Dメール - No.27 to:救えぬ医師(4)

結城刑事を騙っていた男は素顔を晒して夜一達の目の前に現れた。赤茶けた派手な髪、青いワイシャツに黒いズボンという、まるでホストの様なその姿を夜一が睨んでいると、男は楽しそうに顔を歪ませて言った。
「俺は『ユーウェイン』。さあ、探偵君。解き明かしてくれよ。俺が、どうやって二人を殺したのか」
 ユーウェインが名を名乗ったとき、夜一は確信していた。アーサー王の円卓の騎士の一人の名、つまり、奴は『聖杯(カリス)』の一員だという事に。顔を明かしたというのに、ここからいつでも逃げ切れるという余裕からだろうか、ユーウェインは警戒など感じさせない笑みだ。曲がりなりにも犯罪者、本気を出したら何をするか分からない。
 そんな緊張感の中、夜一はメールを確認し、ゆっくりと話し始めた。
「正確に言うと、あんただけが犯人じゃない。共犯者が居るんだ」
「ほう?」
「嘘だと思うなら、そこの護衛さん達。……服を、脱いでみてくださいよ」
 夜一が言うと、国東さんの護衛を担当していた男二人はうろたえた。明らかに今までとは表情が変わっている。
しかし、ユーウェインが目で合図すると、二人は大人しく黒いスーツの上着と、ワイシャツを脱いだ。
すると、その下には血がべっとりと付着した女性物と男性物の服が見えた。つまり、この二人は被害者の服を隠すためにこのような着方をしていたのだ。
 松永刑事は信じられないという目をしながら、夜一に聞いた。
「ということは……こいつら三人がグルだって事だな?」
「はい。それにもう一つ。お二人は『ペアリング』も身に着けてますよね」
 『Dメール』の指示通りに夜一が二人に問うと、二人は苦虫を噛み潰したような表情で夜一に自らの手を見せた。今までシャツの袖に隠れていた人差し指には、確かに銀の指輪が嵌っている。
「事件の流れはこうです。まず、何らかの理由で三人は被害者二人を殺し、その罪を国東さんに被せる事にした。そこにいる『ユーウェイン』が国東さんを脅して凶器に指紋をつけさせ、自分が犯人だと嘘の証言をさせる。だけど、どうしても邪魔なものがあった。『被害者の服』と『ペアリング』です」
「彼らにとっては危険を冒してでも隠さなければならないものがあったと言う事なの?」
 美桜の言葉に、夜一は頷く。
 そして、夜一は松永刑事に頼んだ。この衣服と、ペアリングを鑑識に調べてもらうように。簡易的なものではあったが、衣服には被害者でも国東さんでもない血痕が、そしてペアリングには皮膚片が付着しているとの結果が出た。
 予想通りの結果に手ごたえを感じながら、夜一は言葉を紡ぐ。
「仮に、三人の誰かが被害者を襲った際に反撃にあっていたとしたら? そして、その反撃の際に掠ったか何かで、ペアリングに皮膚片がついてしまったとしたら? ……これが、調べられたらどうなるか。犯人が恐れていたのはこのことだったんですよ。だから身に着けてまで俺たちの目を欺こうとしたんです」
 監視カメラと警備員という二重の監視体制がある以上、迂闊に衣服とペアリングを持ち出すことの出来なかった状況下で、身に着けて隠すというのは、精一杯の知恵だったのかもしれない。もしもこれが捜査の時に発見され、詳しく調べられていたら、国東さんは全く疑われることもなく、しかも、DNAが一致すれば犯人の特定にまで繋がりかねない代物だ。
渚が『証拠品を処分していない』との推理は、当たっていたのだ。



「どうだ、『ユーウェイン』。これが詳しく鑑定されれば、お前達が犯人だっていうのはすぐに分かる。大人しく降参しろ!」
 夜一はそう言って『ユーウェイン』を睨む。部屋中の視線が彼に注がれる。しかし、彼は何故か余裕のある笑みを崩さなかった。寧ろ、この展開を待っていたかのように嬉々とした表情だ。
「凄えな、探偵クン。でも詰めが甘い。俺達は本当にイカれた犯罪者なんだ。自分にとっての終わりに辿り着かない限り、止まらない『悪意』ってのを持ってる」
「!」
 スーツの裏ポケットから取り出したのは、黒光りする拳銃。両手に構えて、その銃口を無作為に動かす。
「妙な真似はしない方が身のためだ。俺は両利き、どっちの拳銃も誰かに当てられるからなあ。けど、まずは……」
 そう言いよどむと、『ユーウェイン』は拳銃を自らの仲間だったはずの黒服の男達に向けて発砲した。部屋にいた全員、そして撃たれた本人達も予想だにしていなかった展開に、その場の空気が凍りつく。
「『証拠』は消しとかなきゃいけねえだろ?」
 こんなに簡単に、こんなにあっさりと、人を撃つ事が出来る。そして、それでも震えてすらいない『ユーウェイン』の両手。
 自らを犯罪者を名乗る、その矜持がそうさせているのか。それとも、ただ悪意のままに行動しているだけなのか。
 しかし、人が撃たれたこの場面で、誰も動く事が出来なかった。まだ拳銃の銃弾が残されている以上、第二、第三の被害者が出るかもしれないという恐れから、言葉さえも憚られるような雰囲気になっている。
 夜一は、道を見出すように携帯電話を覗き見た。
『どうすればいい?』
 元々『聖杯(カリス)』のメンバーに悟られないように渚を遠ざけたのに、護るためにそうしたのに、結局は頼ってしまう。夜一は唇を噛みしめながら
液晶画面を見た。メールを震える手で送信し、渚の返事を待つ。
 すぐに夜一の携帯へと二通のメールが届いた。携帯を操作している事が分からないように、後ろ手で隠しながら袖口からメールを見た。
『五分後、息を止めろ』
 実に簡潔なメッセージと、もう一通を見たとき、夜一の目が見開かれた。
『死ぬな』
 一通目よりも更に短い文字。しかし、そこに込められている思いは伝わってきた。夜一が怖いように、渚も怖いのだ。万能な人間などいない。誰かを頼りたくなるし、頼られたくなる。祈る事しか、出来ないこともある。
 夜一は壁にかかっている時計を見た。メールが送られてきた時刻から、ほぼ五分が経とうとしている。秒針が、真上に向かって近づいていた。体の内側から出てきそうな心臓を押さえつけながら、夜一は深呼吸した。そして、時間と共に大声で叫ぶ。
「息を止めろっ!!」
 夜一の声に触発された美桜、松永刑事、結城刑事、国東さん、それに警官たちが一斉に口を塞いだ。
 同時に部屋のドアの隙間から缶が転がってきて、部屋中に白煙をまき散らす。それが警察の催涙ガスだと気づき、皆が目も瞑り蹲る。
 完全に不意を突かれた『ユーウェイン』は咳をしたり目から涙を流しながら、闇雲に銃を撃とうとしたその瞬間。彼の腕があっという間に捻りあげられ、ガスマスクをつけた警官たちが雪崩れ込んできて彼を捕えた。
 すぐに窓が開けられてガスを外へ出した後、静かに入ってきた男が『ユーウェイン』に手錠をかけながら言った。
「悪いな。俺達はその『悪意』ってやつを断ち切る為に仕事してるんだ」
 予想していなかったその声に、夜一は驚く。
「親父!?」
「『D』から連絡をもらったんだ。悪い、遅くなった。だが、もう大丈夫だろう」
 渚が連絡を入れていたのは、燈夜だった。不意打ちで突入してこられるような立場で、渚と連絡が取れる人物といえば、限られてくるのだが。
「遅いわよ、あなた」
 伏せていた頭を上げて笑う美桜を見て、夜一は慌てる。
「え? 母さんも親父が来ること、知ってたのか?」
「当たり前じゃない。母さんが事件の事報告してたんだから。……『D』と示し合わせてね」
 女性は強いと、夜一が実感した瞬間だった。渚と協力しているなどまさに予想がつかなかったことだったからだ。



 すると、同じく床に伏せていた国東が頭を上げ、視線を『ユーウェイン』へと向けた。そこには既に怯えの表情は消えていた。
「何故、あの二人を殺さなければならなかった? あの二人は……ただのアルバイトだった筈だ」
「アルバイト?」
「……整形の為の顔のパーツを撮影して集めるために、顔立ちの整った人達を雇っていたんだ。彼らは、その一員だった」
 夜一の疑問に国東は分かりやすく説明してくれる。つまり、被害者の男女は輪郭や鼻などの整形で使うパーツを提供するために雇われた人たちの一人だったという訳だ。『聖杯(カリス)』のような犯罪者の為に。
 沢山の警官に体を押さえつけられながらも、『ユーウェイン』は未だに笑みを崩さずに言った。
「何故? 理由なんて単純だ、証拠は残してはならないからさ。アルバイトの報酬について話があるとお前の名で呼んだら、すんなり来てくれたよ、国東」
 顔は笑っているが、その揺るぎない瞳が物語っていた。闇に魅了された人間、彼がそうであるという事を。蛇のように口元を舐める舌がゆっくりと動く。彼に見つめ返された国東は唾を飲み込んだ。しかし、拳を握りしめて国東は言った。
「私は間違っていた。目の前で死んでいる彼らを救えないと分かった時……自分が愚かなのだと気が付いた。私の整形技術は、お前なんかの為にあるのではないと。私が今まで『組織』について集めていた情報は全て警察に渡した。『組織』が尻尾を掴まれるのも時間の問題だ」
「ほう。生意気な口を利くようになったじゃないか。俺達の仲間が殺しに来ると怯えていたのは何処のどいつだ?」
 陰湿な笑い声と共に挑発する『ユーウェイン』の声に、美桜が立ち上がって言った。
「生意気、ねえ……。そんな見え見えの挑発するなんて、犯罪組織だか何だか知らないけど底が知れてるわね」
「違う! 『アーサー』は俺達を至高の一族と言った。犯罪という人間の狂気を操る……選ばれし者たちなんだよ!!」
 美桜の言葉に、『ユーウェイン』はまるでスイッチが入ったように激昂して声を荒げた。自らの母が相手に気づかれないように、見事情報を聞き出している姿に夜一は呆然とする。やがて『ユーウェイン』は警官たちに連れられてパトカーに押し込まれていった。
 とりあえずの脅威が去ったと同時に、渚が部屋にやってきた。褐色の髪を揺らし、夜一の方をじっと見つめている。いつもの渚とは違う雰囲気だった。強気でいつも夜一を引っ張っていくものではなく、気のせいか少し安堵しているような、不安なような微妙なものだ。まるで気持ちの整理がついていないと訴えかけるように。
「渚、どうしたんだ?」
「……雪代家での『総会』が行われる事になった」
「何だよそれ」
 理解が出来ていない夜一とは裏腹に渚の方を見たのは燈夜だった。
「もう渚にケチをつけて来たって事か。流石に手厳しいな」
「雪代一族での家族会議みたいなものだ。おそらく『聖杯(カリス)』の事だ。……私の兄が、関わっているからな」
 そう言うと、渚は顔を伏せた。身近なものが犯罪者であるという事実。
 夜一も押し黙っていると、急に渚が頭を上げた。その距離に夜一は慌てて離れる。
「頼む、夜一。私と一緒に来てほしい」
「わ、分かったよ。つーか、今更拒否しても無駄なんだろ、どうせ」
「ふっ……良く分かってるじゃないか」
 再び渚は笑った。今度は、いつもと変わらない不敵さがある。
 こうして渚と夜一は急遽、雪代家の『総会』へと向かうことになった。


この小説について

タイトル No.27 to:救えぬ医師(4)
初版 2011年6月23日
改訂 2012年2月20日
小説ID 4287
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作家名 ★ひとり雨
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