母と子と

嫌でも思い出すこと。
消せない思い出、消えない過去。
墓は何も語らない、文句一つ言ってくれない。
母の名が刻まれた石の前で今年もまたこうして立っている。


道を反れたのは中学あたりだったか。
父親は自分が産まれてすぐに蒸発した。
いくら悪いことをしても可哀想、で片付けられてきた。

不良の先輩に誘われてからがきっかけで、学校にも行かずに夜遊びを繰り返し、何度も母親は学校から呼び出しをくらっていた。

「すみません…すみません」
と泣きながら頭を下げていた。

自分の家は思ってのとおり貧乏で、飯を食えるだけでもありがたいほど。
母親が一人で稼いでいて、休みは一月に一回あるかないかだっただろう。

それでも俺は遊び続けた、それを知ってて遊びに夢中になっていた。

私立の高校に通ってからも悪いことをし続けた。
暴走族のトップに立ったりもした。

高校に通える金なんてあるわけがない。
自分にバイクなんて買える金なんてあるわけがない。

「バイク改造すっから、金くれよ」
どこにそんな金を渡す母親がいるだろうか。
―――――なのに。

「気をつけてね」
次の日に母親は金を用意していた。
ラッキーとしか思っていなかった。

暴走、喧嘩、恐喝。
学校だけじゃない、警察までもお世話になった。

母親は頭を下げ続けた。
俺は一度も謝罪をしたことがなかった。

「いっぱい怒られたね、あっ今日は何食べたい?」
怒られたこともなかったんだ。

「うぜ、お前一人で食えや」
母親を母と呼ばなくなったのはいつ頃からだろうか。

いくら暴言を吐いても何も言わず、文句を言ったら謝ってくる。
それが鬱陶しく感じる、まさしく子供の発想。

「なんで金ないんだよ!このクズ親!」
「ごめんね、もうちょっといい仕事探すね」

金を要求して、なければ文句を言い、返ってくるのももちろん謝罪。

毎日毎日働いて。
オシャレもできず、ドロドロになってでも母は働き続けた。

―――――全部俺の為に。


母が倒れたのは、自分が別のチームたちと乱闘を起こしていた時だった。

ボロボロの格好で急いで病院に向かって、思っていたのはやはり文句だった。
<何やってんだよクソが!>
と。


病室には変わり果てた母の姿があった。
顔は真っ白で、周りには難しそうな機械がたくさん設置されていた。

極度な過労とストレス、とても危ない状態らしい。
理由を説明されても興味がない、ただ自分は文句が言いたかった。
口を開こうとしたとき、ほとんど気を失っている母が必死で言葉を放った。

「ごめんね」

真っ白になった。
こんな状況でもこいつは謝るのか。
全部俺のせいなのに、最後まで謝るのか。

「ちゃんとした…家庭で育ててあげれなくて」


今までしてきたことが走馬灯のように過ぎった。
父親がいない、そんなこともう何とも思っていないのに。

「…ダメな母親でごめんね」

機械音が激しく鳴る。
医者と看護婦が慌てている様子など視界には映らなかった。

こんな、
 
「……ごめんね」
 
こんな…、
 
「お母さん」
開いていないまぶたがピクリと動いた。
 
「安心しろ、俺はこんな……いい…母親を見たことがない」
 
その言葉と同時に、母は息を引き取った。
大量の涙を流して。
 
 
 
 
 
そう、ここに来ると思い出す。
あの頃のことを。
母がいつも支えてくれていた時のことを。
母の名が刻まれた文字を指でなぞる。

「父ちゃん、水汲んできたよ」
今年で10歳になる息子が大きなバケツを持ってやってくる。

「ん、サンキューな」

「あ、そういえば宿題しなくちゃ!」
墓の手入れしていると息子が突然大きな声を出す。
宿題で、<尊敬する人>をテーマに作文を書かなければいけないという。

「父ちゃんかな〜」
「俺?なんでよ」
「だって父ちゃん頭いいし、スポーツできるし、なんだってできるもん」
「はっはっは!」

息子の頭に手を置いて高笑いしてやる。
――――なんだってできると思われている父親、いいもんだ。

「でもな、もっとすごい人がいるぞ」

そう、それでも自分には敵わない人物がいる。

「え〜誰?」
本当に慕ってくれている息子は、父親よりもすごい人間を想像できないのだろう。

「お前の婆ちゃんだ」
「え、お婆ちゃんってそんなすごい人だったの?」

息子と一緒に母がいる墓に視線を向ける。

「とんでもないろくでなしを、更生させるすごい人だ」

そうだ、俺はずっと尊敬し続けるだろう。
ものすごく悪かった自分を更生させて、

「でも父ちゃんも十分すごいけどねっ!」

息子にすごいと思わせられる父親になれたのも。



「全部アンタがいい母親だったからだ」

「ん?父ちゃんなんか言った?」
「いや、何でもねぇよ、行こうか」
「うんっ」


恐らくアンタのことだから、俺を恨んじゃいないだろう。
だから、俺も謝罪を続けるつもりはない。

ただ、感謝だけは最後まで言い続けていくよ。

後書き

母を見ると頑張ろうと思える。
母を思い出すと頑張れる。

いつまでもそう思えたらいいな。

この小説について

タイトル 母と子と
初版 2011年8月14日
改訂 2011年8月16日
小説ID 4314
閲覧数 854
合計★ 0
HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 36
★の数 52
活動度 4305

コメント (2)

えーてる コメントのみ 2011年8月17日 20時44分32秒
すごく共感できます

ただこれは言っておきたくて

母からしてもらったもの
受けた愛情

そういったものは時と時間隔てて
誰かに子供は誰かに与えるだろう

愛とはそういったもの

決して一方的で消えたりはしないもの


優しさとは誰からかにもらうもの

そしてもらったものを惜しみなく誰かに伝わっていくもの
★HIRO コメントのみ 2011年8月19日 13時09分05秒
>えーてるさん
こんにちは、初めましてですね。

当時は決して気づかないもの。
母からの愛情を愛情と言えること。

それが糧となり、またその糧を誰かに与えていく。
大人になると同時に母からの優しさというものが理解できていく。
大人になったと同時にその優しさを伝えていこうとする。

頭がこんがらがって、どうしようもなくなった時に思い出すのはやはり母の顔ですよね。
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