終焉に少しの光明 - 独りからのふたり

無理矢理俺に付いて来た尚輝と、家まで数十分の道を歩く。
昼間の通学路は人気も少なく、尚輝がちょっとでも喋り始めると、うんと響き渡って感じた。


「いやー!天気いいね!」
「…そうだな」
「こんだけ天気いいと遊びにいきたくなっちゃうよねー!」
「…そうだな」


マズい。会話がまともに続かない。
尚輝の会話を俺が全て断ち切ってしまっている。
逆に俺から会話を始めようにも、なにを話せばいいのかわからない。
どうしようかと考えていたら…。


「つーかさ、龍也ってどこ中だったの?」


尚輝から振ってきてくれた。


「ちなみに俺はあっちのほうにある二中ね!」
「俺は…明聖中…」
「えぇ!?メーセーって超頭良い中学じゃん!マジで!?」
「…うん」
「なんでこんなバカ高校なのさー!?もったいないじゃん!」


俺だって来たくて来たわけじゃない、と言いたかったが、流石にそれは失礼すぎる。
暴言を飲み込んで、落ち着いたのを装って話を始める。
隠したって仕方ないし、ホントの事言うか。


「…中学の先生に、高校受験は上狙えって言われたんだけど…」
「落ちたわけね?」
「……うん」


驚くほどにストレートな物言いだな。いっそ清々しい。


「そっかそっかぁ…そういうことねぇ…」
「…全然、笑ってくれていいんだけど?」


この転落の人生を本当に笑ってくれていい、と俺は思っている。


「えー、笑うとこなくない?」
「…そうか?」
「だってこれからまだまだ人生いろんなことあるじゃん。高校受験おっこったぐらいがなによー」
「まだまだ…ねぇ…」


尚輝はキラキラした眼で未来に思いを馳せている。
だが、俺は尚輝は真逆で、夢ある未来なんてものは1ミリも思い浮かばない。
それもこれも、受験に失敗して望まない日常を手に入れてしまったせいだ。
主にさっきの変な痣とか。

楽しいことや明るい何かなんて、イメージが難しい。
なんだっけこれ…『お先真っ暗』ってやつ?


「龍也は将来の夢とかあるのかー?」
「…別に無いけど…?」
「え!?なんもないの!?」
「…うん」


将来の夢なんて、子供の頃からなかった。
高校を出たらまともな大学に進学して、就職して、仕事して、金稼いで、運がよければ結婚して、子供作って、定年して、のんびりして、それで死ぬ。
結婚しなければ、定年するまで働いて、それで死ぬ。
人生なんてそんなもんだ、とどこか冷めた目で見ていた。


「じゃあ…尚輝は将来の夢とかあるのか?」
「あるよあるよ!俺はねー、歌って踊れるお兄さんになるのが夢!」
「へー…」
「ちゃんと毎日練習してるんだぜ!見ててよ?」


車が来ないか確認すると、尚輝は背負っていたサメのリュックを俺に差し出した。
おそらくは「ちょっと持ってて」という事だろう。
断る理由もないので、俺はサメのリュックを持ってやった。
中に何が入っているかは知らんが、俺の鞄より遥かに軽い。
ちょっと抱えるだけでペッタンコになる。


「みてろよぉ〜…」


喋りながら、軽めの準備体操をして体をほぐす尚輝。
こんな道端で一体なにが始まるんだ…?
不安いっぱいだが、なんだか不思議とドキドキもする。


「どりゃっ!」


ぐるり。

すたっ。


尚輝は見事なバク転を見せてくれた。
俺には絶対にできないそれを見て、思わず「おぉ」と声が漏れる。
人が何かしているのを見てこんなに驚いたのはいつ振りだろう。


「はっはっはっは!まだまだこれだけじゃねーぞぉ!」


ぐるり。

すたっ。

ぐるり。

すたっ。

ぐるり…。


今度は連続でのバク転だ。
あれよあれよという間に、尚輝が俺から遠ざかっていく。もちろんバク転で。
どんどん遠ざかる尚輝を見て、いったいどこまで続けるのか不安になり、急いで追いかける。
同時に、楽しそうにバク転を連発する尚輝を見て、夢中になれる何かがあることが羨ましくなった。

それにしても、かなりの練習を詰んだのだろう、素人の俺から見てもフォームがものすごく綺麗だ。
プロ顔負けとはこのことか、と目をぱちくりさせるしかなった。


「どーよー!すごいでしょー!!?」


尚輝がとても楽しそうに俺に言ってくる。
もちろん本人はバク転を続行している。


「すげーよ!俺にはできない!」
「あはははー!」
「って、それ以上は行くな!車道出るぞ、車道!!」
「マジでー!?俺あぶねー!!」


ガードレールの数センチ手前で、尚輝はいままでよりも弾みをつけて回転を付けて飛び、着地した。
「はい、俺10点―!」という自己評価付きで。
まったく…わけのわかんねえことばっかりしやがって…。


「…急にバク転し出すから何かと思ったぜ…」
「はっはっは!悪い悪い!!っつーか、目回っちった!」


ふらふらするー!とかいいながら、俺の周りを千鳥足で歩く。
俺が居なきゃ大事故になってたのかもしれないのに、こいつは…。

心配して損したと思って、俺はサメのリュックを尚輝に投げつけてやった。
尚輝は「おぶっ!」という短い悲鳴を上げながら顔面でキャッチした。


「あ、もしかして俺のカバン重たかった?」
「そんなわけあるかよ。スカスカじゃねえか」
「ですよねー!いやー、龍也のカバン飛んできたら確実に俺完全にやばかったけど☆」


ああ、教科書やら辞書やら単体でそこそこの重量のあるものばっかり詰めてあるからな。
今の勢いで投げてやったらさぞ、愉快なことになるだろう。
今後、今以上に俺に何か迷惑をかけたら本気でやってやろうか。


「でも、よかった!」
「なにがだ?」
「いつもブッチョーヅラの龍也が、すごーく人間ぽかったから☆」
「…どういうことだよ?」
「さっきさっきー。俺が車道に向かってバク転してったときー、すっげぇびっくりした顔して、すっげぇでかい声出したじゃん?龍也ってあんまり騒がないっつーか、感情を表に出さないイメージっつーか、なんつーか…まぁ、その…びっくりしたんだよ!」


俺はさっきそんなに【でかい声】を出したのか?
こいつが、尚輝が怪我をすると思って【でかい声】を出したのか?
遅刻しようが留年しようが、どうなろうと知ったことじゃないと思っていた、尚輝という存在に?俺が?


「…わかんねえ」
「もしかしてさっきの、無意識?」
「…うん」
「んじゃ、もっかいやったらわかるんじゃね!?」


言うが早いか、尚輝は「よっこいしょ」とガードレールを跨ごうとしている。
もちろん車道は、さっきと同じで車やバイクが勢い良く走っている。
こんなところへ出て行くのなんて、自殺に等しい。


「やめろって!死ぬぞ!?」
「ほらほら、でかい声出た出たー☆」
「いいからはやく、こっち戻ってこいって!」


車道に片足が飛び出ている尚輝に、俺は動揺を隠せなかった。
星柄のパーカーのフードをぐいぐい引っ張って歩道に引き戻そうとすると…。


「おおっ?!」
「おまっ…!」


バランスを失った尚輝が倒れてきた。
手はパーカーを握り締めていて離れられず、俺は倒れてくる尚輝と地面へ運命を共にした。


「はっはっはっは!マジでおもしろいわー、龍也って!」
「…こっちは良い迷惑だよ」
「え?なになになにそれ褒めてる?」
「どこをどう聞きゃ、褒めてることになるんだよ…」


まったく…俺と真逆といえる尚輝という人間が、何故俺と関わりたがるんだろう。
尚輝みたいに人生を楽しもうとか、将来の夢とか、何もない俺と関わっていて、尚輝は楽しいんだろうか…。










なんだかんだ言いながら、やっと家の前まで戻ってこられた。
いつものように下校した時よりもかなり時間が掛かっての帰宅になった。
まぁ…色々あったし仕方ないか。


「いっやー!今日は楽しかったわぁ!ほんとありがと!」
「…そうか」
「およ?ちっと元気ねぇなー…やっぱ具合悪いんだなー」
「いや…そんなことないぞ…?」
「んー、色々引っ張りまわしちゃったからなー…ごめん!」


パチンといい音を立てて手を合わせて謝る尚輝。
実際、具合は悪くないから、謝る必要はないのだが…。
もちろん、腹に浮き出た痣というイレギュラーを除外して考えた場合だが。


「んじゃー、お大事にっ。明日も具合悪けりゃ学校休めよぉ?」
「あ…あぁ。ありがと…」
「はっはっは!何をおっしゃるうさぎさん!」


まあ俺も明日行くかわかんないんだけどねー、と言いながら、尚輝は俺に背を向けて歩き始める。
なんだか、【家に帰り着いた】というよりも、【置いていかれた】ような心持になって…


「…なあ」


なんとなく尚輝を呼び止めてしまった。



「なんだぁー?」


尚輝はちゃんと俺の方を向いて、立ち止まってくれた。


「…あの…えっと…」


無意識とは言え、なんで呼び止めてしまったんだろうか…。
別に何か用事があるわけでもなく呼び止めてしまったから、非常に気まずい。
何か…何か、話題を…!


「尚輝はさ…俺と一緒にいて、なんか…おもしろい?」


短時間で考えて、なんとか搾り出した話題がこれか…。
まぁ…気にならない、といえば嘘になる話題だし、聞いておいて損はないか…。


「えーっとぉ…どゆことぉ?」
「いや…深く考えてくれなくていいんだけど…なんとなく…」


気になったとは言え、なんで俺はこんなことを聞いているのだろう。
さっきは「聞いておいて損はないかも」なんて思っていたが、改めて思い直してみると、やっぱり自分がどうかしてるとしか思えない。
頼むから笑って流してくれないだろうか…!


「俺は、たのしーぞぉ?俺と龍也ってなんか逆の性格してるから、おもしろいし!」
「そ…そっか…」


聞いてみて初めて確信した。
尚輝は、中学の友達とは違う。
自分の身の丈に合うとか合わないとか、自分が損するとか得するとか、そんなことを考えて付き合っていた人間達とはまるで違う。
なんとなくだけど、尚輝にだったら、何を話してもいいかもしれない。


「あー…もしかして、俺ちょっとウザかったか…?」
「い、いやっ!そんなんじゃないんだ!ただ…尚輝の周りの奴と、俺ってあんまりにも違いすぎるから…その…」
「ふんふん、なるほどねー…」


んー、と尚輝はなにやら考え事をしているようなポーズをしている。
やっぱり急にこんな話をして、混乱させてしまったのだろうか…。


「よぉし!わかった!結論から言うと、『龍也は龍也みたいな友達が欲しい』ってことだな!?」
「え」
「わかったぞわかったぞぉ〜!そういうことかぁ〜!」


うんうん、となにやら納得する尚輝。
言いたいことの1割も伝わっていない俺。
俺の話方が悪かったのか、それとも尚輝の理解力の問題か、それは誰にもわからない…。


「そーゆーことなら、俺が明日いい友達を紹介してやろう!」
「えっ、…と…?」
「同じクラスの奴じゃないんだけど、そこは勘弁な〜!」


じゃ、また明日な!と尚輝は走り去ってしまった。
結局、誤解を解くに至らなかった…。

おそらく明日もまた尚輝に引っ張り回されることになるんだろう。
そう思うと…楽しみ半分、面倒くささ半分くらいの、ちょっと複雑な気分になった。

後書き

保健室の布団て、なんであんなにふかふかなのでしょうね…!

この小説について

タイトル 独りからのふたり
初版 2011年7月30日
改訂 2011年7月30日
小説ID 4307
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那託の写真
常連
作家名 ★那託
作家ID 738
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活動度 596

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