終焉に少しの光明 - 普通からの非日常

あれから担架でクラスメイトに運ばれて、真っ白いカーテンで仕切られた保健室のベッドの上に横になっている。
倒れてからベッドに運ばれるまでの意識はなんだかぼんやりとしていて、あまりはっきり覚えていない。
尚輝が何度も俺の名前を呼んでくれていたのは、ドラゴンに体を突き破られたときくらいにはっきりと覚えているが。

しかし、自分の体調管理もまともにできないだなんて情けなさ過ぎる。
体の熱さにヒィヒィ言いながらそんなことを思っても仕方ないか…。

それにしてもさっき見た夢は一体なんなんだったんだろうか。
確か、ドラゴンが俺の体に思いっきり突っ込んできて…それから体が熱くなって倒れて…。

とりあえずあれはただの夢じゃない。そんな気がする。
「漫画の読みすぎ」とか「思い込みが激しすぎる」と考えられないこともないが、あんな夢を見た後に急に体調がおかしくなるなんて、とてもじゃないが偶然に発生した事態とは思えない。怪しい。あの夢は怪しすぎる。

なんとなく不安に駆られ、俺はゆっくりと起き上がることから始めた。
ベッドの回りには、薄くはあるがカーテンがひいてあるから、大きい音や声でも出さない限り、何をしても大丈夫だろう。
どんな不測の事態が起きても、大きい声だけは抑えようと決心して、俺は自分の体を調査するためにワイシャツを捲った。


「っ…!」


あまりの出来事に声も出なかった。
まさに不測の事態。予想の範疇外。想定外。
俺の体は、そんな言葉がぴったりな状況になっていた。

俺の下腹部から脇腹、つまりは夢でドラゴンに突っ込んで来られた場所に、まるで【昇り龍】に似た形をした痣のようなものが、乾いた血のような赤茶色で刻まれていたのだ。
夢で起きたことが何故現実に影響しているのか。もしかすると、今も夢なのかもしれないと思い、かなりベタな確認方法ではあるが自分の頬を抓ってみた。


「いっ…!」


思わず声を上げてしまったが、なんとか最小限の音量に押さえ込んだ。

痛い。夢じゃない。
今が夢じゃないとなると、これは現実でしかない。
この痣は一体何を意味しているのか、どういった作用があるのか。
わからないことだらけで、頭が爆発しそうだ。

だが、これは紛れもない現実だ。さっきのだって痛かったし。

とにかく一番怪しそうな部分を探ってみようと、痣に触れてみた。
痛みはない。痒くもない。
本当に俺の体に突如現れただけのようだ。

でも…、こんなものが俺の体に存在されても俺は困る。
なんとか消せないかと指先で擦ってみたり、爪でカリカリとシールを剥がすようにして、実は剥がれたりするのではないかと試行錯誤してみたが、現状は変わらなかった。
体育の時間とかどうすればいいんだろう…、ってそんな悠長なこと考えてる場合じゃない!

やっぱり、さっき見た夢が一番怪しい。
静かな保健室に、ふかふかのベッドという大変素敵な環境も揃っているし、もう1度眠れば先程の続きか何かが見られるかもしれない。

だが、突如現れた痣に対する恐怖心のせいか、いますぐに「おやすみなさい」は無理そうだ。
仮に眠れたとしても、こんな精神状態じゃ物事が上手く運ぶとは思えない…。
やはり今は体調を落ち着けることだけ考えよう。










尚輝の対応が早かったのが良かったのか、太陽が一番高い位置に昇る頃になんとか体調は落ち着いてきた。精神状態のことは置いておくとして…本当に尚輝には感謝しなければならない。

午前中からずっとだから…随分長い時間、保健室に居てしまった。
そろそろ復活しなければと思い、なんとなく重たい体をゆっくり起こし、先生に声を掛けた。


「…先生」
「あらあらあら、起きて大丈夫?」


書類を片付けていた保健室の先生に声を掛けると、書類を放り出して、俺のところまで来てくれた。
いままで知らなかったが、保健室の先生って結構若い先生だったんだ…。
白衣に薄いピンクのワンピースが似合う、綺麗な人だ。


「大丈夫?周りがぼんやりしたりしない?」
「…ちょっと頭が重いです」
「担架で運ばれてきたときはびっくりしたわよ。しばらく意識が朦朧としてたみたいだから心配だったんだけど、軽い貧血ね」
「貧血…ですか…」
「怪我はしてないわ。心配しないで大丈夫よ」


そんなことより俺は腹にある巨大な痣が心配でなりません、なんて口が裂けても言えない。


「…まだちょっとくらくらします…」
「さっきより顔色も少しいいみたいだし…今のうちに早退にしよっか。結構疲れてるみたいだし」
「え…、大丈夫です!早退なんかしなくても…」
「健康が一番よ。何言ってるの」


若いからって無理しちゃダメよ、と釘を刺されてしまえば、もう何もいえない。
先生のサイン入りの早退届を半ば押し付けられるような形になってしまった。

「なんなら、鞄持ってきてあげようか?」
「い、いえ!大丈夫です!そんなにしてもらわなくても…」


流石にそこまでされたら恥かしいので、丁重にお断りさせていただき、少し休んだ後に保健室を後にした。

ちなみに、保健室は1階で、俺のクラスは4階にある。
階段を3階分上らなければ辿り付けない上に、教室へ戻るための階段はものすごく風が通るから、何かの拍子に痣が見えてしまったら…と考えると、気が気じゃなかった。
痣が透けないように、ブレザーのボタンはすべて閉めたが、階段を上りきるまでは細心の注意を払った。
どうして俺は保健室で包帯でも借りなかったんだろうか…。適当な事を言っておけば貸してもらえそうだったのに…。

時折来る突風に耐えながら、なんとか俺は鞄を取りに教室の前まで戻ってきた。
鞄を取って家に帰りたいのだが、なんとなく教室に入りづらい。
クラスの連中に冷やかされるかもしれないとか、そんな心配じゃない。
自分のクラスに入るにあたって、どんな顔をしていいのかわからないのだ。
まさか、このクラスの人間に助けられるだなんて思ってもみなかったからだ。

とにかく尚輝にお礼は言うべきだろうとか、でもどうやって話し掛ければいいんだろうとか、考えがまとまらない。
勉強じゃ、こんなにわからなくなったことはないのに…。

だがしかし、公共の場所である教室の入り口でこんなに長い時間突っ立って今後の行動をどうしようかと悩んでいる場合じゃない。
「早く鞄を取って家に帰るんだ」そう決意して、引き戸に手を掛けた。
あれ?なんかやけに扉が軽く開い、て…、


「あっれー、龍也だ!」
「なっ…!」


図ったかのように尚輝が教室から現れた。今朝ぶりの蛍光色のパーカーが目に痛い。
扉を軽く感じたのは、尚輝も俺も同じタイミングで扉を開けてしまったからだろう。
うん、最悪だ…!


「もう体なんともないのー?」
「あ…あぁ」
「そっか!いやー、よかったよかった☆」


バシバシと俺の背中を叩く尚輝。
なんだろう…なんか、わりと親しい友達みたいだ…。
ちょっと助けてもらっただけで、そんなに関わったわけじゃないのに。


「あ、あのさっ!」
「ん〜?」
「さっき…その…、ありがと…な…」
「おおぅ!いいってことよ!」


はっはっはと、いつものように尚輝が笑う。
よし…、最大の難関『お礼を言う』はクリアした。
あとはがんばって鞄を取って、家に帰るだけだ。


「じゃあ俺、早退するから…」
「おぁ、早退するんだ。鞄とってきてやんよ」
「え…」


尚輝はくるりと回れ右をして教室に戻り、俺の席から鞄を取ってきてくれた。


「あいよっ、これで合ってるよね?」
「あ、うん…悪い…」
「っつーか鞄重たくね!?何入れてんの?鉄板とか?」
「…教科書とか…家でも勉強するし…」
「マジで!えっらいなー!でもでも、今日は勉強しないで、いい子に寝てるんだぞ!?」
「うん…わかってる。じゃあ…俺帰るから…」


お前は親か、と突っ込みを入れたくなったが、今回は早く帰りたいので止めた。
これで俺が去って全て終わる。そう思っていた。


「あー!待って待って!」
「…なに?」
「龍也が心配だから俺も一緒に帰る!」
「…え」


これは全く予想していなかった。どうしよう。
1人で帰りながら頭の中の整理を付けようか、なんて考えていたのに…。
何か適当に理由を付けて断ろうにも、なにもない。あるわけがない。
どうしよう、どうしようもないじゃないか。


「さあさあー!具合悪い人は尚輝君がお家まで護衛してあげようー!」
「ちょ、ちょっと!」


ぐいぐいと制服を引っ張られて、下駄箱へ向かわせられる。
どんどんブレザーが偏っていって、ワイシャツに痣が透けないか心配になった。
どうでもいいような話だが、今日は中に着ているシャツが白いのだ。

ボロが出る前に慌てて振り払って、今し方思い付いた『適当な理由』を述べた。


「ま、まだ授業全部終わってないだろ!」
「大丈夫じゃなーい?護衛だし!」


…まぁ、解っていたさ…。
俺が何か理由を付けたところで、こいつは上手く回避してくるだろうと、なんとなく思っていたが、本当にその通りだった…。

止めようとしたつもりが、尚輝は俺よりも先に下駄箱で靴を履き替え、「早く帰ろう」と言わんばかりに待機している。

…だめだ…観念しよう。
なに、家に帰るまでの数分を耐えれば良いだけだ。
そう自分に言い聞かせて、俺と尚輝は学校を後にした。

そういえば、誰かと一緒に行動するのなんてしばらくぶりだ…。どうでもいいけど。

後書き

早退していいよ、なんて言われたら「喜んで!」って言いたくなりますよね。なってました。

この小説について

タイトル 普通からの非日常
初版 2011年7月20日
改訂 2011年7月20日
小説ID 4294
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那託の写真
常連
作家名 ★那託
作家ID 738
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