茨と公衆電話 - 甘い耳鳴り

 子供は不思議だ、とナツは思った。
 小さくて手間がかかって煩い大変面倒臭いものだと、つい数時間前まで思っていたのになあと、すっかり成長して喉仏が現れた喉の奥でこっそりとナツは笑った。昨日まで名目上二人暮らしだったマンションの一室には、まだ緊張の取れない少女がひとり、ソファにも座らず部屋の真ん中で突っ立っていた。これから、新しい家族になるらしい。
 少女の名がリッカだということは、ナツの同居人であり養父であるアサヒから聞いていた。


 この部屋には、ナツが十一歳の時にアサヒに手を引かれて来た。

 父が死んだのはナツが七歳の時だった。母は病弱な体質で、ナツを生むとまもなく亡くなった。男手一つで育てられてきたが、ほそぼそとやってきた父の事業は上手く行かず経済的にも苦しくなり、加えて真面目な性格が裏目に出て親戚達から評判の悪かったこともあってか、親戚達は両親はナツを捨てて逃げたのだと口々に言った。幼いナツはその発言に逐一反論した。一生懸命寝る間も惜しんで仕事に務めていた父の背中を知っていたが、しかし多額の借金を負わされていたことを、ナツは知らなかった。その後、ナツもその話題に口を挟まなくなった頃、山奥の小屋で首を括って死んでいる父が発見された。ナツは裏切られたような気分を抱いた。
 それから何度も、自殺をした親の子供がいるということを噂されるのを皆嫌がり、ナツは年が変わる度に新しい家を点々としたが、感情を表すことが不器用なせいで可愛げがないと言われ、親戚達と上手く付き合えたことはなかった。
 それが八年前、ふらっと現れたアサヒという男によってナツに転機が訪れた。あって間もない名前しか知らない男によく分からない誘いを受け、ナツは親戚達の冷たい視線を受けながらも曖昧な返事をしたことを、今でも良く覚えている。その返事に、それまでお世話になっていた親戚は嬉しそうな顔をしていて、それ以上にアサヒは嬉しそうに笑っていた。なにがなにやら、ナツにはよく分からなかった。
 それでも自分とアサヒがどういった関わりであるのかとか、どうして自分をひきとったのかという細かいことを、ナツが自分から訊いたことはなかった。時折ポツリポツリと零される言葉を余さず拾うくらいで、それでもいいのだと思いさえした。ナツはアサヒに迷惑をかけることが何よりも怖いことであって、嫌われたらそれこそ捨てられたも同然と思っているのだ。
 半年前、彼が仕事の関係でしばらく家を空けると告げたときは全身の水分が失われるような心地だった。それで漸く、何よりも望んでいたのがアサヒと共にいることであったのにナツは気付いた。けれども、願っていたのは他ならぬアサヒの幸せに変わりなく、引き止めたい気持ちやどうにかならないのかと詰問したい思いを奥歯で噛み潰して、家を出て行くアサヒを見送ったのだ。

「ねえ、あの人は?」不意にリッカが声を上げた。ナツよりいくぶんか離れた場所から、ナツをじっと見つめている。
「ん?」
「あの胡散臭い人」
「胡散臭い……って、ああアサヒさんか」可愛い子に酷いこと言われてるなあ、と思うと可笑しくなってナツは少し笑った。「仕事だよ、あの人すごく忙しいんだ」
「さん、って付けるの」
「まあな」
「呼び捨てでいいって、私言われたよ」
「まあ……なんとなくな」
「変なの」
「そうかもな」
変なの、とリッカはもう一度呟いた。そういえばずっと前、アサヒに初めてあった時も同じような会話をしたことをナツは思い出した。

 敬称を付けられるのがはずかしいから、とアサヒは言った。しかし、八つも歳の離れた年上の男の人に対して、しかもこれからお世話になるという恩人に対して名前を呼び捨てるのは、当時十歳だったナツも流石に気が引けるというものだ。どちらかというと、苗字の方を呼びたいくらいだった。結局折れたのはアサヒの方で、それ以降相互の呼び方は変わっていない。アサヒはナツ、ナツはアサヒさんと互いを呼び合った。
 けれど、ナツがアサヒの名に敬称をつける理由は、アサヒの知らないところでもうひとつあった。
 ナツはアサヒに甘えることを、怖がったのだ。愛され方を知らない不器用な子供は、優しいそれを受けれるのに当惑した。もしその沼にはまってしまったら、二度と這い上がることはできない、などと寂しいことを考えて。
 アサヒの許しの言葉に、数え切れないほどナツの目頭は熱くなった。アサヒの言葉に幾度も救われてきた、とナツは思う。その度に伝えたありがとうに、あたりまえだろ、とアサヒはいつも笑って返した。
 今までその台詞は、アサヒの優しさや性格から来るものかと思っていたが、実はそれだけではないのかもしれないということを、ナツは今感じていた。リッカと言う新しい家族に対し、アサヒが自分にしてきたことを、自分もその小さな彼女にしてあげたいと確かに思ったのだ。

「お昼、どうしようか。腹減ったろ」
「……ちょっとね」
「好きなの言って。何処でも行ってやるよ」
最後の台詞にリッカの瞳が戸惑いに揺れたのを、ナツは見逃さなかった。そんなところが少し自分と似ているのかもしれないと思うと、やはり子供は不思議だなあとナツは小さく苦笑した。

後書き

とってもミラクルな設定すぎてもうほんとにあり得ない……というカンジですが、シリーズ第二話?ですます。このシリーズの行き着く先が謎。タイトルは某掲示板よりお借りしております。

この小説について

タイトル 甘い耳鳴り
初版 2011年5月9日
改訂 2011年5月9日
小説ID 4273
閲覧数 916
合計★ 3
高階あずりの写真
常連
作家名 ★高階あずり
作家ID 602
投稿数 6
★の数 31
活動度 507
常にネタ切れです。あとスランプ。どうすればいいんですk(ry

コメント (1)

★那由他 2011年5月9日 21時55分09秒
はじめまして。那由他と申します。

こちらの作品も拝読いたしました。上から目線のコメントになってしまいますが、読んでいて感じたことを書いておきます。なお、コメントはすべて私見であることをお断りしておきます。

最初に、文中の表現などで気になった箇所などを挙げておきます。

>自殺をした親の子供がいるということを噂されるのを皆嫌がり、
一文に「を」が三つもあるので、少し言い回しを変えた方がいいかもしれません。「親が自殺した子供がいると噂されるのを皆嫌がり、」とかでしょうか。

>ナツは年が変わる度に新しい家を点々としたが、
この場合は「転々」だと思います。

>ナツが十一歳の時にアサヒに手を引かれて来た。
>当時十歳だったナツ
細かい点で恐縮ですが、十歳と十一歳とどちらでしょう。十歳で出会って、いま住んでいるところへは十一歳になって引っ越してきた、ということでしょうか。


今度はナツの視点ですね。暗い過去が明かされるのと同時に、アサヒに対する複雑な感情が語られていて、興味深く読ませていただきました。ストーリーはいたってシンプルでとてもわかりやすいです。過去の体験からいくぶん臆病(といって差し支えなければ)になっているのか、十九歳(十八歳?)なのにナツはどこか子供っぽいところがありますね。

リッカは、前作では「ナツよりも年上かな?」と思っていたのですが、今作を読むとどうやら年下のようです。年齢からするとナツがリッカの面倒を見るのが普通のように思いますが、リッカはどのように思っているのでしょう。第一作でのリッカのように、ちょっと冷めた感じで付き合っているのかもしれません。

コメントは以上です。あまり参考にならないかもしれませんが、少しでもお役に立てるようでしたら幸いです。最初にもお断りしましたが、あくまでも私見ですので的外れなことを書いているかもしれません。

次回の作品も期待しております。これからもがんばってください。
それでは失礼いたします。
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。