷いて、管理人室から借りてきたカードキーを見せた。個人個人に支給されるもので、マンションの住人と管理人しか持っていないものであり、夜一達は国東のものを使ってこのマンション内に入ってきたものだ。
「俺達は国東さんに招かれて、彼のカードキーでマンションの中、彼の部屋が在る階へと来ました。じゃあ、結城刑事。貴方はどうやって国東さんの部屋まで行ったんですか?」
「それは……」
「フン。そんなもん、警察手帳でも見せて、管理人から借りればいいだろうが」
 結城刑事が答える前に松永刑事が言った。しかし、それは先程管理人さんから聞いた事と、まるで矛盾している。それを夜一は容赦なく突きつけた。
「管理人さんの証言は取れてます。結城刑事らしき人物は、管理人室に来ていないそうです」
「!」
 驚く松永刑事に対して、結城刑事は怖ろしいほどに無言だった。表情も無く、ただ静かに夜一の方を見つめている。意図の読めない視線を受け止めながら、夜一は再び口を開いた。
「結城刑事が言わないつもりなら俺が教えてあげますよ。結城刑事も、国東さんと一緒に部屋に入ったんですよ。国東さんを脅して、ね」
「ちょっと待て、何で結城が国東を脅すんだ。確かに国東には怪しい所があったから見張れとは言ったが、結城は何もそんな事をするやつじゃないぞ」
「じゃあ、その人が偽物だとしたら?」
「は?」
 松永刑事が呆気に取られた様な表情になる。すると、国東の部屋のドアが開いて、左側から管理人さんに支えられながら灰色のズボンに白いワイシャツ姿のやせ細った男性が入ってきた。
 その顔を見て、松永刑事は咥えていた煙草を口から落としていた。『彼』こそが、今の夜一の言葉を決定付けるものだった。
「結城、なのか……?」
「……は、はい。つい三日前まで、一緒に居たじゃないですか。松永さん……」
 結城、と呼ばれた男性は弱弱しく微笑みながら松永刑事に言った。一方の松永刑事は我に帰って煙草を拾い上げてからも、まだ目の前の事が正しく認識出来ていない様で、目を大きく見開いたままだ。
 そして、スーツ姿のもう一人の結城刑事は、笑っていた。まるでいきなり波打ったように、低い狂った笑い声。それが響き渡った直後、彼は下顎部分に手を当てて自らの顔の皮を剥ぎ始めた。
 ゴムの膜が破れるようにあっさりと、彼の素顔は明らかになった。外国人とのハーフなのか、瞳が青く顔が白い。
「ご名答だよ探偵くん。俺が、犯人だ」
 男は舌を出しながら笑った。まるで自分のみに起こっている事が、大した問題でないとでも言うように。
 夜一は男を睨みつけた。そして、携帯を握り締めながら彼の前に立ち塞がっていた。


この小説について

タイトル No.26 to:救えぬ医師(3)
初版 2011年4月13日
改訂 2012年5月19日
小説ID 4259
閲覧数 1161
合計★ 0
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
★の数 226
活動度 10590

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。