終焉に少しの光明 - 冷静からの転落

「−っていうわけで、この場合の【いと】というのは、現代語で言うと【とても】という意味でー…」
「なァ!誰か携帯の充電器持ってねぇかー!?」
「ざんねーん。いま使ってるー」
「そういうのいらねーから!っあー、マジで電池やっべーんだけどォ?!」

「ねーねー、こないだ買ってたアイライン。あれどーだったぁ?」
「あー、あれねー、かなりいいよー。次もこれにしよっかなー」
「え、まじで?ちょっと借りていい?」
「じゃあこないだ買ってたマスカラ借りていいー?あれ気になってんだよねー」

「俺のが一番遠くまで行ったから、俺の勝ちー!はい、100円づつ徴収しますー!」
「っつーかお前、紙飛行機上手すぎだろー!」
「マジやっべーわぁー!」


勘の良い方はもしかするとお気付きかもしれないが、今は古典の授業中だ。

160cmも身長のなさそうな小さい、どちらかというと「おじさん」より「おじいさん」がしっくりくる、若干頭の涼しい【戸田】という先生が授業を担当している。
声も身長も小さい上に、クラスの連中がギャーギャー騒ぐもんだから、最早戸田先生がどこのなにを説明してるのか、俺には全然聞こえない。

こんな状況で必死に授業をやっていただいている先生には大変申し訳ないが、授業のレベルがあまりにも低いので、俺は自分でどんどん教科書を先に進めて勉強させてもらっている。

自習に飽きて、周囲を見渡してみると「悲惨」の2文字がぴったりな教室だった。
男子は紙飛行機を飛ばしてたり、携帯だのゲームだので勝手に遊んでるし、女子に至っては机に鏡を立てて必死に化粧をしているか、目にも止まらぬ速さで必死にメールを打っているかだ。

幼稚園か、それよりも低いレベルの人間が集まるこの空間で、わりと真面目に学生らしいことをしているのは、おそらく俺ぐらいなものだろう。
周りの連中みたいに遊んでいるわけでもないし、『悪いことをしている』とかそんな意識はない。むしろ、こんなに簡単な部分に無駄に時間をかけている教師に問題があるとすら思っているくらいだ。


「じ、じゃあ…教科書を読んでもらおうかな…」
「ぷっ!みんな聞いたかよ!教科書読むだって!!」
「【タコセン】マジうけるー!小学校じゃないんスけどー」
「は、ははは…そうか…それじゃぁ…やめて…おこうか…」


遊んでいるわりにどうでもいいようなことだけは聞いてるんだな。
聞いてるなら聞いてるなりに、もうちょっと静かにするとか、せめて授業に参加するフリでもしてほしいもんだ。

ちなみに、【タコセン】というのは、クラスの連中が勝手に付けた戸田先生のあだ名だ。
あだ名の由来は「ハゲ方がタコっぽいから」とかいう、そんな理由だった気がする。
失礼極まりない。


「で、でもみんな…もうちょっと静かに…」
「はァい!?」
「タコセンー、きこえないんだけどー?」
「あ…はは…、な、なんでも…ないよ…。じゃ、じゃぁ…次のページに…」


いざ喋り始めたら喋り始めたで、どんどん語尾が消えていく。
それに比例して戸田先生もどんどん小さくなっていくように見えた。

戸田先生はよくある【厳しい教育熱心なベテラン先生】という部類ではなく【生徒に丸め込まれる弱い先生】の部類だ。
先程の威嚇がよほど恐ろしかったのか、チョークを持つ手がガクガクと震えているし、変な汗がとまらないようだし、授業をするのさえとんでもないストレスに感じるのだろう。

こんなことを考えている俺はまるで戸田先生を心配しているように見えるかもしれないが、そんな優しい性格は残念ながら持ち合わせていない。
むしろ、【情けないおっさん】ぐらいにしか思わない。
毎時間こんな感じで、教科書の進みもスローだし…何が楽しくて教師やってるんだろうなぁ、この先生も。

ふと右隣を見てみると、朝の宣言どおりに尚輝が寝ている。
しかもなかなかの音量でのイビキ付きだ。こいつは一体、ここをどこだと思っているんだろうか。


「…やだー…ねむいもんー…」


思わず『いやいや、お前今寝てるだろ』とツッコミを入れたくなる寝言まで言っている。
寝言は寝て言え、とはよく言うけど…なんだかなぁ…。…俺も釣られて眠くなってきた。


授業は先に進む様子はないし、自習も中盤以降に差し掛かっているし、寝てもなんてことはないだろう。
昨日もわりと遅くまで勉強していたし、ちょっとだけ…ちょっとだけ…。
そう考えて机に突っ伏して、目を閉じた。






−真っ暗な空間、
 そこにただ1人、突っ立っている俺。
 なんとなく、自分の全身を確認してみると、まるで新聞のようにモノクロの色をした体の色をしていた。
 ああ、なんだ夢を見てるのか。

しかし夢の中といえど、暗い場所に1人というのはなかなか不安を感じるものだ。
 無理に目を覚まそうかと考えたが、瞼がいう事を聞かない。
 しばらくはこの夢にお付き合いするしかなさそうだ。

 そういえば、色つきの夢というものはあまり見たことがないが、ここまで単色な夢を見るというのも珍しい。
環境も変わって、知らず知らずのうちにストレスを感じているから、こんな夢を見るのかもしれない。
 学校に来て授業に参加するという、小学校の頃からやっていることは何一つ変わらないのに疲れる。やっぱり環境っていうのは大事なんだなぁ、と実感する。


『グルルル…』


 …なんだ?
 少し後ろのあたりから何か聞こえたような気がして、俺は後ろを振り向いた。
 けど、なにもいない…。
 飢えた獣のような、いまにも襲って来そうな声がしたはずだ。
 
 しばらく後ろを見ていたが、何も出てくる様子がない。
…聞き違いか?妄想か?そうだ、これは夢だ。
多少、わけのわからない事象が発生しても、現実の俺にはなんの影響も及ぼさない。大丈夫だ。
でも、夢なのに…なんでこんなに不安になるんだ…?


『グアァァァァッ!』


 声が聞こえた。2回目だ、間違いない。
 やっぱり背後になにかいる。そして、さっきよりも近い。
 暗くてよくわからないが、この場にいるのがとてつもなく恐ろしくなり、ダッシュでその場から離れた。
 今俺が進んでいるこの道の地面がどこまであるのか。こっちにも何か居たらどうするか。
 様々なことを考えたが、何かが居ると予想される反対側に逃げるよりはマシなはずだ。
 でも、おかしい。夢なのに、なんでこんなに、苦しいんだ…?
 ほんとに、走ってるみたいだ。


『ガァァァァッ!』


 不意に、俺の体に影が掛かる。
 何事かと上を見れば…


「ド…ドラゴン…?」


 ゲームやマンガに登場しそうな、鋭利なキバと長い体、赤黒い肌を持つ龍が俺の上を飛んでいた。
 なんだなんだ、今日の夢は珍しくファンタジーだな…!
 それに、よくよく見てみれば、ドラゴンにだけ色が付いている。
 きっとなにか重要な役目のあるドラゴンなんじゃないか、と逃げながら思った。
夢だけど。


「王…様…」
「え…」


 喋った。ドラゴンが。
 頭にぐわんぐわんと響いてくる重い声。
 待て。何故夢なのにこんなにリアルに声を感じるんだ…?

 なんだか最高に恐ろしくなって、俺は走るスピードを上げる。
 こいつに捕まりでもしたら、なにが起こるか想像が付かない。


「貴方が…貴方こそが、【王様】にふさわしい…」


ドラゴンが俺にそう言ったかと思うと、猛スピードで俺の進行方向へ先回りし、Uターンしてきた。
つまり、俺めがけて一直線に突っ込んできているのだ。

まずい、ぶつかる。
 俺の体の何十倍いや何百倍あるのか予測もつかない、こんな体を持つ奴にぶつかられたら粉々に…!


「っ…!」


突っ込んでくるドラゴンに備えて、反射的に首から上を腕で庇った。
 そんなことしたって、ぶつかられないわけでも、大怪我を免れるわけでもない。
 でも、他にどうしろって…!


『ドッ』


 俺の頭以上に大きいドラゴンの頭が、俺の腹を突き抜けた。
 ズルズルとドラゴンが俺の体を突き抜けていく感覚がある。
 痛くはない…が、ものすごく熱い…!
 昔、母さんの料理を手伝おうとして、熱いお湯を浴びてしまったことがあったが、そんな比じゃない。


「ぅ…ぁ…!」


 頭のどこかで思った。
 『これは夢じゃないのかもしれない』と。






『ガタンッ!』



やかましかった教室が水を打ったように静かになった。
それもそのはず、居眠りをしていた俺が急に腹を抑えて椅子ごと床に倒れこんだからだ。


「ど、どうしたっ!」
「ちょっ…!大丈夫、龍也?!」


戸田先生がチョークを投げ捨てて駆け寄ってくる。
寝ていたはずの尚輝も椅子をふっ飛ばして、俺のところに駆け寄ってきた。
他の生徒もどんどん集まってきて、なんだなんだと騒ぎが拡大して、クラス中に囲まれてしまった。

「なんでもないです」と言いたいが、体が熱くて声も出せない。
頭がクラクラする。とてもじゃないが、立ち上がれそうにない。
夢でドラゴンが突き抜けていった辺りがとても熱い。


「保健室つれてこう!白井、担架もってきて担架!!」
「わ、わかった!」


尚輝が、白井というクラスメイトに声を掛け、白井はすぐに走っていった。
どうやら、俺は保健室に連れて行かれるみたいだ…。
普段、どこか下に見ていたクラスメイトに助けてもらうなんて、申し訳なくて顔が上げられない。


「すぐ保健室つれてってやるからな!しっかりしろよ!?な!」


ぐらんぐらんと定まらない意識でも、尚輝が血相を変えて俺を心配してくれているのがわかる。
尚輝との関わりなんて、今日の朝に挨拶をしたくらいなのに…。なんでそんなに心配してくれるんだよ…。

「友達じゃない」とか、自分と同じかそれ以上のランクの人間を最優先にして人間関係を考えていた自分が、情けない。
一番近くに居る尚輝にすら届かない小さな声で「ごめん」と呟いて、俺は意識を失った。

後書き

授業中に何かやらかすと、ものすごい勢いで盛り上がりますよね。
鼻血なんて出した日には最後でした。

この小説について

タイトル 冷静からの転落
初版 2011年7月7日
改訂 2011年7月8日
小説ID 4290
閲覧数 924
合計★ 8
那託の写真
常連
作家名 ★那託
作家ID 738
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活動度 596

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